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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦8

 今次大戦開戦直後の華々しいドイツ空軍空挺部隊の活躍を受けて、日本陸軍でも空中挺進部隊を急遽教育部隊から実戦部隊へと格上げした上で、その練度と規模を充実させて軽師団級部隊である挺進集団を編成していたが、昨年頃より部隊規模拡充の動きは急速に鈍り始めていた。
 理由はいくつかあった。その一つは、昨夏に地中海戦線で起こったマルタ島をめぐる攻防戦で得られた戦訓にあった。


 マルタ島は、イタリア本土近海という地中海の中央部に位置する絶好の地理条件もあって英国軍が通商破壊部隊の根拠地として整備を進めていたのだが、北アフリカ戦線に向かう補給路にかけられる継続的な圧力に耐えかねた枢軸軍は、同島を奪取すべく独伊仏の三カ国連合艦隊を含む大軍で陸海空三方面から攻勢をかけていた。
 最終的に同島は現地住民の支援を受けた英国軍守備隊の粘り強い抵抗と、航空機材の緊急輸送に出動していた日本海軍遣欧艦隊を主力とした艦隊の救援によって国際連盟軍が維持することに成功していたのだが、その際に島内に降下した独伊空挺部隊の多くが投降していたのだ。

 最初にマルタ島内では有数の都市であるムスタ周辺の平原に降下した両軍空挺部隊は、短時間で同市を制圧した後、郊外に存在していた飛行場及び首都ヴァレッタを目指して進撃を開始していた。
 空挺部隊には車両等の装備は無かったが、兵器収納箱の回収にはある程度成功していたようだから、当座使用する小銃や弾薬には不足していなかったはずだ。しかも、制圧されたムスタから飛行場までは1キロほどしか無かったから、制圧は時間の問題と考えていたようだった。


 しかし、実際には戦闘は枢軸軍の思惑通りには行かなかった。結局、激戦によってムスタ飛行場はこの戦闘中はほぼ使用不可能な状態になっていたものの、稼働機は島内の他の飛行場に退避していたし、最終的に飛行場は英軍によって保持され続けていたからだ。
 飛行場を防衛する英国軍の戦力は大きなものではなかった。しかも、当時マルタ島には独伊空軍による激しい空襲が行われていたから、実質的な戦力は更に低下していたはずだ。
 独伊軍空挺部隊が短時間で制圧できると判断した根拠は、それほど無理のあるものではなかったのだ。

 だが、現地部隊にとっては幸いなことに、当日は独伊空軍の標的がマルタ島から接近する日英艦隊に変更されていた。その攻撃が止んでいた隙に再編制を行っていた守備隊は、本来は飛行場防空の為に用意されていた各種の対空火器を転用した陣地を構築して空挺部隊を待ち構えていた。
 この陣地は急造のものだった。元々周辺に構築されていた陣地は飛行場に対する空襲を警戒して構築されていたものだから、地上からの攻勢に対しては陣地防衛上の穴がいくつもあったのだ。
 しかも高仰角で連続発砲を行うために設計された対空火器の中には、水平弾道での発砲を想定していないものまであった。当然の事ながら対空射撃時のような高い発射速度は望めなかったし、水平射撃によって想定外の方向から掛かった強烈な反動に耐えきれずに短期間で破損してしまった砲もあったようだった。

 しかし、現地守備隊はそれでも数少ない重火器を要所に展開して戦闘を優位に進めていた。その堅陣を前にして独伊軍空挺部隊は最後まで突破することができなかった。
 彼らが多く装備していた短機関銃は、至近距離での火力には優れるものの、こうした野戦では射程が不足しており、それ以上に重火器を有する陣地を攻略するには弾薬が不足していたようだった。

 最終的には、彼らの敗因は火力不足という点にあると判断されていた。将兵の数では、むしろ独伊軍の方が多かったのではないのか。しかし、平地に構築された陣地から放たれる大口径砲の砲火に対しては、精鋭集団とはいっても軽歩兵部隊でしか無い空挺部隊では火力差から対抗することは難しかったのだ。

 昼間の間の戦闘で塹壕戦を突破できなかった上に、夜間に密かに行われようとしていた増援や重火器を含む武器弾薬の投下にも失敗して空輸補給の道が絶たれたことも翌朝以降の戦闘継続を困難なものにしていた。
 結局、独伊軍空挺部隊はマルタ島北西部のセントポール湾周辺に立て籠もって短時間交戦したものの、その後大部分の将兵は英国軍に投降していた。
 密かに湾内に侵入していた潜水艦によっていくらかの将兵は脱出したというが、その頃には周辺海域で日英艦隊による対潜哨戒も行われていたから、それほど多くの潜水艦が行動出来たとは思えなかった。精々少数の司令部要員などが逃れた程度ではないのか。


 勿論、挺進集団もこれまで赫々たる戦果をあげていたドイツ空軍降下猟兵部隊の最初の挫折としてこの作戦を捉えて戦訓の研究を行っていた。作戦の成否は別としても、今次大戦においても大規模な空挺作戦が実施された事例はそれほど多くはなかったからだ。

 もっとも、この作戦に投入された空挺部隊の総数はそれほど多くはなかった。
 首都ヴァレッタや島内に散在する飛行場、軍港などを警備する為に分散配置せざるを得ないマルタ島の英軍守備隊を数の上で圧倒できたのは、単に攻勢側の彼らが一箇所に戦力を集中できたからだけのようだ。

 独伊軍が保有する空挺部隊の戦力がそれだけだったとは思えない。特に空挺部隊の運用で先行するドイツ空軍は、この時点で複数の師団級部隊を所持していたはずだ。
 しかし、彼らが保有する空挺部隊の数と比べると投入可能な輸送機の数は少なかった。地中海方面では、他にも北アフリカ戦線への補給やマルタ島、日英艦隊に攻勢をかけている航空部隊への支援などに輸送機部隊も忙殺されていたからだ。
 それに詳細は不明だが、独ソ戦線でも輸送機の需要が昨年度辺りから急増していたらしい。だから地中海方面のドイツ軍の補充は後回しにされ、特に支援部隊である輸送機は不足がちになっていたようだ。
 無謀とも言える夜間輸送の強行も、数少ない輸送機の稼働率を上げるための方策だったのかも知れなかった。


 しかし、少なくともこの方面の国際連盟軍の空中輸送能力は枢軸軍に対して優位にあった。

 国際連盟軍が抱える他の方面としては英国本土に展開して欧州正面を狙う戦線があったが、こちらは一部の特殊戦部隊による短期間の奇襲上陸などを除けば、純粋な航空作戦に終始していたから輸送機の需要はそれほど多くはなかった。
 数多くの日英航空部隊が大型の爆撃機部隊を一挙に出撃させなければならないため、使用する物資は膨大な量であり、当初から緊急の人員輸送を除いて効率の悪い航空輸送など一切考慮されることはなく、カナダやアジア方面から続々と送り込まれる輸送船団による補給が主力だったからだ。
 だから、この地中海方面に集約された国際連盟軍の輸送機部隊を集中投入すれば、一挙に2個師団相当の空中挺進部隊を投入することは不可能ではなかったのだ。


 それに、先行していたドイツ空軍の戦術を研究する余地のあった日英軍には火力の面では強みがあった。ドイツ空軍では落下傘降下する兵士達は拳銃程度の軽装備を除くと、多くの銃火器は別の落下傘で降下する収容箱を回収するまで携行していなかった。
 だからドイツ空軍の降下猟兵は降下後も収容箱を回収するまではひどく無力になってしまうのが難点だった。

 だが、日英軍が使用する落下傘は、ドイツ空軍のそれに比べて研究成果が盛り込まれた結果、使い勝手が良い上に可搬重量などの能力もあがっていたから小銃程度の火器を携行するのは難しくなかった。


 それにマルタ島で独伊軍空挺部隊が直面したような重火器不足に関しても次第に解消されつつあった。本年度に制式採用された対戦車火器である三式噴進砲がいち早く挺進集団に配備されていたのだ。
 この噴進砲は、外観は1.5メートルほどの薄い鋼管で作られた、まるで煙突に銃把を据え付けたような頼りなさそうなものだった。

 だが、その煙突のような薄手の砲身から発射される弾薬は、実口径74ミリの強力な噴進弾だった。
 噴進弾は引き金を引くと同時に点火される推進薬の燃焼によって自力で推進するため、機関部で発生する発射薬の燃焼爆発で生じる気体の高圧で砲弾を投射する従来の砲のように砲身に大きな圧力がかかることはなかった。
 だから砲身を薄く製造することが出来たし、機関部直前でネジ止め式で分割することも可能だった。

 分解した際の噴進砲の全長は小銃よりも短いほどだったから、推進薬を内蔵するため噴進弾一発あたりの重量は大きいものの、砲本体の携行は用意だった。
 実戦では、機関部を携行する射手と予備砲弾と砲身を携行する装填手の最小2名で班を構成するが、単に発砲するだけならば兵士単独でも可能なほどの簡便さが噴進砲の大きな魅力だった。


 噴進砲の口径は野砲にも匹敵するものだった。最近では威力や射程の不足から師団砲兵連隊の装備としては旧式化しつつあったが、野砲と同一構造の砲身や砲弾は戦車砲としてはまだまだ現役だった。
 もっとも、自力で推進するとはいえ寸法から推進薬の容積が限られるから、噴進弾の弾体が持つ最終加速度はたかが知れていた。当然命中時の存速は低いし、砲弾の飛翔速度が遅いから弾道の安定性も悪く、実用的な射程は短かった。

 だが、奮進砲弾の低い速度を補うために、弾頭は既存砲で使用されている榴弾や徹甲弾などではなく、穿孔榴弾が採用されていた。これは漏斗状に凹ませた形状に炸薬を装填し、その上に金属の内張りを施工したもので、弾頭は空気抵抗を削減するためにその上から被帽を装着していた。
 この穿孔榴弾が着弾して炸薬に点火されると、その圧力によって金属内張りは一瞬の内に細長く変形させるとともに前方に押し出されることになる。この変形した高速の内張り金属体によって敵装甲を貫くのが穿孔榴弾の原理だった。

 穿孔榴弾の威力は、砲弾直径による金属内張りの面積や炸薬量の増大によって決定されるために弾着時の砲弾が有する速度には殆ど依存しないから、低速の噴進弾であっても野砲と同程度の威力を発揮することが出来た。
 それに、穿孔榴弾には榴弾ほどではないにしてもある程度の破片効果も期待できるから、対装甲目標だけではなく軽易な防盾しかもたない対戦車砲などにも有効なはずだった。


 こうした噴進砲の装備だけではなく、挺進集団の重武装化はまだ続くはずだった。今回の出動には間に合わなかったが、現在日英で共同開発中の無反動砲の配備計画があったのだ。

 装薬の燃焼ガスの一部を後方に投射して反動を打ち消すこの無反動砲は、三式噴進砲よりもやや大口径の砲弾を使用し、弾速も高かった。
 もっとも運動力で敵装甲を破砕する徹甲弾ほどの速度は持ち得ないから、穿孔榴弾で用いられたノイマン効果か、別の何らかの方法で弾頭威力を高めるはずだった。

 このように重火器の装備によって、挺進集団は射程は短いにしても野砲並みの威力で火力を行使する事ができるようになっていた。おそらく今の挺進集団がマルタ島に降下したドイツ空軍降下猟兵部隊と同じ状況に投入されたとしても、火力で一方的に圧倒されるような事態は免れるのではないのか。


 だが、挺進集団のそのような思惑に反して、軍主流が空中挺進部隊に投げかける視線は冷ややかなものだった。彼らに言わせれば、マルタ島における空挺作戦の失敗は、挺進集団が言うような火力の不足や投入された戦力の多寡によるものではなかった。
 遠隔地に援護無しで投入されるという空中挺進作戦という戦法が持つ根本的な問題が根底にあるのではないかと彼らは指摘していたのだ。

 挺進集団にすれば厄介なことに、彼らの主張には一定の根拠が存在していた。作戦が成功するにせよ失敗するにせよ、空中挺進部隊は落下傘による降下という手法の原理原則からして、自力での戦場からの離脱や補給の継続は困難だったからだ。
 通常の部隊と違って展開地域が他隊と隣接することなく、敵地の只中に投入されるのだから、兵站線を確保するのは著しく難しかったのだ。

 それに加えて、挺進集団は師団級の大規模部隊でありながら、落下傘降下という特殊な技能を保有する将兵を必要とする厄介な部隊だった。部隊を維持運用するだけで膨大な費用が必要となってしまうからだ。
 挺進集団は、そのような声に対抗するとともに、重火器の装備を実施するために落下傘による降下法にこだわらずに、滑空機の採用を決意していた。

 だが、奥山大尉はそのような手段は小手先のものでしか無いのではないのかと感じていた。
三式噴進砲の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3atr.html
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