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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦1

 シチリア島南東部に位置するカタニアから艦隊が出港した午後の早い時間に東南東の方角から上がり始めた月は、残暑の続く地中海を照らし出す太陽に圧倒されて昼間の間は弱々しく白く僅かに光っているだけだった。
 しかし、太陽が遥か西方に沈んで日付も変わろうかという時間になると、昼間とは打って変わって月は地中海を明るく映し出すようになっていた。

 とうに中天を越えてまるで6時間近く前に沈んだ太陽を追いかけるように西南西に没しようとしている月に追われるように背にしながら、10隻以上の大型艦が緻密な単縦陣を組んだ艦隊は東進を続けていた。
 月に照らし出されて周囲に広がるのは、艦隊を構成する各艦を除けば鏡面のように穏やかな地中海の海面だけだった。

 自由ポーランド第1空挺旅団を率いるソサボフスキー准将は、そっと入り込んだ艦橋の隅から月が沈みつつある地中海を眺めながら、何故か既視感にとらわれていた。


 流転の末にロンドンに拠点を置いた亡命ポーランド政府は、艦隊ごと脱出してきた旧ポーランド海軍に加えて、祖国敗戦後にハンガリーやルーマニアといった中欧諸国を経由して逃れてきた陸軍将兵を中核として自由ポーランド軍を編成しており、国際連盟軍の一員に加えていた。

 そのような原隊も雑多な将兵たちで構成されている自由ポーランド軍の中でも、第1空挺旅団は亡命政府から大きな期待を掛けられるほどの精鋭部隊とされていた。
 単に戦闘能力や将兵の練度が高かったためにそのような評価を下された訳ではなかった。輸送機の航続距離などの能力が許す限り前線を飛び越えて遠隔地に戦力を投入できるという空中挺進部隊としての特性が高く評価されていたのだ。

 第1空挺旅団は、亡命政府や自由ポーランド軍の祖国であるポーランドで、現地に残留した将兵や市民などで構成された抵抗運動による一斉蜂起などの事態が発生した際にはこれを援護するために派遣されることになっていた。
 そのために、第1空挺旅団には脱出してきた元ポーランド軍の将兵がこぞって志願してきており、その中から選抜されたものだけが配属されていたのだ。

 旅団を率いるソサボフスキー准将も、初老の域に達してはいたが他の将兵同様に降下演習を幾度も行っていたし、旅団に所属する将兵の誰よりも実戦経験は豊富だった。
 将官となるのに必要とされる軍大学校での高級軍事教育を受けていない為に年齢の割には階級はそれほど高くはなかったが、ソサボフスキー准将は歴戦の古強者と呼ばれるだけの資格を十分に有していた。
 軍人としての経歴は長く、ポーランド独立前にオーストリア=ハンガリー帝国の軍人として先の欧州大戦で初陣を果たしていた。しかも、大戦勃発前は下級下士官でしかなかったのだが、長く続いた戦役による将校不足もあったのだろうが、大戦が終結する頃には士官任官を果たしていた。

 あるいは、ソサボフスキー准将が第1空挺旅団の指揮官に任命されたのには、そのような下士官からの叩き上げという経歴を買われた結果であったのかも知れなかった。
 亡命政権にとって、祖国奪還の際に一番槍を果たす可能性が高い空挺部隊の指揮官に、下手に軍大学校を卒業したおそらくは生え抜きの士官団の中で何らかの派閥に属するであろう軍人を据えた場合、政治的に派閥そのものの発言力が無視できなくなってしまう可能性があったからだ。


 もっとも、現在の第1空挺旅団の将兵からは、部隊創設当時に存在していた熱狂的とも言えるほどの高い士気は失われつつあった。現状の国際情勢を考慮すると、何らかの事変が発生した場合でも旅団が本来の創設目的通りにポーランド国内に投入される可能性は著しく低いものだったからだ。

 旅団を取り巻く事態が大きく変動したのは、部隊が空挺部隊に改変されはじまった直後のことだった。彼らの祖国ポーランドを東西に分割して占領していた敵国であるドイツとソビエト連邦が戦端を開いたのだ。
 戦備を整えて開戦奇襲攻撃に臨んだドイツ軍は、それまでの戦闘でも遺憾なく発揮されていた機動力を活かしてたちまちの内に旧ポーランド領内からソ連軍を駆逐して、ソ連の首都モスクワに迫る勢いを示していた。


 だが、祖国の地が強大なドイツ軍とソ連軍の戦場となっていたにも関わらず、ポーランド亡命政府が取りうる術は何もなかった。彼らの主敵であるドイツ軍とソ連は敵対することになったが、同時にソ連はポーランドを分割占領したことから、外交関係は断絶されていたからだ。
 ソ連はポーランドの敵であるドイツの敵となったが、敵の敵は味方と単純に考えることは出来なかったのだ。

 もしも、この時ポーランド亡命政府が強力な政治力を有していれば、他の国際連盟加盟国を説得してソ連を同盟国として引き入れることが出来たかも知れなかったが、ポーランドからの脱出に成功した既存政党の党員達による基盤の脆弱な連立政権に過ぎない亡命政府には強力な指導力が欠けており、成立の経緯からソ連と永年対峙し続けていたシベリアーロシア帝国などの反対によってソ連の抱き込みは叶わなかった。
 今次大戦が実質上このように国際連盟加盟国、ドイツ率いる枢軸同盟と米国の援助を受けたソ連という勢力による三つ巴の争いとなったことがポーランド亡命政府の国際連盟加盟国内での立場を微妙なものにしていた。


 独ソ戦開戦後、一時期モスクワに迫る勢いだったドイツ軍だったが、現在は完全に守勢にまわっていた。
 ソ連軍は組織的な遅滞戦術によって貴重な戦力を再編成する時間を稼ぎ出すことに成功しており、米国から供給される膨大な物資を背景とした連続した反攻作戦によってドイツ軍は押し返されつつあったのだ。
 中立を宣言している米国経由などによる報道内容を分析する限りでは、現在ウクライナ、ベラルーシといったソ連国内の共和国領内に留まっている戦線が西進して再びポーランド領内が戦場となることはほぼ間違いなかった。

 このような事態になってもまだポーランド亡命政府は外交面で成果を上げることができなかった。他の国際連盟加盟国に遠慮しながらもほそぼそとソ連との外交関係の再開を試みていたのだが、ポーランド領内の旧ソ連占領地域内で死後数年が経過した大量の遺体が発見されたことでそれも頓挫していた。
 ドイツの宣伝によればその大量の遺体は、両国によるポーランド占領の際に捕虜となった将兵だというのだ。もちろんソ連はそれを否定して、独ソ戦が勃発した後に侵攻してきたドイツ軍の犯行と断定していた。
 もっとも、真相を確かめる手段はポーランド亡命政府を含む国際連盟加盟国には存在しなかった。事件の現場となった箇所は現在ドイツ軍の占領下に合ったし、そこを解放するとすれば容疑者の片割れであるソ連軍になるだろうからだ。


 そのような状態では、第1空挺旅団をポーランド国内に投入することなど到底不可能だった。現在の国際連盟軍の戦線からではポーランド領内まで往復できる輸送機は存在しなかったし、仮にポーランド領内に降り立ったとしても、ドイツ軍とソ連軍の双方から攻撃を受けてしまうのではないのか。
 そして、第1空挺旅団の存在意義そのものが疑われる現状にあって、急遽旅団の地中海戦線への投入がポーランド亡命政府による認可を受けて行われることとなったのだ。
 これは実質上ポーランド領内への降下作戦の断念と言っても良かった。一度戦線に投入されれば旅団の戦力は低下する一方だし、仮に再編成が行われたとしても、現在のように国内情勢の変化に対応するために訓練と待機を続けることはできなくなるからだ。

 あるいは、このような前線への投入は、士気を低下させた第1空挺旅団による反抗を恐れたためかもしれない。ソサボフスキー准将はそのように考え始めていた。
 国内への降下を望んでいたのは、ソサボフスキー准将も他の将兵らと一緒だった。自身は何とか脱出することが出来たとは言え、ポーランド国内には成人した息子や妻といった彼の家族がまだ残されていたからだった。
 ただし、指揮官としては部下たちの前ではそのような態度を示すことはできなかった。士気の低下した第1空挺旅団がまだ部隊としての戦意を保ちづつけていられるのは、自分にも他人にも厳しい指揮官であるソサボフスキー准将の存在が大きかったからだ。


 だが、四六時中張り詰めていたソサボフスキー准将の苦労も、あと数時間して夜が明けるころには一段落してくれるはずだった。
 奇襲が成立するか、それとも艦砲射撃を伴う強襲となるかは分からないが、イタリア海軍の有力な根拠地であるタラントへの上陸が開始されるからだった。

 事前の情報によれば、現地はほぼイタリア海軍によって抑えられているらしいが、昨年度のマルタ島をめぐる一連の攻防戦の結果、自力航行能力を失ってタラント軍港で修理を続けているドイツ海軍艦艇もあるらしいから、駐留するドイツ兵も少なくないはずだった。
 だから、とりあえずドイツ軍との交戦が開始されれば祖国奪還を誓う第1空挺旅団の将兵たちの士気も回復されるのではないのか。


 暫くの間はそのように物騒な事ばかり考えていたことで、ソサボフスキー准将の表情もずっと剣呑なものであったのだが、一時の乗艦となった重巡洋艦の艦橋の片隅で目立たないように突っ立っている准将の顔からはそのように険しい表情は次第に抜け落ちていた。
 朝になれば激しい戦闘が起こるはずだったが、そのような予想のためか用意された船室で仮眠をとることも出来ずに抜け出してきていたのだ。

 しばらく、月に照らし出された海面を眺めながら、ソサボフスキー准将は先程から浮かんでいた既視感の正体を探っていた。これまで准将は人生の殆どをポーランド軍の軍人として過ごしてきていたから、このように陸地が見えないほどの一面に広がる海面を夜に眺めた経験などなかったはずだった。
 第一、ポーランドが接するバルト海は気候上靄がかかることも多かったから、地中海とは海上の景色も異なって見えるのではないのか。

 そう考えていたソサボフスキー准将は、唐突に既視感の正体に気がついていた。
 何の事はなかった。それは海上での景色ではなかったのだ。
 ソサボフスキー准将が思い浮かべていたのは、中欧のヨーロッパ平原に位置する祖国ポーランドに広がっていた耕作地の風景だった。
 月に照らし出されながら一面に広がる麦畑が僅かな風に揺らされている光景と、穏やかな地中海を重ね合わせてしまっていたのだ。

 ―――そういえば、緯度はともかく経度で言えばこのあたりはポーランドと重なるのか……
 艦橋の暗がりで表情が見えないのを良いことに、ソサボフスキー准将はしばらくぶりに張り詰めた雰囲気を消し去ってぼんやりと沈み込もうとしている月を眺めていた。


 唐突にソサボフスキー准将に後ろから声が掛けられたのはその時だった。
「歴戦の将軍であってもやはり武者震いでお休みになれませんかな」
 慌ててソサボフスキー准将は振り返っていた。その声は明らかに准将個人を特定して掛けられていたからだ。艦橋は暗く、とても詳細まで見分けることが出来るとは思えなかったからだ。

 それなりに長い間艦橋の暗がりの中にいて夜目が効くようになっていたはずだが、やはり振り返ってみたソサボフスキー准将の目には艦橋はにわかには判然とつかない様子が広がっていただけだった。
 そこに誰かがいるのはわかるのだが、個人を特定させられるほどの情報まで掴めないのだ。

 もっとも、艦橋内に立ち入る要員のなかでソサボフスキー准将に先程のようなことを言ってくる相手は一人しか思い当たらなかった。先日紹介されたばかりであまり馴染みのない日本人の名前を苦労して思い出しながら、准将はぼんやりと浮かんでいる人影に向かっていった。
「無断で艦橋に立ちってしまって申し訳ない。どのみち明日の作戦開始までそれほど時間があるわけでもないから、起きていようと思ったのだが……その、左近允提督……」

 その時、暗がりの中で輪郭も判然としないにも関わらず、ソサボフスキー准将は確かにこの艦隊を指揮する左近允少将が笑みを見せたような気がしていた。
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