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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943謀略、大連―ベルリン9

 国際連盟軍によるシチリア上陸作戦の渦中に、イタリア王国内の政治体制が大きく変動してから、まだ一ヶ月も経っていなかった。
 ファシスト党を率いるムッソリーニ統領が死亡したことを受けて、イタリア国王ヴィットリオ・エマヌエーレ3世はパドリオ元帥をその後継者に指名していた。

 ただし、パドリオ元帥の組閣は仮のもので、当座は首相代行となることも同時に公表されていた。
 エマヌエーレ3世の真意がどこにあるのかは推測するしか無いが、あくまでもパドリオ元帥の首相就任は仮のものという姿勢を示すことで、今後ファシスト党に再度政権を委ねる可能性を残した、あるいはそのように解釈されることを期待したのではないのか。
 ムッソリーニ統領が事故死した他にも党幹部の何人かも負傷したというから、現在のファシスト党には政権を維持できる能力が無いと考えられたのだろう。

 だが、あからさまにファシスト党を切り捨てるのは、枢軸同盟内の政治事情からしても不可能だった。そんなことをすればイタリアが同盟を離脱するのではないのかという疑いをドイツから持たれてしまうからだ。
 そのせめぎあいの中で出された妥協案がパドリオ元帥の首相代行というものだったのではないのか。


 もっとも、首相を代行するパドリオ元帥からファシスト党に政権の座が戻されたとしても、ドイツとしてはムッソリーニ統領政権時ほどの信頼を抱くことは出来ないのではないのか。
 現在、突然の統領の死で混乱するファシスト党を党統領代行としてまとめ上げようとしているのは、一時期は戦傷後に隠遁生活を送っていると思われていたイタロ・バルボ空軍元帥だった。

 ムッソリーニ統領に次ぐ地位にあるファシスト四天王として知られる党最高幹部の中でも最若年のバルボ元帥は、開戦前後までは実質上ムッソリーニ統領の後継者として考えられていた。
 他の四天王であるデ・ボーノ元帥やデ・ヴィッキらの支持も得ているようだから、党内に異論はあってもバルボ元帥がファシスト党の次期指導者となるのは既定路線となっているのではないのか。
 当然のことながら、パドリオ政権の後にファシスト党政権が続くとすれば首相職の最有力候補はバルボ元帥ということになるだろう。

 しかし、バルボ元帥は戦前から親国際連盟のファシスト党左派として知られていた。そのような人物が党内をまとめているという時点で、現在のファシスト党の政治姿勢が伺えるのではないのか。


 現在、イタリア王国を率いるパドリオ元帥やファシスト党首領であるバルボ元帥、それに国王エマヌエーレ3世は枢軸側にたっての戦争継続を表明していた。
 だが、ヒトラー総統らドイツ首脳陣でそれを言葉通りに信用するものは少なかった。
 ドイツ軍は万が一の事態に対応するために現地防衛部隊を補強するとの名目で部隊を増派するとともに、旧オーストリア領内でイタリアと国境を接するチロル地方及びヴィシー・フランス領北東部に合計6個師団もの大部隊を待機させていた。

 イタリア王国の変節が現実のものとなった場合は、待機していたロンメル元帥率いるB軍集団が一挙に北イタリアに展開して同国を占領する手筈だったのだ。
 ロンメル元帥は北アフリカ戦線から送還されてからしばらくは療養生活を送っていたが、政治的には穏健派であったゲーリング国家元帥の事実上の更迭と同時期に現役に復帰していた。
 現在、イタリア王国陸軍は現地に駐留するドイツ軍よりも大兵力ではあったが、実戦力となるとムッソリーニ統領死去後の士気の低下や重装備の不足と言った面を考慮すれば、名将ロンメル元帥率いるB軍集団の増援があれば圧倒できるのではないのか。


 ただし、そのような強硬策がドイツ首脳陣の広範な支持を受けているとは言えなかった。

 完全に守勢に回ってしまった東部戦線は兵力不足に喘いでおり、東部戦線の各軍の指揮を執る陸軍総司令部には、各級指揮官からの増援の催促が連日のように送られていた。
 強大なソ連軍と対峙する前線の苦境を知る陸軍総司令部は、本来は英国軍を引きつけるための補助的な戦線に過ぎなかった地中海方面に貴重な兵力や資材をこれ以上投入することに疑念を抱いていた。

 だが、東部戦線の開設と同時に陸軍総司令部はこれの指揮に専念することと定められてしまった結果、地中海方面を含む東部戦線以外の作戦指揮は国防軍最高司令部に委譲されていたから表立った反論は出来なかった。

 もっとも、陸軍の兵器行政を担当する兵器局や人事局は未だに陸軍総司令部の指揮下にあったから、ヒトラー総統直々にB軍集団に任命されたロンメル元帥は、指揮下各隊の充足に難儀しているようだった。


 東部戦線を重要視しているためにイタリアへの大兵力の投入に疑問をいだいているのは陸軍総司令部だけではなかった。移り気なヒトラー総統自身やその側近たちの中でもそう考えているものは少なくないようだった。
 もっとも、それらの人間がイタリア戦線の軽視、あるいは国際連盟との講和を視野に入れているというわけではなかった。

 第502猟兵大隊の投入を検討していたのは、それらの派閥の人間たちだった。彼らは列記とした公的な武装集団でありながらも、国家ではなくナチス党に所属する政治的な組織でもある武装親衛隊の指揮下にある第502猟兵大隊を用いてイタリア王国の政治体制に介入しようとしていたのだった。
 おそらく作戦は要職につく政治家本人やその家族の誘拐などを手段とした枢軸陣営での戦争継続政策の強要という形をとるのではないのか。

 確かに、そのような作戦に正規軍を投入するのは難しかった。第一、軍事情報の取得が前提の国防軍情報部が、王族や政治家といった指導者層本人はともかく作戦に必要不可欠な家族までもの詳細な情報を完全に提供できるとは思えなかった。
 しかし、親衛隊指揮下の国家保安本部は敵対国のみならず、イタリアなどの同盟国の立場にあった国家に関する情報も収集していたから、第502猟兵大隊を支援、あるいは指揮を執るのは難しくなかった。


 もっとも、第502猟兵大隊の支援に関してその実施機関となるはずの国家保安本部第6局を率いるシェレンベルク准将は、党の重鎮が考案したらしいその作戦の内容に不満をいだいていた。

 シェレンベルク准将がイタリア国内での第502猟兵大隊の投入そのものに反対しているわけではなかった。他の人間たち同様に、准将も逼迫した他の戦局で必要とされている大規模な部隊の投入なしに少人数の特殊部隊のみでイタリア戦線の政治的な安定化を図ることの利点を十分に把握していたからだ。
 現状で予想しうるイタリア戦線に投入可能な国際連盟軍と枢軸軍の戦力差を考えれば、大規模な増援なしにはおそらくは最終的には同戦線は敗北を迎えることになってしまう可能性が高かった。
 しかし、イタリア国内の体制が盤石な態勢にあれば、戦線がドイツ本国と言っても良い旧オーストラリア領内や、イタリアに代わって有力で忠実な同盟国となりつつあるヴィシー・フランス領に達するまでに相当の期間を稼ぐことが出来るはずだった。


 この作戦において、政治工作の対象となるのは現イタリア国王エマヌエーレ3世の長子であるウンベルト皇太子だった。
 現在、国家保安本部第6局が把握しているイタリア国内の世論は、ファシスト政権への反発からかムッソリーニ統領に組閣を命じていたイタリア国王エマヌエーレ3世などに対する反発が強まっていたが、ウンベルト皇太子はその例外となっていた。

 ウンベルト皇太子はムッソリーニ統領の女婿であるチアーノ伯などのファシスト党若手幹部らと親しい関係ながらも、ファシスト党そのものとは一線を画す姿勢を示していたからだ。
 特に今次大戦開戦後はその傾向が強くなっているという情報もあった。おそらく、マリア・ジョゼ皇太子妃が対仏戦に伴って中立を表明していたにも関わらず先の大戦と同様にドイツに占領されたベルギーの王室出身であったからなのだろう。


 ただし、ウンベルト皇太子が国民からの広範な支持、というよりも敬愛の対象となっていたのは、そのような政治的な姿勢からだけではないはずだった。
 日英などと同じく立憲君主制を取るイタリア王国は、貴人の義務として軍務に就く王族、貴族の男子が多かった。ウンベルト皇太子もその例外ではなく、今次大戦勃発時には海軍中将としてタラント軍港司令部の長官を務めていた。

 もっとも、中央集権化が図られた現在の政治体制において実質上単なる名家としての価値しか持たない貴族層ならばともかく、皇太子の軍務はあくまでも象徴的なものにすぎないはずだった。
 その中将という階級や、重要拠点であるタラント軍港の指揮官という職務も名誉的なものが強かったはずだった。
 実際に、ウンベルト皇太子は純粋な軍人というよりも、その名誉階級や皇太子としての地位を活用して海軍の航空部隊増強に携わるなどといった軍政家としての側面の方が強かったようだった。

 そのウンベルト皇太子が二年前のマタパン岬沖海戦においてタラントから出撃した支艦隊の指揮をとったのは、本来艦隊司令官であったサンソネッティ中将ら司令部要員の一時的な人事不省が原因であったらしい。
 事情はどうであれ臨時の艦隊司令官として最前線で指揮をとることになったウンベルト皇太子は、英国海軍地中海艦隊との交戦において巡洋戦艦リナウンの撃沈を含む多大な戦果を上げることに成功していた。

 マタパン岬沖海戦後は王族の戦死を恐れたらしいファシスト党などの思惑によってローマの海軍最高司令部勤務とされていたが、実戦において最前線で指揮をとって戦果を上げた皇太子に対して、イタリア国民や将兵たちは絶大な好意を抱くことになっていた。


 そのように人気の高いウンベルト皇太子に対して、ナチス党も友好的な態度を示して歓心を買おうとしていた。
 マタパン岬沖海戦における勝利の際にも駐伊大使を通じてドイツの勲章を授与していたし、皇太子が後見人になっていたと言っても過言ではないイタリア海軍航空隊に配備するための戦闘機向けに最新のダイムラー・ベンツ製エンジンの優先供与を行っていた。

 もっとも、ナチス党による好意がウンベルト皇太子に受け入れられた様子は無かった。その後も彼のファシスト党政権に対する態度は冷ややかなものだったからだ。


 第502猟兵大隊による政治介入の対象となるのは、これらの理由からイタリア国民からの人気の高いウンベルト皇太子だった。彼がファシスト政権に融和的な姿勢を見せれば、一般国民だけではなく多くの将兵がそれに従うのではないのか。
 ただし、ウンベルト皇太子自身が大隊の標的となっているわけではなかった。イタリア国民からの支持はともかく、皇太子である彼を狙うにはあまりに危険性が強かったからだ。
 政治的な支障も高かったが、普段は戦時中故に警備の厳しい海軍最高司令部で勤務するウンベルト皇太子を襲撃することは物理的にも困難だった。

 その代わりに標的となったのは、マリア・ジョゼ皇太子妃だった。ウンベルト皇太子に強い影響力を持つ彼女を密かに拘束して、皇太子本人にファシスト党支持を強要しようとしていたのだ。
 幸いなことにドイツ側が皇太子妃を拘束すること自体には大義名分があった。ドイツに占領されたベルギーの王族出身の彼女はナチス党に反感を抱いており、密かに反体制派に資金などの援助を行ってさえいた。
 これまではそのような行為は、イタリア王室との衝突を恐れるナチス党首脳によって黙認されていたのだが、反枢軸同盟の動きは彼女を拘束するのに十分な理由となるはずだった。


 大義名分まで用意された皇太子妃の拘束にシェレンベルク准将が反感を抱いていたのは、単に無力な女性を強引に拘束するという作戦の内容が気に入らなかったからに過ぎなかった。
 つまらなそうな顔でシェレンベルク准将は、副官のケラー中尉に先程スコルツェニー少佐から渡されたばかりの書類をぞんざいな手つきで放ってから言った。
「B部のイタリア担当に渡してやってくれ」

 書類が入れられた頑丈そうな封筒を取り上げながらケラー中尉はどこか呆れたような様子で言った。
「やはり標的は皇太子妃、ですか」
「そうらしいな。私には屈強な男共が寄ってたかって女子供を誘拐して何が楽しいのかさっぱりわからんよ」
 不機嫌そうな声を聞きながら、ふとケラー中尉は考え直していた。シェレンベルク准将がこの作戦に反感を抱いているのは、実際には女子供の拉致という道徳的なものではないのではないのか。
 よく考えれば、薄ら暗い国家保安本部に長年勤めるシェレンベルク准将は、いざという時に傍から見れば卑怯極まりない作戦であっても実行をためらうとは思えなかったからだ。

 もしかするとシェレンベルク准将が反感を抱いているのは、政治的な危険性に反して、無力な皇太子妃を誘拐するという作戦自体に困難さが感じられなかったからではないのか。
 そう考えると、シェレンベルク准将がスコルツェニー少佐に抱く嫌悪感とは実は同族嫌悪にすぎないのかも知れなかった。

 局長室に注がれる柔らかな日差しを浴びながらケラー中尉はそのように愚にもつかない事を考えていた。
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