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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943謀略、大連―ベルリン8

 国防軍情報部の直接指揮下にあって、攻勢作戦の際に全軍の先頭にたって開戦前に敵地に潜入して要地占領や破壊工作を実施していたブランデンブルク部隊は、現在ではその任務を大きく変更されたことにあわせて部隊編制をも変質させていた。
 すでにドイツ軍は全戦線において完全に守勢に回っており、攻勢作戦において必要な要地の占領任務などがブランデンブルク部隊に与えられる可能性は無くなっていたからだ。

 だが、潜入工作などの特殊な技能を除けば、ブランデンブルク部隊の本質は軽歩兵部隊に過ぎなかった。
 重装備を運用する砲兵や戦車部隊とは縁がないし、歩兵にしても破壊工作などでは長射程の小銃などよりも隠密潜入に適した軽量の短機関銃などを使用する場合が多かったし、作戦時の携行弾薬も少ない傾向があった。
 ブランデンブルク部隊が実施するような特殊作戦においては、襲撃作戦は短時間で終結するか、そうでなければ作戦そのものが失敗に終わっている可能性が高かったからだ。

 それ以前に、ブランデンブルク部隊は情報部直属の精鋭部隊ということにはなっていたものの、部隊に所属する将兵が得意とするのは少人数から単独での潜入術や情報収集、長距離無線機操作といった潜入工作向けの技能であって、単純な射撃術はそれほど重要視されていなかった。
 もしもブランデンブルク部隊が同程度の規模の正規軍と衝突すれば勝敗は明らかなのではないのか。
 同じ特殊部隊とはいっても、破壊工作専門と思われる英国のコマンド部隊などとは少々部隊としての性質が異なっていたのだ。

 だからこそ、現状に合わせてブランデンブルク部隊は再編制を余儀なくされていた。それまでにも徐々に部隊規模は拡張されていたものの、再編制前に1個連隊規模だった部隊は、今年の春先頃には部隊規模の拡張といくらかの支援部隊の配属を受けて師団編制とされていた。
 しかもその指揮権は情報部から離れて国防軍最高司令部に移行されており、司令部直轄の特別部隊とされていたのだ。


 しかし、ブランデンブルク特別師団と呼称されたものの、再編制後もこの部隊の性質はは一般の野戦部隊とは異なっていた。
 戦車部隊の不在は最近の東部戦線ではそれほど珍しくはなかったが、師団とは言うものの独立行動を行うには輸送、衛生部隊や砲兵、工兵といった支援部隊を欠く歪な部隊編制をとっていたのだ。

 もちろんだが、このような部隊編制では正規野戦師団のように最前線での戦闘に従事させるのは不可能だった。大量の戦車に加えて、重火器を集中的に使用するソ連軍を相手にしては、ただの一戦で壊滅的な損害を受けてしまうのではないのか。
 それ以前に段列部隊の編制が貧弱だから、上級司令部の支援がなければ戦地での師団規模での展開すら難儀するのではないのか。


 結局、ブランデンブルク部隊が投入されたのはポーランドやユーゴスラビアといった後方地帯でのパルチザン狩りだった。
 ブランデンブルク特別師団が野戦部隊と比べれば火力が貧弱とは言え、ドイツ軍から奪ったり、旧体制の軍隊が投降する際に未回収となっていたものをかき集めた雑多な小火器しか保有していない民兵が相手であれば優位に戦えるはずだった。

 ただし、パルチザン狩りに投入されるブランデンブルク部隊は、警察部隊を転用した貧弱な装備の警備部隊や一般親衛隊の捜査部隊とは戦法が異なっていた。元々現地人や民族ドイツ人を中心とした部隊編制を取っていたブランデンブルク部隊は、師団編制後も諜報能力を完全に失ったわけではなかったからだ。
 その特異な能力を生かして、特に多数の少数民族や宗教、言語が複雑に入り乱れるバルカン半島で半ば諜報活動に足を踏み入れた警備任務にブランデンブルク部隊は投入されていた。

 国外での諜報を任務とする親衛隊国家保安本部6局にはブランデンブルク部隊が遂行している任務に関する情報もしばしば入ってきていたが、少なくともケラー中尉が書類を確認する限りでは、ともすれば以前からの宗教的な対立から過剰警備となって不要な虐殺をしでかす現地人協力者の部隊や、言語の関係から敵部隊を取り逃がしていると思われる警察部隊よりも、ブランデンブルク部隊は的確にパルチザン部隊の摘発を行っているようだった。


 しかし、ブランデンブルク部隊がそうしたパルチザン狩りに特化した哨戒部隊に再編される一方で、従来同隊が遂行していた特殊戦闘の必要性が消失したわけではなかった。
 もちろん、これまでに実施していたような正規軍の支援を行うための攻勢作戦における事前の浸透、要地占領などの任務ではなかった。そうではなく、部隊単独での潜入、破壊工作は守勢においても必要と考えられていたのだ。

 ただし、そのような工作の対象はこれまでのような敵国の軍隊に対するものだけではなかった。むしろ、その対象は同盟国を相手にしたものや、中立国、敵国であっても最前線から遠く離れた国家となるのではないのか。
 中立国や敵国への潜入工作は、純然たる戦闘行動というよりも、政治工作と言った側面が強かった。つまり、その国家の指導層に不満を抱く労働組合やナチス党シンパに接触して軍事教育や資金の提供を行うことで敵国内に政情不安を作り出したり中立国の政策変更を促すのだ。

 もっとも、このような工作は軍隊が実施できるものではなかったし、送り込まれるのは軍事教育を受けた軍人よりも工作員といったほうが相応しかった。それ以前に、潜入手段が限られるものだから単独か精々数人程度の工作員を送り込むのが精一杯だろう。
 こうなると仮に正規の軍人を工作員に抜擢したとしても、実際に実行するのは国家保安本部のような諜報機関ということになるだろう。

 もちろん、ブランデンブルク部隊のような潜入工作を得意とする特殊部隊と言っても、このような遠隔地への工作に派遣することはできなかった。もし作戦を強行することがあっても帰還を前提としない非情な片道の作戦となるだろう。
 現在のドイツの状況で、ブランデンブルク部隊かそれに類似する部隊を投入する局面が生じるとすれば、侵攻する国際連盟軍の前線後方に侵入しての破壊工作か、友好国内での潜入工作となるのではないのか。


 以前であれば、友好国内での潜入工作とは言葉自体が矛盾している感があった。新たな同盟国となったヴィシー・フランス共和国を含むドイツ周辺に存在する友好国の国内には有力なドイツ軍が駐留していたからだ。
 もちろん充足率が高く練度が高い部隊は東部戦線やイタリア防衛などで最前線に送られていたのだが、そうして前線で戦闘している間に損害を受けた部隊は、損耗率が一点に達した時点で戦線後方に退いて兵員の補充や新兵器の配備などを行って再編成作業を実施していた。

 そうして再編成を終えた部隊は再度前線に向かうのだが、その再編成作業を行うのはドイツ国内ばかりではなく、比較的安全なフランス領内などの友好国内に駐留して行うことも珍しくなかった。
 だが、再編成作業中とはいっても、作業が開始された時期にもよるが一般的に同盟国家の軍隊に比べて正規のドイツ軍は兵員の練度や装備の質は高かったから、維持されている戦闘能力は無視できなかった。


 だが、友好国内の潜入工作とはそうした正規軍を用いるものではなかった。ドイツ軍が守勢に回るなかで次第に信頼性が薄れてきていた同盟国政府がドイツから離反するのを防ぐためのある種のカウンタークーデターの形をとるのではないのか。
 枢軸同盟とはいっても、その実態は群を抜けて有力なドイツ軍が他国軍をその意に従えているだけの歪な組織だった。大規模な陸軍部隊や有力な艦隊を有するイタリアやヴィシー・フランスはともかく、それ以外の中小国は国力や技術力の点から言っても枢軸軍に提供できる戦力は少なかったからだ。

 それに、それらの国家が枢軸同盟に加わった理由もまちまちだった。中には強国ドイツと他の枢軸国家に挟まれた立地条件のためにやむを得ず枢軸軍に加わったものもあったし、ドイツ軍に睨まれてそれまでの対立を棚上げにして加わっている国家群もあった。
 枢軸軍はそのような呉越同舟といっていい関係で構築されていたから、戦局の移行次第によっては同盟関係を破棄して離反しようとする勢力があっても不思議ではなかったのだ。


 だが、そのように高度に政治的な判断を要求される友好国に対する強制的な介入を、ヒトラー総統の肝いりで創設された国防軍最高司令部の直接指揮下にあるとは言え、国防軍の一機関に過ぎない情報部が指揮をとるのは不自然だった。
 すでにそのような作戦は純軍事的なものから遠くかけ離れているからだ。

 おそらく、それがブランデンブルク部隊の再編制、言い換えれば特殊部隊から野戦部隊への変質と時期を同じくして、元来高度に政治的なナチス党の機関である武装親衛隊指揮下に第502猟兵大隊という特殊部隊が設立された理由だったのではないのか。ケラー中尉はそう確信する時があった。
 ブランデンブルク部隊の再編制に伴って少なからぬ将兵が第502猟兵大隊に転属していたのは、同隊が特殊部隊となった原因ではなく、結果に過ぎないのではないのか。
 直接確かめたわけではないが、ブランデンブルク部隊から転属されていたのは、特に潜入工作などの一般部隊の将兵には必要ない特殊な技能を得意とするものだけだったのだろう。


 勿論、第502猟兵大隊がそのような政治的な作戦に限定されて投入されると決まっているわけではなかった。というよりも、そのためだけに有能な将兵を集成した部隊を編成するのはあまりに効率が悪かった。
 部隊の全力を投入するかどうかは分からないが、おそらくは政治を抜きにした軍事的な作戦、例えば正規軍の撤退を支援するための橋梁などの破壊工作などにも積極的に投入される可能性があるのではないのか。
 東部戦線ではドイツ軍を主力とする枢軸軍の守勢が決定的なものとなっておりり、その支援は急務だったからだ。

 ただし、態々武装親衛隊指揮下に編制された第502猟兵大隊が真価を発揮する作戦が決行されるとすれば、昨年末から本年初頭にかけてのソ連軍による攻勢が一段落してウクライナからベラルーシに至る領域で一時的に安定している戦線が大きく揺れ動いて、同盟国ルーマニアやハンガリー内に迫ってきた時になるのではないのか、国家保安本部ではそう予想されていた。
 そして、そのような想定に基づいて国外諜報を担当する第6局では、予め両国内の反体制派や亡命政府、更には現行政府の内情に関する情報を密かに収集していた。
 第502猟兵大隊が政治的な事情から両国に対する介入のための作戦を実行する際には、情報の支援に限らず、実質上は第6局の指揮下で作戦を実行することになるだろう。

 第6局の局長であるシェレンベルク准将と、第502猟兵大隊の指揮官に就任したスコルツェニー少佐との間に面識が出来たのはそのような経緯があったからだった。
 つまり、二人は組織体系上は全く異なる立場にいるように見えたが、実際には指揮下におかれることもあり得るのだ。
 シェレンベルク准将が冒険心の強すぎるスコルツェニー少佐の性格に危惧を抱くのもある意味で当然のことだった。政治的に繊細な工作が必要とされる作戦に第502猟兵大隊が投入される限りは、シェレンベルク准将の指揮下で少佐が動くことになるからだった。
 おそらくシェレンベルク准将はルーマニアやハンガリーの国内情勢に対する第502猟兵大隊への事前説明などでスコルツェニー少佐と会話する際にそのような危険性に気がついていたのだろう。


 しかし、最近になって第502猟兵大隊と国家保安本部第6局との関係は微妙に変化することとなった。
 同じオーストリア生まれのスコルツェニー少佐をヒトラー総統が気に入ったからだという噂もあったが、第502猟兵大隊の方が予想される作戦の主導権を握りつつあったのだ。
 もっとも、そのような動きは人間関係だけが原因ではなかった。第502猟兵大隊が投入される可能性が最も高かった場所が、東部戦線における最前線が接近しつつあるルーマニア国内ではなく、それまで可能性が低かったイタリア王国の国内となるかもしれなかったからだった。
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