挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

236/294

1943謀略、大連―ベルリン7

 親衛隊国家保安本部の中でも国外諜報を担当する第6局の局長という重責を担うヴァルター・シェレンベルク親衛隊准将は、大男が出ていったばかりの扉を鋭い目で睨みつけていた。
 局長室の座り心地のいい椅子も、第6局が入居するプリンツ・アルブレヒト宮殿に差し込む午後の柔らかな日差しも、彼のささくれだった精神を和らげてはくれなかった。

 ほとんど大男と入れ違いに局長室に入室したシェレンベルク准将の副官であるケラー親衛隊中尉は、真正面から鋭い視線を浴びせかけられて唖然とした表情になっていた。
 珍しく怒気を他人に露わにした事が急に気恥ずかしくなったのか、シェレンベルク准将は引きつったような愛想笑いを浮かべながらケラー中尉に頷いて見せていた。

 普段のシェレンベルク准将は、常に人付きのする笑みを見せる好青年だった。フランスでは有名な服飾デザイナーとも愛人関係にあったらしい。
 そのような浮名を流すほどの色男として知られていたにも関わらず、男女問わずシェレンベルク准将に嫌悪感を抱くものは少なかった。
 潔癖主義者であるヒムラー親衛隊全国指導者にしても、彼の性格からすればシェレンベルク准将を嫌ってもおかしくないはずだが、実際には准将の能力を高く評価するとともに、自分にはない茶目っ気を欠かさないシェレンベルクという青年を可愛がっていた。


 そのヒムラーは、前任者が負傷によって退任に追い込まれた後に親衛隊の情報機関である国家保安本部の長官にシェレンベルク准将を据えようとしていたらしいが、まだ若すぎるという理由でヒトラー総統に反対されたという噂もあった。
 ただし、その噂でもヒトラー総統の反対理由はシェレンベルク准将の年齢に関することだけで、彼の能力に疑問をいだいた節はなかった。

 要するにシェレンベルク准将は、親衛隊の中枢である国家保安本部で国外諜報、すなわち外国に潜ませたスパイ達の元締めであると共に、場合によっては自ら特殊作戦を実行するという後ろ暗い立場にあるにも関わらず、彼と付き合う誰からも好かれるという稀有な性格を持ち併せていたのだ。

 誰からも嫌われることの少ないそのようなシェレンベルク准将の稀有な素質は、一見して人懐っこそうな笑みを浮かべ続けているような顔立ちや性格が寄与する所が大きかったが、同時に彼の体格もそれに一役買っているのではないのか。
 副官となってからそれほど長い時間が経っているわけではなかったが、ケラー中尉はそう考えるようになっていた。

 親衛隊は入隊に際してユダヤ人の血統が含まれていないことなどに加えて、身長170センチ以上という入隊資格を設けていたが、シェレンベルク准将はおそらくその制限ぎりぎりの身長しか無いはずだった。
 ヒトラー総統やヒムラー長官もドイツ人男性の平均身長と比べると高い方ではなかったが、シェレンベルク准将はそれよりも低かった。
 その余計な威圧感を与えない低身長と童顔、これに性格が加わってシェレンベルク准将はヒムラー長官だけではなく、多くの上官達から可愛がられるようになっていたのではないのか。


 ただし、シェレンベルク准将は人好きのする性格の裏に、場合によっては誰よりも冷酷になれる天性のスパイマスターとしての能力を有していた。
 そうでなければいくら上官たちからの引き立てがあったとしても、国防軍情報部とドイツの軍事情報機関を二分する親衛隊国家保安本部の中でも重要な国外防諜を担当する第6局の局長に若くして就任できるはずがなかったのだ。
 陸軍士官学校を卒業後、前線部隊での勤務の後に複雑な事情から親衛隊国家保安本部に転じたケラー中尉はまだ二十代の半ばだったが、シェレンベルク准将の外見は、東部戦線に従軍する間にめっきりと老け込んだ中尉よりも若く見えるほどだったし、実年齢でも10歳は離れていなかったはずだ。

 ケラー中尉は、先程上機嫌な表情ですれ違った男の顔を思い出して、そう考えるとシェレンベルク准将と先程の男は全く逆の印象だったなと考えていた。
 シェレンベルク准将に比べればまだ高く、ケラー中尉はドイツ人男性の平均身長程度の背丈だったが、すれ違った男、武装親衛隊のスコルツェニー親衛隊少佐はそれを超える2メートル近い身長だった。
 勿論、スコルツェニー少佐は身長だけではなく、武装親衛隊の制服の上からでも金属線を束ねたような滑らかさと力強さを持ち併せた強靭な筋肉を有していることがわかる偉丈夫だった。
 逆に筋肉がつきすぎて、比重の関係から川や海で泳ぐことが出来ずに沈み込んでしまうのではないかと心配してしまいそうになるほどだった。

 今年の初頭頃にドイツ軍は歩兵部隊の名称を士気向上を図るためにプロイセン王国時代の伝統的な擲弾兵や猟兵に改めていた。
 それは単なる呼称の変更に過ぎなかったのだが、スコルツェニー少佐の場合は、かつてのプロイセン王国陸軍において危険な擲弾を使用するために特に体格に優れた兵が集められた擲弾兵という精鋭部隊の名称に相応しいような気がしていた。


 シェレンベルク准将とスコルツェニー少佐が正反対の印象をあたえるのは体格だけではなかった。
 年齢はさほど変わらなかったし、共に中産階級に生まれた二人は大学で高度な教育も受けていた。
 だが、共通点はそこまでだった。シェレンベルク准将が貧乏な司法修習生時代に金銭面から親衛隊に入隊したのに対して、オーストリア生まれのスコルツェニー少佐は冒険を求めて突撃隊に志願していたからだ。
 スコルツェニー少佐に凄みを与えている顔の傷も戦傷ではなく、大学時代にその冒険心故に盛んに行っていた学生決闘において出来た傷であるらしい。
 場合によっては自ら特殊作戦を遂行するものの、不必要な冒険は冒さず、部下にも自制を求めるシェレンベルク准将とは異なり、スコルツェニー少佐は元来の性格が冒険心が強いものであるようだった。

 そのような凄みのある傷の大男であるスコルツェニー少佐と、柔らかな印象を与える優男風のシェレンベルク准将が並ぶと、まるで子供と大人の様に見えるのではないのか。
 そう考えるとケラー中尉は思わず笑みを浮かべてしまいそうになるのだが、両者の仲は少しばかり複雑なものらしかった。
 職務上ではともかく、シェレンベルク准将は密かに冒険心の強すぎるスコルツェニー少佐の性格に危惧を抱いている節があった。それが嫌悪感となって現れているようだが、スコルツェニー少佐の方はお構いなしにシェレンベルク准将に好意を抱いているようだった。


 前任の国家保安本部長による勧誘によって保安本部の一員となったシェレンベルク准将は、これまで突撃隊上がりの武装親衛隊員であるスコルツェニー少佐と接点はまるで無かった。
 階級には大きな差があったし、強制収容所の監督部隊を母体として編制された武装親衛隊第3装甲師団のような例外はあるものの、建前はどうあれ一般親衛隊と武装親衛隊、特に開戦前後から急拡張されて誕生した部隊との間に人事的なやり取りは殆どなかった。

 この両者が頻繁に顔を突き合わせるようになったのは、先頃第502武装親衛隊猟兵大隊の名称で再編制が行われた武装親衛隊の特殊部隊の指揮官にスコルツェニー少佐が就任してからのことだった。
 再編制を行ったと言っても、第502猟兵大隊は母体となる部隊が去年編制されたばかりの新しい部隊だった。

 名称の上での部隊規模は大隊となるが、武装親衛隊だけではなく、国防軍からも広く志願兵を募集しても部隊は2個中隊規模の小規模なものだった。志願兵の中から部隊に要求される高い練度や特殊な素質といった項目で選抜を行う限り、どうしても大人数の部隊を編成することはできなかったのだ。
 もっとも、第502猟兵大隊に与えられる任務の性質上、多くの兵員は必要なかった。大隊が遂行する任務は敵地への隠密潜入や情報収集、破壊工作と言った特殊任務だったからだ。


 元々第502武装親衛隊猟兵大隊は、ヒムラー長官や親衛隊作戦本部が国防軍に所属するブランデンブルク部隊に対抗して設立したものだったらしい。さらにはヒムラー長官よりも上のヒトラー総統自身の要望であったという噂もあった。
 おそらく政治的に信頼できるナチス党の軍隊である親衛隊内部に、場合によっては準軍事目的とは言い難い政治的な特殊戦に投入できる部隊を保有させたいと考えていたのではないのか。

 だが、ケラー中尉は、国防軍のブランデンブルク部隊と、スコルツェニー少佐が率いる第502武装親衛隊猟兵大隊は本質的に同一の存在なのではないのかと考える事があった。
 確かに部隊の性格を変えつつあったブランデンブルク部隊から特殊技能を保有する元陸軍将兵が第502猟兵大隊に異動していたが、ケラー中尉の考えはそのような一部人員の動きだけではなかった。
 ドイツの軍事力というくくりの中で、特殊戦闘を行う部隊としての性格がブランデンブルク部隊から第502猟兵大隊に移行していったのではないのかと考えていたのだ。


 国防軍内にブランデンブルク部隊が編制されたのはポーランド戦の直後のことだったが、その原型となる組織が国防軍情報部の主導で編成されたのはそれよりもずっと前のことだった。
 国家保安本部で局長副官を勤めるケラー中尉でも詳細は知らなかったが、初期のブランデンブルク部隊は純粋なドイツ国民ではなく、各地に散らばって居住する民族的な意味でのドイツ人を主力としていた。それどころか親ドイツの東欧諸国の人間も積極的に勧誘していたらしい。

 東欧諸国の人間はともかく、ドイツという彼らにとって本来外国である国家に忠誠を誓う民族ドイツ人の確保はそれほど難しくはなかった。
 先の欧州大戦における敗戦の結果、ドイツや同盟国オーストリアは帝国を失うとともに多くの領土を割譲、或いは分離独立させられる羽目になっていたが、そうして本国と切り離された領域に居住し続けるドイツ系住民の中には新たな母国ではなく、滅び去ったはずの祖国に忠誠を誓い続けているものが少なくなかったからだ。

 そのような要員で編成された部隊なのだから、正規の戦闘部隊となるはずはなかった。ブランデンブルク部隊が編制前後に関わっていた作戦は記録が残っていないものも多かったが、不正規戦闘に従事するという部隊の性格を考慮すればそれも当然だった。
 そうした不正規戦部隊であるブランデンブルク部隊は、開戦前に敵勢力圏内に密かに潜入して破壊工作を実施したり、主力部隊に随伴する形で進出して敵国の情報機関を占拠して機密書類を収集すると言った特異な作戦を実行していたらしいという噂もあった。
 それに、ベルギーへの侵攻作戦においても開戦前に民間人に偽装した少人数の部隊が、空挺部隊に先行する形で潜入して交通の要所を奪取していたらしい

 だが、そのような偽装潜入工作を前提とする部隊の指揮は通常編制の司令部でこなすことは難しかった。目の前の戦場だけではなく、戦略面から投入場所や時期、更にはそれに合わせた部隊規模まで正しく選定しなければ特殊な技能を持つ彼らの真価を発揮させられないからだ。
 それに、士官学校を出た貴族層出身でプロイセン的な伝統という建前を重視する多くの正規の高級軍人達には、敵兵や民間人に偽装する部隊は名誉に反する卑怯者という感覚が強かったのではないのか。
 だから、ブランデンブルク部隊は中央の情報部直轄の実働部隊として編制されていたのではないのか。


 しかし、昨年度に第502猟兵大隊の母体となった部隊が編制されたのとほぼ同時期からブランデンブルク部隊もその任務を変質させはじめていた。おそらくその変質の原因は、ドイツ軍が守勢に転じたのと無関係ではないはずだった。

 ブランデンブルク部隊やその原型が編成された理由は、攻勢作戦において正規軍に先んじて敵地に侵入して特殊工作を実施することにあった。
 西部戦線に続く東部戦線においても全軍の先頭になって橋梁の確保や、ソ連軍の逃亡兵に偽装しての潜入などを行っており、ブランデンブルク部隊は極寒のロシアの平原から灼熱の北アフリカまで全ドイツ軍の全戦線において広く散らばりながらも、正規軍の尖兵として活躍していたといってもよかった。
 だが、それも攻勢作戦においての話だった。守勢に回った現在のドイツ軍において、彼らの特異な潜入工作能力は必要とされていなかった。必要なのは敵軍の攻勢を押しとどめるための装甲や火力であって、要地を占領する任務などもはやありえなかったのだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ