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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943久里浜―ローマ9

 ムッソリーニ統領への個人攻撃の感をなしてきたファシズム大評議会だったが、評議員達全員が反ムッソリーニ派というわけでは無かった。
 それにこの場の議事進行を務めるスコルツァ党書記長が、巧みに数の少ないそうした統領派とでも言うべきファシスト党右派に発言を優先的にさせるせいで、全体的には均衡を保っているかのように印象づけていた。

 ファシズム大評議会が始まってからすでに何時間も経過していた。反対派の誰かが発言を終えるか終えないかのうちに、唐突に青筋を立ててファリナッチが立ち上がっていた。

 先の欧州大戦後に共産主義者の暴動が相次いでいた北イタリアのロンバルディアで、これに暴力でもって対抗するという過激なファシズム運動に従事していた古参の党員であるファリナッチは、現在では党内で一応は広報を担当していることになっていた。
 だが、今のファリナッチに与えられた実務的な権限は長い党員歴の割にはそれほど大きなものではなく、お飾りと言ってもよいものだった。

 ファシズム党内でも、ファリナッチは主義的な右派として知られていた。共産主義の否定などはともかく、あまりにも教義的にファシズムを信奉するものだから、教会や既存政治勢力との妥協も許容せずに強硬路線を主張していたのだ。
 ファリナッチは党を中核に据えた政治体制の確立を主張していたから、場合によっては未だイタリア国民からの広範な支持を受ける王室と全面的な対立を招く恐れすらあったのだ。
 そのような無謀と紙一重の強硬派だったから、ファリナッチの失言を恐れた党中枢は要職から退けつつ党内で監視できるようにお飾りの党広報担当役を押し付けたらしい。

 ファシズム党内の職にはあまり縁がなく、外務担当者として国内外に赴任することの多かったチアーノ伯は党内の事情はそれほど詳しくはなかったが、その程度の知識はあった。
 だから、ファリナッチが舌鋒鋭く反ムッソリーニ派を攻撃していても、隣りに座ったチアーノ伯は完全にその言を聞き流していた。どうせいつものように親ナチス・ドイツの立場からの強硬路線を主張するだけで、その言葉に大した中身はないことを確信していたからだ。
 それよりも、チアーノ伯はムッソリーニ統領の様子が気にかかっていた。ファリナッチの支離滅裂な演説で騒然とするオウムの間の中で、心労によるものかムッソリーニ統領が顔面蒼白になっていたからだ。

 ―――やはりムッソリーニ統領は追い詰められている、か。
 チアーノ伯がふと視線を感じて下座の方に目を向けると、バルボ元帥が複雑そうな目で頷いていた。二人にとって、この場でムッソリーニ統領を追い詰めすぎるのは得策ではなかった。
 数日の内にムッソリーニ統領を政府施設内で拘束して実権を奪取する手筈が整えられていたからだ。

 だが、この場でムッソリーニ統領が暴走してしまえば逮捕は実力行使にならざるをえないから、彼を首相に任命した王室の権威の失墜も免れなかった。
 強力すぎる上に気の抜けない同盟者であるドイツと、こちらを完全に信用したとは思えない国際連盟軍という二者を同時に相手にして交渉しなければならないイタリアにとって、国内情勢の悪化を意味する王室権威の低下は小さな問題ではなかった。


 内心で心配するチアーノ伯やバルボ元帥を他所に、ムッソリーニ総帥は議論というよりも罵詈雑言を投げあっているだけという感のしてきたファリナッチの言を遮るように、叫ぶようにいった。
「本日はこれまでとする。明朝再会とするので列席者は解散せよ」
 そう言ってから周囲を見渡したムッソリーニ総帥は、気圧されるように顔をひきつらせていた。グランディ下院議長やデ・ボーノ元帥だけではなかった。多くの者の表情が解散に反対する様子だったのだ。

 すでに日付も変わっていたが、おそらく彼らの多くはいまファシズム大評議会が解散されてしまえば、ムッソリーニ総帥が強権を使って再度の開催に同意しないのではないのか、そう考えていたのではないのか。
 そのあまりの反論に怖気づいたのか、評議員達の抗議の声に対抗するようにムッソリーニ総帥は十五分の休憩の後再会と叫ぶように言うと、スコルツァ書記長を伴って自分の執務式である地球の間に逃げるようにして去っていった。

 特別軍事法廷の長官を務めるカサーノヴァやファリナッチなどの親ムッソリーニ派の何人かの評議員がムッソリーニ総帥を追いかけるように地球の間に入ろうとしたが、すげなくスコルツァ書記長に追い出されて扉の前で待たされていた。
 だが、大多数の評議員達は、ムッソリーニ総帥が立ち去ったと同時に立ち上がってオウムの間のあちらこちらで喧々諤々と議論を始めていた。
 再びその間を縫うようにグランディ下院議長が歩きまわっているのは、自分の動議への賛成者を増やそうとしているのだろう。
 そのようなオウムの間の様子を、親ムッソリーニ派の評議員達は苛立たしそうな顔で見つめていた。


 チアーノ伯は見事なまでに二分されたオウムの間の様子を半ば蚊帳の外で見つめていた。ムッソリーニ総帥の女婿である立場では反ムッソリーニをとなえるグランディ下院議長らから声をかけられることはないし、親ムッソリーニ派のように疎外感から固まる必要もなかったからだ。
 バルボ元帥もそれは同じらしく、盛んに話しかけてくるグランディ下院議長らを曖昧な言葉であしらっているようだった。

 正直なところを言えば、チアーノ伯もバルボ元帥もこの場で何も決まらなくても支障は無かった。どのみち数日後にはムッソリーニ総帥はファシスト党の息のかかっていない王宮警備隊の手で拘束される手筈が整っていたからだ。
 そういう意味では、ムッソリーニ総帥の言うとおりに今日のファシズム大評議会はここで閉会としても構わなかったのだ。
 そう考えてしまうと、チアーノ伯はイタリア王国の今後を左右する騒ぎの渦中にいるにも関わらず、妙に眠気を感じてしまっていた。
 普段であれば床に入っていてもおかしくない時間になっていたからかもしれなかった。


 ふと気にかかってチアーノ伯は腕時計に目をやって思わず眉をしかめていた。歩き回っているグランディ下院議長は気がついていないようだが、すでにムッソリーニ総帥が告げた15分の休憩時間は過ぎ去っていた。
 地球の間の扉前で所在無げに突っ立っている親ムッソリーニ派の評議員の中にはそのことに気がついたものもいるのか、不思議そうな顔を周囲に向けているものもあった。

 妙な気配を感じて、チアーノ伯は咄嗟に会議卓の下座の方に目を向けていた。ついさっきまで隣席の労働組合の幹部と言葉をかわしていたはずのバルボ元帥が鋭い目を部屋の外に向けていた。
 つられるようにしてチアーノ伯は視線を扉に向けていた。いつの間にか廊下の向こう側から複数の人間が言い争うような声が聞こえてきていたのだ。

 木製の分厚い扉を通して声がくぐもっているものだから細かな内容までは分からなかったが、実際には議論するというよりも何かの号令かもしれなかった。
 不安になってチアーノ伯が視線をバルボ元帥に戻すと、元帥はそっと懐に手を入れていた。室内の他のものはまだ気がついていなかったが、バルボ元帥は懐に銃を忍ばせてきているようだった。

 2派に別れて盛んに議論していたはずの評議員たちも不穏な気配を察したのか、次第に声が小さくなっていた。最後にはお互いの顔を見合うだけでオウムの間に静寂が訪れていたが、それに反比例するように廊下側の騒音が激しくなってきていた。
 次の瞬間、オウムの間に入る扉が荒々しく外から開けられると、武装した黒シャツ隊の男たちが何人も室内になだれ込んで来た。


 おそらく警備についていたのであろう黒シャツ隊の隊員たちは全員が武装していたが、その装備はまちまちだった。狭い室内で警備にあたる為か過剰な威力を持つカルカノ小銃を持ち出したものは少なく、ベレッタ社の拳銃と短機関銃を手にしているものが半々といったところだった。
 ただし、所属や役割によって所持している火器が定まっているとは思えなかった。拳銃しか持っていない集団で一人だけ短機関銃を手にしたものもいたし、室内では使いづらいであろうカルカノ小銃を持ち出した数少ない兵士を援護する位置には誰もいなかったからだ。

 それに、銃だけではなくよく見れば衣類も統一感がなかった。おそらく正規の指揮系統の部隊が動員されたのではなく、急に命令を出されて取る物も取り敢えず短時間で格好だけは整えてきたのではないのか。
 おそらく先程の騒音は慌ただしく急造の指揮系統で装備を整えたためだったのだろう。

 だが、その装備や軍衣の不統一のせいでまとまりが欠けているように見える黒シャツ隊の男たちからは剣呑さが抜け落ちてしまっていた。
 しかも、ファシズム大評議会が開かれるオウムの間に押し入ってきたにもかかわらず、具体的な命令が与えられていなかったのか、黒シャツ隊の男達は唖然とする評議員たちに戸惑ったような顔を向けていた。


 そのような黒シャツ隊の男たちの様子に気がついたのか、居丈高にデ・ボーノ元帥が不機嫌そうな声で叫んでいた。
「ここは評議員以外は入れぬファシズム大評議会の場だぞ。貴様ら国防義勇軍の出る幕ではないわ。さっさと出てゆけ」
 部屋に入るなり怒鳴りつけられた黒シャツ隊の男たちは、不安そうな顔でお互いの顔を見つめ合っていたが、チアーノ伯の背後から物音が聞こえると少しばかり気力を取り戻したようだった。

 慌ててチアーノ伯や他の評議員たちが振り返ると、混乱する評議員達や黒シャツ隊を冷ややかな目で見つめるスコルツァ書記長を従えたムッソリーニ統領が、何人かの護衛の兵と共に地球の間から出てきたところだった。
 ムッソリーニ統領は相変わらず青ざめたような顔をしていたが、ぼんやりとした表情は決然としたものに変わっていた。
 ただし、ムッソリーニ統領からは意志の強さは感じられなかった。単に自棄になっただけではないのか。

 ムッソリーニ統領の言葉を代弁するようにスコルツァ書記長が手を振りながらいった。
「この反逆者共を拘束しろ」
 その声でようやく戸惑った顔ながら黒シャツ隊の男たちが評議員一人一人に近づいていった。


 ―――やはり、統領を追い詰め過ぎてしまったのか。
 怒号などを上げながらも、辟易した表情の兵士たちに拘束されようとしている評議員たちを横目で見ながらチアーノ伯は暗然としてそう考えていた。

 小さいながらも落ち着いてよく響く声が聞こえたのはその時だった。
「もう、このあたりでよろしいのではありませんか統領ベニート・ムッソリーニ」
 その声を聞いたのはチアーノ伯だけではなかった。暴れていたデ・ボーノ元帥などごく少数を除く評議員達やムッソリーニ統領までが声を上げたバルボ元帥に注目していた。


 無力だと判断していたのか、黒シャツ隊の男たちも車椅子に座ったままのバルボ元帥には近付こうとしていなかった。そのせいでまるで一人でスポットライトを浴びたように見えるバルボ元帥は、あくまでも落ち着いた様子で言葉を続けた。
「ファシズム大評議会の開催は党内外にすでに周知されています。仮にここで我々全員を抹殺し得たとしても、陛下はすぐになにが起こったかを察知されるでしょう。その時、果たして党内の意志統一をなしえない統領を陛下はこれまで通りご信頼されるでしょうか。
 それに、このようなことはいずれ外部に漏れます。敵国だけではなく、ドイツにも察知されるでしょう。足元を見た彼らがこれまで以上に無法な要求をしてくることは間違いないでしょう。
 ヒトラー総統に無理な要求を突きつけられたとき、統領は拒否することが出来るのですか」
 バルボ元帥は、まっすぐにムッソリーニ統領だけを見つめながらいった。元々青ざめた顔だったムッソリーニ統領は、そんな元帥の視線の強さを恐れるように、知らず知らずの内に後ずさりを始めていた。


 その態度に、チアーノ伯はやはり北アフリカ戦線序盤においてバルボ元帥の乗機が撃墜されたのは、誤射ではなく故意による暗殺だったことを確信していた。
 しかも、直接ではないかもしれないが、その命令を下したのはムッソリーニ統領本人だったのではないのか。
 だからその暗殺したはずの相手が生き延びて、しかもこのような場所で自分を糾弾しているのが恐ろしくなっていたのではないのか。

 ムッソリーニ統領の弱気な態度に焦ったのか、スコルツァ書記長が苛立たしそうな顔で黒シャツ隊の男たちにバルボ元帥を拘束するように命じていた。
 だが、黒シャツ隊が動くことはなかった。
 バルボ元帥が鋭い視線を向けただけで、彼らは硬直したように動きを止めていたのだ。

 この場にいる黒シャツ隊は官邸警備のために集められた兵士だった。隊内ではエリート扱いかも知れないが、陸軍正規師団に編入された他の黒シャツ隊隊員達のように実戦経験はないはずだ。
 それに対して、10代から実戦に参加している上に、先の大戦中は精鋭である山岳兵に志願して従軍していたバルボ元帥は、実戦経験は軍人出身の多い党幹部の中でも群を抜いていた。黒シャツ隊の男たちが萎縮するのも無理はなかったのではないのか。


 黒シャツ隊を目線だけで圧倒したバルボ元帥は、ムッソリーニ統領に向き直っていた。
 チアーノ伯や他の評議員たちだけではなく、黒シャツ隊の隊員たちまでもがバルボ元帥とムッソリーニ統領の二人に注目していた。
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