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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943久里浜―ローマ7

 緊張した面持ちで、ローマの中心部と言っても良い場所にあるサンマルコ広場の端に停車した公用車から降り立ったチアーノ伯は、その先にあるカピトリーノの丘と広場との間にそびえ立つ巨大なヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂を仰ぎ見ていた。
 時刻は午後4時を少しばかり回ったころだったから太陽の位置はまだ高く、特徴的な円柱の間にはまだ陽が燦々と降り注いで微妙な陰影が美しく描かれていた。

 しかし、チアーノ伯は別に記念堂の美しさに見とれていたのではなかった。
 半世紀ほど前に着工されて、先の欧州大戦後に完成した記念堂は、前世紀に盛んだった新古典主義に則った様式で設計されており、それが古代ローマや中世期から残る歴史的建造物の多い周辺の景観を乱していると生粋のローマっ子からは不評だった。

 リヴォルノで貴族の嫡子として生を受けたチアーノ伯も、ローマ生まれではなかったが、この記念堂が周辺と調和しているとは思えなかった。
 だが、その建物単独、あるいは周囲との調和をも合わせた美しさは、チアーノ伯にとって大きな意味を持たなかった。それよりも、この記念堂の持つ歴史的な意義や機能の方が重要だったのだ。


 現国王であるヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の祖父に当たるヴィットリオ・エマヌエーレ2世は、最後のサルディーニャ国王にして初代イタリア国王だった。
 つまりその名を冠したこの記念堂は、国王とイタリア統一の歴史を讃えるものであったのだ。

 ただし、現在の記念堂の役割は、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の治世を讃えるだけのものではなくなっていた。イタリアの完全な統一は彼の在位中には成し遂げられなかったからだ。
 先の欧州大戦においてイタリア王国が三国同盟を破棄して、協商側に立っての強引な参戦に踏み切った理由も、この時点でイタリア王国に編入されなかったイタリア人居住地域である俗にいう所の未回収のイタリアを領土とするためだった。

 しかし、欧州大戦では王国の名のもとに多くの兵士が戦地で命を失っていた。
 その犠牲のもとに未回収のイタリアを領土に加えて完成したイタリア王国は、兵士を弔う祭壇や、国王に返納された陸軍の連隊旗、海軍の軍艦旗を納める保管庫をヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂に新たに付け加えていた。

 つまり、この記念堂は単に国王一人を讃えるものではなく、またイタリア独立戦争だけを記念するものではなく、広義の意味におけるイタリア統一運動そのものの偉業を後世に伝えるためのものとなっていたのだ。


 チアーノ伯の父親も、先の欧州大戦で海軍軍人として戦功を立てた人物だった。
 最近になってチアーノ伯は、父親がファシスト党に接近した理由は、サルディーニャ王国による強引な統一の過程で緊張した関係となっていたローマ教皇庁との関係を正常化させるために相互関係を明確化したラテラノ条約を締結させて、イタリア統一を精神的な意味で完結させるためだったのではないのかと考えていた。

 そのような考えに立つと、自分が今バチカン駐留大使となって密かに行われている講和工作に携わっているのも、今次大戦勃発に前後するように息を引き取った父親の導きなのではないのか、そうチアーノ伯は思ってしまうのだった。
 そして、ムッソリーニ統領の官邸として使用されているヴェネツィア宮殿に赴くために巨大なヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂を目にするたびに、いつの間にかチアーノ伯はイタリア王国の為に戦って死んでいった英霊達が自分に語りかけてくるような気がしていたのだ。

 それが何の意味を持つのかはチアーノ伯にもよくわからなかった。もしかすると、不甲斐ない子孫達を叱咤しているのかもしれなかった。そう考えると、チアーノ伯は気が引き締まる思いがしていた。
 今こそイタリア王国を守るために自分が動かなければならない。そう考えていたのだ。


 ふと我に返ると、車から降りたままで立ち止まっていたチアーノ伯を迎えの党員が怪訝そうな顔で見つめていた。
 赤面しながらわざとらしく咳払いをすると、英霊たちから活力を与えられたのだと自分に言い聞かせながら、チアーノ伯はファシズム大評議会が開催されるヴェネツィア宮殿の会議場であるオウムの間に向かった。


 チアーノ伯がオウムの間に入ったとき、すでに多くの出席者は先に到着していた。バチカンでの所要を済ませてきたチアーノ伯はそれだけ遅れてしまったようだった。
 三十人近いファシスト党の幹部が集合すると、広大なはずのオウムの間も小さく見えるような気がしていた。

 会議場として使用されているオウムの間にはコの字型をした巨大な机が設置されていた。中央部がムッソリーニ統領の席だったが、その部分だけが格の違いを印象づけるためか、一段高く配置されていた。
 何人かの出席者は席についていたが、大半のものはオウムの間のあちらこちらで輪になって何事かを話し合っていた。

 チアーノ伯が入ってきたのに気がついた何人かの出席者は、意味ありげな視線を向けてきていた。ムッソリーニ統領の女婿という微妙な立場にあるチアーノ伯の現状に対する見解が気になるのではないのか。
 最近では地下に潜ったように密かに行動するバルボ元帥に合わせたように、チアーノ伯が他人に意見を述べることも少なくなっていたから、その態度は不明のままだった。
 あえてチアーノ伯はそのような視線に気が付かないかのような落ち着き払った態度で、自席につきながら密かに周囲を観察し始めていた。


 おそらく今回のファシズム大評議会はムッソリーニ統領を弾劾する場になるはずだった。
 ファシズム大評議会が議決機関では無く、法的な根拠がないとは言え、ファシスト党内部でムッソリーニ統領の路線が否定されたという事実は対外的にも無視できないのではないのか。

 だが、もしもこのファシズム大評議会で逆にグランディ下院議長の統帥権返還決議案が否決されるようなことになれば、逆効果となる可能性もあった。一票の差でしか無かったとしても、この劣勢の状況下でファシスト党全体がムッソリーニ統領の独裁制を後押ししたと判断されてしまうからだ。
 それだけにグランディ下院議長は大評議会が始まる前に賛成者を一人でも多く取り付けようと、鬼気迫る様子で着席者や立ち話をしている出席者達の間を歩きまわっていた。


 チアーノ伯にはグランディ下院議長の真意はわからなかったが、意外と彼の動議に賛成する意向を示している出席者は少なくないようだった。
 ただし、彼らはムッソリーニ統領の独裁や現状に対する姿勢に反対しているのであって、市民の間に広がる反ファシズムの主張に同意しているわけではなかった。
 彼らの多くは現在のファシスト体制が存続する事そのものは疑っていないのではないのか。

 つまり、今回の統帥権返還決議においてグランディ下院議長をムッソリーニ統領の後釜に据える事で、現在の敗勢に対するファシスト党、ひいては自分たち党首脳部の責任問題を回避できると考えていたのではないのか。
 ムッソリーニ統領によるイタリア王国の独裁は、ローマ進軍によって国王から組閣を命じられてから20年以上続いていた。だから、ここで要領よく立ち回れば、その間の失政による責任を全てムッソリーニ統領に押し付けることも可能だと踏んでいるのだろう。


 チアーノ伯は、空席のムッソリーニ統領の席を一瞥して、ふと養父を憐れに思っていた。現在はどうであれ、少なくともローマ進軍を始めたときのムッソリーニ統領は、純粋に国内に蔓延る共産主義者による革命の兆しからイタリアを守るために行動を起こしたのではないのか。
 ローマ進軍という暴力を伴う実質上のクーデターという手法の是非は別にして、その行動が大戦で疲弊したイタリア中に吹き荒れていた共産主義者の暴動を押さえ込む効果があったのは確かだった。その当時は広範囲な国民の支持をムッソリーニ統領は得ていたのだ。
 だからこそ、国民世論を敏感に感じ取った国王がムッソリーニ統領を首相に任命したのではないのか。

 それが今や無謀な戦争指導によって国王や国民からの支持を失い失脚しようとしていた。
 皮肉なことに、ファシストとしては後輩であったはずのヒトラー総統に入れ込むまで、ムッソリーニ統領はむしろ国際協調路線を取っていたのだが、長く続く不況からの脱却や統一の遅れから植民地獲得競争に脱落していたことへの不満などから、むしろエチオピア戦争などの対外戦争を望んでいたのは一般市民であったのだ。

 憐れなのは、移ろいやすい一般市民が戦争に飽いてファシスト党に対する反感を覚えているにも関わらず、自負心故かそれに気が付かずに国王も国民も自分を信頼しているはずと信じ切っているムッソリーニ統領だった。

 だが、直ぐにチアーノ伯は内心で頭を振っていた。国家を率いる権力者である以上、ムッソリーニ統領は常に自分を律していかなければならなかったのだ。自らの失政の付けは、自分で払わなければならないのだ。
 ―――その過程で血が流れなければ良いのだが……

 ついチアーノ伯がそう不安に思っていると、オウムの間にざわめきが走っているのを感じていた。反射的に時計を見ると、すでに大評議会の開催予定時間である5時を僅かに回っていた。
 統領の執務室として使用されているオウムの間と隣接する地球の間に続く扉から、スコルツァ党書記長を従えて黒シャツ隊総司令官の軍服を身に着けたムッソリーニ統領が入室したところだった。

 出席者たちが慌てて自席の前に揃うのを見計らったかのように、ムッソリーニ統領と同じく黒シャツ隊の制服を着込んだスコルツァ党書記長が大声を上げた。
「統領に対し、全員起立して敬礼」
 それと同時に慌ただしく全員が起立して党が定めるローマ式敬礼を一斉にしようとしたが、油の切れた車輪のきしむ音が地球の間とは反対側の入口から聞こえてきて、下座の方から順々に困惑する声が上がっていた。


 なにが起こるのか、予め知っていたチアーノ伯は自然に苦笑してしまうのを無理に止めて妙な顔になっていたが、ようやく下座の様子に気がついたスコルツァ書記長、それにムッソリーニ統領はまるで昼間に幽霊を見てしまったかのように青ざめた表情になっていた。
 ゆっくりとチアーノ伯がそちらに振り向くよりも早く、どこかひねくれたような、だが人をひきつけてやまない陽気さを決して忘れてはいない不思議な調子の声が聞こえた。
「敬礼は構わないが、起立だけは勘弁してもらおうか。今日は足の具合が悪いのでね」
 そう言いながら車椅子に座ったままローマ式敬礼をしたイタロ・バルボ空軍元帥は、男臭い笑みを浮かべて周囲を見渡していた。

 チアーノ伯はバルボ元帥を一瞥してから、そっと周囲の様子をうかがっていた。北アフリカ戦線での誤射事件以後は、バルボ元帥はローマ郊外の邸宅に療養を名目に引き篭もっていたが、それ以前の経緯からしてもムッソリーニ統領の戦争指導に反対しているのは明らかだった。
 つまり、今回のグランディ下院議長の決議案に賛成しようとする者にとっては後押しになるのではないのか。

 そう考えて議場を見渡したのだが、半ばのところでチアーノ伯は視線を止めると、眉をしかめていた。ムッソリーニ統領がまだ真っ青な顔になっていたからだ。
 傍らに立つスコルツァ書記長が鋭い目でバルボ元帥を睨みつけているのとは対象的に統領は驚愕していた。

 今回のグランディ下院議長の議案に賛成の立場のものは、概ね驚きながらも笑みを見せていたが、スコルツァ書記長やファリナッチなどムッソリーニ統領に近いものは面白く無さそうな顔になっていた。
 その表情だけで今回の大評議会の行方を占えそうだったが、チアーノ伯は僅かに危惧の念を抱いていた。
 ―――あまりムッソリーニ統領を追い詰めて逆に暴走しなければ良いのだが……


 しかし、チアーノ伯の危惧は長続きしなかった。
 コの字型の会議卓の末席に勝手に車椅子をつけたバルボ元帥に向かって、上座にいたファシスト党の長老格にしてバルボ元帥と同じく四天王の一角でもあるデ・ボーノ元帥が親しげな満面の笑みを浮かべながら、出席者をかき分けるようにして近づいていったからだ。
「随分と久しぶりではないか、イタロ・バルボ。年の順序を忘れてこの老人よりも先に墓場に入ってしまったのかと思っていたぞ。貴様にはわしの葬儀でスピーチをしてもらわなければならんのだからな。ビアンキのように、老人よりも先に逝ってデ・ヴィッキの二人でファシスト二天王などと呼ばれるのはごめんだぞ」
 大声を上げるデ・ボーノ元帥の影に隠れていたが、上座にとどまった党元老の一人であるデ・ヴィッキもバルボ元帥に笑みを見せていた。

「足はこの通り使い物にならなくなってしまいましたが、まだ王国と国王陛下の為に一役買うつもりで参りました。なに、ご老体にばかりいい格好はさせませんよ」
 にやりと笑みを見せてバルボ元帥が言うと、周囲に笑い声が上がった。
 デ・ボーノ元帥のお陰で、バルボ元帥がファシズム大評議会に参加するのがなし崩し的に認められようとしていた。おそらくこの様子ではムッソリーニ統領らが無理に退席させようとしても、周囲のものが納得しないはずだ。

 その和やかな雰囲気にのまれて、チアーノ伯は先程覚えた危惧をすぐに忘れてしまっていた。そのことを思い出したのは手遅れになってからだった。
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