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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943久里浜―ローマ4

 いつの間にか主な説明は終わっていた。短時間のうちに集中して喋っていたものだから、後藤は強烈な口の渇きを覚えていた。

 だが、肝心の小畑中将の反応は薄かった。本当に話を聞いていたのか後藤は不安に思ったほどだが、永田大将は無頓着な様子で最後に尋ねていた。
「とりあえずの説明はこんな所だ……貴公と企画院のものとであまり省部の中で大っぴらに長々と会っていると、未だに痛くもない腹を探ろうとするものもいるかもしれんから、こんなところにまで来てもらったのだが、済まなかったな」

 後藤は一人緊張した面持ちで小畑中将の顔を見つめていたのだが、中将は僅かに表情を崩していた。
「それは構わん。俺も久々に十寸穂さんに会っておきたかったからな」
「そうか、十寸穂兄さんと貴公が会うのは……」
「そうさな、20、いや30年ぶりほどになるかな。思ったよりもお変わり無いようでよかったよ」

 永田大将と小畑中将は寂しそうな声でそう言うと、お互いにどこか気まずそうに顔を背けていた。


 後藤は以前聞いた話をふと思い出していた。この二人に岡本大将を加えた三羽烏と呼ばれた彼らは、皇道派と統制派という派閥争いの中で対立する道を選んでしまったが、元々は陸軍中央幼年学校に入学した頃からの長い付き合いだったはずだ。
 それに彼らが幼年学校の学生だった頃は、まだ病に冒される前の青年将校だった十寸穂は幼年学校の教官を務めていたとも聞いていた。永田大将の親代わりだった十寸穂は、岡本大将や小畑中将にとっても親兄弟にも似た存在だったのではないのか。

 そういえば、皇道派と統制派の間で論争が盛んであった時期にあっても、実際には永田大将と小畑中将、岡本大将らの間には一定の信頼関係が保たれ続けていたのではないのかという話もあったらしい。
 こうして実際に永田大将と小畑中将の言葉にならない様子を見ると、その噂は本当のことだったのかもしれなかった。


 もっとも、実際にはこの二人や、十寸穂との間にどんなことがあったのかは、後藤には窺い知れなかった。それに大して興味があるわけでも無かった。
 今の後藤には、自分たちの説明を受けた小畑中将が冷静に事態を動かす能力があるのかどうか、それが気になっていたから、単に企画院出向後に同僚から聞いた話を思い出しただけのことだった。
 だから、ほとんど無意識のうちに白けた表情で咳払いをしてしまっていた。

 後藤の咳払いをきっかけにして、永田大将と小畑中将の間に漂っていた哀愁の気配はきれいに吹き払われていた。
 元の様子に戻った小畑中将は、永田大将の顔をまっすぐに見つめたまま言った。
「大筋については理解した。そのうえで一つ質問がある」

 後藤は本当にこの短時間の説明で小畑中将が理解しているのか訝しんでいた。永田大将は愁眉を開いていたが、小畑中将が続けるとすぐに眉をしかめていた。
「何故この時期に方面軍司令官に小官を充てるのか、その理由を伺いたいのだが」


 永田大将は露骨に眉をしかめたままいった。
「無論、貴公の能力を統合参謀部、参謀本部で高く買っているからだ。それに、貴公であれば岡本と、山下や早見君達軍司令官との間を取り持ってうまくやってくれると個人的にも期待しておるのだ。それにだ……あまり声高に言うのも憚れるのだが」

 そこで永田大将は重苦しげな表情になると、困ったような声で続けた。
「総軍司令官に岡本を据えるとなると、軍司令官の山下が陸士の18期だから、我々16期か17期から方面軍司令官を出すのが自然だ。しかし、17期の前田の殿様はどうかという声もあったのだが、本人が予備役から復帰したばかりで固辞するうえに、殿様は陸相と不仲だからな」


 後藤は僅かに首を傾げていた。兵站や人員動員計画といった数値はともかく、陸軍の高級人事にはそれほど詳しくはなかった。
 企画院が統制派と気脈を通じる関係から、皇道派と統制派の派閥争いの経緯や両派に属する将官の情報は確認していたが、陸軍の現役、予備役将官の中にも皇道派、統制派それに両派の母体となった一夕会などとは一線を画して派閥争いには一切関わらないものも少なくなかった。

 おそらく、永田大将の言う前田の殿様とは戦国時代から続く名門前田家の現当主のことだろう。たしか前田中将は永田大将達とは士官学校では1期下の17期のはずだった。
 ただし、予備役から召集を受けた前田中将は軍司令官や方面軍司令官は拝命しなかったものの、総軍付として欧州に赴任していた。おそらくは総軍か方面軍直属部隊の指揮官か、華族という出自から貴族出身の高級将官の少なくない欧州圏の他国軍との調整役にでもいずれつけられるのではないのか。


 永田大将は苦しげな様子で内情を語ったが、小畑中将は一瞬目を閉じると、淡々とした様子でいった。
「質問が悪かったようだな。言い方を変えよう。方面軍司令官を新任しようとしているのは何故なのだ。現地にあって事情をよく知る山下を軍司令官から方面軍司令官に昇格させるわけにはいかなかったのか」

 眉をしかめたまま永田大将が口を開くよりも早く、小畑中将は一気に続けていた。
「遣欧第2軍の再編に関しては、第5師団の早見中将を軍司令官に昇格させたと聞いているが、同様の手段を第1軍に対して行うことは考えなかったのか。第7師団の師団長は露口だったな。彼の席次であれば軍司令官となってもおかしくはないのではないかな。
 それに第1軍は軍直轄の兵力をかなり抽出されているが、方面軍全体ではなく軍単体としてみれば弱体化したとしか言いようがあるまい。それを指揮する山下にしても、降格の感があるのは拭い去れないだろう。海軍の南雲さんのように、長く同じ官職に就いていたとしても、部隊が拡張を続けるのであれば本人も納得できようが、これは真逆ではないのか」


 永田大将は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「正直に言えば、貴公が上官となれば、山下も納得できるのではないのかという思惑がないわけでもないのだ」
 小畑中将は無言のまま頷いていた。小畑中将と同じく、山下中将も皇道派の中核と目されていた人物だった。むしろ、若手青年将校との距離感は彼のほうが近く、その分だけより強硬派だったといえるのではないのか。
 10年ほど前に過激派青年将校による小規模な暴動騒ぎがあったらしいが、その際に陸軍中枢の参謀本部で要職にあった山下中将は青年将校よりの発言を行ったことで物議を醸したこともあると聞いていた。

 それに山下中将は、今次大戦開戦時に在独駐在武官だった大島中将ほどではないにせよ親独派としても知られていた。歩兵科ながら機甲部隊の集中運用による機動戦を研究していたと言うから、有力な機械化部隊を持つというドイツ軍に興味以上のものを抱いていたのではないのか。
 そのような過去があるものだから、皇道派の失脚後は閑職にあった山下中将が遣欧軍司令官に抜擢された際には一部から驚きの声が上がったほどだったのだ。

 だが、山下中将にしても今回の第1軍からの戦力抽出に不満があったとしても、方面軍司令官という自分の上官に就任するのが、同じ皇道派に属して士官学校の先達でもあった小畑中将であれば矛を収めざるをえないのではないのか。
 ただし、今回の山下中将の軍司令官への留任には別の思惑も働いていた。だが、後藤は顔色を変えないようにして聞いていた。小畑中将がそのことを知っているとは限らなかったからだ。


 だが、小畑中将はなんでもないかのようにそのことを口にしていた。
「山下が現地民、ベドウィンとかいったか。その現地民をドイツの間諜として証拠なしに処分したというのが問題になっているというのは本当のことなのか」

 永田大将は驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに元の表情に戻ると、苦々しい口調でいった。
「もうそんな話まで聞いていたのか……流石に耳が早いな。去年末の急進撃でエジプトからリビアまで軍を進めた際、憲兵隊の増強が間に合わずに現地憲兵隊の要請で補助憲兵隊が抽出されたのだが、問題を起こしたのはその連中らしい。
 だが、どうもドイツ軍の追撃を優先した山下は、主力部隊を前線に戻すために補助憲兵隊に果断な処置を命じようだ。それで戦場跡に投棄された物資目当てに集まっていた現地民多数を殺傷したとのことだ。
 今のところ、山下の命令によってこの事件が起こったのかは分からんが、憲兵隊に調査させるわけにもいかんので、海軍警務隊が補助憲兵隊や司令部の調査にあたっている。
 貴公には悪いが、そんなわけだから最悪の場合は山下にも法廷に立ってもらわなければならないかもしれない。それに、もしも方面軍司令官に抜擢後にこの事件が公になれば軍の威信も失墜しかねない。そのような意味もあっての措置だと理解してもらいたい」

 小畑中将は僅かに眉をしかめながらも落ち着いた様子でいった。
「最近妙な噂を聞くようになった。我が軍の展開範囲の増大を理由に、憲兵隊が海軍警務隊との再統合を含む規模の拡大を図っているのではないのか、とな。この件は、実績を作りたい憲兵隊による工作という可能性はないのか」

 どちらかと言えば、小畑中将は感情のこもらない淡々とした口調だったが、永田大将は大きく眉をしかめていた。
「確かに憲兵隊の一部にはそのような動きがあるらしいが、今回の件はそれとは無関係だ。調査に関しても海軍警務隊は軍司令部付の法務将校の指揮を受けて適切に行っていると聞いている」

 永田大将は断言したが、傍で聞いていた後藤は少しばかり疑いの気持ちを捨てきれなかった。


 陸軍憲兵隊の上層部には、将来における陸海軍航空部隊の統合による空軍の創設を見越して、規模の拡大だけではなく陸海軍に加えて新設されるであろう空軍内の犯罪捜査に加えて、軍内外の防諜や一部の一般警察業務までを行う警察軍とでも言うべき第4の軍を目指しているのではないのかという噂があった。
 この内、規模の拡大に関しては以前から憲兵隊や警務隊以外からも指摘されていた。日本本土から遠く離れた欧州に陸海軍を問わずこれだけ多くの部隊を派遣したものだから、任務に対して人員が明らかに不足していたからだ。
 小畑中将のいう遣欧軍の不祥事も、人手不足の憲兵隊の要請で臨時に憲兵隊長の指揮下に入った補助憲兵が起こした事件だった。

 それに、軍内警察の統合も現実的な議論となっているらしい。現在、欧州に派遣された部隊では陸軍の第3航空軍指揮下に海軍航空隊の一部を編入させていたが、将来的には空母搭載の航空隊や哨戒部隊と言ったものを除く海軍基地航空隊と陸軍航空部隊との統合、独立が確実視されていた。
 後藤は軍内の軍令に関しては詳しくはないが、欧州圏内では英国のようにそのような形で空軍として航空部隊を独立させている国が少なくないらしい。陸軍や海軍の航空将校らは、だから今後も英国軍などとの共同作戦を行うのであれば、他国の空軍の相手方となる日本軍でも空軍を独立させたいというのだ。


 もっとも、地上部隊の援護を行う直接航空支援を主任務とする戦術空軍としての性格が強いドイツ空軍のような例外はあるにせよ、欧州圏で陸軍航空隊が空軍として独立に至ったのは、前線から遠く離れた敵国の油田や工場といった生産施設や主要都市といった根拠地を爆撃することで敵国の生産能力や士気を低下させる戦略爆撃を提唱したイタリアのドゥーエ将軍の論に少なからぬ影響があったかららしい。

 戦闘軍団が防御の要となった英国本土防衛戦の影響で多少の変化は出ていたが、実際に英国空軍では空軍独立の立役者とされるトレンチャード大将が重要視していた戦略爆撃を実施する爆撃軍団が敵国を直接攻撃する矛として補充や予算面で優遇される一方で、防空戦闘を実施する戦闘軍団はどちらかと言えば日陰者であったのだ。


 だが、企画院の研究では欧州圏でそのような戦略爆撃が成立した理由は、航空機の性能向上ではなく、狭い範囲に有力な列強がひしめき合う地理的な要因も無視できないと判断されていた。
 だからある程度の航続距離があれば、敵防空網の危険性はあるものの、特別な装備なしにある国の爆撃機が敵国の首都まで爆撃を実施することは難しくなかったのだ。

 それに対して、日本帝国を含む広大なアジア圏内では有力な国家間の距離は自然と離れていた。
 例えば、英国本土からドイツ本土まで往復できる爆撃機があったとしても、それを日本本土から飛ばしても仮想敵国ソ連の遠く離れた首都モスクワどころか、極東の友邦国であるシベリア―ロシア帝国の首都であるハバロフスクに到着するのが精一杯ではないのか。
 勿論太平洋を挟む日米間は中間拠点となる相手国支配下の島嶼部を占拠でもしない限りは、互いの領土を直接爆撃することなど不可能だった。

 つまり地理的条件が著しく異なる日本では欧州各国の空軍と同じ戦略爆撃という基本戦術を採用することは不可能だったのだ。そこで日本陸軍航空隊が採用した基本戦術は、敵前線航空戦力の無力化を目指す航空撃滅戦だった。
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