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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1941マダパン岬沖海戦3

 今日二度目のカタパルト射出だったが、ビスレーリ中尉は疲労はさほど感じていなかった。
 むしろ、むざむざと目の前で敵機による友軍艦への攻撃を許してしまったことで、自分への怒りと、強い敵愾心を感じていた。

 ただし、ボルツァーノが戦線離脱を余儀なくされるほどの損害を受けたのは、必ずしも航空隊の能力が不足していたからだけではないとも考えていた。
 自分たちの動きが良ければボルツァーノを救えたと思うほど航空群の能力を過信していたわけではなかったのだ。

 先ほどの戦闘で援護が間に合わなかったのは、確かに予想外に有力な敵戦闘機部隊との遭遇があったからだが、それと同時に自分達戦闘機部隊が到着したときにはすでに手遅れでもあった。
 艦隊の前衛として先行していたボルツァーノと、空母ファルコを含む本隊との距離が予想以上に開いていたためだった。
 なぜ事前の艦隊航行計画よりも前衛が前進しすぎていたのかはよくわからなかった。
 先任であるボルツァーノ艦長が逸って前進しすぎたのかもしれないが、逆に、鈍足の空母ファルコを含んだ本隊の動きが予想以上に遅れていたのかもしれない。
 一搭乗員にすぎないビスレーリ中尉には、その辺りの経緯は推測するしかなかった。


 ビスレーリ中尉たち独立戦闘飛行隊群の母艦であるファルコは、空母とは言いつつも原型となっているのは客船だったから、艦隊にとって行動時の足手まといになっていた。
 ファルコの原型となった船は、同型船が地中海海域の客船速力のホルダーであったほどの客船としては高速の船だったから、最高速力ではなく艦隊基準速度であるかぎりは、高速志向のイタリア海軍の正規艦艇に十分についていけるはずなのだが、水上機母艦としての改造によって排水量は増大しているし、舵の効きは艦艇と比べると悪いから、旋回半径は大きかった。
 ファルコに速力を合わせなければならない艦隊の各艦は勿論、直衛に当たるアルティリエーレとベルサリエーレの二隻の駆逐艦は、動きの鈍いファルコを護衛するのに、操艦に苦労しているのではないのか。

 やはり戦闘機専門の搭載機数の少ない防空空母といえども、艦隊に随伴するためには正規艦艇に準じた艤装が必要ということか。
 ビスレーリ中尉は、首を回して射出された直後のファルコを眺めた。
 高速客船にふさわしいスマートな船型を誇るファルコではあったが、船体中央部を占める巨大な艦橋構造物や、特徴的な三基のカタパルトなど、周囲の流麗な艦艇と比べるとその構造には違和感が大きかった。
 かつては高級客室が設けられていた艦橋構造物の上部には、巨大な金網のような物体がゆっくりと回転していた。
 それはドイツから法外な値段で輸入されたという噂の対空レーダーだった。

 ファルコが、艦隊で唯一のレーダーを装備しているのは、防空任務に従事することを前提としているためだが、その性能が生かされているとは言い難かった。
 元々がドイツ空軍で迎撃用に開発された試作用途のものであるらしく、信頼性は大して高くはなかったし、レーダーを前提とした戦術もまだ確立されたとは言い難かった。
 もしかすると、ボルツァーノの艦長は、信頼がおけない対空レーダーよりも、自艦の見張り員の能力を信じて、本隊の安全を図るべく前衛を計画よりも前進させたのかもしれなかった。


 ビスレーリ中尉たちは、すぐに先行している本隊を追い抜いていった。
 すでに緊急発進位置にあった小隊によって戦端が開かれていた。
 前方彼方には彼らと敵部隊との交戦によるものであろう渦を巻くような軌跡が見えていた。

 戦闘の詳細はそれから直ぐに判明した。
 今のところ、ビスレーリ中尉たちに先行して発進していたアストーレ隊に損害は出ていないようだった。
 その様子に違和感を感じてビスレーリ中尉は首をかしげた。
 敵部隊の数が意外なほど少なかったからだ。

 アストーレとの巴戦に入っているのは複座のフルマー艦上戦闘機で編成された部隊のようだった。
 最大速度は、水上機であるアストーレとほぼ変わらないし、重量がある分だけ翼面荷重は高く、旋回性には劣っていた。
 だから、見た目は近代的な単葉艦上機のフルマーを、大きなフロートをつけた水上機のアストーレが追い回すという奇妙な戦闘が繰り広がられていた。

 とりあえずは先発した機体だけでもフルマーの部隊は抑えられそうだった。
 ビスレーリ中尉はそう判断すると、周囲を見回した。
 敵部隊がフルマー艦戦のみで編成されているとは思えない。
 何処かに攻撃機が残っているはずだった。
 先発した小隊がフルマーを抑えている間に、自分たちが攻撃機を迎撃することが出来れば、今度は艦隊に敵機を寄せ付けることはないはずだ。


 しかし、ビスレーリ中尉がどれだけ目を凝らしても敵攻撃隊の姿は見えなかった。
 最初はレーダーからの探知を避けるために。海面近くを飛行しているのではないかと考えていた。
 電波を投射して、対象からの反射を観測するレーダーは、電波が直進する原理から言って、海面近くまで降下すれば、レーダーアンテナからの見通し距離が短くなるから探知を遅らせることが分かっていた。

 だが、ビスレーリ中尉たちの必死の捜索にもかかわらず敵攻撃隊は、海面近くでも見つからなかった。
 ビスレーリ中尉は、首をかしげていた。
 フルマー艦戦が攻撃隊の直衛であれば、このあたりに護衛対象の攻撃機がいる筈だったからだ。
 そうでなければ護衛対象と護衛機との距離が離れすぎて、有効な援護は不可能なのではないのか。
 いくら海面近くの飛行でレーダー覆域から逃れたとしても、それには限度がある。
 連続した海面近くの超低高度飛行による燃料消費の増大を考慮すれば、アルバコアで編成されているであろう攻撃機部隊が大して長い時間低空飛行を続けられるとも思えない。

 時間が経つに連れてビスレーリ中尉は、自分の視線が自然とフルマーと先発したアストーレとの交戦域に向かっていくのを感じていた。
 このまま敵の攻撃隊が見つからなければ、自分たちは遊兵化してしまうのではないのか、そのような懸念から逃れられなかったからだ。
 そのような焦りが、ビスレーリ中尉たちから正常な判断力を奪っていったのかもしれなかった。
 上空から殺気を感じるのと、敵機からの射弾、それに無線機から濁声が鳴り響いたのはほぼ同時だった。
 誰のものかはわからないが、半ば罵声に近いような回避を促す口調にビスレーリ中尉と後続するロンギ准尉は、反射的に機体を横転させて失速しそうなほど鋭い旋回を入れていた。

 ほんの僅かに遅れて、機首と翼内に装備した機銃の銃口を発砲炎で真っ赤に染めた流麗な戦闘機が、ビスレーリ中尉とロンギ准尉のアストーレが飛行していた空間を二機編隊を組んで駆け抜けていった。
 危険なところだった。
 回避のタイミングがほんの僅かに遅れていれば、二人とも蜂の巣にされていたはずだった。

 旋回を中断しながら、ビスレーリ中尉は飛び去ろうとしている敵機を唖然とした表情で見つめていた。
 それは鈍重なフルマーなどではあり得なかった。
 塗装こそグレーと濃いめの黄緑の斑というフルマーと同様のものだったが、比較的短いキャノピーと胴体長は、明らかに俊敏な単発単座機のものだった。
 あらためて確認するまでもなかった。
 明らかにその機体は、日本製のゼロファイターだった。

 これまでの戦闘で、ビスレーリ中尉もゼロファイターとは一度交戦していた。
 それどころか、おそらくイタリア軍としては初のゼロファイターの撃墜すら果たしていた。
 だが、今襲撃をかけてきた機体は、ビスレーリ中尉が撃墜した機体とは格が違うような気がした。
 先程の搭乗員は、機体の性能を使いこなせずに、戸惑っていたような感触があったが、今の機体の機動からはそのような未熟さは全く感じられなかった。

 ―――もしかするとあの機体には日本人が乗り込んでいるのか…
 ビスレーリ中尉は、そのようなことさえ考えていた。
 もう少しであっさりと戦死するところだったというのに、ビスレーリ中尉は恐怖心や怒りはわかなかった。
 むしろ、純粋な戦意だけがあった。

 さっきの戦闘では、ビスレーリ中尉たちが相手をしたゼロファイターはあっさり撃墜されたが、それはゼロファイターにのる英国人パイロットたちの技量が劣っていたか、あるいは機体に習熟しきれていなかったためだと考えていた。
 だから、今度は本当のゼロファイターの強さを見極めてやるつもりだった。
 そう考えながら、アストーレのエンジン出力を上げて追跡にかかろうとビスレーリ中尉はスロットルレバーに手を伸ばしていた。
 フロートを抱えた水上機のアストーレが、ゼロファイターに速度勝負でかなうとは思っていなかったが、いざとなればフロートを捨てて身軽になればよいだけの話だ。
 そうなればむしろ、降着装置を持たない分だけむしろアストーレのほうが有利なのではないのか。
 どちらにせよ機体性能に差がなければ、あとは搭乗員の腕だけが優劣を決めることになるだろう。


 しかし、ビスレーリ中尉たちがゼロファイターを追撃する事にはならなかった。
 スロットルレバーを操作する直前に、警報を出した濁声が再びコクピット内に鳴り響いたからだ。
「あのゼロは俺が相手をする。貴様らの腕じゃ危なくて任せておけんわ」
 特徴のある濁声に、恐る恐るビスレーリ中尉が振り返ると、やはりそこには翼端を紅く染めたアストーレが浮かんでいた。

 ―――なんで航空参謀がこんなところを飛んでいるんだ。
 ビスレーリ中尉は、相変わらずの赤い機体に辟易しながらスロットルレバーにかけた手を戻しかけていた。
「それより貴様らは、あの邪魔な観測機をさっさと撃墜しちまえ。そのあとはこっちの観測機を護衛しておれ。いいか、この戦闘の主役はヴィットリオ・ヴェネトだ。その射撃に観測機は絶対に必要だ。その観測機を撃ち落されたら貴様らもサメの餌にしてやるから覚悟してかかれ」
 あまりに滅茶苦茶なセリフにうんざりしながらもビスレーリ中尉は視線を巡らせていった。

 その観測機は意外な程近くを飛行していた。
 元々ゼロファイターは、高空からそのシーフォックス水上偵察機を護衛していたのかもしれない。
 それが予想外に苦戦する味方を見かねて襲撃に出たのではないのか。
 だが、その襲撃行動によって護衛対象のシーフォックスは単独で放り出されることとなった。

 シーフォックスに向けてアストーレを加速させていきながら、ビスレーリ中尉は視線を海面にも向けていた。
 何もなしにのこのこと鈍足の水上偵察機が出撃するはずはない。
 だが、すぐにシーフォックスが視界いっぱいに入ってきたので、捜索は打ち切るしかなかった。

 複葉機の上、アンダーパワー傾向のあるシーフォックス水上偵察機が、同じような水上機とは言いながらも単葉で高速のアストーレから逃れられるはずはなかった。
 12.7ミリ機銃の短連射であっさりとシーフォックスは海面へと落下していった。

 その艦隊を見つけたのは、墜落していくシーフォックスを目で追いかけている時だった。
 偶然、シーフォックスに向けられていた視線の先を艦隊が横切っていたのだ。


 敵艦隊はかなりの規模のようだった。
 少なくとも友軍の艦隊と同程度の規模ではあるようだ。
 大型艦と小型艦が四隻づつ複数の単縦陣を組んで航行していた。
 それに、この距離からでも敵艦から、白く盛り上がった艦首波が長く筋を描いているのが見えた。

 大型艦のうち先頭の一隻は、他の三隻よりも大きいように見えた。
 だとすると正確には戦艦が一隻に巡洋艦が三隻というところなのかもしれない。

 ようやく上がってきた味方の観測機を援護する位置につけながら、ビスレーリ中尉は何処か冷めた目で眼下で急速に接近していく彼我の艦隊を見つめていた。
 水上戦闘のことはよく知らないが、彼我の戦力差は大きくはないのだから、勝敗が決するまでには時間がかかるのではないのか。
 それよりも、何故か飛んでいた航空参謀によって奪われたゼロファイターと交戦するチャンスの方が気になっていた。
 今回は機会がなかったが、またあのような敵機と交戦することはあるのだろうか。
 視線をせわしなく周囲に向けて警戒しながらも、ビスレーリ中尉はそう考えていた。

 ビスレーリ中尉は大きく間違っていた。
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