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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦18

 状況はすでに包囲殲滅戦に移行していた。それを印象付けるように、今夜の極光による攻撃作戦の目的はサルディーニャ島とコルシカ島を隔てる海峡を渡ろうとする船舶の阻止だった。
 すでにサルディーニャ島に駐留していた枢軸軍は、抗戦が不可能なほど戦力を消耗してヴィシー・フランス政権が支配するコルシカ島への脱出を図ろうとしていた。
 だから後はどれだけ多くの敵部隊を無力化出来るかどうかが焦点になっていたのだ。


 ただし、これまでの戦闘で枢軸軍の将兵に多くの死傷者が出ているという感触は桑原中尉にはなかった。
 確かに攻勢当初から徹底して行われた航空撃滅戦によって枢軸軍の航空基地は壊滅的な打撃を被ったはずだが、最近ではどこの軍の航空部隊でも被爆による損害を極限する航空機用掩体や防空壕を基地内に設けるのが常識になっていたから、身動きのできない機材はともかく人員の被害はそれほど大きくなかったのではないのか。

 枢軸軍の戦力が大きく低下した理由は、航空撃滅戦によってサルディーニャ島周辺空域の制空権を国際連盟軍が確保したためでも、制空権を確立した同軍による上陸作戦が実施されたためでもないはずだった。
 サルディーニャ島に駐留する枢軸軍全部隊に比べれば、上陸部隊の兵力はそれほど大きくはなかった。守備隊の兵力が元々小規模であったということもあるが、精々同程度でしか無かったはずだ。
 少なくともさきごろシチリア島に上陸した部隊よりもずっと小規模だったはずだ。

 それに先行する航空撃滅戦は大きな成功を収めていたが、国際連盟軍は都市部などへの夜間爆撃を避けて、慎重に航空基地に限定して攻撃をかけていたから、艦砲射撃などの上陸支援が限定的であったこともあり、枢軸軍陸戦部隊の兵員に対する損害はこれまで大したことはなかったはずだ。


 枢軸軍によるサルディーニャ島防衛体制が崩壊した理由は、端的に言えば戦意を喪失した部隊が続々と戦線を離脱してしまったからのようだった。
 もっとも桑原中尉は、作戦前の状況説明で参謀が語った内容をそのまま信じてはいなかった。
 確かに現地の守備隊では航空撃滅戦によって制空権は国際連盟軍に確保されていたから、その後の上陸作戦も予想出来ていたはずだが、守備隊の戦力そのものには大きな損害は無かったからだ。
 それに状況は航空基地にかぎらず、部隊の集結や移動に不可欠な交通路上の結節点や橋梁といった島内の要所の多くを事前に爆撃されていたシチリア島のほうがずっと悪かったはずなのだ。

 現地守備隊将兵の中で戦意の低下があったのは事実だったのだろうが、実際には国際連盟軍による事前の接触、つまりは投降の説得があったのではないのか、そうでなければ将兵単独や少人数の部隊どころか師団単位の投降などありえなかったはずだ。

 そういえば、先頃のシチリア島への上陸作戦において解放された一部のイタリア軍捕虜が現地での通訳や道案内として国際連盟軍の各部隊に同行していたという噂もあったが、桑原中尉が思っていたよりも現政権に対するイタリア軍将兵の反感は高まっているのかもしれなかった。


 サルディーニャ島守備隊の数上の主力は、イタリア軍の沿岸警備師団だった。この部隊は陸軍の他の正規師団とは異なり、急遽召集された予備役兵を中核として編成された新設部隊だった。
 しかも、今次大戦の勃発によってイタリア軍でも各国軍同様に予備役の中でも現役を終了したばかりの若者から召集されて正規師団の補充に送り込まれていたから、沿岸警備師団を構成する沿岸防衛歩兵連隊や沿岸防衛砲兵連隊に所属する兵員は老兵ばかりであったらしい。

 中にはイタリアファシスト党の私兵である黒シャツ隊も含まれているらしいと聞いていたが、地中海戦域に派遣されて間もない桑原中尉はイタリア軍の事情には詳しくはなかった。
 いずれにせよ、沿岸警備師団は工兵や輜重といった正規師団に含まれる支援部隊も数が少ないか、最初から編成されていなかったし、歩兵や砲兵と言った主力の兵科の部隊も兵員の平均年齢は高く、装備も旧式の物ばかりだったから、隣接するシチリア島の陥落もあって将兵の士気も低下していたらしい。


 そのような二線級の警備部隊が投降する一方で、降伏を選択せずにサルディーニャ島からの撤退を試みる部隊も存在しているようだった。
 投降したイタリア兵や、島内に投入された偵察機などから得られた情報によれば、サルディーニャ島から南方のコルシカ島に渡ろうとしていたのはシチリア島上陸作戦前に派遣されてきたヴィシー・フランス軍に所属する部隊であるらしい。
 ヴィシー・フランス軍の多くは航空部隊であり、航空撃滅戦によって機材は破壊されていたようだが、将兵の多くは行動が可能だったのだろう。

 彼らの多くは現在は戦力にならなかったが、コルシカ島を経由してヴィシー・フランス本国まで撤退されれば、いずれ戦力を回復して前線に復帰することになるのではないのか。
 航空撃滅戦から上陸開始まで時間があったから、航空機材や基地こそ破壊できたものの、再編成時に基幹となる将兵が生き残っていたからだ。


 だが、コルシカ島に渡ろうとする船舶の数はそれほど多くは無かった。サルディーニャ島に派遣されていたヴィシー・フランス軍は航空部隊だけのようだったから、兵員数は最初から大した数ではなかったのだろう。
 そのような少人数の部隊を攻撃するのに重爆撃機編隊のような大規模な部隊を投入するのは割に合わないし、必要なのは渡航の阻止であって殲滅ではないのだから、投入されるのは自然と小規模な部隊になっていた。
 しかも国際連盟軍の司令部偵察機や飛行艇などによる監視を避けるために、船舶の航行は夜間に限られているようだった。

 このような局面に投入するには極光航空隊は最適の存在だった。大規模な航空撃滅戦が終了した今、奇妙なことに攻勢開始前に継子扱いされていた極光航空隊は昼夜を問わずに運用出来て使い勝手が良かったのか、逆に小規模な攻勢に連続して投入されることになっていた。
 桑原中尉も何度もこの海域まで進出していた。

 ―――そういえば、いま噴進弾を撃ち込もうとしているのはあの中尉と同じフランス人なんだな……
 電子機材によって爆撃地点を確認していた電信員の指示で極光を緩降下させながら桑原中尉は何故かそんなことを考えていた。


 あのヴィシー・フランス軍哨戒機に対する攻撃を終えて無事に帰還できた自由フランス軍ノルマンディー連隊の三式戦闘機は、新米搭乗員が乗る1機だけだった。
 残る3機の内2機の撃墜は桑原中尉も確認していたが、リュノ中尉に関しては混戦の中で行方が分からなくなっていた。敵機も何機かは撃墜していたはずだが、極光編隊の突入によって乱戦になっていたから詳細は不明だった。
 極光編隊に従って、出撃したチェニジアの基地まで帰還したその搭乗員は、僚機も隊長も失って滑走路脇で茫然自失とした様子でずっと北の方角を見つめていたのだが、表情の消え失せた搭乗員に声をかけられずに桑原中尉達はその場を離れるしか無かった。

 状況からしてリュノ中尉の生存は考えづらかったから、ノルマンディー連隊は一度の出撃で実質上小隊が全滅する被害を被っていたのだ。
 当初の作戦計画では囮となる電子戦闘用機や航法に当たる極光の支援を受けて比較的安全に鈍重な哨戒機を撃墜するだけの任務のはずだったのが、その哨戒機の思わぬ反撃と同数の有力な戦闘機との戦闘によってそれだけの被害を受けたのだ。


 だが、それからしばらくしてから桑原中尉は思いがけない場所でリュノ中尉と再会することになった。

 それは桑原中尉が入港する特設運送艦から機材を受け取る為にチェニスの港まで出張した時の事だった。
 航空隊に配備された極光は制式化されて間もない新兵器だったから、航空隊が独自の伝手を頼って消耗が激しい物資を員数外で入手しなければならないことも多く、整備の手間もかかっていたから、乗機が機体整備の輪番で手が開いていた桑原中尉までもが航空士官であるにも関わらず、隊付の主計士官の代理として港まで赴くことになったのだ。

 しかし、その面倒事が桑原中尉に意外な再会の機会をもたらすことになった。
 特設運送艦はすでに入港していたものの、港の荷役機能が低く、目当ての機材が陸揚げされるまでいくらか待たされる事になったのだが、その間に偶然入港してきた日本海軍の潜水艦に行方不明になっていたリュノ中尉が便乗していたのだ。


 あとから分かったのだが、これは実際にかなりの偶然が積み重なった結果の再会であったらしい。
 リュノ中尉はサルディーニャ島まで被弾した機体でたどり着いてから、不時着機乗員の救出のために待機していた呂号潜水艦に回収されたのだが、本来の計画ではその役割はより大型の伊号潜水艦が当たるはずだったらしい。

 詳細は不明だったが、その伊号潜水艦は航空機を搭載する巡潜が予定されていたようだった。
 本来は要地偵察などのために潜水艦の与圧格納庫に搭載できる水上機が開発されていたのだが、電探技術や対潜戦術の発達によって水上航行時の危険性が高まっていた結果、性能に劣る水上機を運用するために貴重な潜水艦を長時間海面に晒すのが疑問視されるようになっていた。
 狭い与圧格納庫に搭載される為に潜水艦搭載用の水上機は小型で発艦や収納に時間の掛かる組み立て式とせざるを得ないから、性能に限界があったのだ。

 戦訓によって不用となった航空機用格納庫だったが、前線では使い勝手の良い空間として転用される事が多かった。英国軍のコマンド部隊に習って編成されていた特務陸戦隊を密かに敵地に潜入させる事もできるし、今回のように不時着機乗員を救出して員数外の便乗者とさせることも難しくなかったからだ。
 日本海軍には陸戦隊一個中隊とその装備を輸送できるより本格的な輸送潜水艦とも言える伊361型もあったが、より小型で速力も高い巡潜の方が小規模な部隊を用いる潜入作戦などには適しているらしい。

 だが、今回の作戦では航空撃滅戦に引き続いて上陸作戦が予定されていたから、不時着機の乗員が長時間敵地で行動しなければならない可能性は低く、大型の伊号潜ではなく中型の呂号潜水艦が投入されることになったようだった。


 しかし、元々広大な太平洋での要地偵察、敵国航路帯に長駆侵入しての通商破壊などのために整備されていた巡潜と比べると、中型のために呂号潜水艦の航続距離はそれほど長くないから、救出任務のために長時間の待機を強いられた呂号潜水艦は、サルディーニャ島から根拠地であるマルタ島まで航行出来ずにチェニスに補給のために寄港したらしい。

 つまり、伊号巡潜の代わりに呂号潜水艦が乗員救出に投入されなければチェニスに途中寄港することもなかったし、多忙の主計士官に代わって桑原中尉が機材の受け取りに来なければ顔見知りのリュノ中尉と再会することもなかったというのだ。
 しかもノルマンディー連隊は一部はすでに占領されて仮復旧されたサルディーニャ島の航空基地に移動していたが、残存する部隊が極光航空隊に隣接するる基地に展開していた。
 だからあと少しで原隊と入れ違いにあるところだったのだが、機材の輸送のついでにリュノ中尉をノルマンディー連隊まで送り届けるのは容易なことだった。
 だが、桑原中尉は再開を喜ぶよりも、リュノ中尉の悪運の強さに呆れてしまっていた。


 そのような偶然が積み重なったことを桑原中尉が告げると、リュノ中尉は意外なことに笑みを見せていた。
 だが、桑原中尉は笑みを作りながらもどこか重苦しいリュノ中尉の表情に違和感を感じていたから、囁くように何かを言っていたのも半ば聞き逃していた。

 何故か襲撃の最終行程に入る中で桑原中尉はそのことを思い出していた。
 ―――復讐には悪運が必要……であっていたかな。どうもフランス語もフランス人も何を考えているのかよく分からんな。
 桑原中尉は内心でため息をつきながら噴進弾の発射機構に繋がっているはずの引き金をそっと引き絞っていた。
四三式夜間戦闘機極光の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/p1y1.html
三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html
伊351型潜水艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ssi351.html
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