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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦15

 いかにも素人臭かった先ほどの搭乗員と比べると、流石にキ60の搭乗経験を持つリュノ中尉が操る三式戦闘機の機動は鋭いものだった。
 それまでは他の3機や桑原中尉達の極光よりもやや高度をとって全体を見渡していた様子だったが、機動を開始してからの挙動は躊躇いなく素早いものだった。

 リュノ中尉の三式戦闘機は、緩やかな旋回半径で一度距離を取るように電探搭載機の後方につけようとしていた。だが、桑原中尉はすぐに先ほどの新米搭乗員とは電探搭載機から見た時の軌道が異なることに気がついていた。
 襲撃機動に移ったリュノ中尉の三式戦闘機は、距離と共に高度を含めて複雑に調整しながら針路を決定していたようだった。もちろん、その機動は調整しながらも無駄のない動きだった。

 無駄に減速することなく巧みに高度を速度に変換し終えたリュノ中尉の三式戦闘機は、急速に電探搭載機に接近しつつあった。だが、それに対する電探搭載機の動きは奇妙なほど見られなかった。
 どうやら、先ほど複雑に位置を調整していたのは、敵機から見て死角に入るように最適な接敵角度を保つ様な軌道にのるためだったようだ。

 今次大戦の開戦前から仏領インドシナの植民地軍指揮下の独立飛行群に所属していたというリュノ中尉が、電探搭載機の原型機と思われる大戦勃発に前後して制式化されたという新鋭のアミオ350系列に搭乗した経験があるとは思えないが、独立飛行群では双発戦闘機だか爆撃機だかに乗り込んでいたというから、高速双発機の運用には詳しいのだろう。
 だから、巧みに双発機の死角をぬうように接近が可能な軌道も知り尽くしているのではないのか。


 急速に接近するリュノ中尉の三式戦闘機に電探搭載機の搭乗員達が気がついたらしいのは、射撃に移る寸前のことだった。おそらく彼らは中尉の機体が死角に入っていたのと、撃墜された1機と共に攻撃を繰り返していた残りの新米搭乗員達の方に気を取られていたのではないのか。
 だが、その判断は明らかに誤りだった。僚機を失って茫然自失している彼らは実際には大した脅威にはならなかったのだ。
 電探搭載機の搭乗員達は、初撃で自分たちを実質的に無力化していたリュノ中尉のことを常に注意しなければならなかったのだろう。

 だが、電探搭載機の搭乗員達が脅威に気がついた時には既に遅かった。
 桑原中尉はほんの僅かに傷ついた電探搭載機の機体が動きを見せたかのような気がしたが、実際に搭乗員が機体をどのように操作しようとしていたのかは最後まで分からなかった。
 何らかの挙動を電探搭載機が示す前に、斜め後方から急速に接近するリュノ中尉の三式戦闘機が、主翼に装備する計4門の機関銃砲で一斉に射撃を開始していたからだった。

 20ミリと12.7ミリの二種類の銃弾は、ほぼ弾道が一致していたから弾着のずれはほとんど無かった。というよりも、銃口から目標までの距離が相当短かったから弾道は低伸して重力に引かれる前に弾着していたのではないのか。
 電探搭載機に発生した最初の着弾点は、左右に分かれた垂直尾翼をそれぞれ翼端に備える水平尾翼の付け根部分だった。
 胴体最後部と連結する水平尾翼付け根に集中した銃弾は、命中するなり水平尾翼を根本から吹き飛ばす勢いで次々と炸裂していった。

 恐ろしく密度の高い銃撃だった。それに射撃開始から着弾までの時間からすると、初弾から狙った箇所に命中していたのではないのか。
 リュノ中尉の射撃技術が他の搭乗員と比べて格段に優れているというわけでも、三式戦闘機の機関砲の命中率が他機よりも高いというわけでもなかった。
 当たり前の話だが、初弾から命中するのが当然なほどの短距離から射撃を開始すればいいだけだったのだが、お互いに高速で移動する空中戦においてそれを実施するのは実際には困難なのではないのか。


 電探搭載機に命中した銃弾の威力は大きかった。陸軍の機関砲弾は12.7ミリでも炸裂弾を使用していると聞いていたが、実際に目の当たりにするとその大威力は恐ろしいばかりだった。
 防弾板で厳重に防護された区画に命中した際には貫通前に炸裂してしまう場合があるらしいとも聞いていたが、操縦区画から遠く離れた機尾に十分な装甲が施されているとも思えないから、今回に関してはその心配はないはずだった。

 水平尾翼付け根部の外板に次々と命中した銃弾は、機体内部に踊り込んでから次々と炸裂していた。
 桑原中尉の目には、命中弾の衝撃でぱらぱらと剥がれ落ちる外板の欠片に混じって、胴体後端下部に取り付けられていたはずの尾輪が、支持架を破壊されたのか、転げ落ちるように海面へと落下していくのが見えていた。

 だが、尾輪が海面に落着するよりも早く射撃は停止していた。すでに射撃が不可能になるほど両機の位置が接近していたのだ。
 命中弾の密度は恐ろしく高かったものの、実際の射撃時間は一瞬のことだった。
 射撃を終えたリュノ中尉の三式戦闘機は、電探搭載機から落下した破片や本体との衝突を避けるように、やや斜めにロールしながら電探搭載機のすぐ後ろを通過していった。
 おそらくあの距離と速度での急接近では、電探搭載機も後方気流に揺さぶられたのではないのか。


 電探搭載機に大きな変化が生じたのは、リュノ中尉の三式戦闘機が飛び去った直後だった。
 気流に揺さぶられたせいではないのだろうが、命中弾の炸裂によって損傷した構造材がついに破断したのか、翼端の垂直尾翼をつけたままの水平尾翼が後方に吹き飛ばされていったのだ。
 だが、電探搭載機にとっては厄介なことに、破断したのは射撃された側の水平尾翼だけだった。機銃弾によって破壊されたのが被射撃側だけだったのか、それとも単に時間差の問題でしかなかったのかは分からなかった。

 確かなのは、片側の水平尾翼と垂直尾翼の脱落によって左右の取り合いが著しく偏向してしまったということだった。しかも直前に急接近するリュノ中尉の三式戦闘機に気がついた電探搭載機は何らかの回避行動を取ろうと動翼を操作していたところだったのだ。
 機体を操作するはずだった動翼が半数も脱落した電探搭載機は、最初はゆっくりと、だが急速に速度を早めながら不規則に斜めに錐揉みを始めていた。

 あるいは、通常の機体状態であれば適切な操作をすれば、動翼が片側失われたとしても錐揉みから回復出来たかも知れなかったが、それを行うには電探搭載機の飛行高度はあまりに海面に近すぎた。
 射弾を恐れるあまりに高度を落としすぎたのだ。


 錐揉みを続けた電探搭載機が海面に落着したのは、三式戦闘機による銃撃が終了してからすぐの事だった。
 今度は発生した水柱の大きさも、海上に生じた波紋も先ほどの新米搭乗員の三式戦闘機よりもずっと大きかった。
 落下したのが単発単座の戦闘機である三式戦闘機よりも機体規模のずっと大きい双発爆撃機であるアミオ350系列の機体であったことに加えて、機尾から真っ直ぐに落着した三式戦闘機とは違って、着水時に激しい機体の動きがあったからだろう。
 だが、結果には変わりはなかった。海面からほど近い高度で撃墜されて、不規則な軌道を取りながら落下したせいなのか、海面に落着した機体から搭乗員が脱出する気配はなかった。
 それに、電探搭載機の機体自体も石のように海底深く沈んでいってしまったようだった。
 日本海軍の航空機の場合は不時着水した際にも乗員が脱出する時間をかせぐためにある程度の浮力が要求されていたのだが、電探を駆動させるのに必要な大きな電源などを搭載して機体が重くなっていたのか、電探搭載機にはそのような余裕はなかったようだった。


 桑原中尉は、憮然とした表情で新米搭乗員が撃墜されてから、電探搭載機がそれに続いて海中に没するまでの様子を眺めていた。
 新米の搭乗員達の実戦教育という面があったのは否定出来ないが、そのせいで貴重な機材とそれ以上に替えの効かない搭乗員を失ってしまったのだ。
 しかもリュノ中尉の最後の射撃が鮮やかであっただけに反感も大きかったのだ。結果だけを見ていうのも何だが、これならば中尉の機体と誘導機の桑原中尉の変則的な2機編隊で出撃したほうが良かったのではないのか。

 そう考えながらも桑原中尉は、大きなため息を付きながら残り2機になってしまった新米搭乗員の三式戦闘機に視線をうつしていた。
 ―――とにかく電探搭載機は撃墜できたのだ。あとはチェニジアまでこいつらを連れ帰れば任務は終了だ。

 正直なところ、その後に無為に僚機を撃墜されたリュノ中尉達がどのようになるのかまでは興味がなかったのだ。
 共に出撃したのに無責任な態度かもしれなかったが、自分たちはただの誘導機なのだからそこまでの責任は問われないのだろうとも考えていたのだ。


 だが、桑原中尉が安堵するのはまだ早かった。
 電探搭載機の撃墜後に元の高度まで上昇していたリュノ中尉に合流するつもりなのか、ゆるやかに機動を開始した2機の新米搭乗員が戸惑ったように急旋回を開始しようとしていた。
 そして、それよりも一足早く彼らに警告を発したのであろうリュノ中尉の三式戦闘機が急速に何らかの機動を開始しようとしていた。
 後席の電信員が、先程よりもずっと緊迫した様子で上空から敵機が襲来すると声を上げたのは次の瞬間だった。

 反射的に回避機動を取りながら、桑原中尉は電信員が告げた方向を見上げて大きく眉をしかめていた。別に不機嫌になったせいではない。敵機の襲来方向が太陽に近かったせいだ。
 ―――やはり先程の違和感は敵機だったのか、あの時全周走査さえしておけば……
 そのように後悔しながらも桑原中尉は素早く判断していた。おそらく敵機はこちらがある程度の性能を持つ電探を搭載しているのを前提にして、機載電探にとって死角となる自分たちの後方から接近してきたのだろう。
 しかも襲撃の直前に太陽を背にするような位置に巧みに遷移しながらだった。
 それだけで、敵機の搭乗員がかなりの手練であることがわかっていた。


 おそらく、彼らは電子戦闘仕様の一式重爆撃機によってサルディーニャ島の沖合遠くまで釣り出されていたはずの迎撃部隊だった。
 基地で待機中のはずの敵戦闘機隊を釣り上げるためにそのような電子戦闘機が投入されたのだが、予想よりも早くその正体が明らかとされてしまったのかも知れなかった。

 ―――機種はドヴォアチヌ520……いや、機首形状が見慣れんからその改造型か……
 ヴィシー・フランス空軍に所属する機体を掲載していた識別帳の内容を思い出しながら、眩しさに眉をしかめたまま敵機を睨みつけて桑原中尉はそのように見当をつけていた。
 合計4機が確認された敵機は高速で飛行しているものだからその特徴をつかむのは難しかったのだが、水冷エンジンを搭載したドヴォアチヌD.520であるようだった。

 ただし、元から水冷エンジンを搭載して滑らかだった機首は鋭さを増しているような気がしていた。
 ドヴォアチヌD.520は先ほど撃墜された電探搭載機の原型機であるアミオ350と同時期に採用された機体だから、やはり同じようにエンジンの換装などヴィシー・フランスの枢軸側での再度の参戦を契機に強化された改造機であるのではないのか。

 そう考えざるをえないほど敵機の動きは素早く、剣呑さを感じられるものだったのだ。
 桑原中尉が落ち着いてそこまで観測できたのも、敵機の機首形状の変化まで確認できる、つまりは機体の横方向を観測できる位置にあったからだ。
 そのように敵機が横を見せているということは、彼らの目標が自分たちでないことが明らかだったからだ。自分たちを銃撃するつもりならば、こちらに銃口が向くように機首をこちらに見せているだろう。

 もっとも、桑原中尉達にそれほど余裕があったわけではなかった。太陽を背にした最初の襲撃で新米搭乗員の1機を撃墜した敵機群は、リュノ中尉たちと激しい空中戦を繰り広げていたからだ。


 今のところ戦闘は膠着していた。
 見たところ、三式戦闘機とドヴォアチヌD.520の改造機らしい敵機との間にそれほど大きな性能差はないのか、2対4と劣勢になりながらも互角に渡り合っていた。
 いや、奇襲で友軍機を撃墜されていたものの、直後にリュノ中尉による反撃で敵機を1機屠っていたから2対3にまで持ち込んでいるようだった。

 ただし、そのような戦闘がいつまでも続くとは思えなかった。
 熟練搭乗員であるリュノ中尉はともかく、もう一人の新米の方は完全に萎縮してしまったのか逃げ惑うばかりだったし、先ほどの電探搭載機を相手にした戦闘で残弾も残り僅かになっているのではないのか。

 状況は悪かった。彼ら三式戦闘機部隊が全滅してしまえば、今度は桑原中尉達が目標となるのは明らかだったからだ。いま見逃されているのは、自分たちが後からいくらでも料理できる無力な双発爆撃機と誤認されているだけに過ぎないのだ。

 気が焦る桑原中尉に電信員が慌てたような声をかけたのはその時だった。
「支援に行かなくて良いんですか」
 一瞬何を言われたのか分からずに桑原中尉は眉をしかめていた。反応を返さないそんな中尉に苛立ったように電信員が続けた。
「この機体は夜間とはいえ戦闘機なのでしょう。突っ込まなくてもいいんですか」

 目から鱗が落ちたような気がしていた。機種転換訓練を受けていたのに、いつの間にか陸攻乗りの時と同じような気持ちになっていたのだろう。
 確かに電信員の言うとおりだった。極光の原型は陸上爆撃機であるから単発単座の戦闘機と比べれば鈍重だが、遜色ない火力は持ち合わせていたのだ。
 一対一で敵戦闘機と渡り合うのは無謀というものだが、混戦に飛び込んで状況を引っ掻き回すことくらいは出来るのではないのか。

 ―――これでは機種転換訓練未了で出撃させられたノルマンディー連隊の新米共を笑えんな。
 そう考えながらも、桑原中尉は苦笑して叫ぶように命令した。
「僚機に俺に続けと連絡しろ。このまま2機で敵機に突っ込むぞ。貴様が言い出したんだ、撃墜されても恨むなよ」
 楽しげな様子で応える電信員の声を聞きながら、桑原中尉は勢い良く極光を操作していた。
キ60の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hfp.html
三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html
アミオ359の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/amiot359.html
ドヴォアチヌD.525の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d525.html
四三式夜間戦闘機極光の設定は下記アドレスで公開中です。
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