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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦13

 桑原中尉は、飛行将校として海軍に入隊してからは、極光航空隊に配属されるまでずっと陸攻隊の操縦者として勤務してきた。
 だから陸軍どころか、海軍まで含めてもこれまで戦闘機にはそれほど詳しくはなかったのだが、陸軍の航空行政を統制する航空本部に勤務していたという片岡中佐によると、海軍が艦隊上空での防空任務を主目的に開発していた艦上戦闘機をほとんどそのまま陸上戦闘機でも主力として転用していたのに対して、陸軍の現行主力戦闘機には2種類の異なる系譜があるというのだ。
 それが兵器研究方針で定められた軽戦闘機と重戦闘機という傾向の異なる単座戦闘機だった。


 この陸軍の兵器研究方針で軽戦闘機と重戦闘機という2種類の単座戦闘機が定められたのは今から5年ほど前のことで、当時の欧州における最新の航空技術事情を調査してきた技術視察団の報告がもとになっていたらしい。
 実際に明確に文章にまとめられたのはそこから更に数年経っていたが、現在主力機として生産中の戦闘機は、いずれもこの時に改定された兵器研究方針に則って開発が進められたものばかりだった。

 この内、ノルマンディー連隊でこれまで使用されていた一式戦闘機は典型的な軽戦闘機であるといえた。
 当初の軽戦闘機の開発方針では、主に対戦闘機戦闘を行うもので、特に格闘戦能力面での優位を確保すると同時に、速力や航続距離は従来機と同様、兵装も機関銃装備とされていた。
 つまり、軽戦闘機とは兵器研究方針が改定される以前の従来型戦闘機の開発方針を踏襲したものだとも言えた。

 これに対して、重戦闘機とは欧州技術視察団が調査した当時の英ホーカー・ハリケーンや仏モランソルニエ・MS406と言った欧州圏での新鋭機における機体性能などを前提に、これらを仮想敵として定められたものだった。
 要するに来るべき欧州圏での戦闘に備えたとも言えるのだが、それだけに将来の戦闘を見据えた重戦闘機の開発方針は軽戦闘機とは異なる部分が少なくなかった。
 具体的には速度を重視すると共に、機関銃装備に抑えられていた軽戦闘機とは異なり、大口径の機関砲を含む重武装が要求されていたのだ。


 海軍でも艦上戦闘機とは異なり、航続性能よりも上昇力や速力、火力を重要視した局地戦闘機という機種分類は存在していた。
 局地戦闘機とは本質的に基地周辺の防空を主任務とする迎撃戦闘機であったため、日本海軍の対米基本戦略である漸減邀撃戦術の中では敵艦隊を攻撃する長距離攻撃機や、艦隊に随伴する空母機動部隊用の艦上機を優先して整備していた結果、防御用の局地戦闘機は等閑に付されている感もあったが、本土では紆余曲折の末に昨年度ようやく制式採用された二式局地戦闘機雷電がある程度は生産されているらしかった。

 だが、桑原中尉が陸軍重戦闘機と海軍局地戦闘機の類似性を質すと、片岡中佐は苦笑しながら否定して見せていた。
 実際には重戦闘機の概念は、味方基地を襲撃する大型機の迎撃を主任務とする迎撃戦闘機としての性能に特化した局地戦闘機とは似て非なるものだったのだ。

 確かに重戦闘機と局地戦闘機とでは要求される性能に類似する点が無いわけではなかった。局地戦闘機と同じように速力や上昇速度、さらに軽戦闘機では搭載が求められていなかった大威力銃兵装である機関砲の搭載も重戦闘機では要求されていたからだ。
 陸軍がいう機関砲とは、海軍では機関銃と共に機銃とまとめられてしまう程度のものだったが、少なくとも兵器研究方針で軽戦闘機よりも、重戦闘機の方が重火力を要求されていたことだけは間違いはなかった。

 ただし、海軍の局地戦闘機が明確に対大型機用の要地防空戦闘に特化した反面で、対戦闘機戦闘に重要な軽快さを欠いた迎撃機であるのに対して、陸軍の重戦闘機は対大型機戦闘を主任務の一つとしながらも、決して対戦闘機戦闘を否定したわけではなかった。
 むしろ、重戦闘機が兵器研究方針の改定時における近い将来に誕生するであろう大出力エンジンの搭載を前提とした重武装、重装甲と高速性能を高い次元で併せ持つ事によってあらゆる敵機に対応しうる万能戦闘機とでも言うべきものを目指していたのに対して、軽戦闘機は対大型機戦闘に不可欠である大火力の搭載を諦める代わりに、既存の低出力エンジンでも搭載可能な機関銃に装備を絞って、対戦闘機戦闘に専念した単能機であったのだ。


 もっとも、陸軍航空本部でも重戦闘機のこのような概念を明確に文章化したのは、兵器研究方針の改定よりもだいぶ後のことだったらしい。
 陸軍が重単座戦闘機として初めて採用した二式戦闘機は、その弊害を被った機体だった。
 製造業者は一式戦闘機と同じ中島飛行機だったのだが、現行のエンジンで高速性能と上昇性能を満足させた結果、翼面荷重の小さい迎撃戦闘機向けの機体として完成してしまったのである。
 しかも、同時期に英国製の大出力水冷エンジンを搭載したより万能機としての性格の強い三式戦闘機の原型であるキ60が審査を受けていたことから、陸軍の主力戦闘機としての地位は同機に完全に奪われてしまったのである。

 そのような経緯の中で、旧式化が進む在来戦闘機の更新の意味もあって採用されたのが軽単座戦闘機として開発されていた一式戦闘機だった。
 ただし、結果的に試作機段階の頃と比べると制式採用された一式戦闘機はかなり変更点があったらしい。
 審査の過程で陸軍戦闘機に関する教育と研究を行う明野飛行学校が強弁に主張していた速度や上昇力に加えて防弾能力や打撃力の向上を図っていたからだ。

 例えば、エンジン出力を総合的に向上させるために過給器の容量が拡大されていたし、後方から放たれた射弾から搭乗員を保護するために操縦席の防弾板も充実していた。
 それに加えて本来であれば機関銃装備に抑えられるはずだった武装面でも12.7ミリ機関砲2門に増強されていたのだ。
 つまり、一式戦闘機は本来は重単座戦闘機が搭載すべきだった機関砲装備の軽単座戦闘機という本来の兵器研究方針の規定からすれば曖昧な存在になってしまっていたのだ。


 もっとも、海軍の飛行将校である桑原中尉にしてみれば、7.7ミリでも12.7ミリでも大した違いがあるとは思えなかった。
 陸軍では両者は機関銃と機関砲と種類がわけられていたが、海軍では一緒くたに機銃とまとめられているものだったし、最近では大型の重爆撃機だけではなく、一式戦闘機がそうであるように戦闘機であっても小口径の機銃弾程度であれば防護できる装甲板を装備するのが常識化していたから、その程度の火力向上ではどのみち限界があったはずだ。

 だが、一式戦闘機の銃兵装を今以上に強化することは難しかった。低出力エンジンで十分な機動性を機体に与えるために一式戦闘機は空気抵抗を極限する薄い主翼構造をとっていたからだ。
 それでいながら激しい戦闘機動を前提とする対戦闘機戦闘を主任務とするものだから、主翼は強度がかなり高く見積もられており、翼内を走る構造材は大きかった。
 だから他の戦闘機のように翼内に銃兵装を内蔵することは出来ないから、機首のエンジン上部に銃身を這わせるように配置したうえで左右2門の機関砲を搭載するので精一杯だったらしい。

 これ以上の武装強化は翼面の構造から見なおさなければならないが、おそらく陸軍はそのような改設計を認可することはないはずだった。
 一式戦闘機のような軽戦闘機が誕生したのは、大出力エンジンを搭載せずに敵戦闘機に対峙しなければならないという技術的な需要とともに、既存の技術や生産設備を使用して安価に取得できることも無視できない理由だった。

 それに既存技術による設計は、整備性の向上にもつながっているはずだった。
 これまでのノルマンディー連隊のような友軍外国部隊に対して日本軍が一式戦闘機を大量に供与していたのも、構造が簡便で安価に取得できる軽戦闘機だからという側面があったのも確かだったのではないのか。

 だが、すでに格闘戦能力、特に横方向の旋回性能に特化した軽戦闘機という概念は時代遅れになりつつあった。というよりも日本製の戦闘機でも大出力エンジンを搭載することが常識化していたのだから、用途の限られる軽戦闘機を配備する意味は薄れていたのだ。


 確かに、軽戦闘機として開発が進められていた一式戦闘機は、搭乗員にとっては操縦性のよい動かしやすい機体だったはずだ。特に横方向の旋回半径の小ささなどから格闘戦では抜群の機動性を発揮していたのは間違いないだろう。
 ただし、それは軽量にまとめ上げられた軽戦闘機に対して重戦闘機が対戦闘機性能において劣るということを意味しているのではなかった。
 実戦では横方向の旋回だけではなく、縦方向、すなわち上下方向への機動を行うことも少なくないが、この場合は軽量な分だけ機体構造が脆弱な軽戦闘機よりも、頑丈で降下速度制限が高い上に、上昇力に直結するエンジン出力の大きな重戦闘機の方が有利だったのだ。

 噂では、一式戦闘機の審査時において明野飛行学校が求めた要求の中に機体構造の強化が含まれていたのも、降下時の速度制限を考慮しての事だったらしい。
 エンジン出力の低い一式戦闘機であっても、降下速度が制限されるせいで敵機を逃す可能性があるからだろう。
 つまり、紛争地帯での実戦経験者も少なくない明野飛行学校の教官たちは、軽戦闘機の概念は概念として、場合によっては兵器研究方針とは異なり軽戦闘機であっても重戦闘機的な戦闘を行うこともあると考えていたのだろう。

 それに、横方向の旋回性能に直結するロール率などは機動時の速度や補助翼の構造によっても変化するから、必ずしも機体重量が軽量の軽戦闘機の方が旋回性能に優れると決まっているわけではなかった。
 更に言えば、旋回半径の小ささも敵機との格闘戦において絶対的な優位になるかどうかは分からなかった。
 極端なことを言えば、同時に横方向の旋回に入ったとしても、旋回半径が大きくともその分だけ高速で旋回できるのであれば、外回りになったとしても旋回を早く終えられるのではないのか。

 それに大重量が許容される重戦闘機の方が構造を強化できるはずだから、高速時の機動性に関連する操縦翼面の剛性に関しては有利なはずだから、高速旋回時には重戦闘機の方が優位な場合もあるはずだった。


 要は重戦闘機と軽戦闘機との間に絶対的な境や区分など存在していないのだ。逆に機種毎にはその性能に応じた戦い方があるのだから、搭乗員は自らが乗り込む機体の特性や性能を見極めたうえで、相手取る敵機や敵搭乗員の弱点を突くような戦法をその都度に選択する必要があったのだ。


 しかし、桑原中尉の見たところ、ノルマンディー連隊の搭乗員達はこれまで乗機していた一式戦闘機の性能に縛られて、より大出力と大火力を有する三式戦闘機の高性能を持て余しているようだった。
 それどころか、高速の重戦闘機である三式戦闘機で無理な横方向の急旋回を連続して襲撃しているものだから、銃撃時の姿勢も定まらずに無駄弾ばかりを消費することになっていたのだろう。

 それに対して電探搭載機の乗員は、奇襲となった初撃で受けた損害のせいで機体の動きは鈍いものの、手練の乗員が揃っているのかその後の機動は見事なものだった。
 稚拙なノルマンディー連隊の搭乗員による銃撃の隙を見極めて、鈍重なはずの電探が搭載された双発爆撃機で可能なぎりぎりの所で射弾をかわし続けているのだ。
 それどころか襲撃の合間を縫うようにした巧みな機動で、少しでもサルディーニャ島に近づこうと、銃撃の度に回避しながらも小刻みに針路を同島に向けているようだった。


 桑原中尉は呆れたような顔で、やや上空で部下の襲撃を見守っていた小隊長であるリュノ中尉の方を見上げていた。中尉がいつまで不甲斐ない部下を放っておくのか気になっていたのだ。
 いくらなんでもノルマンディー連隊の搭乗員達は現在の乗機について無理解に過ぎた。本来であれば座学を含めてもっと自分たちが乗り込む機体に慣れてから実戦に出すべきだったのだ。
 それを政治的な事情があるからといって出撃させるのは無理があったのだろう。

 おそらくノルマンディー連隊の参加は、もっと上層部の間の話し合いで決まっていたのだろうが、それを引率する小隊長であるリュノ中尉が全く関与していなかったとも思えなかった。
 今一掴みどころのない男だったが、リュノ中尉はこの展開をどう考えているのか、桑原中尉はそのことが少しばかり気にかかり始めていた。


 桑原中尉は違和感を感じたのは、上空を悠然と飛行しているように見えるリュノ中尉の機体をそのように見上げていた時だった。
 リュノ中尉の三式戦闘機の後方に浮かぶ僅かな断雲に何かが映ったような気がしたのだ。
 ―――電探をそちらに向けてみるか……
 太陽に近いその方向を見て眩しさに眉をしかめながら、桑原中尉は前方に視界を戻していた。
 極光の尾部に装備された電探は、捜索距離の短い後方警戒用のものだったし、機首に装備された射撃管制用の電探も精度が高い一方で探知角度はそれほど広く無いから、特定の範囲を捜索しようとすれば機体ごと旋回する必要があった。

 なんにせよ状況が変わる前に一度全周捜索を行おうと考えた桑原中尉は、後続する僚機に合図しようとしていた。だが、結局中尉は合図を送ることが出来なかった。
 次の瞬間に状況が一変していたからだった。
四三式夜間戦闘機極光の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/p1y1.html
一式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。
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二式局地戦闘機雷電の設定は下記アドレスで公開中です。
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