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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦12

 サルディーニャ島に点在する枢軸軍の航空基地に対して、先手を打って航空撃滅戦を敢行するという派手なところのある今回の作戦において、桑原中尉達極光航空隊に与えられた命令は曖昧なところが大きなものだった。
 少なくとも島内の航空基地群や地上設置の電探基地などに対する初撃といった華々しい任務を与えられることはなさそうだった。

 今回の攻勢作戦の指揮を執る陸軍第3航空軍直轄の予備兵力と言えば聞こえは良いが、実際には海軍でもこれまでにない機材である進攻用夜間戦闘機とでも言うべき極光の性能を持て余しているだけではないのか。


 北アフリカ方面に展開する日本海陸軍の航空部隊に関して全般的な作戦指揮を執る第3航空軍は、陸軍の各飛行団に加えて洋上艦隊である第1航空艦隊及び遣欧艦隊司令部直属のものを除く欧州派遣の海軍航空隊をも指揮下においていた。

 だが、その数は陸軍の飛行団に比べれば決して多くはなかったし、第3航空軍の指揮下におかれた航空隊が装備する航空機の種類は、艦上機として採用されたものの主に陸上戦闘機として運用されている零式艦上戦闘機44型や、陸戦隊支援の名目で北アフリカ戦線に陸上基地配備の海軍航空隊が関与するためだけに配備されたと言っても過言ではない陸軍から供与された一式重爆撃機などに限られていた。
 プロエスティ油田地帯への爆撃作戦における両軍航空隊の連携の悪さなどの戦訓から、海陸軍間の協定によって実行された一部海軍航空隊の陸軍第3航空軍への指揮権譲渡だったが、実際には海陸軍の航空部隊には制度や使用機材の特性などで異なる部分が少なくなかった。


 本国は大本営の発展的解消だか同時併存だかで海陸軍が完全に共同で戦略面での統帥を行う統合参謀部が成立していたし、前線でも両軍、特に航空部隊や陸戦隊が同じ戦場で肩を並べあって戦う統合運用が実施されることが増えていたが、実働部隊であるならばともかく、指揮統制を行う司令部ではそれは容易なことではなかったはずだ。
 別に海軍の部隊に対して、陸軍の司令官が命令を下す、あるいはその逆が困難だというわけではなかった。そうではなく、海陸軍はこれまで独自に仮想敵を定めて戦力を整備してきたために、特異な装備を有する部隊が少なくなかったのだ。

 例えば、同じ陸上戦闘部隊であっても、海軍陸戦隊は元々は艦隊勤務の水兵を武装させて陸上戦闘に投入したものであり、現在戦地に派遣されている陸戦師団隷下の特別陸戦隊は各鎮守府で常時編制された部隊だったが、成立過程や歴史的な事情から本来は警備や紛争地帯への緊急展開を得意とする部隊だった。
 陸戦師団としてまとめられた部隊は、ソ連との国境紛争が相次ぐシベリア―ロシア帝国への長期駐留のために重武装したり、今次大戦に対応するために上陸戦闘に特化するなどの措置が取られていたが、元々陸軍の部隊とは性質が異なるのは間違いなかった。
 そもそも陸戦師団の編成自体が固定のものではなく、隷下の部隊も状況に応じて異動されることもあったのだ。だから同じ師団と入っても、各隊ごとに固有の歴史を持ち、更に同じ師管区から召集された兵隊達が団結するような陸軍の師団とは組織体系からして同列で論じられるようなものではなかったのだ。


 航空機材の場合はさらに事情が複雑だった。
 友軍艦隊上空に飛来する敵重爆を迎撃するために開発された艦上戦闘機と、陸上で敵戦闘機を撃墜するために開発された陸軍戦闘機では、仮にエンジンなどの規模が同じであっても特質が異なるからだ。

 このような特質の違いを無視して作戦を立案するのは危険だった。
 単に期待された戦果を挙げられなかったという程度ならば大したことはないが、航続距離の違いや得意とする戦法などを無視した計画で貴重な機材や人員を喪失する危険性もないとは言い切れなかった。
 配属される部隊とその司令部が共に大規模であれば、遣欧艦隊司令部に陸軍参謀が派遣されているように連絡将校を常駐させてそのような齟齬を訂正させることも可能だが、連絡将校が必要なのは陸海軍間だけではなく英国などの他国軍司令部など多数があったし、第3航空軍の場合は配属される海軍航空隊の規模が小さいから海軍から航空技術に長じた高級将校を派遣するほどの余裕がなかったのだろう。


 だから、陸軍機との航続距離といった機体性能の差さえ把握しておけば、一応は扱いに不安のない陸上配備の艦上戦闘機や陸軍機と同一仕様の一式重爆撃機部隊だけが陸軍航空軍に配備される一方で、海軍にしか存在しない長距離捜索機である飛行艇などの特殊な機材を運用する航空隊は遣欧艦隊司令部の直轄としていたのだ。
 艦上戦闘機部隊は、海軍で運用する一式重爆撃機部隊の直掩か、本来は艦隊防空用に性能が定められた艦上機故の長大な航続距離を活かして戦闘機隊単独でのサルディーニャ島上空での制空戦闘に投入される予定だった。

 そのなかで極光航空隊は作戦立案段階で投入が決定されたこともあって、第3航空軍司令部では扱いかねているようだった。
 昼間の間に爆撃した敵航空基地の復旧を妨害するために、少数機ながら夜間爆撃が実施される予定もあったが、その直掩任務には既に陸軍の二式複座戦闘機の夜間戦闘機仕様が投入されることが決まっていた。
 それと同時に極光航空隊単独でサルディーニャ島に侵入しようとしても、同島上空で友軍の重爆隊とその直掩に加えて、黄昏時から滑走路などを修復して敵夜間戦闘機が迎撃に出てくる可能性も否定出来ないから、敵味方錯綜する夜戦においては出撃している友軍とは所属の異なる極光航空隊は同士討ちを避けるために出撃することが出来なかった。


 結局、明確な任務を与えられないまま、士気をおびただしく低下させながら桑原中尉達は待機し続けるしかなかった。
 逆にサルディーニャ島への侵攻作戦を控えて偵察機を除く各隊は物資の集積や機材の点検に専念していたから、技量の維持を目的とするような一般的な程度を超えて勝手に頻繁な訓練飛行を続けるわけにも行かなかったのだ。

 そのような中途半端な状態が一変したのは、作戦開始直前のことだった。偵察行動で判明した電探搭載機を先行して撃墜しろというのだ。
 作戦に必要な機数は少なかったが、ふてくされていた航空隊の搭乗員達の士気はまた一転していた。詳細は不明だったが、とにかく長距離侵攻戦闘機である極光が一番槍を務めることだけは確かだと思ったからだ。
 在空位置の特定し辛い電探搭載機の撃墜が命じられたのは、滞空時間の長いことに加えて逆探などの電子機材を備える旭光の特性が評価されたのではないのか、そう考えられたからだ。

 だが、その後更に作戦の詳細が伝えられると、高揚していた搭乗員達の士気はまた一気に落ち込むことになった。しかも、今度は第3航空軍直轄で飼い殺し状態になった時の比ではなかった。
 極光航空隊の実際の任務が、長距離海上飛行に不慣れなノルマンディー連隊の誘導機でしかなかったからだ。これでは航空隊の搭乗員達が落胆するのも無理はなかった。
 作戦では、三式戦闘機を装備するノルマンディー連隊1個小隊4機に対して極光2機という変則的な編制で敵電探搭載機の所まで誘導することになっていたのだ。


 確かにこれまで陸上攻撃機が航法能力に限界のある単発機部隊を先導する誘導機として運用されることは少なくなかった。陸上攻撃機や輸送機は、多数の乗員が搭乗する大型機である利点を活かして専用の航法士や機材を載せることが出来たからだ。
 しかし、それは島嶼部への長距離自力進出、例えば日本本土から南洋諸島への飛行を行わなければならない場合や戦爆連合で襲撃を掛ける直掩機が同行するような場合のはずだった。

 自衛火力以上の攻撃力を持つ航空機が単に攻撃隊の誘導を行うということはあまり先例がないのではないのか。
 それに、いくら極光が航法支援を含む最新の電子機材を搭載しているとはいえ、操縦以外の乗員は電信員一人だけなのだから、作業空間や他の機上作業との兼ね合いを考慮すれば航法能力は大型の陸攻よりも劣るのではないのか。


 もっとも多くの搭乗員達が気にしているのはそこではなかった。本来の極光は陸上爆撃機を原型としているとはいえ、最新の機材を搭載した戦闘機なのだ。
 それが政治的な理由で作戦に参加した上に、1番目立つと思われる攻撃隊に先んじて敵機を撃墜するノルマンディー連隊の練度の低さを補うためにつじつま合わせのように駆り出されるが納得がいかなかったのだ。

 チェニジア、シチリア島からサルディーニャ島までの距離は200キロ程度に過ぎなかった。この程度の距離であれば、日本海軍どころか地文航法が基本の陸軍の単発戦闘機であっても自力での進出が可能なのではないのか。
 これが滑走路を作るのが精一杯という南洋に浮かぶような小島ならばともかく、相手は四国よりも巨大な島なのだから、機体に慣れてさえいれば十分に往復できるはずだった。

 実際には、電探搭載機に確実に接敵するために、極光に搭載された逆探や地上局からの電波を受信する最新鋭の航法支援装置を期待されての抜擢だったのだが、電探搭載機をノルマンディー連隊機が撃墜する際には、戦闘に手出しせずに周辺空域で警戒しながら待機するように命じられていたのだから面白くもなかったのだ。

 これが単発の軽快な戦闘機を相手にするのであれば、三式戦闘機を装備するノルマンディー連隊に昼間戦闘は任せて、陸上爆撃機原型の夜間戦闘機でしか無い極光が退避するというのならば納得もできるが、実際には相手も双発爆撃機を転用した哨戒機に過ぎないのだ。
 しかも、偵察員に代わって電探空中線を機内に収納した極光とは違って、ヴィシー・フランス空軍の電探搭載機は不格好に空気抵抗となる空中線を剥き出しにしているというのだから、三式戦闘機を投入するまでもなく、電子戦機材の充実した極光航空隊だけで十分に任務を達成できたのではないのか。
 おそらく、この任務にノルマンディー連隊が駆りだされたのも、ヴィシー・フランスが防衛するサルディーニャ島への攻勢作戦において、初撃を行うのが自由フランス軍将兵であったという結果が欲しかっただけなのだろう。


 この任務に参加することになった桑原中尉のそのような不満は、ペアを組むノルマンディー連隊の飛行小隊と顔合わせしても収まることはなかった。むしろ、不信感が募るばかりだった。
 妙に無愛想な小隊長は以前キ60に搭乗した経験があったらしいが、それ以外の三名はいずれもその経験すらなかった。それどころか最前線で消耗が激しかったノルマンディー連隊に最近になって補充されてきた搭乗員もいるというのだ。
 それに彼らとの意思疎通も簡単には行かなかった。顔合わせの時は、陸軍の航空本部からノルマンディー連隊に派遣されていた片岡中佐の通訳と仲立ちで何とかなったのだが、空中ではそうは行かないだろう。

 桑原中尉は、氷山空母などに派遣されている間に日常会話程度であれば英語は解するようになっていたが、それでも空中戦の間に咄嗟に英語が出てくるとは思えなかったし、同乗者や僚機も事情は同じようなものだった。
 勿論2機の乗員の誰もがフランス語を話すものはいなかったし、ノルマンディー連隊の方でも英語を流暢に話すものもいないようだった。

 結局その場はお互いに何とか意味を理解し合える英語を基本として、通常は合図で連絡を取り合うこととしたのだが、桑原中尉はその時点ではそれでも大きな問題が生じるとは思ってはいなかった。
 どうせこの作戦の間だけのペアなのだから、三式戦闘機の小隊は極光に勝手に追随すれば良いのだし、お互いに正規の搭乗員なのだから、ついてこれなかったところでこちらの責任ではない、そう考えていたのだ。


 桑原中尉の態度は、言葉がわからずにろくに連携を取れないのをいいことにした投げやりで無責任なものだったが、何とか彼らの誘導を終えて、ヴィシー・フランス空軍の電探搭載機に対する戦闘が始まってすぐに自分の考えが甘かったのを思い知らされることになっていた。
 事前の桑原中尉の想像以上にノルマンディー連隊の搭乗員達の練度が低かったのだ。

 片岡中佐の説明では、小隊長であるリュノ中尉を除いた三名の搭乗員達は、最近になってノルマンディー連隊に配属された補充要員ではあるものの、回数は少ないながらも実戦を経験しているはずだった。
 だが、桑原中尉の見る限りでは、実戦を潜り抜けてきたとは思えないほど彼らの飛行姿勢はぎこちなく、射撃の際もどこか腰が引けているのを感じ取っていた。
 というよりも、大出力、大火力を兼ね備えた三式戦闘機の戦闘能力を持て余しているような様子だった。


 ただし、彼ら三人に差し迫った大きな危険があるとは思えなかった。
 始めて見る電探搭載機は、今次大戦の開戦前後にフランス空軍に採用されていたアミオ350のようだった。ただし、極光と同じく両翼にそれぞれ備え付けられた左右合計2基のエンジンは、原型機が空冷エンジンを搭載していたのに対して水冷エンジンに換装されていた。

 このアミオ350改造機に搭載された水冷エンジンの出力はかなり大きいようだが、その出力が速度面での優位に活かされている形跡はなかった。
 電探を搭載した機体は武装が貧弱である上に、本体の流麗な形状を台無しにするように無造作に機外に突き出された巨大な空中線のせいか速度も大して出ていなかったからだ。
 おそらく空冷エンジンよりも空気抵抗の少ない鋭く尖った水冷エンジンの形状も、電探空中線による抵抗で利点は相殺されてしまっているはずだった。

 もっとも飛行速度が低い原因は、空中線によって生じる抵抗だけではないはずだった。アミオ350改造機には、機内にも空中線に繋がる電探本体が搭載されているはずだった。
 これまで極光で観測された逆探への反応の高さからすれば、目の前の機体に搭載された電探の出力はかなり高いようだから、電探本体の重量もかなりのものになるのではないのか。
 少なくとも本来は射撃管制用に開発された夜間戦闘機用として極光に搭載された電探よりも、日本軍にしてみれば一世代前の捜索用の電探が軽量だとは思えなかった。


 つまり、電探搭載機は空中線による抵抗に加えて重量のある電探まで抱えているのだから、その高速性能を奪われていると判断してもよいはずだったのだ。
 勿論それでも強力な自衛火力が備わっているのであれば、その脅威は無視できなかった。
 相手は単機で飛行しているから編隊による火力発揮などは出来ないが、確かアミオ350は20ミリという大口径の後部旋回機銃を保有していたはずだった。

 ただし、その大火力が火を吹くことはもうなかった。奇襲となった小隊長であるリュノ中尉による鮮やかな初撃で、後部機銃座が乗員ごと撃ちぬかれていたからだ。
 双発爆撃機のアミオ350は、極光原型の試製銀河にも似た細身で乗員も少ない機体だった。あれでは仮に後部旋回機銃そのものは破壊されずに使用可能であったとしても、生き残った乗員が代わりに配置につくことも出来ないのではないのか。

 機首にも固定機銃が配置されていたはずだが、そちらは爆撃機では使用機会が少ないせいか後部旋回機銃と比べると格段に威力の劣る小口径のものだったし、嵩張る電探を収容するために取り外されている可能性も高かった。


 今も電探搭載機を甚振るように入れ替わり立ち替わりに銃撃を加えているのは小隊長を除いた三人の新米搭乗員たちだった。初撃を除いて、小隊長は一歩引いた位置で攻撃には参加していなかった。
 まるで手負いの獲物を寄って集って痛めつけているような姿だったが、おそらく彼ら自身は真剣に取り組んでいるつもりなのだろう。そして小隊長は実戦経験の少ない彼らに戦度胸を付けさせるために、1番の脅威となる後部旋回機銃を最初に排除した後は静観の構えをとっているのだろう。


 だが、桑原中尉はノルマンディー連隊のその様な動きを冷ややかな目で見ていた。
 小隊長はともかく、三人の搭乗員が結局は三式戦闘機の機体特性を把握していないのは傍から見ても一目瞭然だったからだ。そのせいで無駄に機動を繰り返し、射弾を空中にばらまく羽目になっているのだ。

 ―――あるいは、軽戦闘機である一式戦闘機に最初に慣れすぎて、重戦闘機の感覚をうまく掴めんのかもしれんな。
 以前航空本部に勤務していたという片岡中佐から聞きかじった話を桑原中尉は思い出しながらそう考えていた。
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