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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア海峡航空戦6

 単機で悠々と飛行する敵大型機の姿を見た瞬間、プレー曹長の脳裏に浮かんだのは敵編隊に先行して電子戦闘用の機体が飛来したのではないのかというものだった。

 英国本土を拠点とする国際連盟軍と、フランス占領地域から本土に至る地域に駐留するドイツ軍との間で激しい航空戦が続くドーバー海峡方面では、両勢力が競うように最新の電子兵装を投入するものだから、大規模な爆撃隊の露払いや護衛として敵地上基地のレーダーや迎撃機との通信を妨害するための電子戦闘専用の機体が投入されることも少なくないらしいと聞いていたからだ。
 通常は攻撃隊の前衛や、編隊内で行動を共にすることが多いが、中には囮として先行することもあるらしい。


 だが、プレー曹長はすぐにその可能性を否定していた。哨戒機仕様のアミオ359が探知した目標は、多数の大型機からなる編隊のはずだったが、その目標が存在するはずの空域を飛行しているのはその機体だけだったからだ。
 電子戦闘用の機体が前衛で飛行していたとしても、この空域には本来はすぐに目視確認できるほどの大編隊が存在しているはずなのだが、その姿は何処にも見えなかった。

 低空には地中海上空を流れる僅かな断雲がサルディーニャ島の起伏で乱されたのか不規則な動きを見せていたが、とてもではないが上空から見ても真っ青な海の色が伺えるほどの薄雲の中に編隊を隠しおおせるとは思えなかった。
 まるでレーダーの中だけに現れた大編隊が忽然と姿を消したかのようだった。


 可能性は2つあった。
 一つは、アミオ359に搭載されたレーダーが誤作動を起こしたか、あるいは観測員の技量が低くレーダー探知された単機の目標を編隊と誤認した可能性だった。
 現状のレーダーに大した分解能は期待できないから、実際に編隊が存在していてもその反応の影に単機で飛来した電子戦闘用の機体が紛れ込んでしまった可能性もあったが、この距離で発見できないほど近距離に他の編隊がいるとも思えなかった。
 それに、既存の部品を最大限流用したレーダー自体の信頼性は低くはないし、数少ないレーダー搭載機は連日のように出撃していたから、レーダー観測員もその実戦での使用に習熟しているはずだった。


 可能性はもう一つあった。最初からレーダーで探知された目標など存在しなかったのではないのかというものだった。
 もちろん単にレーダー観測員の誤認や誤作動などでは無かった。意図的にレーダー上でのみ存在する目標が作り出されたのではないのかというのだ。

 レーダーを使用したこれまでの戦訓や実験などから、レーダーの空中線から発振された電磁波が反射される際に、目標の材質や形状等によって反射波の強度が変化することが知られていた。
 この現象を利用すればレーダーを無効化は出来ないまでも、被発見率の減少程度であれば可能ではないのかと考えられていたが、今のところ研究が進捗したという話は聞かなかった。

 実のところ、雨天などによる空中の蒸気量の変化といった大気状況によっても反射波の状況は変わってくるし、レーダーの品質そのものが安定しなかったから、探知目標と反射強度の関係はこれまでのところ再現性が低く、確認しようが無かったのだ。
 レーダー観測員の中には、木製のモスキートとそれ以外の機体ではレーダー探知可能距離に明らかな違いがあると証言するものもいたが、それらは個人的な経験によるものでしか無かったのだ。


 だが、レーダー関係技術に関しては、ヴィシー・フランスを含む枢軸国よりも、古くから軍用レーダーの技術開発を進めていた日英の方が研究が進んでいるはずだった。
 だからレーダー反射波を低減するのではなく、逆に形状の変更や特殊な塗料の塗布などで反射波強度を向上させることくらいは出来るのではないのか。あるいは、機体そのものではなく搭載されている機材の方に理由があるのかも知れなかった。

 プレー曹長は以前にレーダーによる迎撃をシステム化させるために、友軍のレーダー波を受けると、機体に搭載された電子回路で増幅して反射される機材が存在すると聞いていた。
 ヴィシー・フランス軍ではなく、ドーバー海峡方面で夜間迎撃を行う部隊を地上から管制するために試作されたものらしい。
 ドーバー海峡方面では大陸上空に侵入する英空軍の夜間爆撃隊を阻止するために多数の夜間戦闘機が出撃するが、それを管制するために自軍の位置を正確に把握する必要があるのだという話だった。

 機能的にはそれと類似した機材が単機で飛来した機体にも搭載されているのではないのか。
 アミオ359によるレーダー哨戒は以前から何度も行われているから、これまでサルディーニャ島に飛来していた偵察機によってレーダー波の観測も行われていただろうから、その時に使用する周波数帯も正確に確認されていたのかもしれなかった。

 今から考えると、発振されていた妨害電波の存在も疑わしかった。実際には実体よりも巨大な偽の反射波を送信する際に漏洩した電磁波か、あるいは不自然な反射源を欺瞞するために発振されたものだったのではないのか。


 飛来した大型機は、一式重爆撃機だった。もっとも単機で飛来したことを考えると、重爆撃機仕様の一般的な機体だとは思えなかった。おそらく機体内外部に電子戦闘用の機材を搭載した特別仕様の機体なのだろう。
 ただし、機体の外観は重爆撃機仕様との差異はそれほど感じられなかった。原型といってもよい重爆撃機仕様であっても、最近では各種の電子兵装が充実するようになっていたからだ。

 一式重爆撃機は今次大戦において日本軍が参戦した当初から投入されてきた機体だったが、戦争の長期化にともなって派生型と思われる機体が出現するようになっていた。
 電子戦闘用の機体もその一つだったが、防御機銃座を格段に強化した護衛用の機体や、野砲並の大口径砲を装備した攻撃機まで続々と戦線に投入されていた。

 だが、いずれの型式の機体であっても、後から出現する派生型であるほど電子戦用の機材は充実するようになっていた。
 撃墜された機体の残骸から得られた類推情報でしかなかったが、重爆撃機仕様であっても最近では自衛用の簡易なレーダーや敵レーダー波を探知する機材は当然のように搭載されているらしい。

 しかも、最近の日本軍機は空気抵抗となる空中線を機外に露出させることを避けるようになっていた。使用する波長帯にもよるのだろうが、空中線を機内に収納して、機外に露出するのは操縦席風防、天蓋のように滑らかに整形されたカバーだけになっていたのだ。

 使用する波長帯によって空中線の形状や寸法は自ずと最適化されるらしいから、空中線の外観さえわかればある程度の用途や性能まで推測することが出来るらしいが、空中線が露出していないものだから、機外から搭載された機材の用途や性能を推測することは難しかった。


 電子戦闘用の機体の中には、搭載する電子兵装の重量や配置の制限が大きいものだから、重爆撃機ではなく、その派生型の輸送機を改造したものもあった。機銃座や爆弾倉、あるいは装甲材などが輸送機では省かれていたから、巨大な空中線を含む電子兵装の搭載にはそちらのほうが適しているのだろう。
 実際に国際連盟軍制圧地域の奥深くまで高々度偵察を行ったドイツ軍機によって、一式重爆撃機の輸送機型である二式輸送機の改造型らしき電子戦闘用の機体が目撃されていたらしい。

 だが、それらの輸送機改造の機体が枢軸軍の支配領域に対する攻勢で使用されたという例はこれまでなかった。
 その用途はあくまでも大型で探知可能距離の長いレーダーを用いた友軍占領地帯での防空支援などに限られているようだった。
 おそらく、武装のない輸送機改造の機体では、相当の護衛機を随伴でもしないかぎり危険すぎて前線に派遣できないのだろう。だからこの場所に投入されたのも大威力の自衛火器を備えた一式重爆撃機の改造型だったのではないのか。


 いずれにせよ、目前を悠然と飛行する一式重爆撃機はプレー曹長たちにとって大きな脅威とは成り得なかった。
 一式重爆撃機はいずれの型式においても防御機銃座が充実した厄介な機体ではあったが、一式重爆撃機に限らず重爆撃機などの大型機の編隊が戦闘機部隊にとって厄介となるのは防御機銃座の死角を補うために上下左右の互いの位置に配慮して緊密な編隊を組んだ場合だった。
 それ故に戦闘機隊が編隊に攻撃する際には、僚機の援護を受けづらい最後尾や編隊翼端に配置された機体から狙うのがセオリーだったし、単機で飛行する重爆撃機はそれほどの脅威とならなかったのだ。

 これが迎撃機の到達が難しいほどの高々度を飛行しているか、針路が悪く追撃戦にならざるをえないといった場合は格段に迎撃は難しくなるが、現在は高度差がさほどあるようには見えなかったから、一式重爆撃機の撃墜そのものはそれほど難しくはないはずだった。


 しかし、小隊長であるグローン中尉の判断は一式重爆撃機への襲撃ではなかった。一式重爆撃機を発見してからしばらくして先ほどとは打って変わって雑音が消え失せてクリアーになった隊内無線から中尉の声が聞こえていた。
 その間も小隊は方針を決めかねているために、一式重爆撃機を視界内におさめた空域で無為に旋回を続けていた。
「急いで哨戒機の所まで引き返すぞ。全機俺に続け」
 そう言うなりグローン中尉の機体は旋回を中断して一直線に加速を開始していた。慌ててグローン中尉の僚機である小隊2番機の後を追いかけるようにしてプレー曹長もそれに続いたが、後続するコルコンブ軍曹には躊躇いがあったのか一瞬機動に遅れが出ていた。

「あの重爆は放っておいて良いんですか。探知された編隊は居ないみたいですが、このままあの重爆を放っておいたら島の上空まで達してしまうのではないですか」
 隊内無線のコルコンブ軍曹の声は不満気なものだったが、それに間髪容れずに応えるグローン中尉は軍曹以上に不機嫌そうな声だった。
「そんなもの放っておけ、この島は何度も偵察機に侵入されてもう洗いざらい情報は持ってかれた後だろうが。今更爆撃機の1機や2機が来たところで何も変わるまいよ。それにあの機体は放っておいてももう害はないはずだからな……」

 一式重爆撃機に未練があるのか、まだコルコンブ軍曹は不満気な様子を隠しきれなかったが、グローン中尉は取り合う気はなさそうだった。
 だが、疑問を抱いていたのはコルコンブ軍曹だけではなかった。プレー曹長はグローン中尉の重爆撃機が無害との判断に違和感を感じていた。

 確かに重爆撃機は専門の偵察機に比べれば情報収集能力は低いが、操縦手や爆撃手以外に複数の機銃手も乗り込んでいるはずだから乗員の肉眼での確認であれば能力は高いし、搭載量にも余裕があるから電子戦用の機材を搭載すれば偵察機以上の電波情報の収集も可能ではないのか。
 第一、妨害電波の発振源があの機体であることは間違いないのだから、撃墜は出来なくともそのような電子戦闘ができないような状態にしておく必要はあるのではないのか。


 疑問はそれだけではなかった。グローン中尉の小隊長機は巡航速度を遥かに超えた速度まで加速していた。最高速度までは行かないが、かなりの高速で巡航するつもりのようだった。
 まるでプレー曹長達がいち早く駆け付けなければ哨戒機が撃墜されるとでも言わんばかりだったが、それは奇妙なことだった。曹長達が出撃した時点で、出撃待機位置には次の編隊が入っており、この時点ですでに離陸しているはずだったからだ。
 飛行時間を考えれば、哨戒機の待機空域にはその編隊が到着している頃ではないのか。

 電子戦用の機体が先行して襲来したということは、本命の敵編隊もこの方向から飛来するつもりではないのか。そうであれば、プレー曹長達もこの方面で待機して場合によっては迎撃に有利な位置に遷移して待ち構えることも出来るはずだった。
 しかし、戦闘速度ではエンジンの燃料消費量は増大してしまうから、ここから索敵機のところまで引き返したところで残燃料が乏しくなって飛行可能時間はそれほどないのではないのか。

 だが、小隊長機を追いかけるように加速していたプレー曹長はグローン中尉にそのように疑問をぶつけたが、帰って来たのは冷ややかにさえ聞こえる達観した声だった。


「どうやら曹長は状況をよく理解していないようだな。もう国際連盟軍の攻撃は開始されているのだから、今更偵察機の1機や2機を撃墜したところで大勢に影響はないんだよ。それに離陸した次発の小隊はこちらには来ない。敵主力の飛来方向に向かっているはずだ」
「敵主力……ですか。つまりあの一式重爆撃機は単なる囮だというのですか」
「囮で悪ければ、迎撃機を釣り上げるための餌だな。我々はその餌に見事に釣り上げられてしまったわけだ。もっとも釣り上げられてしまったのは我々の小隊だけではなく、迎撃体制そのものかも知れないが。
 哨戒機がレーダーで南方から接近する編隊を確認した。電波妨害は無くなったようだから今度は本当の編隊なのではないかな。こちらの編隊の飛行速度はかなり速いようだ。ただ、哨戒機があの重爆を捉え続けるのに東方に進出してしまっていたから、探知距離はかなり狭くなってしまっている。
 次発の小隊が間に合うかどうかはわからんが、とてもではないが哨戒機を護衛するような余裕はない」

 グローン中尉の声には苦笑するものが混じっていた。
「基地では用意できた機体から緊急で出撃させるというが、どれだけ間に合うかわからんな。まったく、あの1機の重爆撃機に良いように振り回されてしまったよ。迎撃機だけじゃない、哨戒機までシチリア島方面に釣り出されてしまったからな」
 プレー曹長は、グローン中尉のいうことに反論はしなかったが、完全には納得できたわけではなかった。実際には国際連盟軍の攻勢は多方向から行われるのではないのか。
 この方面から先行したのは一式重爆撃機1機による電子戦闘だったが、シチリア島に大規模な重爆撃機部隊が進駐したのは事実のようだから、北アフリカからの南方からだけではなく、こちらの方面からも次は重爆撃機編隊が襲来してくるかもしれなかった。

 もっともこの程度のことは士官搭乗員であるグローン中尉も、司令部でも把握しているはずだ。だから、貴重なレーダー搭載の哨戒機はこの方面に専念させるつもりなのかもしれなかった。

 それに南方から飛来しているという編隊が今度は本物であるという保証は実際にはないはずだ。こちらの迎撃体制を混乱させるだけさせてから一気に攻めかかるつもりなのかもしれないのだ。

 厄介だった。原則だけで言えば、本来であれば戦力を集中できる防御側が優位なはずだったが、電子戦闘における技術力の格差に加えて、北アフリカ南岸とシチリア島の両方に分配できるほど豊富な国際連盟軍の戦力が攻勢側を有利なものにしてしまったのだ。


 プレー曹長はしばらく考えてからゆっくりと首を振っていた。結論は一つしか無かった。今はとにかく自分たちが出来ることをするしか無いのではないか。おそらくこの方面でも本格的な進攻が開始されるのはそれほど先の話ではないはずだった。
 基地が爆撃を受けるかもしれない今では、レーダー搭載の哨戒機は迎撃体制の要となりうる貴重な存在だった。だから、敵重爆撃機の襲来が探知されるまで、哨戒機を何としても守らなければならないのだ。

 だが、この時点でプレー曹長達も気がつくべきだった。敵である国際連盟軍もまた迎撃網の要となりうるレーダー搭載哨戒機を脅威と判断しているはずだったのだ。
 プレー曹長達が駆けつけた時、既に哨戒機仕様のアミオ359は炎に包まれていた。
アミオ359の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/amiot359.html
一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
一式重襲撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbba.html
二式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2c.html
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