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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦35

 ―――いい加減、地に足を付けたいものだな。
 直掩任務で艦隊の上空をゆるやかに旋回して飛行しながら、石井一飛曹はうんざりとした表情でそう考えていた。

 愛機である零式艦上戦闘機44型が機首に備えるマーリン45エンジンは快調そのものに回っており、発艦してから大分時間が経過した気がしたが、増槽無しの機内燃料のみの状態にも関わらず、残燃料にはまだまだ余裕があった。
 それに、今突然に機体が不調を起こしたとしても、母艦である飛鷹が収容態勢を整えてくれるまでには時間がかかるはずだった。

 石井一飛曹は、分隊士が乗り込む長機と自機の間を見下ろすようにして海面を航行する第4航空戦隊に目を向けていた。だが、隼鷹型空母2隻と直掩の第29駆逐隊からなる第4航空戦隊のうち、飛鷹は推進力を発揮せずに漂泊していた。
 そして、飛鷹の舷側には、大きな防舷物を3基も取り付けた給油艦が横付けしようと微速で接近しつつあった。その様子を見ながら、石井一飛曹は無意識の内に大きなため息をついていた。
 まるでその給油艦の存在そのものが厄介事を招く、そう考えているかのようだった。


 飛鷹に接舷しようとしているのは、就役したばかりの剣崎型給油艦1番艦である剣崎だった。
 それまでの日本海軍の空母部隊用の給油艦である洲崎型や足摺型がそうであったように、艦体前後の連装高角砲塔など充実した対空兵装を備えている上に速力も早かったから、前方よりの小型の艦橋も相まって、遠目で見れば巡洋艦のようにも見えるはずだった。

 特に剣崎型給油艦はそれまでの同種艦よりも格段に大型化して、全長でも軽巡洋艦にも匹敵する堂々とした姿だったから、煙突と一体化したことで巨大化した島型艦橋を備える隼鷹型空母と並ぶと、何やら有力な機動部隊が進撃を続ける勇壮な姿のようにも見えなくもなかった。
 もちろん、剣崎型給油艦は無駄に艦体を大型化したわけではなかった。日本海軍の空母部隊支援用の給油艦は、実際には給油艦という艦種に反して艦艇用の燃料補給を行う艦艇では無かった。
 剣崎型給油艦の艦内に搭載された補給物資の半分は、換気装置や消火装置の充実した特殊な構造の燃料槽に積み込まれた航空燃料である軽質油であり、残りの半分は真水や生糧品を除けば、航空機用滑油や航空爆弾、魚雷、補用発動機といった航空隊向けの物資だった。
 つまり、剣崎型給油艦は、実際には燃料油を輸送する給油艦に加えて、弾薬を輸送する給兵艦を兼ねた艦であり、更にいえば航空戦隊を支援するための専用補給艦でもあったのだ。


 日本海軍では、他の給油艦も給油機能に加えて、ある程度の生糧品の移送なども行う給糧艦としての機能をも兼ね備えた艦が少なくなかったが、大半は民間の大型油槽船を徴用したものか、戦時標準規格船の派生型である油槽船型を改造したものだった。
 当初から海軍で艦隊型給油艦として運用される為に建造された艦も、ほとんどが民間規格の舶用品を使用して商船規則に準じて設計されたものだったが、剣崎型給油艦の構造は制限の大きな軍艦構造となっていた。

 空母部隊である航空戦隊を支援対象とした給油艦だけが、剣崎型のように巡洋艦と見間違う程充実した対空兵装や取得価格の上昇を招く特殊な構造をとっていたのは、積み荷となる軽質油の性質がその原因となっていた。
 艦艇用ボイラーの燃料である重油と、航空機燃料として使用される軽質油は、共に原油を精製して得られる燃料油ではあるがその性質は大きく異なっていた。
 残渣油とも呼ばれる重油は、蒸留槽の最下層で得られる比重の大きな油で、粘度も引火点も大きかった。これに対して軽質油の性質は反対に粘度と引火点が低いことにあるが、取扱い上で最大の問題は揮発性が高い事にあった。

 この性質のために、重油移送用の通常の油槽船を軽質油輸送に転用することが出来なかったのだ。
 仮に、重油用の気密性の低い規格の燃料槽に強引に軽質油を積載した場合は、揮発した引火点の低い気体状態の軽質油が艦内にあふれて危険極まりない状態になってしまうはずだった。
 このような危険性を排除するために、剣崎型のような空母支援用の給油艦は燃料槽の気密性を高めるとともに、揮発した可燃性の気体を艦外に除外するための排気設備や、動力源であるモータとポンプ本体が分離した特異な構造の移送ポンプといった特殊な設備を備えていたのだ。


 ただし、空母支援用の給油艦が軍艦構造に準ずる特殊な構造となったのは、航空機燃料である軽質油槽のせいだけとは言えなかった。支援対象である航空戦隊の性格も原因の一つだったはずだ。

 航空戦隊の主力兵器は、言うまでもなく空母に搭載された航空機だった。先の欧州大戦で初めて本格的に実戦に投入された航空機は、短時間のうちに水平な全通の飛行甲板を保有する空母から発艦する艦上機に進化していた。
 そして、戦間期の飛躍的な航空技術の発達を背景として艦上機の性能は年々上昇しており、現在の日本海軍の主力機であれば一千キロを飛翔して攻撃を行うことも可能だった。


 しかし、実際に航空機が主力艦たる戦艦を無力化出来るかどうかは不明だった。
 米国では大型の重爆撃機による水平爆撃で用廃となった旧式戦艦を実験で撃沈した事があったし、英国海軍は今次大戦においてイタリア海軍の行動を阻害するためにタラント軍港を夜間に襲撃して戦艦を撃沈していたが、それらをもって航空機によって実戦状態にある戦艦の撃沈が可能であると証明できたとはいえなかった。

 米国陸軍による戦艦撃沈は、軍縮条約によって廃艦となる旧式戦艦を実験艦として転用して行われたものだった。
 公開された情報によれば、戦艦は停泊して静止した状態で、当然の事ながら対空砲火もなければ、被弾後の応急工作も行われなかったというから戦艦側が相当に不利な条件だったと言えた。
 実際に、後に英国海軍が実施した無線操縦で遠隔操艦する標的艦に対する水平爆撃では、百発程度の爆撃を行うも命中弾無しという結果が得られていたし、石井一飛曹自身も標的艦摂津に対する爆撃演習で、洋上を自在に機動する艦艇に対する水平爆撃の命中率の低さを実感していた。
 操縦艦からの無線操艦を行う標的艦でさえそうなのだから、実際に訓練を受けた乗員が乗り込んで洋上を自由自在に疾駆し、更に対空砲まで放ってくる敵艦に対して命中弾を与えるのは相当な技量と精神力を要求されるのではないのか。


 命中率の高い急降下爆撃で戦艦に対して攻撃を行うのは、別の意味で無謀だった。
 水平爆撃よりも爆撃高度が低下するから、より対空砲火の脅威は高まるし、それ以前に軽快な爆撃機に搭載される程度の爆弾で戦艦の装甲を貫通させるのは難しかったからだ。
 他国海軍のことはよくは知らないが、少なくとも日本海軍の場合は急降下爆撃は、先制攻撃で敵空母の甲板を破壊して制空権を確立する、陸軍での航空撃滅戦にも似た効果を狙ってのものだった。


 最後に、喫水線下の舷側を破壊して艦内への浸水により敵艦を撃沈せしめる航空雷撃は、登場当初から洋上で戦艦を撃沈しうる攻撃手段であると考えられていたが、最近ではその有効性に疑問が抱かれるようになっていた。
 航空攻撃のみならず、駆逐艦などから放たれるより大威力の艦載魚雷にしても、最近の電探技術と対空砲などの飛躍的な進化によって、射点に入るはるか以前から電探による照準支援を受けた正確な阻止砲撃を受けるのが明らかだったから、攻撃隊の損害も大きなものとなるのが容易に予想できた。
 特に鈍重な上に長距離飛行能力を優先させたために防御力の低い双発の陸上攻撃機で昼間に肉薄雷撃を行うのは、もはや自殺行為だとも言えた。


 洋上での攻撃が難しいのとは別の意味で、短期的にはともかく、長期的には敵軍港内への攻撃も戦果がそれほど期待できなかった。
 タラント軍港への攻撃でもそうだったのだが、支援艦の揃った列強海軍の場合は湾内での攻撃では水深が浅いために、仮にその場で撃沈出来たとしても横倒しにでもならないかぎりは短期間で浮揚されて復旧してしまうからだ。
 その割には、軍港近くは対空砲座などが充実している上に、戦闘機部隊などが付近に配置される場合が多いから、先のタラント強襲のように貴重な艦上機をすり減らす事が多かったのだ。


 さらに航空戦隊の主力兵器である航空戦力は、長大な攻撃距離と打撃力を誇る一方で、対空火器の発展や電探兵器の普及による防空網の強化によって、短時間のうちに戦力を低下させる傾向が強まっていた。
 しかも、仮に敵戦闘機の迎撃などによる損害がなかったとしても、攻撃を実施しただけ、あるいは飛行するだけでも航空戦隊の戦力は次第に削がれていることになった。
 弾薬や爆弾を消費しなかったとしても航空機は多くの燃料や滑油を消費するし、エンジンや機体自身もある程度の飛行を行えば疲労によって部品の交換や、甚だしい場合には機体そのものが廃棄されることも少なくなかったからだ。

 平時においては、消耗した機体は配備された補用機を常用機に組み入れることで補ってきたのだが、今次大戦の傾向では特に対地攻撃などでは友軍陸戦部隊からの要求を受けて短時間で飛行活動を連続して行うものだから、平時に規定されていた補用機の数ではとても消耗に対して足りるものではなかった。
 それに加えて、航空機の発展そのものが、皮肉なことに空母部隊の継戦能力を低下させていた。

 艦上機に限らず航空機は新型になるほどエンジン出力が向上して搭載量が増大する傾向があったが、大出力エンジンを搭載して大型化した機体に長距離飛行を行わせるためには膨大な燃料が必要だったし、搭載量が増えればそれだけ一度の出撃で消費する弾薬や兵装も増大することになる。
 だから母艦側の搭載機用燃料槽や兵装用の倉庫容積を増やさないかぎり、新型機の打撃力が増せば増すほど出撃回数は逆に減少する勘定だった。


 実は、剣崎型給油艦が従来艦よりも大型化して補給物資の積み込み量を増大させたのも、物資の消費が激しくなる一方の航空戦隊に対応したものだった。
 だが、それでも従来型の空母では就役時に想定していたほど長期間の戦闘行動を継続して行うことは出来ないし、今回の上陸作戦のように地上攻撃を連続して行うのであれば、戦線後方の安全な海域を給油艦などの支援艦の待機海域に指定して、海上補給を常態化させることも必要ではないのか。

 石井一飛曹が聞いた噂では、日本海軍でも最新鋭の航空母艦である翔鶴型は、飛行甲板の装甲化とともに新型機に対応した大容量の兵装、予備品倉庫なども備えているらしく、建造中の次世代空母は更に大型化して、巡洋戦艦から空母に改装された天城型をも超える排水量になるらしい。
 それだけではなく、その次世代空母を支援するはずの次期給油艦もまた剣崎型よりも大型化が想定されているという噂だった。


 戦闘では弾薬や燃料などの消耗品に限らず、搭載する航空機の数そのものが不足することになるが、これは支援艦に補用機、それも組立済みの常用機に極めて近い状態で搭載することで戦時の消耗に対応する計画があるらしいと聞いていた。
 この場合の支援艦は、航空機燃料を輸送するための給油艦ではなく、純粋に艦艇用燃料である重油を供給するための給油艦であるらしい。おそらく重油の方が引火点の低さなどから安定性が高いことになるから、引火の可能性のある航空艤装を施しても問題が小さいと考えられているのだろう。

 重油を搭載する艦隊型給油艦の場合は、艦隊に随伴するために速力を重視して大出力の主機関を搭載することもあるが、基本的な構造は民間の油槽船と代わりはないし、商船規格に準じて設計されることも多いらしい。
 だから、航空艤装と言っても油槽船としての船体に支柱を立てて、その上に飛行甲板を広げる位で済むらしい。見た目は船団護衛用の海防空母に類似したものになるのだろうが、実際には組立済みの補用機を搭載して、空母部隊で航空機が不足する際にはそこから供給するということになるのだろう。
 おそらく、そのような艦隊型給油艦が就役する頃には、航空戦隊の飛行機定数そのものも現状に合わせて変更されるのではないのか。


 しかし、石井一飛曹が聞いてきたのは噂でしかなく、現状は相次ぐ戦闘によってシチリア島沖に投入された各航空戦隊は搭載機の消耗や弾薬の消費によって戦力を低下させて、母艦自体にはそれほどの損害が出ていないにもかかわらず、再編成のために一時的にアレクサンドリアまで後退せざるを得なかった。
 既に洋上補給のみでは戦力を維持することが出来ないと判断されたのだろう。

 だが、石井一飛曹が所属する第4航空戦隊はその例外として、給油艦からの補給を受けながらシチリア島沖にとどまり続けていた。


 第4航空戦隊が他の航空戦隊のように後退を許されなかった理由は一つだけだった。他の戦隊がフランス艦隊への迎撃のために引きぬかれた戦艦の代わりに実施した地上支援を行っていたのに対して、第4航空戦隊は日英の戦艦部隊の上空援護を行っていたためだった。
 日英合計2個の水上砲戦部隊と、同じく2群に別れたフランス艦隊が戦闘を繰り広げた海域では、フランス艦隊の上空援護のためにサルディーニャ島から出撃した敵戦闘機隊との間に激戦が繰り広げられたが、爆弾や魚雷はほとんど消費していなかった。
 それで弾薬の補給だけで第4航空戦隊は戦闘を続行できると判断されてしまったのだろう。

 石井一飛曹は苦虫を噛み潰したような顔で、無線が繋がっていないのをいいことに周囲を警戒しながら上級司令部に向かってぶつぶつと文句を続けていた。
 確かに爆弾や魚雷を消費する対艦、対地攻撃こそ無かったものの、連続して上空援護を実施していた第4航空戦隊の損害は決して軽微なものではなかった。

 事前に消費物資や予備機材を十分に集積していたのか、サルディーニャ島に展開した枢軸軍の航空戦力は大きく、艦上戦闘機の定数を増やしていたとはいえ、1個航空戦隊で戦線を支えるのは困難だったのだ。
 第4航空戦隊が戦艦部隊の上空援護を全うできたのは、石井一飛曹達各搭乗員の奮戦もさることながら、数少ない二式艦上爆撃機彗星などの他座機に搭載された魚雷型の機載電探による長距離捜索、空中指揮の効果が大きかったからだろう。
 常に電探で遠距離から敵編隊の行動を察知して、誘導を受けた戦闘機隊で先制攻撃を仕掛けることで何とか戦線を維持していたのだ。


 それに加えて、飛鷹の場合はジブラルタル沖で実験を行っていた斜め着艦の効果も少なくなかった。
 石井一飛曹が実際に着艦実験を行った斜め着艦方式だったが、比較のために隼鷹は従来通りの運用とされたが、飛鷹には現地で制動索繰出部や着艦誘導灯の改造や、斜め着艦用の滑走路帯標識線の塗装といった工事を実施して斜め着艦に対応する改造が実施されていた。

 最終的な結果は航空戦隊の参謀などがまとめるはずだが、一搭乗員に過ぎない石井一飛曹の目から見ても、飛鷹と隼鷹では事故率や、離着艦時の効率が違っているような気がしていた。


 ―――しかし、あの戦闘には一体どのような意味があったのだろうか。
 石井一飛曹は、横付け係留作業を終えて補給作業を開始したらしい剣崎と飛鷹から目をそらして、視線を自機周辺に向けて哨戒に集中しながらもそのようなことを考え始めていた。
 致命的な損害をこうむる前に早々と撤退していたフランス艦隊は何を目的としていたのだろうか。そう考えながらも、石井一飛曹は飛鷹への着艦までの時間を無意識の内に計っていた。
零式艦上戦闘機(44型)の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m5.html
隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html
剣崎型給油艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/aoeturugizaki.html
翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html
天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvamagi.html
二式艦上爆撃機彗星の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d4y.html
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