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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦33

 ひどい戦だった。遣欧艦隊通信参謀の村松少佐は、夜が明けて凄惨な姿を露わにしつつある鳥海の上甲板を見渡しながらそう考えていた


 鳥海の上甲板には、破壊された射出機や探照灯などの艤装品や搭載艇の残骸が所狭しと転がっていた。その中には発砲中に破壊された高角砲塔の残骸も混じっていた。
 破壊されたのは高角砲塔だけではなかった。高雄型重巡洋艦に搭載された主砲塔は、装甲厚が最大で30ミリにも満たない弾片防御程度しか施されていなかったから、1基が正面から装甲を撃ちぬかれていたのだ。
 遮楼甲板の最後部にバーベットを取り込まれる形で配置されていた第3砲塔は、徹甲弾に装甲を貫通されて、砲塔内に飛び込んだ弾体とそれによって剥離した砲塔構造物の破片によって砲員は全滅していたらしい。
 その他の砲塔も何らかの形で損害を得ているものが大半だったから、鳥海の戦闘能力はほぼ失われていたと判断しても間違いではなかった。

 もちろん被害が出ていたのは兵装などの艤装品だけではなかった。艦橋などの上部構造物そのものにも無視できない損害が出ていた。
 幸いなことに司令部艦橋には被弾はなかったから、第1航空艦隊の司令部要員は大半が軽傷程度で済んでいたが、大改装の際にせっかく遮楼甲板に増設された居住区や艦隊司令部用の作戦室などの区画も被弾していた。
 やはり命中したのは重巡洋艦の艦砲から見れば小口径砲の徹甲榴弾だったから見た目では小さな穴がいくつか空いている程度だったし、中には無装甲の遮楼甲板に信管が作動しなかったのか、反対舷まで突き抜けてから砲弾が炸裂した痕跡もあったらしいが、中身はやはり第3砲塔内部のように弾片によって使用不可能な状態になっていた。


 重巡洋艦である鳥海がここまで大きな損害を被ったのは、座礁ぎりぎりまで海岸に接近して艦砲射撃を行ったからだった。
 艦砲射撃の主力であるはずの戦艦群をフランス海軍艦隊の迎撃に差し向けた結果、橋頭堡となる海岸近くに残されたのは、揚陸艦やその護衛の駆逐艦を除けば、金剛型戦艦2隻と重巡洋艦4隻しかなかったのだ。

 しかも、シチリア島在住の独伊枢軸軍はフランス艦隊と呼応したのか、戦艦群を抽出した直後に大規模な戦車隊を含む機動力と火力を併せ持つ機動部隊を橋頭堡への反撃に投入していた。


 だが、そこまでは第1航空艦隊を率いる南雲中将も予想していた範囲内だった。
 戦艦群を抽出したのは高速艦ばかりで編成されたフランス艦隊が橋頭堡に殴りこみを駆けてくるのを阻止するためだったが、残存する戦艦2隻と重巡洋艦4隻に加えて、陸軍の重砲並の12.7サンチ砲を持つ一等輸送艦や松型駆逐艦なども多数あったから、海岸への火力投射量にはそれほど大きな不安はないと判断していたのだ。

 実際、独伊軍の反撃が開始された初日の戦闘では、当初は海岸付近に遊弋する艦艇による艦砲射撃が大きな成果を上げていた。海岸線近くを移動して橋頭堡に接近する部隊の多くが艦砲射撃だけで制圧出来たほどだった。

 状況が変わったのは、午後になって橋頭堡の反対側となる内陸部から敵部隊が出現した時だった。部隊の規模はそれほど大きくはなかったが、今度は火力投射は難しかった。
 友軍が防衛線を敷く橋頭堡越しに超越射撃を行わなければならなかったために、射程の短い駆逐艦級の備砲は使用できなかったのだ。


 数上の主力であった一等輸送艦や駆逐艦による艦砲射撃を封じられた第1航空艦隊だったが、さらに頼みの綱の金剛型戦艦も上陸初日から高い密度で行われていた艦砲射撃の連続で、主砲弾が残り少なくなっていた。
 火力不足を補う方法は一つしか無かった。誤射の可能性があるために運用の難しい重巡洋艦の主砲を活かすために、海岸線に可能なかぎり接近させて、自艦から目標までの距離そのものを短くするほかなかったのだ。


 だが、図体の大きな重巡洋艦を、海岸線近くまで接近させるのは大きな危険を伴う行為だった。
 海岸近くの敵部隊からの反撃対象になるのはもちろんだが、座礁の危険性があるために敵からの目標とならないように複雑な機動を行うことも難しかったからだ。

 そして、海岸線に踊り込むように一気に接近してきた敵戦車隊によって懸念は現実のものとなり、鳥海は大きな損害を被っていた。

 最終的に防衛線から抽出した部隊と予備戦力、それに揚陸作業を継続していた遣欧第1軍隷下の戦車隊、さらには直接照準での零距離射撃まで行った鳥海自身による反撃によって海岸線まで接近していた敵戦車隊も戦力を喪失して撤退していたが、これ以上の戦闘は不可能だった。


 上部構造物や兵装の損害が大きかったのに対して、砲塔下部の弾薬庫や機関部などの船体内部の重要構造物には大きな損害はなく、機関出力も最大を発揮できたから、航行そのものには支障は無かった。
 その一方で、司令部要員は無事であっても、これ以上第1航空艦隊の指揮を鳥海から取ることは出来なかった。連続した被弾によって艦隊指揮用の通信室や海図室も破壊されていたから、艦隊司令長官の意志を伝達する手段がなくなっていたからだ。

 仮に通信室が無事であったとしても、広域に展開している艦隊に対して連絡を行き届かせることは難しかったはずだ。鳥海の全長にわたって張り巡らされていた空中線、更には後部マストまで破壊されていたからだ。
 中途半端な高さで断ち切られた後部マストから虚しく垂れ下がった空中線が破壊された第3砲塔に掛かったその姿こそが現在の鳥海の全てを表しているような気がして、村松少佐は思わず大きく首を振ってしまっていた。


 すでに、艦隊旗艦は輸送分艦隊旗艦の特設巡洋艦興国丸に指定されて、南雲中将を含む艦隊司令部要員の大半も移乗を完了していた。残っていたのは鳥海から持ち出す機材や書類を回収している戦務参謀と事務要員だけだった。
 新たに艦隊旗艦となった興国丸は、大型貨客船に若干の兵装を搭載した特設巡洋艦だったが、建造途中に海軍に買収されて、電探などの電子機材の活用を本格的に図った司令部施設が設けられた特異な艦だった。

 単純な司令部要員の収容人数や指揮能力で言えば、鳥海よりも艦隊の総旗艦に相応しい艦だとも言えたが、商船改造の特設巡洋艦だけに速力や自衛火力に劣るため、戦艦や空母といった機動運用を行う艦隊の指揮を執るにはふさわしくないと判断されていたのだ。
 その脆弱なはずの興国丸が総旗艦に指定された事自体が、今回の上陸作戦における山場を過ぎたのだと第1航空艦隊司令部が判断した結果なのかも知れなかった。


 すでにフランス艦隊は大きな損害を受けてバレアレス海方面に撤退していたし、一時は海岸近くまで接近したドイツ軍戦車隊も少なくない数の戦車と戦車兵の躯を晒して山岳地帯に押し込まれていたからだ。
 第1航空艦隊にとっての作戦行動は実質上終了したと言っても良いのではないのか。

 興国丸は輸送分艦隊の旗艦とされていたから、先客として西村少将指揮下の司令部もあったが、上陸部隊の主力である遣欧第1軍の揚陸作業も順調に進んでいるようだから、分艦隊司令官の判断が必要な事態が早々あるとも思えない。
 それも第1航空艦隊司令部が興国丸に便乗した理由なのかも知れなかった。


 第1航空艦隊司令部が興国丸に移乗する中で、村松少佐自身は遣欧艦隊司令部のあるアレクサンドリアに帰還する予定だった。少佐の本来の職務は第1航空艦隊の上位部隊である遣欧艦隊の通信参謀だった。
 すでに今回の上陸作戦において海軍にとっての戦闘行動が終了しつつある今、村松少佐が連絡官として第1航空艦隊司令部に残る理由はそれほどなかった。今朝になって帰還命令が出たのも、しばらくはシチリア島沖に残る第1航空艦隊司令部での作業は無くなったと判断されたからだろう。

 アレクサンドリアまでの帰りの足はすぐには見つからなかった。最初は後方へ下がる連絡機にでも便乗しようと思ったのだが、残念なことに水上機母艦から運用する水上偵察機などは哨戒飛行で出払っていていた。
 シチリア島内で占領したジェーラの滑走路も再整備が進められていたが、制圧地域の縦深がまだそれほどないから、敵部隊の反撃を警戒したのか、しばらくは軽快な単座の戦闘機や襲撃機に機種を絞って運用するらしく、輸送機の飛来はいつになるかわからなかった。
 航空機材や整備員の緊急輸送を行う一〇〇式輸送機などの便はあるようだが、到着時間は未定だったし、陸軍飛行戦隊の輸送機に強引に便乗するのも気が引けていた。

 最終的に見つけた手段は、何の事はないそのまま鳥海に乗艦し続けることだった。
 戦闘能力は失われたものの、航行能力に不安のない鳥海は、操艦指揮をとりあえずとれるように艦橋を仮修復して、損傷艦や負傷者の後送を行う輸送艦を引率して、何隻かの護衛艦と共にアレクサンドリアまで後退することになっていのだ。


 村松少佐は残骸から目を背けると、鳥海の役割について考え込んでいた。今回の作戦で総旗艦に大きな損害がでたのは予想外の事態だった。
 結果的に見れば興国丸は作戦期間中も被弾することなく行動を終えたのだから、このような大規模な艦隊の指揮をとるのは、航空機の援護さえ確かであれば、前線であっても興国丸のような戦闘能力は無くとも、指揮能力に特化した艦でも良いのかも知れなかった。

 ―――結局、艦隊指揮艦に戦闘能力を持たせては、余計なことに使われるだけということか……
 そのように村松少佐は考えてしまったのだが、次の瞬間、自分が何度も呼ばれていることに気がついていた。


 慌てて村松少佐は振り返っていた。だが、自分を呼ぶ声に気が付かないのも当然だった。ここしばらく呼ばれていた遣欧艦隊通信参謀という現在の役職ではなく、この鳥海固有の乗員として勤務していた時のように通信長と呼ばれていたからだ。

 声をかけていたのは異様な男だった。軍装に縫い付けられた階級章や特技章からして鳥海砲術科の下士官であると思うのだが、記章が赤黒く染まっているものだから、判然としなかった。
 しかも、下士官用の階級章が肘に縫い付けられた軍装は中身がなくふらふらと揺れて細かな階級を識別することは出来なかった。

 軍装の袖から抜かれた下士官の右腕は、首から吊るされた三角巾にくるまれていた。しかも負傷した箇所は右腕だけでは無いようだった。右足を引き摺るようにしていたし、右目を大きく覆うように巻かれた真っ白な包帯は一部が赤黒く染まっていた。
 中身の体躯がそんなに負傷しているのだから、軍装も無事であるはずは無かった。右袖は途中から引きちぎられるように脱落していたし、右足も鋭い刃物で切り刻まれたような亀裂が走って、右脚に巻かれた包帯を覗かせていた。
 夏用の純白な第二種軍装も所々が赤黒く染まっていた。包帯を巻かれた部分からすると、一部は軍装を着込んだ下士官ではなく、同僚から吹き出た血がこびり着いていたのだろう。


 下士官の見た目は、艦内各所に仮設された病室で横になっていたほうが良さそうな程だったが、振り返った村松少佐に向かって奇妙に晴れやかな笑みを浮かべて近づくと素早く敬礼しようと右手を掲げかけてから、始めて自分の負傷に気がついたように不思議そうな顔になりながら反対側の腕で敬礼しながら、官姓名を申告していた。
 村松少佐は、下士官の澄みすぎた瞳に不気味なものを感じながらも慌てて答礼していた。

 自分に向かって通信長と呼びかけているのだから、この砲術科所属の下士官が鳥海乗員の中でも珍しく改装前から乗り込み続ける古参の乗員であるのは間違いないと思うのだが、負傷して人相が隠されていることを割引いても顔と名前は記憶の中には無かった。

 だが、それも無理は無かった。
 高雄型重巡洋艦の乗員は戦前の状態で既に定数で800名近くに達していたし、戦時中は特に対空火力の増強や改装で人員の異動や定数の増大が相次いでいたから、通信科の分隊か、村松少佐が当直将校の時に当直勤務をしていたのでもない限りは他分隊の下士官まで覚えていなくとも不思議では無かった。

 一方で相手の下士官が村松少佐を覚えているのは不思議ではなかった。
 鳥海の800名の乗員の中でも、通信長である村松少佐は、艦長の下数人しかいない各科の長であったし、それ以上にマルタ島沖海戦で大損害を受けた鳥海を後方まで回航させるほんの一時のこととはいえ、艦長代行をも務めていたからだ。


 だが、村松少佐は困惑した顔で下士官が流暢に話すのを聞くしかなかった。彼の話が少佐が通信長として勤務していたマルタ島沖海戦当時の鳥海のことばかりだったからだ。
 しかも下士官の様子は単に村松少佐の顔を覚えていたからといったものではあり得なかった。不自然など馴れ馴れしい態度は、場合によっては殴られてもおかしくないかも知れなかった。

 だからといって、村松少佐は下士官を咎める気にも慣れなかった。今回の戦闘で、砲塔が敵戦車隊の目標となったのか、砲術科は大きな損害を出していた。この下士官も命は取り留めたものの、同僚や部下の死を目撃して精神の平衡を欠いてしまったのではないのか。
 そう考えると無碍にも出来なかったのだ。


 しかし、下士官の話を半ば聞き流していた村松少佐は、不意に我に返らせられていた。
「自分のいた第三砲塔は敵戦車の砲弾で破壊されましたが、その直前に発射した弾は確かに敵戦車、あのドイツの虎戦車とか言う重戦車を吹き飛ばしたんです。いくら虎戦車が重戦車と言ったって、我が鳥海の主砲を喰らえば無事ではすみません。奴ら粉々に砕け散っていましたよ。
 ……通信長、この船はまだ戦闘艦ですよね。偉いさんが乗るだけの船ではなく、確かに戦う戦船ですよね」
 奇妙なほど澄んでいたはずの下士官の目は、いつの間にかどんよりと濁っていたが、それでもまっすぐに村松少佐を見つめていた。

 村松少佐は慄然とした思いを抱きながら、妥協を許さない様子の下士官を見つめ返していた。
 ―――何が余計なものだ……
 つい先程まで浮かんでいた自分の独り善がりな考えを、村松少佐は苦い思いで否定していた。

 仮に指揮艦として運用されていたとしても、この鳥海の戦闘は無駄なものではなかった。少なくとも鳥海の乗員だった自分が、合理的ではないからと無駄なものなどと切り捨てて良いものではなかったのだ。
 村松少佐は、下士官に向かって真摯な表情で力強く頷いて見せながらふと考えていた。

 ―――この鳥海と戦った戦車隊の方はこの艦をどう評価したのだろうか……
高雄型重巡洋艦鳥海の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cachokai1943.html
特設巡洋艦興国丸の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskkoukokumaru.html
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