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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦32

 奇妙な行軍だった。先頭を行くのは道案内の金少尉とその愛馬だった。ただし、愛馬とはいっても実はシチリア島内で調達した馬であるらしかった。


 本来彼らはシチリア島在住イタリア軍の司令部があるエンナを襲撃する予定だったが、不慮の事故で降下地点が大きくずれた結果、独自に遊撃戦を開始したらしい。
 そこで偶々近くにあった牧場から現地調達の名のもとに徴発してきたのがこの馬だったらしい。疎開もせずに残っていた牧場主には相応の軍票を渡してきたらしいが、国際連盟軍がシチリア島を完全に占拠しないかぎり軍票がまともに通じるとは思えなかった。
 第一、そんな多額の軍票を特務遊撃隊が予め用意していたのも謎といえば謎だった。

 もちろん池部中尉が驚いたのはそこではなかった。空中挺進でシチリア島に降下した彼らが最初から馬を持ち込めるはずもなかったのだが、僅か数日騎乗しただけで、特務遊撃隊の面々は自在に馬を乗りこなすことが出来るらしいという点だった。

 実際、金少尉の馬術は卓越していた。大馬力の三式中戦車でさえ難儀するような傾斜地や、中隊本部の九七式側車付自動二輪車がかろうじて通過出来るような狭い場所でも安々と、しかも速度をほとんど落とすことなく通過していった。
 それどころか、側車を操る三保木一等兵が追い付けずに引き離されるのも一度や二度ではなかった。


 三保木一等兵は、連隊が一式中戦車を装備していた頃までは池部中尉の小隊長車に無線手兼前方機銃手として乗り込んでいたのだが、三式中戦車では正面装甲強化のために、主砲同軸機関砲の代わりに前方機銃が廃止されて無線機も操作が簡易となって専門の通信手が不要となったために、中隊本部に転属していた。
 志願して第71戦車連隊に配属された三保木一等兵は、元々が高等学校の学生で語学能力に長けていたから、中隊本部に配備された長距離無線機の操作員を兼ねた通訳として期待されていた。
 それで現地住民との接触を考慮したのと、案内の兵を便乗させるのを前提に三保木一等兵に側車を用意させていたのだが、池部中尉の判断は完全に裏目に出ていた。


 アメリカのハーレーダビットソン社のライセンス生産品を技術的な始祖におく陸王内燃機製の九七式側車付自動二輪車は、踏破性に優れた大馬力の側車だったが、池部中尉が考えていたような平地や精々峠道程度ならばともかく、獣道と大して変わらないような山岳道路では、専門の運転手ではない三保木一等兵には荷が大きすぎた。
 その恐ろしく狭く、傾斜のきつい道を、金少尉は乗馬したまま楽々と走破していた。そのせいで、何度も池部中尉たちは金少尉の姿を見失っていた。

 おそらく迷彩衣が周囲に溶け込んだせいもあるのだろうが、何度もすぐ近くで金少尉の姿が消え失せたように見えなくなった池部中尉たちは愕然とするほかなかったが、慣れない側車を操って何とか落伍しないように踏ん張っている三保木一等兵にはそのような余裕すらなかった。
 池部中尉達がその目的地まで辿りつけたのは、姿を見失う度に、何処からともなく再び金少尉がわざとらしく現れてくれていたからだ。
 おそらく、金少尉の方には自分から隠れたつもりはないのだろう。あるいは、人里離れた山奥での襲撃を繰り返した結果、自然と隠形を図るのが身についてしまったのかも知れなかった。


 それに加えて、金少尉の辿っている道は奇妙なことに戦車が通行できるものだった。中には馬でなければ通過できない狭い箇所もあったが、そういう場所には必ず広い迂回路が存在していた。
 傾斜もきつかったが、少数の大口径転輪を装備して走破性よりも最高速度を重視したクリスティ式サスペンションを採用した一式中戦車ならともかく、荷重を分散させる幅広の履帯と多数の小口径転輪の組み合わせとミーティアエンジンの大出力に耐えうるトーションバー式サスペンションを備えた三式中戦車であれば通過は不可能ではなかった。
 1個中隊12両が短時間で通過したから、大重量の三式中戦車にこねくり回された坂道はそれ以上重車両の通過が更に難しくなっていたかもしれないが、段列の力作車や工兵連隊の装甲作業車を集中投入して道路を補強すれば短時間で大部隊を移動できるのではないのか。

 もちろん金少尉が偶然そのような道路ばかりを選んだわけではなかった。周辺の地形を読み取ったうえで、最適な針路を決定していたのではないのか。
 そのせいで最初は道無き道を行く不安感にかられていた池部中尉たちも、最後は安心して金少尉の後ろ姿を追いかけていた。


 行軍は唐突に終了していた。池部中尉が乗り込む小隊長車の直前で金少尉が立ち止まったのは、どうということはない場所だった。これまで通過してきた山道とそれほど変わりがあるとは思えないところだった。

 海岸を出発してからそれほど時間は経過していないはずだが、傾斜の激しい山岳地帯を通過してきたせいか、高低差はそれなりにあるはずだった。もっともこの場所からでは出発してきた海岸を直接視認することは出来ないはずだった。
 周囲の木々に視線を遮られるせいで、視界は恐ろしいほど狭かったからだ。


 長大な砲身を傷つけないように後ろに向けて支持架で固定した砲塔の展望塔天蓋から外に出た池部中尉は、勢い良く地上に降り立ってから周囲を見渡していた。
 やはり視界は悪く、見通しはきかなかった。これでは中隊どころか、小隊の全車両を並べることすら出来なさそうだった。

 ―――本当にここが目的地なのか
 そう考えて池部中尉は金少尉に尋ねようとしたが、中尉が向き直るよりも早く彼の姿は再び消え失せていた。
 やはりここは目的地では無かったのか、そう早合点して池部中尉は慌てていたが、実際には金少尉は馬から降りていただけだった。それまで馬と一体の生き物かのようだった少尉が降りたのだからここが目的地なのは間違いないらしい。
 そう考えながら池部中尉は金少尉の視線をたどるようにして顔を回らせていった。


 そこにいたのは一人の男だった。幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたことを窺わせる精悍な顔立ちは、若者のような溌剌さと、長年戦場に立っていたものにしか出せない老練さという矛盾したものを併せ持っていた。
 おそらくは年の頃は40を超えたか超えないかといったところのはずだ。見た目からわかる歳の割には泰然自若とした文字通りの不惑と言った雰囲気だった。

 男は中隊の戦車ががなり立てるエンジンの騒音を気にする様子もなく、地面と一体化したかのように安定して座った姿勢で地面に向かって木の棒を向けていた。
 まるで王座に座った皇帝のようだが、男の尻の下にあるのはありふれた倒木だった。ただ、男の姿があまりにも自然と一体化しているように見えたので、池部中尉は圧倒されてしまっていた。

 この男が金少尉の言っていた「少佐」なのだろう。確かに男は佐官級の軍人らしい風格と生真面目さを併せ持ってはいたが、ある意味でそれ以上に達観した様子は、仙人のようでもあった。
 もっとも自警団が母体である馬賊の中には、中国古来の宗教である道教や中国拳法などが結びついた神秘主義的な傾向を持つ一派もあったらしいから、仙人という感覚もあながち間違ったものではないのかもしれない。


 金少尉が畏まった声で呼びかけてようやく男は顔を上げていた。もちろん男が池部中尉たちに気がついていなかったとは思えなかった。数キロ先からでも騒音が聞こえていたはずだからだ。
 男は金少尉に向かって中国の言葉で何事かを話しかけていたが、池部中尉は言葉の内容がわからないということ以前に、男の目前に広がる地面に広がる模様に目を吸い込まれていた。


 当然のことながら、それは単なる模様などではあり得なかった。遠目には子供の落書きのようにしか見えなかったが、歴戦の戦車将校である池部中尉はそれが周辺の地形図であることに気がついていた。

 戦車は強力な打撃力と機動性を持つ一方で、車内からの視界が悪いために敵歩兵との近接戦闘や対戦車砲の集中射撃による伏撃を受ける可能性は少なくなかった。
 そのような不意打ちを避けるには、予め敵部隊を隠蔽できそうな地形を把握して警戒するのが手っ取り早いし、逆にがむしゃらに進攻する敵部隊の意表をつくように機動することも可能だった。
 だから戦車隊の将校でも地形を把握するのは基本中の基本だった。


 地面に描かれているのは周辺の地形だけではなかった。海岸方向の第11独立混成旅団をはじめとする部隊が布陣する防衛線のこちら側に、敵戦車部隊らしい記号が描かれていた。
 しかも、使用されている記号は国際連盟軍内で共通の軍隊符号のようだったから、部隊の位置だけではなく、規模まで一目瞭然だった。

 この地面に描かれた地図が実際に何処まで正確に敵部隊の位置や規模を反映させているのかはわからなかったが、地図を信用する限りでは、敵指揮官の意図は明らかなものだった。

 海岸で聞いていたよりも敵戦車部隊の規模は大きなものだった。戦車1個大隊を基幹に中隊程度の若干の歩兵部隊が随伴しているとの推測だったのだが、実際には戦車隊だけでその倍程度の数はあるようだし、歩兵部隊も大隊規模にまで拡大されていた。
 ただし、歩兵部隊の質にはかなりのむらがあるようだった。装甲兵車などを装備しているのであろう機械化された歩兵部隊と純粋な徒歩歩兵は符号からして異なるのだが、両者の配置には明らかな差があったのだ。

 おそらく、この歩兵部隊は原隊が違うのではないのか。もしかすると戦車部隊も複数の部隊のより集めなのかも知れなかった。
 そうであれば、海岸で聞いていた推測とこの地図に描かれた部隊の規模が異なる理由もはっきりしそうだった。つまり、昨日の戦闘では、確かに推測通りの規模の部隊が出現していたのだろう。
 そして、夜の内に別の増援部隊が後方から到着したのか、あるいは根拠地からここまでの行軍中に損害を受けたか故障して残置されていた機材が部隊に復帰したのではないのか。


 だが、敵部隊の指揮官は狡猾だった。今日の戦闘で第11独立混成旅団を基幹とする防衛線に投入された部隊の規模は、昨日よりも若干数が少ない程度に過ぎなかったのだ。
 だから、昨日に引き続いて防衛部隊の指揮を執る指揮官が、補充や再編成の無いまま同じ部隊が投入されていると誤認する可能性は高かった。

 しかし、実際には防衛部隊と対峙しているのと同程度の規模からなる部隊が迂回挟撃を試みようとしていたのだ。
 走破の難しい山岳地帯の通過を試みる迂回部隊は、防衛線に向かった部隊と比べて装甲兵車を装備した機動歩兵の比率が高く、機動性を利して一気に海岸線にまで到達しようとしているのだろう。


 池部中尉は、今では海岸線からここまでの奇妙な行軍の意味を完全に理解していた。満州の平原での戦闘経験しか無い馬賊出身であろう金少尉が、戦車部隊の行動に支障のない道路を選択できたのも当然だった。
 何の事はない、敵部隊が進撃しようとしている迂回路こそ、ここまで辿ってきた道のりだったのだ。

 おそらく、この道は現地民しか知らないような街道だったのだろう。それを現地に住むイタリア兵あたりから情報を仕入れた敵部隊の指揮官が迂回路として利用しようと試みて、さらにその部隊の動向を探っていた特務遊撃隊が探知したのではないのか。
 ここで男が待ち受けていたのも偶然などではなかった。成長した樹木に視界が遮られてわからなかったのだが、ここは緊要地形となる鞍部だったのだ。
 この場所さえ制圧し続けていれば、敵部隊の移動を阻止するのも可能だった。


 ―――何が迂回機動なものか、これでは役割が敵味方で正反対ではないのか。
 池部中尉は恨めしそうな思いで地形図を眺めていた。何処で話がねじ曲がったのかは分からないが、この場所を守り続けなければならないことは確かだった。

 ふいに視線に気がついて、池部中尉は顔を上げていた。いつの間にか金少尉達の話が終わったのか、男がこちらに向き直っていた。どうやら、中尉が地形図の内容を把握したのは理解したらしく、中尉の目をまっすぐに見つめたまま男は同意するかのように大きく頷いてみせた。

「戦車連隊の池部中尉ですね。満州共和国軍の尚少佐です。どうやら細かい説明は不要なようだ。この辺りを射界におさめる陣地予定地はすでに見つけてありますので安心してください。ああ、我が隊も今回の作戦では噴進砲などの重火器を支給されていますので、機動歩兵は任せてもらって結構。あなた方は敵戦車に専念してもらいたい」
 池部中尉は困惑した表情を浮かべて尚少佐の顔を見つめていた。我が隊といっても何処にいるのか、海岸に展開する防衛部隊と敵部隊の陽動が接敵を開始した状況からして、ここに敵部隊が接近してくるのもそれほど先の話ではないはずだった。


 だが、池部中尉が本当に混乱していたのはそこではなかった。尚少佐の日本語はあまりにも流暢なものだった。もしかすると、少佐は本当は大陸に渡った生粋の日本人ではないのか。
 尚少佐が右手を上げると樹木の陰などから唐突に噴進砲や擲弾筒を抱えた迷彩衣の男たちが現れたこともさほど池部中尉の意識を引くことはなかった。

 そんな池部中尉の様子を気にかける感もなく、尚少佐は快活な表情を浮かべると金少尉に向き直って、中尉にも聞かせるためか日本語で言っていた。
「お前の馬は俺がもらうぞ。やはり馬上でないと落ち着かんからな。防御態勢が整うまで、すこしばかり敵戦車をかき回してくるよ。あとは池部中尉に従ってくれ」
 もう一度、尚少佐は池部中尉に向き直って笑みを見せると、颯爽と鞍も付けずに馬にまたがっていた。慌てて池部中尉はその背に向かって敬礼していた。


 状況は決して良くはないが、作戦は成功する。何故か池部中尉はそう確信していた。
三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
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一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
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三式力作車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03arv.html
三式装甲作業車
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三式噴進砲の設定は下記アドレスで公開中です
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