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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦31

 ―――どうやら今日の戦は、昨日とはひと味違ったものになりそうだ。
 池部中尉は、早々と中隊本部の二両の三式中戦車を率いて第11独立混成旅団に合流するために出発していく根津大尉の後ろ姿を見ながらそう考えていた。


 中隊長自身を抽出された中隊は、先任将校である池部中尉が指揮をとることになるが、第71戦車連隊は志願兵ばかりだし、戦車部隊は乗員の数もさほど多くはないから、中隊員は気心の知れたものばかりだった。
 だから中隊の指揮そのものには不安はなかったのだが、代わりに連隊長からの特命が池部中尉に下されていた。
 それによれば、師団本隊に先行して上陸した第71戦車連隊は、海岸線に布陣した第11独立混成旅団の機動を阻害しない為に迂回機動を取ることになっていたが、その先鋒に池部中尉達の中隊が選ばれたというのだ。

 だが、シチリア島に上陸して間もない池部中尉達が山がちな地形の続くシチリア島内で戦車を自在に機動させられるだけの空間を見つけられるとは思えなかった。
 だから先行して上陸していた部隊から、案内の兵が出されることになっていた。

 それで海岸で待機していたのだが、遥か彼方に見える山裾では既に僅かに土煙が上がっているのが見えた。どうやら夜の間に再構築していた警戒陣地が敵の前衛か警戒部隊と接触を開始したようだった。
 戦闘が開始されてしまった様子を、池部中尉は眉をしかめながら見つめていた。ここから迂回機動をとって敵部隊の側面に出るまでどれくらいの時間がかかるかは分からないが、将校団を補強された第11独立混成旅団が戦線を維持し続けられる間にこちらも接敵しなければならないはずだった。
 だから予定よりも遅れている案内人の到着の遅れが気になっていたのだ。

 妙だった。第一波として上陸していた遣欧第2軍の各隊は、さして広いとはいえない海岸の橋頭堡内に布陣しているはずだった。
 今日中には重装備の主力である遣欧第1軍の上陸も本格的に開始されるはずだが、それまでは下手に橋頭堡を広げてしまうと防衛線に展開する部隊の密度が低くなってしまうと判断されていたからだ。
 その大した面積のない橋頭堡の中で、敵部隊の火力からしてそれほど戦線内の部隊移動にも手間取るとは思えなかった。それなのに案内人の到着が遅れているというのはどういうことなのか。


 ―――連隊長はともかく、遣欧第2軍の首脳部は第71戦車連隊の戦力を重要視していないのだろうか。
 池部中尉は苛立たしげな表情でそう考えたのだが、異臭に気がついてげんなりとした顔になっていた。
 嫌そうな顔で視線を向けると、バツの悪そうな、だが僅かばかり晴れ晴れともしたような顔の由良軍曹と目が合っていた。一度嘔吐したせいか、ようやくに船酔いから回復しつつあるらしい。

 その由良軍曹がゆっくりと腕を上げて一点を指差しながら言った。
「もしかして案内人ってのはあれのことですかねぇ」
 慌てて池部中尉は振り返っていた。確かに由良軍曹が指差す方にはこちらに向かってくる男の姿があった。だが、先程もその辺りは見回していたはずだが、誰の姿もなかったはずだ。
 それに、その先は険しい山岳地帯のはずだから予想戦場ともされずにほとんど警戒陣地も構築されていない方向だった。


 唖然としながら池部中尉たちはその男が中隊のところまで駆け寄ってくるのを見つめていた。
 ただし、男が自分の足で走っているわけではなかった。明らかに人間よりも高い位置に顔があった。しかも規則的に上下に揺られていた。よく見ると男は馬に乗っていたのだ。
 この距離に近づくまで男の姿も馬の巨体も目に入らなかったのは不思議だった。男の方はまだ理解が出来なくもなかった。日本陸軍のカーキ色の野戦服とは明らかに異なる迷彩衣を着込んでいたからだ。もちろん英国陸軍の日本製のそれと同じような色の野戦服とも違っていた。

 男が着込んでいるのは濃い緑から黄色まで斑に染められた迷彩衣だった。日本軍でも特務陸戦隊などの一部精鋭部隊にそのような迷彩衣が配布されていると聞いていたが、その迷彩衣は明らかに着古した跡があった。
 しかも既製の物を現地の植生に合わせてさらに改造したのか、顔を除いて背景の山陰に溶け込んでいたから遠目で一瞥したくらいでは認識できなかったのだろう。

 だが、男の方はともかく、馬までどうやって欺瞞していたのかは不明だった。確かにその馬も目立たない色のようだったが、それだけで欺瞞できたとは思えない。
 良くは分からないが、男の馬術の腕、というよりもは戦術眼が巧みなものだったのだろう。速度の割には立ち上がる土煙は僅かだったし、地形上のほんの僅かな起伏に隠れるようにして接近してきたのではないのか。


 男の方も、池部中尉たちに向かって大きく手を振って敵意のないことを示していた。
 妙な男だった。朗らかというよりも、卑屈にすら感じられる笑みを浮かべた顔は、明らかにアジア系の顔つきだったが微妙に日本人とは違う気がしていた。それに、その笑みが愛想笑いでしか無いのは明らかだった。
 何が面白いのか、破顔しながらも男の目は油断なく光っていたからだ。男は恐ろしく大型の木製ホルスターから細長い拳銃の銃把を覗かせていたが、見たところそれ以外の装備は殆ど無い身軽な様子だった。


 第七師団は全軍の中でも機械化が進んだ師団だったから、砲兵連隊や輜重兵連隊でも自走砲や自動貨車を使用していたが、他の師団では戦闘部隊である騎兵連隊こそ続々と廃止されていたが、輜重兵連隊などにはまだ多くの馬匹が残されていた。

 それどころか、最近では特に重装備化が進む他兵科に対する反感からか歩兵科将校から馬匹の定数を増やしても良いのではないのかという声すら上がっていた。
 彼らの根拠は、フランス戦などで確認されたドイツ軍に馬匹による輸送部隊が数多く見られたからだっだ。
 機械化が進んでいると宣伝されているドイツ軍でさえ馬匹をこれだけ使用しているのだから、燃料や交換部品の必要な自動貨車などよりも、そこらの草でも食わせれば良い馬匹の方がよほど役に立つというのだ。


 だが、それも肝心の馬匹を運用する輜重兵科や砲兵科からの強い反対で立ち消えになっていた。実際に運用する側とすればそれこそ馬力の大きな自動貨車や牽引車の方が効率が良かったからだ。
 それ以前に最近では牽引車装備を前提として師団砲兵の装備も重量化していたから、今更馬匹牽引など不可能だったのだ。

 最も最大の理由は、馬匹の世話のほうが手間取るということを輜重兵達の方が理解していたからではないのか。何と言ってもいくらおとなしくとも相手は生き物なのだ。
 知らない人間が言うようにそこらの草を無管理に食わせれば腹をこわすし、水も定期的に飲ませてやらなければいけない。その上に、もしも制御できずに暴れれば人間の手におえないのだ。
 それが馬匹を扱う兵たちの考えだったのではないのか。


 それでも多くの師団では輜重兵連隊隷下にも輸送用の自動貨車大隊が編制されていたが、逆に牽引車の配備で砲兵連隊から不要となった馬匹を輜重兵連隊で引き取ることも多いようだったから、荷馬車を引く馬匹の姿は日本各地の駐屯地や演習場でも見慣れた風景だった。

 だが、少なくない数の馬匹を使い続けている日本陸軍の中でも、池部中尉たちに近づいてくる男のように馬を自分の体の一部のように扱えるものはいないだろう。
 輜重兵連隊の輸送部隊や数少なくなった砲牽引用の軍馬が、荷車を引く輓馬やその背に荷を載せる駄馬であることを差し引いたとしても、相当長い間、それこそ幼少の頃から馬に慣れていなければあのような馬術の冴えを見せることなど出来ないのではないのか。


「日本陸軍71戦車連隊の池部中尉さんはこちらでようござんすか」
 池部中尉と由良軍曹はどちらからともなく顔を見合わせていた。男の日本語は明らかにおかしかった。発音も外国人が、しかも最近になって覚えたといった様子だったが、それ以上に台詞回しがまともな軍人のそれではなかった。まるで任侠の世界ではないのか。
 そのようなことを考えながらも、池部中尉の目は男の迷彩衣の襟に満州共和国軍少尉を示す記章が縫い付けられているのを見逃さなかった。

 池部中尉と由良軍曹は顔を見合わせたままお互いに譲りあっていたが、二人がなにか言うよりも早く、満州軍の男が身軽な様子で馬の背から飛び降りるともう一度繰り返していた。
 しかし、言っていることは前と同じだが、ほんの少しばかり冷ややかな口調のような気がして、池部中尉は背中が凍るような気がしながら男に向き直って頷いていた。
「帝国陸軍第7師団第71戦車連隊第3中隊、池部中尉だ。貴官がその……案内人なのか」
 男はまた油断のない笑みを浮かべた。
「親分……いけねえや、少佐殿の使いで参りやした。満州共和国軍特務遊撃隊の金少尉と申しやす。少佐殿がお待ちなんで、申し訳ありやせんが急いでくれませんかね」
 金少尉はそう言いながら、池部中尉の目をまっすぐに見つめていた。中尉は頷きながらも、内心で驚きながら金少尉をじろじろと見つめていた。


 清朝が崩壊して中華民国が成立した後も、日清戦争、日露戦争という相次ぐ戦乱の舞台となった満州地方の混乱は収まる気配を見せなかった。それ以前から清朝による統治が満足に行き届いていなかった東三省では、住民たちによる自治的な防衛組織である保衛団が大きな影響力を持っていた。
 元々は自衛組織でしかなった保衛団は、満州地方の政治的な混乱や隣国ロシア帝国における共産革命、シベリアに逃れた皇族を中核に誕生したシベリア―ロシア帝国の成立といっためまぐるしく変わる状況の中で離散集合を繰り返して、自衛組織という枠を離れた馬賊に成長していった。
 そして馬賊の中には単なる自治体を母体とした組織にとどまらずに省内で覇を唱える軍閥にまで成長したものもあった。

 シベリア―ロシア帝国への搦手として、ソビエト連邦が強力に支援する共産党勢力やモンゴル人民軍の満州への浸透に脅威を抱いたロシア帝国は、国内の混乱をまとめきることの出来ない孫文死去後の国民党政権に見切りをつけていた。
 そこで満州地方を統一する勢力として、親日派の軍閥であった張作霖率いる奉天閥に日本製の兵器や資金の提供を行って満州共和国の建国を支援したが、この奉天閥も元をたどれば馬賊や匪賊をその母体としていた。


 政治的には中華民国の一地方政権との建前ながらも、実質上の独立国となった満州共和国は、独立から数年を経て治安維持用の軍閥の寄り合い所帯でしか無かった国軍を、諸外国からの国防を目的として、近代的な装備と強力な権限を持つ中央政府に忠誠を誓う将校団からなる実戦的な軍隊へと作り変えようとしていた。
 急激な近代化の背景には、やはり馬賊上がりで軍事教育を受けたことはないが、建国時の卓越した指揮から軍内部で強力な指導力を持つ軍政部長の馬占山将軍の意向があった。

 そして、今次大戦において満州共和国が欧州への派遣に踏み切ったのも、馬占山将軍の考えが強かったらしい。
 建前上は中華民国の一地方政権でしかない満州政権だったが、その国軍たる満州共和国軍が国際連盟軍の一翼を担うとなれば、戦後の国際政治において満州共和国の発言権は著しく向上するはずだった。
 むしろ、未だに国共内戦がくすぶり続けているために、体外的な行動を控えざるを得ない中華民国本国よりも政治的な立場は上に来るのではないのか。

 すでに北アフリカ戦線において日本製の軽単座戦闘機である一式戦闘機や、大口径火砲を装備した地上攻撃機である一式重襲撃機を装備した一個飛行戦隊が満州共和国軍から派遣されていたが、噂ではイタリア戦線に向けてさらなる派遣が予定されているらしい。
 派遣部隊の中には飛行戦隊の他にも幾つかの小部隊があったが、その一つが特務遊撃隊だった。


 満州共和国軍の特務遊撃隊のことはアレキサンドリアで噂には聞いていた。従来の軍隊の型にはまらない山賊のような部隊がいるとうものだった
 日本陸軍にも敵戦線の後方などに侵入して遊撃戦を実施する機動連隊があったが、満州共和国軍の特務遊撃隊は馬賊上がりを集めたならず者ばかりの部隊であるというのだ。

 最も英国軍の特殊戦部隊も優秀ではあるが変わり者ばかりを集めたとも聞いていたから、特務遊撃隊がそのような部隊だったとしてもそれほど驚きには値しなかった。
 だが、近代化を推し進めようとしている満州共和国の中では馬賊に先祖返りした特務遊撃隊は特異な部隊なのではないのか。むしろ馬賊時代のことを忘れられない近代化の邪魔になる将兵の隔離場所であるのかもしれなかった。


 特殊戦部隊の動向には秘密が多く、池部中尉も詳細はわからなかったが、海軍特務陸戦隊以外にも今回の上陸作戦では上陸第一波部隊に先んじて空中挺進などで密かにシチリア島に潜入して遊撃戦闘で陽動を行う部隊が複数投入されていると聞いていた。おそらく特務遊撃隊もその一つなのだろう。
 だが池部中尉には、拳銃1丁だけを帯びて、ろくな馬具すら持たないものだから、金少尉が周囲に溶けこむような迷彩衣を着ていてもまるで山賊のようにしか見えなかった。
 その金少尉と最新鋭の三式中戦車とのあまりの差異に池部中尉は目が眩みそうな気がしていた。
三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html
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