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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦27

 落ち着いて考えてみれば、予想できない事態ではなかった。大隅型輸送艦や特殊船に搭載される大発動艇、特型大発動艇と特1号型輸送艦では揚陸方式や形状に類似点は少なくないものの、実際の運用法は大きく異なっていたからだ。


 池部中尉達の戦車中隊を載せた特1号型輸送艦は、能力的には二等輸送艦を大型化したものと言っても良かった。

 中小海運業者にとって使い勝手の良い東南アジア程度までの日本近海での使用を前提にした600トン級貨物船を安定して供給することと、電気溶接やブロック建造といった新技術を小規模な造船所にまで波及させることを目的として、戦前に海軍艦政本部と逓信省管船局によって企画されていたのが標準規格船1型だった。
 二等輸送艦はその標準規格船一型を原型として船首、船底部の構造強化や海岸からの離脱時に使用する船尾錨の増設などによって、座礁式の揚陸能力を付随させたものだった。

 特1号型輸送艦は、概ね構造や配置はその二等輸送艦を踏襲してはいるが、その寸法は格段に大型化していた。排水量700トン程度の二等輸送艦に対して、特1号型輸送艦は3,000トンを超えており、それに比例して搭載量も大きかった。
 二等輸送艦は戦車1個小隊4両に加えて大発動艇2隻を収容しているから、1隻で諸兵科1個中隊弱程度の揚陸が可能だった。
 これに対して特1号型輸送艦の場合はほぼこれの三倍、つまり戦車1個中隊を艦内の重車両用の車両甲板に搭載させるのに加えて、上甲板にも装甲兵車や自動貨車といった軽量級の車両を搭載することも可能だったから、定数を満たした機動歩兵、戦車各1個中隊程度の揚陸を一気に行うことが可能だった。
 さらに言えば特型大発動艇の搭載能力は中戦車で二両程度しか無いから、搭載能力では特1号型輸送艦との差は歴然としていた。


 ただし、特1号型輸送艦や二等輸送艦と特型大発動艇、大発動艇との運用上の差異は、必ずしも搭載能力の大小だけではなかった。
 あくまで上陸岸付近までは母艦に収容されて移動する揚陸艇である特型大発動艇に対して、原型である標準規格船1型同様に近海での運用に限られるものの、二等輸送艦は最低限の外洋航行能力を持つから、輸送艦単独での進出が可能だった。

 もっとも揚陸戦用艦艇の搭載能力は大きければ良いというものでもなかったし、船として単独で航行するのに必要不可欠な居住区などの機能の充実も場合によっては弱点となりかねなかった。
 特に特1号型輸送艦は、直接海岸に着岸させる座礁式をとる揚陸戦用艦艇としては最大級の艦艇であるために、搭載量の大きさに比例するように制限も少なくなかった。

 いくら道板があるとはいえ、収容した部隊を迅速に揚陸させるためには、海岸に接したかなり水深の浅くなる地点まで進出する必要があるが、それには可能な限り喫水線を浅くして浅瀬でも動力航行する必要があった。
 だが、この点では多数の乗員や兵員の生活に必要な居住区は、上陸時に限れば単なる死重量に過ぎなかった。


 逆に特1号型輸送艦は揚陸時には最大積載量まで搭載することは出来なかった。この揚陸方法は、自らの推力で座礁するのに等しいために、収容した部隊が上陸できるまで海岸に接近するためにはある程度喫水を浅い状態にしなければならないためだった。

 それに重量のある特1号型輸送艦は、収容する部隊も少なくないし、その部隊も艦内の車両甲板と上甲板に繋止される車両に分かれるから、どちらかの部隊の上陸には艦内通路となる傾斜路の操作が必要であり、全部隊の上陸には少なくない作業時間が必要だった。
 そして、その揚陸作業時間の間は、図体が大きい上に、座礁して身動きの取れない特1号型輸送艦の巨大な艦体は、海岸に陣取る防衛部隊にとって格好の標的となってしまうはずだった。


 今回のシチリア島上陸作戦において、日本軍は特1号型輸送艦のこれらの問題点に対しては運用上の工夫でもって補おうとしていた。

 前者の座礁揚陸時の積載重量に対する制限に対しては、作戦に参加する多くの特1号型輸送艦に対して、大発動艇を搭載するためのダビットの増設が行われていた。
 元々、特1号型と二等輸送艦には艦橋構造物両舷側にそれぞれ1隻、計2隻の大発動艇が搭載されていた。
 これは乗艦した部隊の揚陸時に使用されることもあったが、実際には内火艇を搭載しない輸送艦の場合は、港内や泊地での連絡や荷役作業などの雑用を行う運貨船として搭載艇の大発動艇を運用することのほうが多かった。
 だが、今回の作戦前に増設されたダビットの数は多く、最大で8隻もの大発動艇が特1号型輸送艦には搭載されていた。

 もちろん、これらの増載された多数の大発動艇は、雑用艇としてなどではなく、純粋に揚陸艇として運用する為のものだった。そして、特1号型輸送艦の艦内には、特別装備として搭載された本来の員数外となる大発動艇に乗り込んで上陸する部隊や物資までが搭載されていた。
 搭載されている部隊や物資の量は多く、特1号型輸送艦の揚陸作業時の搭載重量制限を遥かに超えていた。
 その制限重量超過分は、海岸に接近した時点で大発動艇に載せ替えて発艦することになる。そしてその分だけ軽くなった特1号型輸送艦自体は喫水線が浅くなるから、海岸近くまで接近して座礁することが出来るはずだった。


 つまり、特1号型輸送艦は原設計時の自艦を直接座礁させる大型揚陸艇としての能力に加えて、揚陸艇母艦としての機能をも兼ね備えていることになる。

 大発動艇には個人防護用の防弾衣や噴進砲などを配備された重装備の歩兵部隊であっても1個小隊は乗船できるから、特1号型に搭載された8隻の大発動艇だけで2個中隊を移送できるはずだった。
 今回の作戦では艦内の車両甲板に搭載された戦車中隊の所属から、特1号型輸送艦は戦車を搭載した3隻と本部部隊や段列を搭載した1隻の計4隻が編隊を組んで1個戦車大隊を輸送することになっていたから、増設された大発動艇だけで編隊で歩兵2個大隊を追加で輸送することが出来るはずだ。

 実際には歩兵部隊だけをそんなに輸送しても仕方がないし、艦内の居住空間にも限界があるから、各艦で1個中隊、編隊で1個大隊というのが特1号型輸送艦に搭載される部隊の内訳で、残りの大発動艇は物資の輸送に回されるようだが、それでも大発動艇を増載した効果は少なくないはずだった。


 後者の上陸作業時間が長すぎる問題に関しては、搭載される部隊の内容で対処するつもりのようだった。

 今回のシチリア島上陸作戦前に、日本陸軍では欧州に派遣されていた部隊を大きく二分して遣欧第1軍と遣欧第2軍に再編制を行っていた。
 これまで遣欧軍を率いていた山下中将は引き続き遣欧第1軍の司令官職に就いており、新設された形の遣欧第2軍は第5師団長であった早見中将が司令官に昇格していた。
 この2個軍は一見すれば同格の部隊であるようにも見えたが、その内実は大きく異なっていた。

 司令官の格はそれほど差はないはずだった。確かに山下中将はこれまで遣欧軍の司令官職にあって第5師団長であった早見中将の上官ではあったのだが、鎮台から改変された古豪の広島第5師団の師団長職を長く務めていた早見中将と山下中将では、陸軍士官学校の卒業年度はかなり近かったはずだ。

 だが、所属する部隊には司令官以上に差があった。
 単に部隊の戦力に差があるというわけではなかった。むしろその部隊の性格に差があったのだ。


 遣欧第1軍は、第5師団と配属されていた海軍第2陸戦師団を遣欧第2軍に転属させたものの、それまでの遣欧軍の基幹戦力であった第6、第7師団に加えて、本土から新たに移送されていた第13師団を指揮下に納めていた。

 九州南部を師管区とする第6師団は、以前は比較的軽装備の緊急展開部隊としての性格を持つ部隊だったが、欧州派遣後は続々と送られてくる新型装備を豊富に装備した重装備の機動歩兵師団に改編されていた。

 それに続く第7師団は、北海道に駐屯地をおいていたが、それは人口密度が低いために戦車部隊を縦横無尽に機動させる他に砲兵部隊の射程一杯での射撃演習すら可能な広大な訓練場を確保しやすく、また日本陸軍の仮想戦場であったシベリア―ロシア帝国とソビエト連邦との国境線近くと自然環境が近いためであった。
 第7師団は特定の師管区を持たずに日本各地から志願兵や選抜された兵が配属される特別な部隊であり、通常の師団が4個歩兵連隊を基幹戦力とするのに対して、2個機動歩兵連隊と2個戦車連隊を指揮下に置く機甲師団編制がとられていた。

 新たに配属された第13師団も重装備と言うことには代わりはなかった。高田を駐屯地とする第13師団は元々日露戦争時に創設された師団だったが、先の欧州大戦後に行われた軍縮期に一度廃止されていた。
 ただし、実際に解散したのは指揮下の歩兵連隊だけで、師団司令部や砲兵連隊などの一部の部隊は存続していた。
 軍縮期に廃止とされた師団は実際には予備師団と呼称されて、教育に時間の掛かる砲兵や工兵などの特殊兵科や高級士官を確保しておくために残されていたのだ。

 以前の動員計画では第13師団は新潟県などの周辺地域から招集された兵員でもって指揮下の歩兵連隊を新設して戦時編制とする計画だったが、開戦後の増産体制によって、シベリア―ロシア帝国成立後に長岡や新潟などに次々と建設されていた工場群の従業員達を招集することが、物資人員の動員計画を立案する企画院によって阻止されたために、本格的な再編制は遅々として進んでいなかった。
 だが、一刻も早い師団の戦力化を計画した参謀本部では、同様の事情で各地で戦時動員が遅れていた部隊を第13師団に集成させることで強引な師団編制の完結を行っていた。
 その代わりに当初の動員計画と現在の第13師団の部隊編制は大きく異なっていた。計画よりも平時から編成されていた部隊の比率が大きくなっていたのだ。

 戦時に動員された兵員は、頭数の多い歩兵がほとんどだった。その一方で砲兵や工兵などの特殊兵科は、取り扱いの難しい特殊な機材の運用に長期間の訓練や少なくない量の物資が必要だったから、平時から定数に近い数を確保しなければならないために二年の現役を終えれば予備役に編入されて部隊を去ってしまう徴兵よりも志願兵の比率が高かった。
 最近ではやはり訓練に時間の掛かる戦車や機動歩兵の部隊も志願兵の比率が高まっていた。
 それらの平時から編成される部隊を強引に集成したものだから、結果的に第13師団も予備師団から現役化されたににも関わらず、砲兵や機動歩兵、戦車部隊の比率が高い重装備の師団になっていたのだ。

 遣欧第1軍は、この重量級の3個師団を基幹戦力として、長射程の重砲を装備した重砲兵連隊や独立高射砲連隊、回転翼機などを集中配備された砲兵情報連隊、自動貨車装備の輜重兵連隊といった重厚な支援部隊まで配属された日本陸軍でも最精鋭の部隊になっていた。


 だが、遣欧第1軍は重装備と引き換えに取り回しの悪い部隊になってしまっていた。戦車や自動貨車などの豊富な重装備を揚陸させるには多大な時間や船舶の割当が必要だったからだ。
 これを補うように新編成されたのが遣欧第2軍だったが、実際には以前の遣欧軍から揚陸戦能力を切り分けたものといったほうが正確だった。

 遣欧第2軍に所属する日本陸軍の師団は、第5師団一つだけだった。残りは海軍の第2陸戦師団を除けば雑多な部隊でしめられていた。

 日本陸海軍の混成軍である点は以前の遣欧軍と変わり無かったが、遣欧第2軍の場合は国籍すら異なる部隊の集合体だった。
 国際連盟軍地中海総軍から配属された英第77特殊旅団に加えて、日本海軍の特殊戦部隊である特務陸戦隊や、日本陸軍の機動連隊を中核にイラン王国軍空挺大隊などの空中挺進部隊をまとめた機動旅団まで所属しているのだから、それらの部隊の統率をとる軍司令官である早見中将の苦労も大きいのではないのか。


 遣欧第2軍がこのように奇妙な編制になってしまったのは、主力である遣欧第1軍の上陸前に陽動を兼ねた遊撃戦を実施することから上陸第一波による橋頭堡の確保までが遣欧第2軍の任務となっていたからだった。

 各国の遊撃戦部隊は書類上では遣欧第2軍に所属はしているものの、実際には殆どが上陸前や上陸と同時に空中挺進や、海軍特務陸戦隊のように海中から隠密侵入を図るから、戦地では早見中将の直接指揮下には無かった。
 そして基幹戦力である海軍第2陸戦師団と第5師団も上陸戦闘に特化した部隊だった。海軍第2陸戦師団は各地の鎮守府などに所属する常設された特別陸戦隊の集成部隊だったし、平時は広島に駐留する第5師団も揚陸戦用機材を集中配備された海上機動部隊に指定されていたからだ。


 今回の上陸作戦で動員された輸送艦の数は少なくなかったが、戦車を搭載した特1号型輸送艦の多くは橋頭堡の確保を行う遣欧第2軍ではなく、上陸後の戦闘では主力となるはずの遣欧第1軍の輸送に割り当てられていた。
 遣欧第2軍にも戦車部隊は存在していたが、それらの輸送は大隅型輸送艦などから発進する特型大発動艇や大きくとも二等輸送艦までの輸送艦に搭載されていた。

 上陸第一波では、歩兵部隊を載せた多数の大発動艇やそれらの中小型の戦車輸送艦艇で、海岸を埋め尽くすように一気に押し寄せて部隊を上陸させてしまうのだ。
 それならば、上陸前に実施される艦砲射撃による制圧を生き延びた防衛部隊の砲火を集中させることも難しいから、効率よく短時間で多数の部隊を上陸させることが出来るはずだった。

 そして、遣欧第2軍によって安全がある程度確保された橋頭堡に重装備の遣欧第1軍を上陸させれば、揚陸作業に多少の時間がかかっても無事に部隊を上陸させることが出来るはずだった。
 だから、第7師団隷下の第71戦車連隊に所属する池部中尉達を輸送するのは最初から特1号型輸送艦に決まっていたのだった。
大隅型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lsdoosumi.html
大発動艇の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lvl.html
特1号型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lsttoku1.html
二等輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji.html

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