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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦26

 シチリア島への揚陸順が変更になった。そんな噂が艦内をめぐるのに要した時間はそれほど長くはなかった。だが、先任小隊長である池部中尉はその話を懐疑的に聞いていた。
 池部中尉は、噂は戦車輸送艦の狭い艦内に押し込まれて揺られ続けた兵員たちの希望的観測に過ぎないのではないかと疑っていたのだ。
 だから、何の前触れもなしに輸送艦が身震いするように大きく振動してすべての主機関を再始動した時は驚いた顔になってしまっていた。


 池部中尉達が乗艦していたのは、まるで塗りたてのペンキの匂いがするような就役したばかりの特1号型輸送艦だった。
 海軍では単に荷物を運搬する船を運送艦と呼称して、揚陸部隊を移送する専用の艦艇を輸送艦というらしい。これまでにも日本海軍には大量生産される標準規格船から発展した二等輸送艦や、松型駆逐艦を原型とする実質上高速大発動艇母艦と言っても良い一等輸送艦などがあった。
 この等級というのは艦艇の排水量を基準として定められているらしいが、この等級を定めた当初は考えられなかったほどの大型艦として就役したのが特1号型であるらしい。

 だが、輸送艦によるシチリア島までの移送と聞いて池部中尉が最初に思い浮かべたのは、もっと違う形の輸送艦のはずだった。


 先の欧州大戦時に実施されたガリポリ上陸作戦において、多数の無動力で小型のボートなどに兵員を載せて、それを小型の曳船や内火艇で牽引するという貧弱な揚陸手法では部隊の揚陸に時間がかかりすぎる上に、重器材の陸揚げも困難だという問題が発生していた。
 その戦訓を受けて開発された大発動艇は、砂浜に乗り上げた後に船首に設けた道板をおろして艇内と海岸をつなぐ通路とすることで、迅速に兵員や車両の乗り降りを可能とする画期的な揚陸艇だった。

 だが、揚陸作業には便利な道板を兼ねる船首構造は、船舶としては造波抵抗が大きいために長距離航行は難しかった。
 海軍が中心になって設計した二等輸送艦も船首に折りたたみ式の道板を設けていたが、その外側に通常の船舶の形状に似せた観音開きの艦首扉を設けているため、抵抗をある程度削減することが出来るという話だったが、歩兵小隊から中隊、あるいは戦車一両程度の搭載能力しか持たない大発動艇にそのような複雑な機構を備えさせるのはあまり現実的ではなかった。


 このように外洋航行能力に不満のある大発動艇を効率よく敵沿岸で運用するための専用母艦が神州丸を原型とする特殊船だった。
 単に多数の大発動艇を搭載するだけならば、徴用された貨客船のデリック能力を強化すれば済む話なのだが、その場合はデリックの数や能力にもよるが泛水に時間が掛かるし、一度泛水してからでないと兵員や機材を艇内に搭載するのが難しいから、上陸船団の到着から揚陸作業を開始するまでの時間そのものが長くなってしなうのだ。

 大発動艇専用母艦であった神州丸は、船艇を格納する喫水線近くの中甲板に大発動艇を床面に敷いた軌条の上に並べており、上陸岸近くでその軌条の上の大発動艇を船尾扉から次々と繰り出して兵員、機材を搭載したままで泛水させることが出来た。
 神州丸や航空機運用能力を強化した秋津丸はこのように特異な方式を採用していたのだが、最近ではこの手法は旧式とされていた。正確に言えば建造時には大きな問題になるとは考えられなかったのだが、大発動艇かそれと同寸の揚陸艇しか運用できないのが問題視されるようになっていたのだ。


 現在でも大発動艇自体は使い勝手の良い揚陸艇と認識されていたが、設計年度が古いために搭載が予想されていた機材のほうが旧式化が進んでいた。大発動艇は戦車1両を搭載してこれを揚陸させる能力があったが、この場合の戦車とは艇自体の開発時に制式化されていた八九式中戦車を意味していた。
 だから、歩兵支援用として開発された八九式中戦車や、その直系とも言える九七式中戦車、あるいはルノー戦車の影響を受けた機動戦用の戦車である九五式軽戦車ならば搭載できたものの、対戦車能力を向上させたために12トン級の八九式、九七式から一気に倍以上の25トンにまで自重が達した一式中戦車を大発動艇に搭載する事はできなかったのだ。

 もちろんその一式中戦車よりもさらに重量のある三式中戦車を積み込もうとすれば、比喩などではなく実際に沈み込んでしまうことは確実だし、最近では機甲化されていない一般の歩兵師団でも機動歩兵化などを契機に重量のある自走砲や装甲作業車を配備されることが多かったから、少なくとも重器材の
揚陸には大発動艇では能力不足になり始めていたのだ。


 これに対応するために開発されたのが特型大発動艇と呼称された大型揚陸艇だった。特型大発動艇は日本陸海軍の共通装備として制式採用されていたが、元々は英国で設計されていたものらしい。
 開戦後の英国は軍用機、戦車などの増産に追われて、揚陸戦用機材の生産にまで手が回らない状態だった。それで他の幾つかの兵器開発と同様に、見本としての初期生産品や図面を日本やシベリア―ロシア帝国などに引き渡して生産を委託することが少なくなかった。
 特型大発動艇もそうして生産されていたのだが、当初の予定通りに英国に引き渡す他に、その使い勝手の良さから日本軍でも制式採用されていたのだ。

 大発動艇の発展型か派生型を思わせるような名称とは裏腹に、特型大発動艇はその規模から言えば大発動艇を原型としたものではあり得なかった。
 大発動艇が型式によって多少の前後はあるものの基準排水量で言えば10トン程度でしか無いのに対して、特型大発動艇の排水量はその十倍を超える150トンにも達しており、もはや名前だけを借りた別物だと言えた。

 特型大発動艇がそのように一気に大型化したのは、重量のある最近の機材でも余裕を持って収容することが要求されていたからだ。
 大発動艇では現在では軽量級に分類される10トンから15トン程度の戦車一両を積載するのが精一杯だったが、特型大発動艇の積載量は百トンを超えていたから、最近の重量級の中戦車でも半個小隊、つまり1個分隊に相当する二両程度は載せられるし、更にその上に重装備の歩兵小隊をも便乗させることが出来た。


 ただし、特型大発動艇は積載量と引き換えに当然のことながら艇の規模自体が大発動艇に比べて肥大していた。全長、全幅共に倍以上の寸法があったから、運用に関して大発動艇用に設計された既存の設備を使用することは難しかった。
 建造時のことはよくわからないが、おそらく生産設備もそのまま転用することは出来ないのではないのか。

 そして、それは大発動艇の母艦として建造されていた神州丸や秋津丸でも同様だった。
 中甲板の船艇格納庫は、甲板床面に敷かれた軌条や天井の搬送機によって迅速に30隻も搭載した大発動艇を泛水出来たが、その一方でそれらの設備が大発動艇の寸法に合わせて設計されているために特型大発動艇を搭載することは不可能だった。
 また、単に船艇格納庫の設備を特型大発動艇の寸法に合わせて再設計すれば良いという話でもなかった。構造上甲板高さには制限があるが、それよりも実際には特型大発動艇に合わせて再設計してしまえば、今度は寸法の小さい大発動艇の運用に支障をきたすという判断だったらしい。

 旧式駆逐艦を改装した哨戒艇や、松型駆逐艦の発展型である一等輸送艦では、後部甲板に大発動艇搭載用の軌条を設けて開放式に搭載していたが、このような小規模の艦艇であれば特型大発動艇のような大型揚陸艇を搭載すること自体が難しかった。
 しかし、特型大発動艇は原型である大発動艇よりも格段に大型化したとはいえ、凌波性が悪く外洋航行能力は船体の小ささからも大して期待できなかったから、敵地海岸での揚陸作戦を実施するには母艦の存在は必要不可欠だった。


 特型大発動艇の制式化に前後して、実質上は大発動艇母艦の実験艦であった神州丸と、その航空艤装を強化した発展型とも言える秋津丸の運用経験を元に、陸軍が揚陸艇母艦の現時点における完成形としてそれぞれの改設計型の建造を行っていた。
 神州丸や秋津丸のほうは建造当初は機密度が高く詳細は池部中尉も知らなかったが、甲型特殊船と呼称される改神州丸型と丙型特殊船となる改秋津丸型では航空艤装の有無などに多少の変化があるが、外観や船体部の主要寸法などにはそれほど大きな変化はないらしい。

 差異点は、揚陸艇母艦である特殊船にとって最重要である船艇格納庫部分に集中していた。床面に軌条を設けてその上に船艇を搭載した原設計とは全く異なり、水線近くに設けた特殊船の船艇格納庫は、船艇が浮揚できるまで漲水させて、搭載艇は格段に大型化した後部扉から自力で発進するようになっていた。
 構造的にはともかく、思想的に言えばこれは艦艇修理用の浮揚式の船渠に近いもので、発案は日本ではなく特型大発動艇の原案と同じく英国であったらしい。
 つまり広い意味では量産された特殊船甲型、丙型も英国が生産委託した兵器の一種であったらしく、何隻かの同型艦が英国海軍に引き渡されているという話も聞いていた。


 この浮揚船渠式にはこれまでの軌条式の泛水方法と比べて幾つかの利害があった。

 最大の利点はだれにでも明らかだった。
 格納甲板から揚陸艇が自力発進するこの方式では、格納庫内の寸法にさえ収まっていれば搭載艇の種類を問わずに使用できるから、従来の大発動艇でも寸法の大きな特型大発動艇でも問題なく搭載できるし、場合によっては両者の混載や将来のさらなる搭載艇の大型化にも対応することが出来た。

 それどころか、通常の揚陸艇だけではなく、スキ車や海軍の特型内火艇のような水陸両用車両の母艦として運用することも可能だった。
 むしろ、自力で後部扉をよじ登って船内に出入りできる水陸両用車両を運用するほうが、完全に自艇が浮揚するまで身動きのできない揚陸艇よりも、喫水線の調整が容易であるから特殊船側にとっても負担は小さいのではないのか。

 その一方で後発である改型の特殊船の方が不利な点も少なくなかった。
 特殊船では船艇格納甲板を船渠のように漲水させるには、船内各部に設けられた水密区画に強力な海水ポンプを用いて注排水を行って船体そのものを沈み込ませて行うことになる。
 一万トン級の貨客船にも匹敵する巨体となる特殊船の喫水を大きく上下させるには膨大な重量が必要であり、要求性能の高い注排水システムの為に船内には注排水用の水密区画やポンプとこれを繋ぐための大口径配管が多数配置されており、外観とは裏腹に船内の構造は原型である神州丸、秋津丸とはかなり異なっているらしい。
 また、この特殊な構造のために船内容積の少なくない割合が注排水用機能に割り当てられてしまった結果、兵員収容区画は逆に減少しているとも聞いていた。

 海軍でも自前の陸戦隊や陸軍部隊の揚陸のために、この特殊船に準じた輸送艦の建造を行っていたが、半ば試験運用を行っていた改秋津丸型の少数建造を行った後は、同様の構造を持ちながらも再設計を行った海軍独自の大型輸送艦の建造に移行していた。
 この独自設計の輸送艦では、特殊船で明らかになった不利点に対応するために、さらなる大型化に踏み切っており、実際の艦型は神州丸や秋津丸よりも、むしろ潜水母艦や艦隊型の給油艦に近いものであるとも池部中尉は聞いていた。


 そして、池部中尉が海軍の輸送艦に乗艦すると聞いた時、想定していたのも海軍の上陸艇母艦である大隅型輸送艦だった。

 海軍の輸送艦は、大量建造を想定しているのか、これまで艦名は素っ気ない番号のみで呼ばれていたが、流石に重巡洋艦にも匹敵する一万トンを大きく超える排水量の大型艦を番号付けだけで済ませるわけには行かなかったのか、半島名からなる固有名がつけられていた。
 大隅型輸送艦は特型大発動艇を最大で10隻程度搭載するらしいが、その特型大発動艇自体には三式中戦車であれば通常は2両、無理をすれば3両まで搭載できる。
 つまり大隅型輸送艦1隻で三式中戦車を30両は輸送できるということになる。実際には三式中戦車を装備した戦車中隊は、4両ずつの3個小隊に中隊本部を加えた14両が定数だから、2個中隊28両分を規定数として残りは段列や随伴する歩兵部隊などを搭載することになるのではないのか。


 だが、池部中尉の判断は間違っていた。
 実際に彼らの中隊が指定されたアレクサンドリア港の桟橋で待ち受けていたのは、特型大発動艇でも大隅型輸送艦、特殊船でもなく、積み込み用の艀に艦首扉を開けていた特1号型輸送艦だった。
特1号型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です
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