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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦25

 負傷した正規の見張り員と交代したらしいキング・ジョージ5世の艦橋見張り員の報告は間違いでは無かった。2隻のシュフラン級重巡洋艦に遅れる形で独航していたヴィシー・フランス海軍の重巡洋艦アルジェリーの舷側には巨大な水柱が発生していたのだ。


 フランス海軍の最新鋭重巡洋艦であるアルジェリーは、従来のフランス海軍巡洋艦とは異なり、三脚檣ではなく塔型構造の如何にも頑丈そうな前檣楼を備えていた。
 前檣楼後方には太い一本煙突があり、更にその後ろには航空艤装用デリック支柱や探照灯取付支柱を兼ねた一見して後部艦橋のようにも見える構造物が存在していた。
 主砲は連装4基計8門と、太平洋で対峙する日米海軍の大型重巡洋艦に比べればやや少ないが、重厚な上部構造物と相まって戦艦に続く準主力艦として強い存在感を放っていた。

 だが、今のアルジェリーはプリンス・オブ・ウェールズと同じか、あるいはそれ以上に死に体を晒そうとしていた。
 アルジェリーは重巡洋艦としては重装甲を施されているという情報だったが、軍縮条約下で建造された巡洋艦では、制限排水量で攻速防の釣り合いを取ろうとすれば自然と防御に回せる重量は限られてくるから、備砲や機関に排水量を回さずに重点的に舷側装甲を極端に分厚くでもしないかぎり装甲厚は100ミリ程度を大きく超えることはないはずだ。

 しかし、その程度の装甲では場合によっては数発で戦艦をも無力化出来る大威力の魚雷を阻止することは出来なかった。
 それに巡洋艦は戦艦に比して速力を重視しなければならないから、どうしても全幅の小さな細身の艦体になってしまうから、機関部や弾薬庫の重要区画と舷側の間に広がる小分けされた水密区画による間接防御にも大して期待はできなかった。


 そのアルジェリーの舷側に巨大な水柱が発生していた。状況からしてキング・ジョージ5世から見て反対舷から雷撃を受けたのは間違いない。
 ただし、実際には雷撃のみがアルジェリーを無力化したとは思えなかった。実際にはこの雷撃は止めとなっただけではないのか。
 水線下に衝撃を与える雷撃とは関わりないはずの主砲塔や前檣楼などの上部構造物に焼け焦げた痕や破断された部材などといった大きな損害の痕が見られたのだ。
 おそらくフランス艦隊の巡洋艦群の中で先頭艦を務めていたアルジェリーには、K部隊巡洋艦群との戦闘の中で砲撃が集中していたのだろう。這々の体で何とか主戦場までは辿り着いたが、突然の雷撃でこれまでのものと合わせて航行にすら支障をきたすほどの損傷に達したのではないのか。


 だが笠原大尉は、見張り員から報告のあったアルジェリーに雷撃を敢行したという味方駆逐艦の姿を中々見つけることが出来なかった。
 アルジェリーの舷側に発生した水柱の位置から雷撃のあった方向を推測してみても、その位置に航行する艦を見つけられなかったのだ。
 首を傾げながら笠原大尉は見張り員だけではなく、どよめきあう他の艦橋要員たちの視線が向かう方向に双眼鏡を向け直してからようやくその駆逐艦を発見していたが、その正体は意外なものだった。
 正体だけではなく、その位置も笠原大尉の予想とは食い違っていた。

 味方駆逐艦の位置を笠原大尉が勘違いした理由は、日本海軍で常用されている長射程の酸素魚雷の存在を無意識の内に前提としてしまっていたからだった。実際には射程の短い旧式の魚雷を搭載していた英海軍の駆逐艦は、笠原大尉の予想していたのよりもずっとアルジェリーの近くに存在していたのだ。
 日本海軍の駆逐艦が長槍を振りかざすように長距離雷撃を行うのに対して、実際の攻撃は辻斬りのようにすれ違いざまに至近距離から行われたものであったようだ。
 それにその攻撃を行った艦の正体も随分と頼りなさそうなものだった。


 笠原大尉は漠然と雷撃を実施したのは新鋭と言っても差し支えないE級駆逐艦のどちらかかと思ったのだが、実際には先の欧州大戦時の生き残りの古強者であるオーストラリア海軍のヴァンパイアが雷撃を行った駆逐艦のようだった。
 不思議に思うのも無理はなかった。当初からK部隊駆逐艦群は敵艦隊に対して格段に不利であるはずだったからだ。

 K部隊駆逐艦群の3隻が排水量で1500トン程度の中型駆逐艦であるのに対して、フランス艦隊の駆逐艦は小型巡洋艦と言っても良いモガドル級で統一されていた上に数の上でも4隻と上回っていたからだ。
 雷撃戦ならば勝機もあるかもしれないが数上の不利は拭い去ることが出来ないし、砲撃戦となれば軽巡洋艦の備砲に用いる方がふさわしそうな13.8センチ砲という駆逐艦搭載の砲としては格段に大口径のモガドル級の主砲にアウトレンジされてしまうのではないのか。


 しかし、いま戦場に姿を表した駆逐艦は、優勢なはずのフランス艦隊駆逐艦群のモガドル級でも英海軍の新鋭E級駆逐艦でもなく、ヴァンパイアただ1隻だけだった。
 充分な整備を怠りなく実施していたのか、旧式艦とは言えヴァンパイアは今でも30ノットを優に超える高速力でアルジェリーのすぐ脇を駆け抜けようとしていたが、ヴァンパイアは基準排水量では、量産型の護衛駆逐艦扱いされている松型駆逐艦よりも下回っていたはずだから、どうしても小兵という印象は拭えなかった。

 その旧式化した小型駆逐艦であるはずのヴァンパイアが、雷撃後の退避もせずに一直線に針路を保持したまま甲板に閃光を煌めかせていた。アルジェリーからの反撃で火災が発生したのかと思ったが、継続的な光源ではなかった。
 それに艦体を傾けさせたアルジェリーからは早くも乗員の脱出が始まったらしく、その備砲にも動きは無かった。

 見間違いでは無かった。ヴァンパイアは恐ろしく早い発射速度で次々と主砲弾を放っている様子だった。まるで機関砲のような発射速度では、まともな射撃指揮が可能だとも思えないが、至近距離では効果を発揮するのではないのか。
 だが、射撃目標となっているのは、ヴァンパイアがすぐ脇を通過しようとしているアルジェリーではなかった。より距離のあるシュフラン級重巡洋艦を狙って砲撃をおこなっているようだった。

 だが、これは無茶な戦闘だった。戦間期の改装によって現在のヴァンパイアの兵装には若干の変更があるかもしれないが、旧式のアドミラルティ級駆逐艦の備砲は4インチ単装砲4基による計4門に過ぎなかったはずだ。
 アドミラルティ級の中には連装高角砲に備砲を換装した艦もあるそうだが、その場合も重量対策で砲塔は2基しか搭載していないから、搭載砲が計4門という合計には変わりはないらしい。

 問題は搭載数だけではない。先の欧州大戦当時でさえ、駆逐艦級備砲として4インチ砲は既に同クラスを相手にするのに弱体であり、主力は5インチ級に移行していたのだ。
 両用砲として開発されていた日本海軍の長10センチ砲のように、長砲身高初速で発射速度も高い新技術を投入したのならばともかく、アドミラルティ級の4インチ砲は45口径と標準的なものでしかなったはずだ。
 それが相手にするのが同クラスどころか、ある程度の装甲と8インチという戦艦以外の艦艇が搭載するには最大級の火砲を持つ重巡洋艦が相手では、蟻が象に挑むようなものではないのか。


 その時、笠原大尉の視線は孤軍奮闘するように見えるヴァンパイアの姿に固定されていた。だから、勢い良く艦橋に飛び込んできた伝令がカナンシュ少将に電文用紙を渡したのも、用紙を見た少将の顔が複雑な表情に歪んだのも気がついていなかった。
 もっともカナンシュ少将の様子に気がついていなかったのは笠原大尉だけではなかった。おそらく艦橋要員の殆どが、自分たち自身とヴァンパイアの戦闘に気を取られていたはずだ。
 だから、直接キング・ジョージ5世と交戦しているリシュリュー級を確認しているもの以外は、ほとんどがヴァンパイアとその射撃目標であるシュフラン級重巡洋艦を見ていたはずだ。

 予想通り、ヴァンパイアの射撃は効果を発揮していなかった。威力が乏しい以上に、射撃精度が劣るのだからそれも当然だった。元々駆逐艦級の戦闘距離としては遠すぎるのもあるのだろう。
 先ほどプリンス・オブ・ウェールズを包み込んだリシュリュー級から放たれた主砲弾によるものと比べると、情けないほど小さな水柱が次々と乱立していたが、その位置はシュフラン級が航行している海域とはかけ離れていた。
 そのせいもあるのか、アルジェリーが撃沈されたにも関わらず、キング・ジョージ5世との同航戦に入りつつあるシュフラン級重巡洋艦の動きに迷いは見られなかった。
 主砲である8インチ砲も鎌首をもたげるように、キング・ジョージ5世に向けて仰角が掛けられようとしていた。

 笠原大尉は、その様子を押し黙ってみているしかなかった。シュフラン級重巡洋艦には接近までに正確な照準を行う充分な時間があったはずだ。射程も短くなっているから、精度はかなり高いはずだ。
 これに対してキング・ジョージ5世も主砲を向けているのとは反対舷の両用砲で射撃を行っているのだが、門数が少ないのか、それとも副砲射撃指揮所の能力に劣るのか2隻の重巡洋艦を制圧することは出来なさそうだった。


 ―――このまま4隻に集中射撃を受けてこのキング・ジョージ5世もプリンス・オブ・ウェールズと同じ運命をたどることになるのか……
 そう諦観しながら笠原大尉はシュフラン級重巡洋艦2隻を見つめていたのだが、その視界に唐突に幾つもの水柱が出現していた。愕然として大尉は目を見開いていた。

 水柱の発生位置はシュフラン級重巡洋艦の航行位置の前方に集中していた。それが収まる前に転舵する間もなく先頭艦が舳先を水柱に突入させて針路をふらつかせていた。
 笠原大尉には、その様子がまるでシュフラン級自体が戸惑っているかのように思えていた。

 発生した水柱の大きさはどう見てもヴァンパイアの4インチ砲によるものではなかった。それに同時に巻き起こる数も明らかに十は超えているようだった。
 ただし、発生した水柱の規模は戦艦主砲ほどでは無いから重巡洋艦級の戦闘艦から放たれたものではないのか。さらに、狭い範囲に収まった散布界からすれば、射撃艦が複数あるとは考えづらかった。
 つまり、シュフラン級重巡洋艦に対して射撃を開始したのは、8インチ級の主砲を10門以上搭載する重巡洋艦1隻ということになる。


 笠原大尉が該当する友軍艦を思い出す前に、無造作に目の前に通信用紙が突き出されていた。慌てて反射的に用紙を受け取りながら大尉が顔を上げると、仏頂面をしたカナンシュ少将が顔を向けていた。
「手持ち無沙汰のようだが、どうやら貴官にも戦場見物以外の仕事ができたようだ。私の名で救援に感謝すると送ってくれたまえ」
 カナンシュ少将の顔はあまりありがたいとは思っていないような様子だったが、慌てて電文用紙を読み込んでいた笠原大尉の目には少将の顔は入らなかった。

 ―――やはり、今の射撃は石鎚からのものか……
 日本海軍第1航空艦隊戦艦分艦隊から発信された電文を書き留めた用紙の内容は、重巡洋艦石鎚と第4水雷戦隊をK部隊への増援として自己の判断で送ったことを告げていた。
 どうやら、もう一つのフランス艦隊と戦艦分艦隊との交戦は終結したか、有利な状況にあるらしい。それで余裕のできた戦力を派遣してきたのではないのか。

 K部隊側にリシュリュー級2隻が出現したということは、戦艦分艦隊と交戦したのはダンケルク級と巡洋艦3隻を基幹とする艦隊のはずだった。
 これに対して戦艦分艦隊は40サンチ砲を装備した常陸型、磐城型戦艦各2隻を主戦力としていたから、質量共にフランス艦隊を圧倒していた。
 巡洋艦以下の軽快艦艇も最上型軽巡洋艦2隻と重巡洋艦伊吹、石鎚の計4隻の大型巡洋艦に加えて、駆逐艦は軽巡洋艦に率いられた2個水雷戦隊があったから、個艦性能はともかく、数の上では明らかに優位にあった。

 だから仮に交戦が未だ続いていたとしても、火力支援用の重巡洋艦1隻に1個水雷戦隊を派遣する程度は難しくないのだろう。
 各艦はこれまでの戦闘で雷撃を行っているかもしれないが、いずれの艦も予備魚雷を搭載していたはずだから、移動中に再装填を行うことは可能だった。増援として派遣してくるぐらいだから、戦闘力は維持していると考えても良いはずだ。


 増援部隊の火力支援にあたる石鎚は、軍縮条約における保有枠増大にともなって建造された伊吹型重巡洋艦に続いて、無条約時代の一番手として建造された巡洋艦だった。

 これまでの日本海軍における巡洋艦の建造方針に準じて建造された伊吹型重巡洋艦は、大雑把に言ってしまえば最上型軽巡洋艦を原型として、航空艤装分を1基の砲塔増設に割り振って、主砲塔を軽巡洋艦用の3連装15.5センチ砲から連装20.3センチ砲に換装したものと言えた。
 火力は高いが、水雷戦隊への火力支援を主な任務として想定した従来の重巡洋艦と同様に、艦体構造こそ頑丈に設計されたものの、夜戦時の近接戦闘が多くなると想定されたことや、排水量の余裕が無いために、どのみち近距離戦闘では貫通される可能性の高い砲塔部の装甲は薄かった。

 これに対して、軍縮条約の無効化後に、米海軍巡洋艦群の増勢に対抗するために建造された石鎚型重巡洋艦は、主砲の搭載門数こそ伊吹型と変わらないものの、条約の制限の枠を逃れて一回り大きな排水量と余裕のある艦体を持つから、艦体だけではなく、砲塔も重装甲であると聞いていた。
 それに砲塔自体も連装から三連装砲塔になったことで、1基あたりの装甲が増厚されただけではなく、揚弾、装填機構の機力化と大出力化が進んで装填速度は上昇しているという話だった。

 電探などの電子戦機材が充実した艦橋に続く上部構造物は、前後の3連装砲塔2基ずつに挟まって中央に集中して配置されており、アルジェリーよりもさらに遠目では巡洋艦ではなく戦艦のように見えるはずだった。
 数々の最新機材や重装甲を施したことで排水量も二万トン近くにまで達しているとの噂もあったから、条約型では重巡洋艦であっても互角に戦うのは難しいのではないのか。

 今も、石鎚はその高い発射速度を活かして、次々と20.3センチ砲弾による巨大な水柱をシュフラン級重巡洋艦付近に発生させていた。笠原大尉にはフランス艦隊巡洋艦群を率いる指揮官の逡巡が手に取るようにわかるような気がしていた。

 20.3センチ砲弾はシュフラン級重巡洋艦にとって無視できない威力を持っていた。そのことは水柱の大きさからでも明白なはずだ。
 それにフランス艦隊の指揮官がそこまで察しているかどうかは分からないが、最新鋭の石鎚型重巡洋艦は戦艦のように前後の艦橋にそれぞれ主砲用の射撃指揮装置を有しているから、4基の主砲塔をそれぞれの目標に振り分けて、同時に2隻と交戦することも可能だった。
 つまり、やりようによっては石鎚1隻でシュフラン級重巡洋艦2隻を制圧することが出来るのだ。
 もちろん、それでは砲力が分散されるから短時間で撃破するのは難しいはずだが、石鎚型重巡洋艦は強力な雷装も有しているし、その間に水雷戦隊を突撃させることも可能だった。


 おそらく巡洋艦群だけではなく、2隻のリシュリュー級戦艦を直率しているはずのフランス艦隊の司令官も、石鎚と第4水雷戦隊の増援に戦闘の潮目が変わったことを察したのだろう。
 笠原大尉が違和感に気がついた時、キング・ジョージ5世の周囲に着弾していた戦艦主砲弾による水柱が消え去っていた。そしてリシュリュー級戦艦だけではなく、シュフラン級重巡洋艦も一斉に回頭していた。
 単なる戦術行動とは思えなかった。おそらくこのまま戦闘を終了して脱出を図るつもりなのだろう。あるいはプリンス・オブ・ウェールズを撃沈しえたことで目的は達したと判断したのかも知れなかった。

 だが、増援の日本海軍部隊はともかくK部隊には脱出するフランス艦隊を追撃する余力は失われていた。笠原大尉は、後からやってきた日本艦隊を忌々しそうな目で見つめるカナンシュ少将に気がついていた。
 カナンシュ少将は、本来は自分たちの目標だった敵艦を追撃する日本艦隊をいつまでも見つめていた。
 そこにどのような思いが込められていたのか、笠原大尉にはわからなかった。
石鎚型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caisiduti.html
伊吹型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caibuki.html
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html
常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html
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