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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦24

 K部隊旗艦であるキング・ジョージ5世に続行するプリンス・オブ・ウェールズは、僅かな時間の間に一見して同型艦であることがわからないほどに艦容が一変していた。
 笠原大尉は、表情を凍らせながら後部視界の悪いキング・ジョージ5世の司令部艦橋からその様子を伺っていた。
 竣工直後からビスマルク追撃戦に参加した武勲艦でもあるプリンス・オブ・ウェールズだったが、その命運が尽きたのは明らかだった。


 プリンス・オブ・ウェールズの被弾箇所の中で最初に笠原大尉の目に入ってきたのは上部構造物へのそれだった。単純に目立つ箇所だったのもあるが、自分が今1番艦であるキング・ジョージ5世で立っている場所でもあったからだ。
 だが、プリンス・オブ・ウェールズの上部構造物の現状は、笠原大尉の心胆を寒からしめるのに充分すぎるものだった。

 具体的に言えば、艦橋天蓋に設けられていた射撃管制用レーダーと測距儀を併設した射撃指揮所ごと艦橋上部が消滅していたのだ。その代わりに艦橋構造物にへばり付いていたのはほんの僅かな残骸に過ぎなかった。
 あれでは艦長や砲術長といった艦橋要員を含む戦闘幹部は全滅しているはずだ。今は誰が指揮をとっているのかも分からないが、艦の指揮中枢としての艦橋の機能は消滅したと言っても良いはずだった。

 現在も僅かに両用砲の射撃は行われているから、副砲用の射撃指揮所は健在のようだが、艦内各所から火災が発生しているような状況では、機能の限られる副砲射撃指揮所からの管制では相当に射撃精度は低下してしまっているのではないのか。
 両用砲の射撃間隔や、火災が上げる白煙の向こう側に見える砲口炎の様子からしても全力射撃を行っているとは思えないから、物理的に破壊された両用砲塔も少なくないのではないのか。


 よく見ているうちに、笠原大尉は妙にプリンス・オブ・ウェールズが間延びして見えるような気がし始めていた。上部構造物や両用砲らしき残骸が散乱しているにも関わらず、艦中央部に空間ができているようだった。
 ―――煙突が……倒壊しているのか。

 間延びして見えるのも当然だった。キング・ジョージ5世級戦艦の上部構造物は、横向きに配置された射出機などの航空艤装を挟んで、艦橋と前部煙突が一体化した前檣楼と、後部艦橋、後部煙突などが一体化した後檣楼に分かれていたのだが、プリンス・オブ・ウェールズの艦橋に続く前部煙突のあたりが更地になっていたのだ。
 損害の状況からして、前部煙突を崩壊させた原因は艦橋を破壊した命中弾とは違うような気がする。ということは少なくとも二発以上が前部の上部構造物に被弾したのではないのか。


 前部、後部の上部構造物には、片舷2基ずつの両方砲が配置されているが、被弾箇所からして片舷、悪ければ両舷とも破壊されているか、発砲が不可能なほどの損傷を被っているのではないのか。
 これではプリンス・オブ・ウェールズから放たれる両用砲群の射撃間隔が間延びして感じられるのも当然だった。
 それに、先程は艦中央部から激しく巻き上がっている白煙が被弾によって生じた火災によるものだと考えていたのだが、実際には煙突構造物が倒壊したことで煙路が短縮、さらには開口部形状が破断してしまったことで、機関室に設けられたボイラーから最適な条件での排煙が出来なくなって、不完全燃焼のような異様な煙になってしまった可能性が高かった。

 高温の排煙に包まれた艦体後部は、損害復旧どころか砲撃の継続すら困難な状況になっているのではないのか。笠原大尉でなくともそう判断せざるを得ない状況だったが、白煙の上がる速度や範囲を見る限りではボイラーは最大に近い出力で燃焼を続けているようだった。
 ボイラーの燃焼が通常通りに行われているのに、プリンス・オブ・ウェールズが次第にキング・ジョージ5世から脱落しようとしているのは、機械室に設置されたタービンの方に問題が生じているのか、あるいは水線下の艦体構造自体が一部が破損して抵抗源になっているのだろう。


 だが、こんな状況で航行を続けるのは困難なはずだった。幹部要員の大半が戦死しているのでは、本格的な戦闘の続行など不可能ではないのか。常識的には速力を落として艦や要員の保全に努めても良いはずだ。

 ―――艦内の連絡すらままならなくなっているのか……
 笠原大尉はそう危惧したのだが、次の瞬間そのような思いは吹き飛んでいた。プリンス・オブ・ウェールズの主砲が発砲を行っていたからだ。


 列強の新世代戦艦よりも一回り小さい14インチ砲とは思えないほどプリンス・オブ・ウェールズの主砲発砲の衝撃は大きかった。
 主砲の搭載数で言えば、日本海軍の扶桑型、伊勢型戦艦の方が多いはずだが、機関部を避けて多数の連装砲塔を間延びして配置した旧式の両戦艦よりも、主砲の搭載位置が固まっているせいか迫力ではキング・ジョージ5世級戦艦の方が上回っているような気がしていた。
 それに3基すべての主砲塔の砲口から巻き起こった砲口炎は一瞬だけとはいえ直視できないほど眩しく、吹き出した発射ガスによって後部艦体を覆っていた白煙も吹き飛ばされていた。
 艦中央部には無視できない損害が生じていたようだが、主砲塔そのものは無事だったのだろう。それでキング・ジョージ5世のように後部射撃指揮所からの管制で主砲射撃を再開したのではないのか。

 だが、一応は砲術長による判断で権限を委譲された上に、戦闘幹部も健在なキング・ジョージ5世とでは現在のプリンス・オブ・ウェールズの状況は違いが大きいのではないのか。
 プリンス・オブ・ウェールズの主砲射撃指揮所は基部ごと消滅しているようだし、後部の予備射撃指揮所も破損した煙路から漏れだしていた白煙で視界が遮られて碌な視界も得られいないはずだ。
 さらに言えば水線下の損傷のせいか、艦の針路も捻じ曲げられているようだから、自艦の体勢の把握すらままならないの可能性も高いはずだ。

 それ以前に本当にプリンス・オブ・ウェールズの艦内では混乱せずに指揮権が事前に定められた序列通りに継承されているのか、そもそも誰が今指揮をとっているのかすら分からなかった。
 通信機の空中線は前部煙突と艦橋の間に設けられていたメインマストは煙突ごと吹き飛ばされて姿が見えなくなっていたし、あの状況で後部マストだけが無事とも思えなかった。
 だからキング・ジョージ5世とプリンス・オブ・ウェールズとの間にまともな通信が可能とは考えづらかった。


 そのような悪条件ばかりが揃っているのだから、まともな射撃精度が得られるはずもなかった。
 しばらくしてから、僅かな間に意外なほど近くまで接近していた敵戦艦群の方角に、先ほどのプリンス・オブ・ウェールズから放たれた主砲弾によるものと思われる水柱が発生していたが、いずれも見当違いの方向に散らばっていた。
 キング・ジョージ5世の方が第2砲塔が使えない分だけ射弾は少ないのに、敵艦への脅威という意味ではプリンス・オブ・ウェールズの方が遥かに下回っていた。
 測角も測距も精度が低いものだから、敵戦艦群の位置と水柱の発生位置はかけ離れていたし、各砲塔それぞれにも被害が出ているのか、それとも射撃管制の機能自体に問題があるのか、散布界も明らかに過大だった。
 発射数が下手に多いものだから、敵艦から遠く離れた海域で巻き起こる多数の水柱の存在はやけに虚しく見えるものだった。

 それに発砲から着弾までの僅かな時間の間に、主砲からの発射ガスの勢いで撒き散らされていた白煙が再びプリンス・オブ・ウェールズの艦体後部を覆うように広がっていたから、着弾観測も困難なのではないのか。
 その証拠に水柱の発生から次弾の射撃まではやけに時間がかかっていた。おそらく射撃諸元の修正に予備射撃指揮所の要員が手間取っているのだろう。


 だが、プリンス・オブ・ウェールズの主砲塔が火を吹くことはもう無かった。次弾の発砲よりも早く、敵戦艦からの主砲弾が命中していたからだ。
 プリンス・オブ・ウェールズがよろめくように針路を変更しているにも関わらず、リシュリュー級から放たれた砲弾による水柱は適正な位置に出現していた。
 射撃間隔が長いようだったから、リシュリューは相対位置が急速に変化する反航戦のさなかに適切な射撃諸元の修正を行ってきたはずだ。やはりリシュリュー級の乗員の練度はかなり高いと見てよかった。


 距離が短くなってきているせいなのか、あるいはこれまでの射撃で得られた修正値が正確だったのか、プリンス・オブ・ウェールズの周囲を着弾による水柱が覆っていた。
 笠原大尉はその様子に思わず目を見開いていた。敵弾の散布界は概ね適切なものだった。キング・ジョージ5世から見た時の左右、つまりは敵艦からの距離には若干のずれがあったものの、ほぼ戦艦の全長に等しい2、300メートル程度の範囲内に全弾が着弾していたようだ。
 そのプリンス・オブ・ウェールズの存在していた狭い海域に集中して水柱が集中して発生したものだから、キング・ジョージ5世の艦橋からは一時的に同艦の姿が消え失せたように見えていた。

 プリンス・オブ・ウェールズが水柱に飲み込まれる直前に、その向こうに赤く光る何かが見えたような気がして笠原大尉は目を凝らそうとしたが、その次の瞬間にキング・ジョージ5世の主砲が斉射を行っていた。
 当然艦橋の後部窓からプリンス・オブ・ウェールズへの視界の中にある第3砲塔も発砲していたから、笠原大尉の目は主砲発砲の閃光に焼かれて再び視力を失っていた。


 短時間のうちに二度も不意な衝撃で視力を低下させてしまったが、笠原大尉も今度は慎重になっていた。それに先ほどの誘爆とは異なり、距離のある第3砲塔の主砲発砲によるものだったから、視界が回復するまでの時間は短かった。

 だが、その短時間の内にプリンス・オブ・ウェールズの様子は、これまでの損害がまだ序の口であったかのように悪化していた。
 やはり直撃弾が発生していたらしく、明らかに先ほどの異常排煙とは異なる赤黒い煙が上がっていたが、笠原大尉の目を1番に引いたのは前部の主砲塔群の様子だった。

 戦艦の中でも舷側装甲に並んで最も分厚い装甲板で構成されているはずの主砲塔前盾が、まるで脆い枯れ木を斧で断ち切ったかのように真っ直ぐな亀裂を作って破断されていたのだ。
 おそらく浅い角度で真横から着弾した敵主砲弾が、前盾を貫通して砲塔内部に損害を与えたのだろう。前盾を破壊された第1砲塔は、その4本の主砲身を虚しく垂れ下がらせていたが、更に亀裂の向こうの砲室側からは激しく炎が上がっているのが見えた。
 被弾による弾薬庫への引火という最悪の事態は免れたようだが、1発の被弾によって多数の主砲が一瞬で使用不可能になるという、4門の主砲を一つの砲塔に束ねた四連装砲塔の欠点が露見したのは明らかだった。


 だが、プリンス・オブ・ウェールズにとって、より大きな損害はどうやらここからでは見えない水線下で発生していたようだった。短時間の内に恐ろしい勢いで片舷側への急傾斜が始まっていたのだ。
 ―――水中弾に舷側装甲を食い破られたのか……
 笠原大尉は唖然とした表情でプリンス・オブ・ウェールズを見ながらそう考えていた。

 軍縮条約によって建造途中や就役していた戦艦の少なくない数を放棄せざるを得なかった列強各国の海軍は、放棄予定の戦艦をただ解体するのではなく、砲撃演習における標的艦として海没処分とするものが少なくなかった。
 これらの実艦への砲撃によって確認されたのが、自艦から見て目標艦の前方海面に落着した砲弾が、水中をある程度の距離を直進して水線下の舷側に着弾する水中弾効果だった。
 落角や海面の状況、砲弾形状などの条件によって実際に水中弾が発生するかは不確定なところもあるが、発生すれば水線下の脆弱な構造に充分な速度を持った砲弾が着弾することになる。
 だから最近の戦艦では、水中弾効果を想定して従来とは形状が変更された新型砲弾を搭載したり、逆に対魚雷防御を兼ねて舷側装甲を水線帯だけではなく水面下に延長、更には機関部や弾薬庫といった重要区画から舷側までの間に多数の水密区画を配置するのが常識的な設計になっていた。

 だが、キング・ジョージ5世級戦艦は水線下の防御が弱体だったのか、それとも敵艦の主砲弾の威力が想定していたのよりも高かったせいなのかは分からないが、プリンス・オブ・ウェールズの水線下は水中弾によって貫通されてしまったようだ。
 しかも、傾斜速度からして水線下の損害は相当に大きなもののはずだから、貫通した砲弾は艦内で炸裂して複数の区画、場合によって厳重に防御されているはずの重要区画まで破壊してしまったのではないのか。


 プリンス・オブ・ウェールズはこのまま沈没するのではないのか、そう重苦しい思いで考えていたのは笠原大尉だけではなかった。キング・ジョージ5世の艦橋で同艦を確認していた少なくない数の本艦乗員や司令部要員がそう考えていたはずだった。
 そして、プリンス・オブ・ウェールズが戦力外となりつつある今、2隻の敵艦を相手取らなけれればならなくなるキング・ジョージ5世にとって、今現在のプリンス・オブ・ウェールズの姿は近い将来の自分たちの姿となりかねなかった。

 敵戦艦群と同数でさえ現在の苦境に追いやられたというのに、2対1の状況では接近戦における小口径砲の手数の多さを利するどころか、敵戦艦群2艦合計でキング・ジョージ5世を圧倒的に上回る数の主砲弾によって短時間の内に戦力を喪失してしまうのではないのか。
 そのような予想が容易にできるものだから、艦橋内は沈んだ雰囲気になっていたのだ。


 その重苦しい雰囲気の艦橋に、場違いなほどのんびりとした声が聞こえてきたのはその瞬間だった。
 あれは何だろう。言葉にすればそれだけだったが、緊張感の欠けた随分ともっさりとした声だから妙に目立っていた。殺気立った目の将兵が声の主を探してあたりを見回してから、見張り員の一人を見つけていた。
 そのまま殴りつけても不思議ではない様子だったが、とうの見張り員は困惑した顔で一方を見据えていた。

 朴訥としてあまり俊敏ではなさそうな兵だった。戦闘が開始された頃は見た記憶がなかったから、負傷した正規の見張り員の代わりに配置についた予備員なのだろう。だからそれほど能力は高くはないはずだ。
 笠原大尉も怪訝そうな顔でそう考えたのだが、殺気だった一部の兵がその見張り員を怒鳴りつける前に、再び見張り員が声を上げた。

「独航する敵重巡洋艦に水柱が見える。友軍駆逐艦による雷撃の模様」
 今度は見張り員の声は自信ありげだったが、周囲の将兵は唖然とした表情にしかならなかった。
 唐突な朗報だったから、何かの誤認ではないのか、そうとしか考えられなかったのだ。
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