挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
186/275

1943シチリア上陸戦23

 キング・ジョージ5世の司令部艦橋を襲った閃光と衝撃がおさまってから暫くしても、笠原大尉の頭は朦朧としていた。どうやら強い衝撃を受けたことで混乱してしまったらしい。
 頭を振って精神的な衝撃を振り払うようにしながら、笠原大尉は視力が段々と回復してきたのを確認していた。
 まだ勝手に瞬く目を揉みほぐしながら、薄っすらと瞼を開けて艦橋内部を見渡すと、やはり同じように一時的に視力を失ったのか、手すりや海図台に手を当てている本艦乗員や司令部要員が多いようだった。

 艦橋内には致命的な傷を負ったものはいないようだが、見張り員からの応答からは無かった。どうやら艦橋外壁よりも外側にいた将兵には負傷したものも多いようだ。


 ――艦橋付近に被弾したのだろうか。
 笠原大尉はそう考えながらも首を傾げていた。確証があるわけではないが、リシュリュー級戦艦の38センチ主砲弾が命中したのであれば司令塔でさえ100ミリ厚の装甲しか持たない艦橋が構造を保っているとは思えなかった。
 上部構造物付近に被弾したのは間違いないが、直撃ではないはずだ。そう考えながら笠原大尉は司令部艦橋の前窓から艦首を見て再び首を傾げることになた。

 4門の砲身を雄々しくそびえさせながら、艦首に一番近い第1砲塔は今にも火を吹きそうな姿を保っていた。射撃は停止しているようだが、砲塔自体や周辺の構造に大きな損害があるようには見えなかった。
 至近弾の弾片による損傷くらいはあるかもしれないが、その程度で頑丈な構造と分厚い装甲を併せ持つ主砲塔を沈黙させることは出来ないはずだ。

 だが、艦橋構造物から前方に飛び出すように配置された司令部艦橋から一瞥してわかるのはその範囲だけだった。レーダーを併載した測距儀がすぐ上部に配置された司令部艦橋はかなり高所にあるから、下方にある第2砲塔は死角になっていたのだ。
 そのせいで前壁に張り付くようにしながら無理な姿勢で連装主砲を持つ第2砲塔を見下ろした笠原大尉は思わず絶句していた。


 第2砲塔そのものは原型を保っていた。第1砲塔と同じ方角に向けられた主砲身からは少なくとも損害が生じているようには思えなかった。
 だが、砲塔天蓋上に配置されていたはずの多連装ロケット砲は、黒い焦げ跡と捻くれた架台の残骸だけを残して、操作員諸共消滅していた。

 キング・ジョージ5世に計4基が搭載されたロケット砲は、20連装の対空ロケット砲だった。
 17.8センチという大口径砲にも関わらず、20連装発射機を主砲塔上に設置できたのは、弾体内に充填された推進剤で発射されるために、ロケット砲弾が比較的軽量で発射機の構造も簡素で済んだからだ。
 このロケット砲弾には爆雷が搭載されて、一度ロケット推進で上空に打ち上げられた砲弾は、炸裂後に子弾である爆雷を落下傘で減速して落下させながら敵機の予想飛行針路上に展開することになる。


 だが、当初は大きな期待を掛けられた20連装対空ロケット砲だったが、現在ではその評価は著しく低下していた。発射機自体はともかく、この対空ロケット砲という兵器システムでは、発射後に上空で子弾を分離させる手間のせいで、高速で機動する敵機に追随する機動性を持ち得なかったからだ。
 このロケット砲は同型1番艦であるキング・ジョージ5世には4基が搭載されていたが、後続艦ほど搭載数が減少するか、就役当初から未搭載だったし、続行する同型2番艦のプリンス・オブ・ウェールズは、竣工当初に搭載されていたロケット砲を修理工事の際に撤去して通常の対空機銃座に換装していた。

 日本軍でも同種の対空兵器は存在していたが、やはり実用性が低くて使用頻度は低いとも聞いていた。
 こちらはロケット砲弾ではなく、航空機から投下する爆弾だが、やはり子弾を内蔵しており、子弾頭部に充填された成型炸薬で敵機を破壊するらしい。これは元々は陸軍が航空撃滅戦に使用するために開発した飛行場制圧用の爆弾が原型だという話だった。
 日本陸軍では優勢な航空戦力を展開するソ連軍を仮想敵と定めたために、その種の航空撃滅戦用機材が充実していた。
 滑走路破壊用の大型の徹甲爆弾などとは異なり、集束爆弾とも呼ばれるその子弾内蔵の爆弾は待機する敵航空機だけを破壊するために開発されたものだったが、これを地上での撃破ではなく、上空での撃破に転用しようとしたのが元々の理由だったらしい。


 だが、実際には敵機を破壊する威力はともかく、上空を自在に機動する敵機に対して、いくら子弾が適度にばらけて散布されるとはいえ爆弾を命中させるのは難しかった。

 本来は対空爆弾は大挙して編隊を組んで飛来する大型爆撃機群を迎撃するために開発されたのではないのか。
 それならば編隊を狙えば良いのだから見かけ上の目標は大きくなるし、仮に効果がなかったとしても、爆弾の炸裂範囲を避けるために編隊が分離するだけでも有用性はあるはずだった。
 大型機が編隊を組む理由の一つは、単機では脆弱な自衛火力を集中させて迎撃機を追い払うためだったからだ。


 しかし日英が相対する独仏伊の三国が国際連盟軍の制圧地域にそのような大型爆撃機編隊を送り込むことは現在では考えづらかった。
 元々大型爆撃機よりも対地支援用の急降下爆撃機を重点整備機材にしていたドイツ軍では、最近では単発の急降下爆撃機でさえ生存性が低下していたことから、より軽快な戦闘爆撃機が攻撃機の主流になっていたし、フランス、イタリア両空軍も大型重爆撃機は旧式化していた上にやはり悪化する一方の戦線を食い止めるために阻止爆撃用の中型機以下の方が重点的に整備されていた。

 もちろん戦場が海上であっても、大型機の水平爆撃は命中率が著しく低いから、機動性の高い単発機か精々中型双発機が主流でこの種の対空爆弾が活躍する場は何処にもなかったのだ。


 実はキング・ジョージ5世の対空ロケット砲にも対空機銃座との換装計画が持ち上がっていた。これが未だに撤去されていなかったのは、単に開戦以来出動が相次いでいたキング・ジョージ5世にドック入りの機会が中々訪れていなかっただけの話だ。
 だが、ロケット砲の換装計画は明らかに遅すぎたようだった。笠原大尉は何故か皮肉に思いながら乾いた笑みを浮かべかけてから、慌てて周囲を見渡して表情を引き締めていた。

 おそらく敵主砲弾が命中したのは第2砲塔の天蓋装甲だったのだろう。だがK部隊戦艦群とリシュリュー級はお互いに接近しつつあるから、この距離では水平面の装甲に対しては落角が浅くなって貫通距離は大きく低下していたはずだ。
 笠原大尉にはキング・ジョージ5世級戦艦の詳細な装甲厚は知らされていなかったが、常識的に考えれば備砲火力などを考慮すると最低でも150ミリ前後はあるはずだ。
 やはり常識的に考えればこれでは16インチクラスの砲弾では水平面を貫通するのは難しいはずだ。
 だから浅い角度で命中したリシュリュー級の主砲弾は装甲を貫通できずに、その場で構造的に破断されてしまったのではないのか。命中弾によって主砲塔内部が損傷する可能性は否定出来ないが、発砲が完全に不可能になるほどの損害ではないはずだ。


 しかし、本来なら敵主砲弾を難なく防いだはずのキング・ジョージ5世の第2砲塔には、上部に対空ロケット砲座が据え付けられていた。
 砲塔天蓋の分厚い装甲板に浅い角度で命中した敵主砲弾は、装甲を貫通出来なかったものの、構造としての強度が不足していたのか跳弾とはならずに表面で粉々に破砕されたのだろう。

 だが装甲板との衝撃で破砕されたとしても、命中した主砲弾は相当な存速を有していたから、運動量は莫大な物があったはずだ。
 破片一個あたりの質量は小さいから装甲に覆われた重要構造物を破壊する力はないが、発射時の圧力が小さいために薄肉の外殻しかもたないロケット砲弾など一瞬で破壊されてしまうはずだ。

 おそらく破砕された砲弾の破片の一部が、第2砲塔天蓋に配置されていた対空ロケット砲に命中したのだろう。膨大な運動エネルギーを持った破片を受け止めたロケット砲弾は、破片に持っていた運動量を一瞬にして熱量に転換されたのではないのか。
 その熱量に耐え切れずにロケット砲弾は架台内部で内蔵していた爆雷や、推進剤を爆発させた。もちろん簡易な構造の架台が推進剤だけならばともかく、弾頭である爆雷の爆発に耐えきれるはずはなかった。


 笠原大尉の記憶が正しければ、第2砲塔天蓋の対空ロケット砲は今回の戦闘で一発も発射していなかったはずだ。

 K部隊への通信文に記載されていた第1航空艦隊司令部の予想通りに、フランス艦隊がバレアレス海を抜け出すのとほぼ時を同じくしてシチリア島及びサルディーニャ島を発進したと思われる独仏空軍の航空戦力が攻勢に出ていた。


 だが、出撃してきた敵部隊のうちK部隊主力を襲撃できた機体は殆ど無かった。
 独仏連合航空部隊の戦力や質が劣っていたわけではなかった。特にヴィシー・フランス空軍はこの作戦にかなりの準備期間をかけていたらしく、出撃機数は少なくなかった。
 詳細は不明だが、ヴィシー・フランス空軍の主力機であるドヴォアチヌD.520には改良型と思われる高性能機が出現していたらしい。これまでの同空軍は休戦期の停滞によって一線級の戦闘機でも性能に劣る部分があったが、機体の改造で急速に性能を向上させようとしたのではないのか。

 しかし、出撃した独仏連合航空部隊は、主力艦隊を援護するためか戦闘機を中心とした部隊編成をとっていたらしい。
 これを迎撃する日本海軍第1航空艦隊から出撃した空母艦載機部隊もやはり戦闘機が中心だったから、シチリア海峡上空では電探搭載機に支援された両軍の戦闘機同士が制空権を争う激しい航空戦が行われたものの、お互いの艦隊や航空基地への攻撃は等閑に付されていた。

 数少ない艦隊への航空攻撃も、その殆どがK部隊ではなく、より北方に展開していた第1航空艦隊戦艦分艦隊に向けられていた。
 単純にサルディーニャ島に近い目標を狙ったのかもしれないが、むしろリシュリュー級よりも戦力的に劣るはずのダンケルク級戦艦と交戦中の第1航空艦隊戦艦分艦隊に戦力を集中させたという方が正しいのではないのか。

 数少ないK部隊上空までたどり着いた敵機も、第1航空艦隊航空分艦隊から派遣された上空直掩機によって阻止されていた。
 航空分艦隊は、迎撃に向かう日英2つの水上砲戦部隊への援護任務に隼鷹型空母2隻からなる第4航空戦隊を充てていたようだから、K部隊の上空からも直援の零式艦上戦闘機の姿が消えることはなかった。

 そのお陰で敵艦隊との接敵まで空襲の脅威からは逃れられたものの、危険物であるロケット砲弾を消費する機会もなくなっていたのだ。


 被弾によって発生した対空ロケット砲弾の爆発によって、連鎖的に架台内部に装填されていた計20発の残りの弾頭もごく短時間のうちに次々と誘爆して破片を撒き散らしていったはずだ。それが敵弾命中直後に艦橋を襲った閃光と衝撃をもたらしたのだろう。
 艦橋構造物そのものには大きな侵害が出ているとは思えないが、装甲で覆われた重要区画の外にも脆弱な機材は多数存在している。艦橋に設けられた見張所にも被害が出ているのではないのか。

 ―――もしかすると見張り員は全滅したのだろうか。
 一瞬、笠原大尉は悄然とした顔になったが、すぐに艦橋伝令の声が聞こえた。射撃指揮所からの報告らしい。
「砲術長より艦長、第2砲塔は先程の被弾により損傷、現在損害確認中、射撃指揮所はレーダーが故障したため主砲射撃指揮権限を後部予備射撃指揮所に移譲する。以降は砲術士が射撃指揮をとれ。副砲射撃指揮所は両用砲射撃用意……」
 艦橋伝令は高所電話の内容を律儀に伝えていたが、後半になるに従って首を傾げていた。
 殺気立った艦橋要員の殆どは気にもとめていなかったようだが、主砲射撃指揮所につめているはずの砲術長や砲術員達もだいぶ混乱しているのか、明らかに艦橋向けではない内容まで伝えてきていたからだ。


 だが、すぐに笠原大尉は気を取り直していた。直後にキング・ジョージ5世の主砲が再び火を吹いていたからだ。しかも、音響や衝撃の伝わりからして、後部の第3砲塔も射撃を行っているようだった。
 第2砲塔のみは射撃を停止しているが、元々第2砲塔は連装で門数が少ないから、キング・ジョージ5世の打撃力は全体で見ればそれほど低下していないし、ロケット砲弾の誘爆で主砲塔の機能が完全に損なわれたとも考えにくい。
 これから故障修理や負傷人員の交代で第2砲塔も射撃能力を回復することはありうるはずだった。

 主砲による殺人的なまでの轟音と衝撃に比べればずっとささやかだが、主砲射撃の影に隠れるように反対舷からも間隔の短い甲高い射撃音が聞こえ始めていた。
 笠原大尉は思わず愁眉を開いていた。どうやら両用砲の射撃も開始されたらしい。
 よく考えてみれば、砲自体の性能は同等であっても、たかだか5000トン程度の軽巡洋艦に搭載されている場合と戦艦に搭載されている場合では、艦体側の動揺の特性や射撃指揮装置の安定性、性能が違うのだから命中率も自然と異なってくるのではないのか。
 それにリシュリュー級と相対するのとは反対舷を向けているのだから、これまで被弾による損害は2隻のシュフラン級重巡洋艦に向けられた舷側にはないから、格下である重巡洋艦の8インチ砲であれば長時間耐久することも出来るかも知れなかった。


 だが、笠原大尉はまだ気がついていなかった。状況は大尉が考えているよりも悪化していた。

 被弾による衝撃から回復したのか、艦橋見張り員の声が聞こえたのは、キング・ジョージ5世による主砲射撃が再開された直後だった。
「プリンス・オブ・ウェールズ、脱落する」
 ほとんど悲鳴のような見張り員の声を聞きながら、笠原大尉は凍りついたように動きを止めていた。プリンス・オブ・ウェールズも同じタイミングで被弾していたのは把握していたが、その損害はキング・ジョージ5世よりも大きかったようだった。
ドヴォアチヌ D.525の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d525.html
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ