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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦18

 銃撃されたことによる衝撃は、わずかに遅れてやってきていた。もちろん被弾したわけではないのだから肉体的なものではなく、精神的なものだった。


 迂闊だった。少しでも考えてみれば貴重な重車両を装備しているのであろう機動反撃部隊が、車両の通行が可能かどうか探るためにサイドカーやオートバイ、あるいはキューベルワーゲンなどの軽車両を使用した少人数の偵察部隊を先行させるのは当然だった。
 その偵察部隊がデム軍曹たちを見つけたが、敵味方の識別に迷ったか誤認したのではないのか。

 ただし、至近距離に着弾したにも関わらず、デム軍曹は恐怖心を抱くことはなかった。軍曹たちを狙ったにせよ、威嚇射撃にせよ、いずれも中途半端な距離に着弾していたからだ。
 威嚇射撃のつもりならばもっと距離を取らないと危険だった。着弾と発射音のずれから射手とデム軍曹たちの距離はさほど離れていないはずだが、それでもよほど精度の高い銃と熟練射手との組み合わせでなければ、僅かに照準がずれていただけでも誤射が十分にありえたはずだ。
 そして、逆にデム軍曹たちを狙ったのであれば、この距離から初弾を外すのは腕が悪すぎるということになる。


 デム軍曹は、暗がりの向こう側に潜む射手の恐れを敏感に感じ取っていた。それは、激しい空中戦のさなかに、ふと感じたことのある感覚と同じものだった。
 ドイツ空軍の建軍開始とほぼ時を同じくして入隊したデム軍曹は、撃墜経験こそないものの、戦闘機乗りとしてはベテランの域に達していた。それに東部戦線や北アフリカ戦線では被撃墜経験とともに、幾度も激戦をくぐり抜けた経験も有していた。
 そのような戦闘の中、ときたま敵パイロットの感情が読み取れると感じる時が何度かあったのだ。

 もちろんデム軍曹は超能力者ではないのだから、別に相手の思考を覗き込んだわけではなかった。長年の戦闘経験から、撃ち込まれた銃弾の軌道や間隔、敵機の機動や風防越しに見える敵パイロットの動作などを無意識の内に脳裏で総合的に判断していたのだ。

 そして、その経験が姿を潜めた射手の怯えをデム軍曹に伝えていた。そのせいで剣呑な状況にも関わらず軍曹は脅威を感じなかったのだ。


 だが、これは相当に奇妙なことだった。今もかすかに聞こえる騒音から判断すれば、この街道を通過しようとしている部隊には、少なくない数の戦車か自走砲の類が含まれるはずだ。
 騒音は明らかに履帯によるものだったし、峠を通過してくぐもった反響は複数の音源が一斉に行動していることを示していた。
 シチリアに在島する戦力の中でこの種の重車両を装備した部隊はそれほど多くはなかったはずだ。殆どの師団は、少数の師団戦車隊ですら欠いているのではないのか。
 そのような貴重な装備を与えられたこの部隊は精鋭中の精鋭のはずだった。
 だから、デム軍曹にはその精鋭部隊の前衛が新兵のように怯えているのを不審に思っていたのだ。


 しかし、暗闇の中の突然の遭遇に怯えているのは正体の知れない偵察部隊だけではなかった。同道していたイタリア兵たちはもちろん、空軍地上要員までもが驚愕して逃げ出そうとしていた。
 考えてみればこれも当たり前だった。デム軍曹はこれまでの戦闘経験から偵察部隊の兵士の動きを読み取ったが、地上要員やイタリア兵達はそのような判断を即座に下せるだけの経験がなかったからだ。
 逆に至近距離への着弾を実際以上に脅威と感じ取ってしまったのではないのか。

 慌てて逃げ出そうとしている兵たちに、デム軍曹は一瞬唖然とした表情になってしまっていた。空中戦はともかく、地上戦闘の経験は軍曹自身にもそれほどあるわけではなかった。
 しかも軍歴はそれなりに長いが、階級はさほど高くないし、戦闘機隊は士官パイロットも多かったから、これまで部下を引率する経験は少なかった。だから同道していた兵士たちの予想外の動きに事前に気がつくことが出来なかった。


 だが、これは危険な状況だった。特に経験の少ない兵士の場合、相手が急な動きをとった場合に自分や仲間への脅威を過剰に評価して発砲に至る場合が少なくなかったからだ。


 東部戦線に従軍したデム軍曹は、開戦に前後して招集された練度の低い兵たちが、とても脅威になるとは思えない民間人を殺傷するのを目撃していたのだ。
 ナチス党が政権を握って再軍備を宣言するまで、ドイツ陸軍はワイマール共和国軍と呼ばれる上限10万人の、しかも徴兵が認められない小規模の軍隊でしかなかった。

 再軍備宣言からポーランド侵攻までは僅か四年間に過ぎなかったが、今次大戦の開戦となったポーランド戦ではドイツ国防軍は百万単位の大軍を動員させる大兵力に拡張していたのだ。


 もちろん無為無策で国防軍は規模の拡大を続けたわけではなかった。普通のやり方では十倍以上の兵力を抱え込んだとしても指揮官の不足や兵の訓練未了が相次いでいたはずだ。

 実際には、ワイマール共和国軍時代から慎重にドイツの国力に見合った規模の軍隊へと拡大する再軍備への備えが行われてきていた。
 招集された新兵をまとめて部隊の中核となる下士官層は、再軍備以前から部隊規模と比べて極端なほど確保されていたし、ヴェルサイユ条約で保有が制限されていた軍用機や戦車は、目的を偽ったり、密約を結んでいたソ連国内で密かに開発が進められていた。
 その他の重、軽機関銃などは国外に技術者を移住させて外国企業で開発を進めていたし、日本帝国などへの潜水艦や航空機の製造技術移転を通じて技術者の維持にも務めていた。

 このようにナチス党が政権を握る前から、ドイツ軍は総意としてヴェルサイユ条約の抜け道を探していたのだが、それでも四年間で十倍の規模拡大には無理があったはずだ。
 ポーランドへの侵攻では大きな問題は生じなかったが、フランス戦では既に一部の部隊は訓練未了の兵が含まれていたらしい。
 激戦の続く東部戦線では当然それ以上の兵員不足が深刻化しており、艦艇の減少で余剰となった海軍兵の陸軍への転属や、空軍の地上要員で編成された空軍野戦師団の新設が行われたのも損害が深刻化した国防軍の戦力を補うためだった。

 もしも前方の偵察部隊の兵たちがそのような新兵たちであれば、ばらばらに逃げ出そうとするイタリア兵や空軍地上要員の急動作を誤認して発砲してしまうのではないのか。


 慌ててデム軍曹は声を上げていた。ほとんど叫ぶようだった。
「まて、撃つな、味方だ。そいつらを逃がすな。お前らも逃げるな。後ろから撃たれるぞ」
 気が付かない内にデム軍曹も混乱していた。言っていることはほとんど支離滅裂だった。
 どれが誰に向かっていっているのか、自分でもよくわかっていなかったが、それでもイタリア兵はともかく、地上要員は何とか事態を理解したらしく、イタリア人たちを抑えこもうとしていた。


 だが、半ば恐慌状態に陥ったデム軍曹たちに対して、逆に偵察部隊の兵たちは冷静さを取り戻していたようだった。目の前で自分達以上に醜態を晒す軍曹達を見て、我に返ったのかもしれない。

 そして、その一人がおずおずとした様子で声をかけた。
「あんたの顔覚えているぞ。確かライミーの爆撃を食らってイタリアの駅で足止めをしていた時だ」
 デム軍曹は慌てて振り返っていた。意外なほど近くの闇溜まりから、MP43を抱えて空軍の作業衣である飛行上衣の上から、着古してぼろぼろになった武装親衛隊用の迷彩スモックを無造作に羽織った兵士が、姿を表していた。

 それほど特徴的な顔ではなく、名前も思い出せなかったが、確かにデム軍曹がシチリア島に赴任する途中で出会ったヘルマン・ゲーリング師団の兵士のように見えていた。
 だが、相当の古参兵であるはずの兵士は、戦闘前だというのに疲れきって怯えた表情をしていた。
 一体この部隊に何があったのか、デム軍曹は怪訝に思っていた。




 デム軍曹たちは、偵察部隊の兵の一人に連れられて、すぐ後方を移動していたこの部隊の本部に連れて行かれた。残りの兵たちはそのまま前方の警戒を続けることになるが、彼らがやけにデム軍曹たちを案内する兵を羨ましそうな目でいたのが奇妙だった。

 その兵に道すがら聞いてみると、やはりこの部隊はドイツ空軍に所属するヘルマン・ゲーリング師団指揮下の部隊だった。
 ただし、師団主力は随伴していなかった。現在ヘルマン・ゲーリング師団はいくつかの諸兵科連合の戦闘団を編成していた。師団司令部は事態が錯綜しているために、予備戦力とともに野営地にとどまっているらしい。


 戦闘団の中で、最大戦力を与えられたのはシュマルツとかいう大佐が指揮官であるシュマルツ戦闘団で、その部隊は2個歩兵連隊を主力に、機械化された砲兵や戦車部隊で補強された有力な部隊だった。

 ただし、シュマルツ戦闘団がこの方面の戦闘に介入する可能性は低かった。シュマルツ戦闘団はシチリア島南東部の防衛戦力を補強するために、エンナを挟んでシチリア島の反対側に位置するエトナ山の麓近くに分派されていたらしい。
 詳細は不明だが、南東岸のシラクサ周辺にはカタニアを目標としていると思われる有力な敵部隊が上陸を行ったらしい。ジェーラからリカタに掛けての南西岸に上陸したのはどうやら日本軍を主力とする部隊であるらしいから、そちらに出現したのは英国軍ではないのか。

 エトナ山からシチリア島南端までの間に展開している部隊は、シュマルツ戦闘団を除けば海岸陣地に展開する沿岸警備師団とイタリア陸軍ナポリ師団しかなかった。
 沿岸警備師団はもちろん、ナポリ師団も再編成中で実戦力は低いと見られていたから、装甲兵員輸送車を多数装備する装甲擲弾兵部隊を、更に戦車隊で補強したシュマルツ戦闘団は、実質上この方面の主力であるはずだ。

 そのような位置づけを与えられた部隊だったから、この戦闘中にシュマルツ戦闘団が師団本隊と合流する可能性は低かったのだ。もしもシュマルツ戦闘団がヘルマン・ゲーリング師団本体と合流することがあるとすれば、島内の北部まで戦線を後退させて整理させた時になるだろう。


 だが、デム軍曹たちが遭遇した部隊も、規模はシュマルツ戦闘団よりも小さいが、決して戦力は低くはなかった。

 基幹戦力となるのはヘルマン・ゲーリング戦車連隊から抽出された一個戦車大隊だった。大隊が装備する戦車は長砲身の75ミリ砲を装備した四号G型だったが、以前爆撃で足止めされた駅の構内でデム軍曹が聞いたとおりに、大隊本部と一個中隊は最新の五号パンターを装備していた。
 戦闘団にはこの一個戦車大隊を中核に、装甲擲弾兵が一個大隊弱と2cm対空砲を備えた対空自走砲を装備する高射砲中隊が配属されているらしい。

 たしかにこの戦力は装甲化されたヘルマン・ゲーリング師団全体、あるいは2個装甲擲弾兵連隊を中核とするシュマルツ戦闘団に比べれば小さいが、戦車隊だけではなく、擲弾兵や高射砲中隊も半装軌の装甲車であるSd.Kfz.251の歩兵輸送型、対空自走砲型をそれぞれ装備していたから、機動力は高かった。
 戦闘団の後方にはヘルマン・ゲーリング師団主隊、更には周辺に展開する第15装甲擲弾兵師団残余とイタリア軍の第4リヴォルノ強襲上陸歩兵師団から抽出された部隊が後続する予定だという話だった。
 つまり、この戦闘団は反攻作戦の主力というよりも、その前衛部隊として捉えるべきなのだろう。

 前衛と言っても、戦闘団自体の戦力も無視できなかった。砲兵部隊は配属されていなかったから、砲火力は少なかったが、装甲擲弾兵は一個中隊が他隊に抽出された代わりに歩兵砲と迫撃砲が配属されていたから、攻撃前の煙幕弾による支援や最低限の砲火力の提供は出来るはずだった。
 もちろん、迫撃砲や歩兵砲もSd.kfz.251に搭載された自走砲型や牽引砲だったから、主力である戦車に追随することが可能だった。
 陣地に寄っての防御戦闘となれば分が悪いが、機動力を活かして上陸直後の敵部隊の弱点を突くような作戦が取れれば、この戦闘団だけでも相当の戦果を上げることが出来るのではないのか。


 この部隊はベルガルド戦闘団と呼称されていた。戦闘団は固有の編制ではなく、上級指揮官の判断で各隊から抽出された戦力によって戦局ごとに臨時編成されるものだから、通常は指揮官の名前をつけられることが多かった。
 装甲擲弾兵大隊は一個中隊を他の戦闘団に抽出して欠員となっていたし、部隊編成からして機動力と火力を併せ持つ戦車を中核としているのだから、戦闘団の指揮官は戦車大隊の大隊長が務めているはずだ。
 おそらく、その大隊長がベルガルドというのだろう。大隊指揮官だから、ベルガルド少佐なのではないのか。

 以前このヘルマン・ゲーリング師団の兵を見知った時に出会った指揮官はハインリヒ大尉といったはずだが、おそらく彼は階級からしてその指揮下の中隊長なのだろう。

 デム軍曹が歩きながらそう推測していると、不意に林の影で小休止していた部隊の姿が目に入っていた。
 少休止中でエンジン音が小さかったとはいえ、何十両もの重車両が警戒配置のまま並んでいる姿は圧巻だった。このような有力な部隊さえあれば敵上陸部隊など容易に捻り潰せるのではないのか。何の根拠もなしにデム軍曹がそう考えてしまったほどだ。

 並んで待機しているのは戦車や半装軌車といった戦闘車両だけではなかった。おそらく戦車連隊から配属されたのだろう、予備部品や整備用の機材を積んだ段列の巨大な牽引車がそこには混じっており、小休止による停車を利用して暗がりの中、減光した懐中電灯を頼りに戦車の駆動装置周りに群がる兵の姿も見えた。


 その部隊を見ていたデム軍曹の視線が一点で静止した。よくわからないが、特に多くの兵が群がっている戦車は、以前駅でみたパンターや四号よりも大きく、小山のように見えていた。

 振り返った案内の兵がその様子に気がつくと、得意げな顔になっていた。
「凄いだろう。陸軍の第504重戦車大隊から増援で来てくれたティーガー戦車だぜ。朝になったら、こいつを先頭にして突っ込むんだ。日本人共も度肝を抜くぜ」

 しかし、その兵の笑みはすぐに凍りついていた。戦車の陰から無遠慮な大声が聞こえてきたからだ。
「また斥候からの連絡が途絶えただと。これで何度目だ。空軍の兵士は戦争の仕方も知らんのか。これでは夜明けまでに攻撃発起点まで辿りつけんではないのか」
 戦闘団の中でも相当に上級の指揮官が叱責の声を上げているようだったが、デム軍曹も周囲の兵もそのことよりも、聞こえてきた声の中身のほうに気を取られて動きを止めていた。
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