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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦13

 目標である衛兵所は、厨川大尉が潜む疎林のすぐ先にあった。その衛兵所が担当しているのはシチリア島在住のイタリア軍を指揮するイタリア第6軍が司令部を置くエンナから島の南部に向かう街道の監視だった。

 この街道は平時から主要道路として整備されており、ここからさらに南下すれば南西岸のジェーラや南端のパキノにそれぞれ向かう街道に分岐する三叉路にたどり着くはずだった。
 シチリア島内でも大規模な市街地を持つ主要都市であるその二箇所に日英を主力とする国際連盟軍が上陸を開始した今、エンナとの後方連絡線となる街道の重要性は増していた。


 衛兵所は街道を封鎖できる位置に設けられていた。付近には湖があるせいで街道は大きく蛇行しており、その地形を最大限利用して石造りの衛兵所は街道を効果的に射界におさめる位置に機関銃座を設けていた。
 シチリア島南岸を占拠した部隊が北上してきた際には、守備隊が少人数であっても手こずらされるのではないのか。

 ただし、この衛兵所が単なる街道の監視所ではなく、陣地として有効利用できるのは敵部隊が街道を北上してきた場合だけだった。機銃座前方は射撃を妨害しないように一部の森が伐採されて射界が開けていた上に、巧みに遮蔽されていたから下手をすれば至近距離から射撃を受けないかぎりその存在にも気が付かれない可能性もあった。
 そのように精緻を極める築城技術が用いられる一方で、北側からの接近には注意を払った形跡がまるでなかった。機関銃座も後方となる北方側は大きく開けていたから遠距離からでもその存在を察知することができていた。
 エンナ周辺に隠密降下した厨川大尉たちが攻撃目標にこの衛兵所を最初に選んだのもそれが理由の一つだった。周囲長5キロ程度しかなさそうな小さなペルグーサ湖の湖畔から森林の中をまるでトンネルのように続く小径を辿って密かに接近することができていたのだ。

 概して手抜き感のある衛兵所だったが、その構造をよく観察するといかにも急増らしい箇所と時間をかけて念入りに構築された箇所が綺麗に分かれていた。おそらくは当初はここは単なる監視拠点でしかなかったのだろう。
 それが北アフリカ戦線の戦局悪化によってシチリア島にも危険が及ぶようになったから野戦陣地としての機能が追加されたのではないのか。
 どこかちぐはぐさを感じさせる陣地を近くから監視しながら厨川大尉はそう結論づけていた。


 ―――はるか高高度を飛行する偵察機から撮影した写真を見るのと、実際に自分の目で見るのとでこんなに差があるとはな……

 厨川大尉は、複雑な表情でエンナのイタリア第6軍司令部という本来の目標が何らかの理由で攻撃できなかった際の代替目標である衛兵所を見つめていた。
 出撃前の慌ただしい雰囲気で行われた作戦会議でこの衛兵所を代替目標の一つに選定したのは厨川大尉自身だった。エンナ周辺を飛行した百式司令部偵察機が撮影した偵察写真を精査している内に周辺の兵員の不審な動きからこの衛兵所を発見していたのだ。

 今回の作戦で特務遊撃隊が配属された機動旅団の任務は空中挺進による遊撃戦の実施、つまり敵前線後方の撹乱、陽動にあった。主力部隊に先んじて、あるいは同時に敵司令部や補給線といった最前線に展開する主力部隊以外の目標に奇襲をかけることで敵兵力への撹乱や、敵軍司令官の誤認を誘うのだ。


 特務遊撃隊は、奉天派軍閥による満州地方の統一という形で進んだ満州共和国の建国期に活躍した馬賊上がりの部隊で、今次大戦開戦前は国民党と中国共産党との間で泥沼の内戦が続いている中華民国本国との実質上の国境線となった地帯において、中国共産党の浸透への対処や逆浸透作戦を行っていた。
 だから実戦経験という意味では特務遊撃隊の隊員達は国際連盟軍の中でも豊富な方だったが、部隊単独ではなく、このように大掛かりな作戦の中で正規軍を支援するために遊撃戦を展開するのは初めてだった。

 そのために襲撃目標も部隊としての戦果がどうかという視点ではなく、上陸部隊への支援効果が最大となるものを選択したつもりだった。
 極論すれば敵兵士を一人も殺傷させることが出来なくても構わないのだ。実際の損害の大小よりも、安全なはずの司令部や後方連絡線が襲撃されたという事実自体が重要だったからだ。


 本来の標的であったエンナに展開するイタリア第6軍司令部への襲撃は、当然この前提に従ったものだった。
 特務遊撃隊は正規軍で言えば一個中隊にも劣る戦力しかないから、イタリア軍だけで10個師団を超えるシチリア島に在住する防衛部隊を統括する第6軍司令部を占拠することなど出来ないから襲撃は短時間で終了するのが前提だった。
 それでも最大限の戦果を得る為に、重擲弾筒や試製噴進砲といった重火器を投入する予定だった。

 重擲弾筒は、小銃に装着して小銃弾の発射による圧力で手榴弾を放つ簡易な擲弾器と、曲射歩兵砲として大隊や連隊の支援火器となる迫撃砲の中間となる兵器だった。
 日本軍の場合は歩兵小隊を軽機関銃を火力の基幹とする機関銃分隊と、これを曲射弾道で支援する擲弾筒分隊で構成するのが基本だった。

 試製噴進砲は、その名の通り噴進弾を発射する制式化前の火器だが、制式化自体はすでに決定されて本国での量産も開始されており、今回の作戦では実戦での試験運用を行うとの名目で尚少佐が伝を頼って借り受けてきたらしい。

 初速が遅い割に弾体が大きいものだから風に流されやすく、自己推進式の砲弾の飛翔中の安定化もそれほど良くなかったから、特に遠距離での命中率はさほど高くはなかったが、噴進砲はその特性から発射時に砲身に掛かる圧力が低く、駐退機などの反動抑制装置も必要ないために本体は軽量にまとめられており、空中挺進部隊でも野砲並の大口径砲を運用できるという利点は小さくなかった。

 重擲弾筒も噴進砲も弾薬が嵩張るから持ち込めた砲弾数はさほど多くはなかったが、短時間の襲撃と割り切れば十分な量だった。どのみちかさばる噴進弾や擲弾は撤退の時邪魔になる。
 おそらく本命のイタリア第6軍司令部も、他の代替目標も、後方の拠点とはいえ警備は厳重なはずだ。逆に枢軸軍が厳重に警備しなければならない場所だからこそ襲撃する価値があると考えるべきだった。

 別に内部に潜入しようと言うのでもなければ、長期的な占領を行おうというわけでは無かった。相手の人員機材に致命的な損害を与える必要もないのだから、警戒線の外側から噴進砲や重擲弾筒の持ち込んだ全砲弾を短時間の内に撃ちこんでしまえばいいだけだ。
 重擲弾筒も噴進砲も着弾時の衝撃や威力は小さくないから、適当に着弾点をずらしていけば、相当な規模の部隊が後方に侵入してきたと誤認させるのは難しくないはずだった。


 しかし、戦力が半減した今、元から大して多いとはいえない特務遊撃隊では本来の標的であったエンナのイタリア第6軍司令部を襲撃するのは不可能だった。
 単に兵員数が半減しただけではない。大隊長である尚少佐が把握しやすいように重火器の大半はもう一つの小隊に分配してしまっていたからだ。
 もちろん残った火器だけで襲撃をかけること自体はできるが、危険性は格段に跳ね上がるはずだ。
 問題は火力が低下することだけではない。こちらの火力が少なければ、こちらを少数と侮った敵防衛部隊がかさにかかって攻めてくるかもしれないのだ。短時間の内に一気に持てる火力を叩きつけるのは、こちらの規模を大きく誤認させて敵部隊に慎重な行動を強制させるためでもあるのだ。

 火力が減少した以上は、枢軸軍に与える影響は少ないもののより安全に襲撃が可能な地点を、できるだけ多く攻撃して敵警備部隊の注意を引き付けるしか無かった。
 そこで最前線となるであろう箇所と司令部との連絡線を遮断しうるこの衛兵所を代替目標に選択したのだ。この箇所ならばどうやら頑丈に築城されているようだから少数の部隊でもある程度の時間は連絡線を遮断できると考えたのだ。
 占領したうえで、奪還にくる防衛部隊に今度こそ短時間で最大火力を叩きこんで慎重な追撃を強要したうえで本隊は撤退してしまうのだ。


 だが、厨川大尉が間近で再確認した衛兵所の防備態勢は意外なほど脆弱で、一戦交えることも難しそうだった。
 ここに陣地を構築したイタリア軍ならば防衛体制の弱点も把握しているだろうから、長期間の占拠が不可能だったのは想定外だったが、単に撤退までの時間が早まっただけと考えるしか無かった。

 幸いな事に小隊には拳銃や短機関銃の他に、長射程、高精度の狙撃銃も残されていたから、特務遊撃隊の隊員ならば少数の別働隊でも主導権さえ渡さなければ山がちな地形を最大限利用して効果的な遅滞行動を行うことは難しくなかった。
 今現在、特務遊撃隊にできるのは、小さな混乱でも可能な限り広範囲に広めて敵司令官を困惑させることだけだった。


 降下目的地に辿り着かなかった尚少佐達のことはあまり心配していなかった。というよりも、厨川大尉達に出来ることは何も無かったのだ。
 一度落下傘で降下した部隊を回収する手段は無かった。無線機も用意していたが、空中線出力の低い簡易なものだから、見晴らしの良い地形に出ても送信距離はそれほど伸びなかった。真上を友軍機が通過しないかぎり通信は不可能だった。
 だから後方に尚少佐達の行方を尋ねることも出来なかった。

 シチリア島への上陸作戦そのものが何らかの理由で中止された際には、一〇〇式司令部偵察機が連絡機として飛来して無線で中止命令を短時間の間発振する手筈だった。
 だが、その場合は自力で沿岸まで脱出して回収用の伊号潜水艦と合流しなければならなかった。
 輸送潜水艦として建造された伊361号潜であれば一個中隊程度は輸送できるし、水偵を搭載する甲型や乙型の巡洋潜水艦でも格納庫を転用すれば特務遊撃隊程度の小部隊の輸送は短時間と割り切れば不可能では無かった。
 しかし、敵国の沿岸まで対潜部隊を振りきって大型の伊号潜を接近させるだけでも危険を伴うはずだった。


 逆に言えば、中止命令が出ないかぎりは特務遊撃隊の作戦行動を掣肘するものはいなかった。実のところ、降下目的地に辿りつけなかったとしても、それが即彼らが危険な目にあっているとは言えなかった。

 部隊の輸送に使用した一式重爆撃機は、日本陸軍で現在は唯一の大型四発機だった。
 一式重爆撃機は爆弾搭載量や航続距離よりも速度や防御火力、防弾板を充実させて頑丈な機体を目指したものだった。
 英国空軍の四発爆撃機と比べると爆弾搭載量は少ないが、それは仮想敵であるソ連に対して航空機保有数で劣るために、防御の充実した敵航空基地への強襲となる航空撃滅戦を基本戦術とせざるを得ない日本陸軍と、戦略爆撃を重要視したトレンチャード卿が強い影響を与えた英国空軍との戦略思想の違いによるものだった。
 確かに一式重爆撃機は機体規模の割に打撃力は低いが、それだけに撃たれ強さには定評があった。被弾して多少の機能が損なわれたとしても、基地までたどり着ける高い信頼性があったのだ。

 だから仮に尚少佐を輸送した一式重爆撃機が被弾したとしても、それが部隊の喪失、つまりは機体の撃墜に繋がるとはいえなかったのだ。
 尚少佐達を載せたまま基地に引き返した可能性もあるし、仮に基地まで辿りつけないほどの損害だったとしても、一式重爆撃機の機体は頑丈だし安定性も高いから、輸送中の部隊や乗員たちを脱出させていたかもしれない。


 可能性だけならばいろいろと考えられたが、結局は美雨が最後にこう言って降下地点で議論を始めた特務遊撃隊の隊員たちを納得させていた。
「尚兄貴を何とかできる相手がそうそういるとも思えないけどね。僕は兄貴に後で叱られたくないからさっさと動くことにするよ。兄貴に叱られたくない奴だけついてきな」
 他の隊員達がそれを聞いて納得したような顔で慌てて出発の支度をしているのを見て、厨川大尉は美雨の人心掌握術として感心すればいいのか、それとも単に特務遊撃隊の隊員たちが物事を深く考えないだけなのか、どう判断すればいいのかわからずに首を傾げていたが、すぐに苦笑することになった。
「それで、和兄ィ。僕達はまずどこへ向かえば良いんだい」
 やはり何も考えていなさそうな美雨に苦笑しながら、厨川大尉は怒る気力も起きずに代替目標の説明を始めていた。
 その最初の代替目標こそがこの衛兵所だった。


 エンナからはここまでは大した距離はないはずだったが、意外なほど高低差のあるシチリア島の山がちな地形のせいでこの場所からイタリア第6軍が司令部を設けているというロンバルディア城を直接視認することは出来なかった。
 直線距離では5キロ程度しかないのに、極端な高低差やペルグーサ湖を避けて街道が曲がりくねっているせいで、エンナから街道を通れば実際の距離はもっと長かった。
 厨川大尉たちは街道を避けてエンナ周辺の降下地点から密かにこの場所まで移動してきたのだが、すでに夜が明けて周囲は明るくなってしまっていた。

 昨日は天候も荒れ模様であったのだが、昨晩の夜半から急速に回復し始めており、今日は朝から快晴だった。
 日英両軍による揚陸が開始された上陸岸では、今頃大発や水陸両用貨車が艦砲射撃の援護のもとで忙しく海岸と揚陸艦の間を往復しているのではないのか。

 そういえば、今朝早くに始まった艦砲射撃の様子が変化しているような気がしていた。夜の間から遠く雷鳴のようにおどろおどろしい音が南方の上陸岸の方から聞こえていたのだが、その砲撃音は一度やんだあと、しばらくしてから再開していた。
 ただし、その様子は最初とは違っていた。厨川大尉もうまく説明できなかったが、発砲の感覚が間延びしているような気がするし、一発あたりの音も変化しているような気がする。

 おそらく、第一波の揚陸が行われたことで、沿岸に向けられていた火力が一時的に停止していたのだろう。それが再開したのは、より内陸部の標的に砲撃目標が変更されたのではないのか。
 そして上陸部隊の障害となる沿岸陣地をまんべんなく吹き飛ばすのではく、内陸に残された堅硬な目標に変更されたから一つづつ狙って着弾観測を行うことになって射撃間隔が伸びたのではないのか。
 陸軍歩兵科の厨川大尉には艦砲射撃のことはよくわからないが、陸軍の大口径砲とそれほど扱いが違うわけではないだろう。


 厨川大尉は、上陸が開始されている中で自分たちが未だ何の戦果を挙げていないことに焦る気持ちを抑えながら、目標である衛兵所に視線を戻していた。襲撃を開始する時間まであとすこしだった。
一〇〇式司令部偵察機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr3.html
三式噴進砲の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3atr.html
伊351型潜水艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ssi351.html
一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
大発動艇の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lvl.html
水陸両用自動貨車スキ車設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/sukisya.html
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