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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦11

 第1航空艦隊司令長官である南雲中将は、遣欧艦隊がユダヤ人移送計画のために第2艦隊を中核に臨時編成された当初から指揮官として着任していた。
 その間に幾度かの異動時期があったから、もう転出してもおかしくはないのだが、適任者が不在だったのか、それとも相次ぐ戦闘で指揮官交代の機会を失していたのか、臨時編成された艦隊の司令長官としては異例なほど就任期間は長かった。
 ただし、南雲中将が着任してから今次大戦への日本帝国の参戦を受けて第1航空艦隊の規模は拡大していく一方だったから、艦隊司令長官としての格は上がり続けていたとも言えた。


 指揮官の交代こそなかったが、第1航空艦隊司令部の他の参謀たちは編成当初からいくらか入れ替わっていた。特に先のマルタ島沖海戦以後の人事異動は、遣欧艦隊司令部の設立と前後したものだから大規模なものとなっており、参謀長も本国に転出した草鹿少将から、加来少将に変わっていた。
 加来少将は以前は第1航空艦隊の指揮下にあった航空母艦飛龍の艦長職を務めており、昇進と同時の参謀長就任であり、前任者の草鹿少将と同じく日本海軍の航空将校の草分け的な存在であることを買われた人事だったのだろう。
 第1航空艦隊には日本海軍の大型空母が集中配備されていたが、司令長官である南雲中将はもともと水雷畑で航空戦術には詳しくなかった。それで参謀長にはそれを補佐するために航空畑のものを登用したのではないのか。

 ただし、同じ航空畑ではあっても剣の達人でもある草鹿少将が茫漠たるように見えて柔軟さと粘り強さを併せ持った性格なのに対して、加来少将は強引なほどの航空主兵論者で、一本筋というよりも一直線なだけだとも陰で噂されていた。
 あるいは、加来少将は以前の直属上官である山口少将の影響を強く受けていたのかもしれない。


 マルタ島沖海戦終盤において水上砲戦部隊を直率していた南雲中将の代理として航空戦隊群の指揮権を移譲されていた山口少将は、航空戦に関しては慎重だった南雲中将の意向を半ば無視してシチリア島に展開していたドイツ空軍第2航空艦隊に対して積極的な攻撃に転じていた。

 だが、この積極策は結果から見れば誤りだった。
 マルタ島沖海戦が起こった前日、逆に第1航空艦隊主力を襲った独伊空軍は、直掩機や防空巡洋艦の集中、航空機搭載電探の活用といった防御策を日本海軍が取り入れていたこともあって、一日の戦闘結果としては大きな損害を被っていたが、シチリア島に点在する航空基地への第1航空艦隊単独での強襲は、結局は前日の航空戦を攻守を入れ替えて再現しただけだった。

 この時の独断専行を問われて、実質上山口少将は左遷される形で遣欧艦隊を離れていたが、その指揮下にあって薫陶を受けていた加来少将は、その無念を晴らすと周囲に漏らしていたらしい。


 村松少佐が二人の待つ海図台の前に立つと、南雲中将は顔を上げてまっすぐに少佐の目を見つめながらいった。
「情勢が変化したことは少佐も聞いているだろう。ヴィシー・フランス艦隊の出撃は今回の作戦前にも検討されていたが、これほど大規模なものは想定していなかった。そこで少佐に確認しておきたいのだが……」
 そこで南雲中将は口を濁していた。村松少佐は平然として表情を作って次を促したが、加来参謀長は面白くなさそうな顔で南雲中将と村松少佐の顔を交互に見ていた。
「これで状況は変化したわけだが、これでも残存するイタリア艦隊が出撃することはないと考えて良いのだろうか」
 南雲中将は言い終えたあとも村松少佐の目を見つめていた。


 遣欧艦隊司令部がイタリア王国中枢において勢力を拡大しつつある講和派の存在を知ったのは、シチリア上陸作戦が立案され始めた頃だった。
 北アフリカ戦線においてエル・アラメイン攻防戦に敗北した枢軸軍が後退を開始した頃に、講和派に属する将官が国際連盟軍に接触を求めてきたというが、高度に政治が絡む話らしく、詳細は村松少佐も聞いていなかった。

 いずれにせよ、長期に渡る戦争に疲弊した国民の現指導者層への反感を背景に、王室や宗教関係者を中心としたイタリア王国内部の保守派のみならず、一部のファシスト党穏健派の間にまで講和への動きが広まっているのは事実らしい。
 そして、その講和派から国際連盟軍上層部にもたらされた情報の一つが、今回のシチリア上陸作戦において再建されつつあるイタリア艦隊が出撃を見送るというものだった。


 村松少佐は、アレクサンドリアで捕虜となったイタリア軍将兵で編成されつつあるイタリア解放軍の要員から聞かされた説明を思い出しながら、南雲中将にいった。
「出撃したフランス艦隊の規模は確かに予想外でしたが、状況の変化はさほど大きくはないと思われます。イタリア国内の情報源からの連絡は何も入っていないようですので、この作戦行動は我々の上陸作戦に連動したものではなく、フランス海軍独自の動きであるかとも思われます。
 いずれにせよ、今回の作戦行動中にイタリア海軍主力が出撃することはありえません。何らかの齟齬があり万が一艦隊主力が出撃することがあれば、事前にイタリア国内の複数の情報源から警告が入るはずですが、今のところ入電はありません。
 現地、シラクサ及びパレルモに駐留する部隊の単独出撃はありえますが、魚雷艇あるいは砲艇装備ですので……」

 最後まで村松少佐が言い終わる前に、さして納得した様子もなしに南雲中将が手で制した。
「イタリア海軍の出撃がないとわかればそれで十分だ。魚雷艇隊程度であれば、輸送分艦隊直掩の5水戦で対応できるか……」
 独り言のようにつぶやいた南雲中将に、村松少佐は呆気にとられたように目を見開いていた。

 第2艦隊隷下で水雷戦力の切り札として扱われていた第2水雷戦隊を筆頭に、平時から吹雪型以降の航洋力の高い艦隊型大型駆逐艦ばかりで編制されていた第1から第4までの水雷戦隊とは異なり、開戦後に空母部隊の護衛などに新たに編成された第5水雷戦隊は指揮下の駆逐隊が2個と少なく、また各隊に所属する駆逐艦も船団護衛などに従事する為に建造された松型駆逐艦や旧式艦ばかりだった。
 ただし、輸送分艦隊には第5水雷戦隊の他に、分艦隊司令官の西村少将が直率する駆逐隊単位で陸海軍の特殊船や輸送艦の直援を行っている松型駆逐艦もあるし、高速輸送艦である一等輸送艦も松型駆逐艦の設計を流用した為に、上陸部隊を搭載した大発や特二式内火艇ごと泛水して身軽になれば自衛戦闘程度は十分に可能だから、輸送分艦隊だけでも魚雷艇や水雷艇程度の小規模な部隊であれば充分に蹴散らせるはずだった。

 だが、南雲中将は戦闘部隊をすべてフランス艦隊の迎撃に充てるつもりなのだろうか、村松少佐は怪訝に思って中将の顔を見つめた。この作戦中の第1航空艦隊の任務はあくまでも陸海軍上陸部隊に支援を行うことだった。
 南雲中将の発言は、積極的すぎるのではないのか。言い換えれば、戦略目的であるシチリア島への上陸と戦術目的である敵艦隊の殲滅の重要度を取り違えているとも言える。


 しかし、村松少佐が疑問を口にするよりも早く、加来参謀長が不満そうな声で言った。
「そのイタリア国内の情報源というのは信用できるのか。敵の謀略に踊らされているということはないのか」
 村松少佐は戸惑ったような顔で加来参謀長に振り返りかけたが、それよりも早く南雲中将が鋭い目で参謀長に見ながら口を開いていた。
「外交情報の真偽を検証するのは我々でも遣欧艦隊司令部の任務でもない。というよりも手持ちの情報だけで判断するのは我々の手には余る作業だろう。信用しすぎるのも問題だが、この件で少佐に文句を言っても仕方があるまい。それよりも今後の方針を早く決めなくてはならんだろう」
 ぴしゃりとそう言うと、南雲中将は指揮所の中央に置かれた態勢表示板に向き直っていた。

 シチリア島南西岸沖に展開する艦隊を中心に周囲の状況を再現していた表示板には、いつの間にかフランス艦隊の現在位置や編成情報が表示されていた。それを横目で見ながら、不満そうな態度を押し殺しながら加来参謀長は勢い良く言った。
「原中将に……航空分艦隊に命じて攻撃隊を出しましょう。1時間もあれば各航空戦隊から半数、計200機程度の攻撃隊は編成できるはずです。幸いフランス艦隊は空母を随伴していませんから、今なら敵艦隊を一方的に先制できます」
 加来参謀長は言い終わると、判断を迫るようにじっと南雲中将の顔を見つめた。

 航空主兵論者の加来参謀長としては、艦隊航空戦力を持たない純粋な水上砲戦部隊である今回のフランス艦隊を航空戦力のみで撃退することで航空機の威力を示したいのではないのか。
 それに日本海軍の艦載機は航続距離が長いから、シチリア島近海のこの海域に留まったままでも、いまだサルディーニャ島西南海域を東進中の敵艦隊を攻撃圏内に収めることが出来るはずだった。


 しかし、南雲中将は態勢表示板の脇に掲示されていた航空分艦隊の現状を示す書類に素早く目を通すと首を横に振った。加来参謀長がその様子を見て眉をしかめながら反論しようとしたが、南雲中将は淡々とした口調でいった。
「駄目だ。攻撃隊を出したとしても肝心の攻撃力が低すぎる。今回の作戦では対地攻撃が主任務となると想定していたから、艦載機は艦爆隊が主力だったはずだ。それに各艦の弾庫に格納された爆弾は陸上攻撃用の陸用爆弾ばかりなのではないのかな。それでは駆逐艦程度はともかく、巡洋艦以上には有効打を与えられないだろう」

 村松少佐は南雲中将の説明を聞きながら、問題はそれだけではないと考えていた。
 今回のシチリア上陸作戦で用意された陸用爆弾は、中将の言うとおりに陸上攻撃用の爆弾で爆風効果を増やすために炸薬量は多いが、弾体が薄いから分厚い装甲に命中した場合は、装甲を貫通する前に表面で起爆してしまうために対装甲目標には向いていなかった。
 だが、それ以前に攻撃隊の戦力評価の点で、最近になって航空戦隊に分乗する航空隊の機種ごとの定数に変化が生じていたことも無視できなかった。


 定数見直しのきっかけとなったのは昨年度のマルタ島沖海戦における損害だった。
 乏しい補給線の先端でかろうじて戦力を維持し続けている北アフリカ戦線のドイツ空軍を相手にしていた第1航空艦隊の艦隊航空戦力は、マルタ島沖海戦において初めて本国並みの補給整備を受けて完全状態にあるドイツ空軍航空艦隊と本格的に交戦した。

 航空戦のみで赤城と龍驤の2空母が撃沈されたほか、敵攻撃隊に随伴する護衛戦闘機隊との戦闘で撃墜された艦上戦闘機、敵防空部隊に撃破された艦攻、艦爆といった航空隊の損害も少なくなかった。
 第1航空艦隊が敵航空戦力に与えた損害も少なくないはずだったが、それ以上にドイツ空軍の戦力は強大だったのだ。

 この大損害を受けて、マルタ島沖海戦後に日本海軍がまとめた戦訓は、母艦航空隊から攻撃機を減らす代わりに戦闘機の搭載数を増大させることだった。艦上攻撃機は大重量の爆弾や魚雷を搭載できる打撃力の大きな機種だが、その一方で鈍重さから防御に回ると脆弱さを見せることが多かった。
 操縦員に加えて偵察員と電信員の三座となる攻撃機は航法能力が高いし、外装式の魚雷型電探を装備して機内に専用の操作員も置けるから索敵や単座機の嚮導機などもこなせるから艦載機として全廃することはできないが、索敵機としてのみ運用するのであれば数はそれほど多くなくても良かった。

 戦闘機の増大は、単純に航空戦隊単位においての防御力を増大させるためだった。貴重な空母を2隻も急降下爆撃機に撃沈された日本海軍にとってそれほどドイツ空軍は脅威だったのだが、同時に電探導入後の防空戦闘ではこれまで以上に直掩戦闘機隊を運用する機会が多かった。
 電探によって遠距離で発見された敵機に対して、味方戦闘機を誘導して防空火器の射程よりも遥か彼方で敵攻撃隊を阻止するのだ。


 また、場合によっては艦上のマストに搭載された電探よりも高度を上げられるために、原理的により遠距離での捜索ができる機載型の電探を装備した艦上攻撃機を艦隊前方に展開させることもあった。

 電探索敵機によって艦隊が電波封止した状態でも電探による捜索を実施することもあるし、単純に艦隊の捜索範囲を増大させることもあったが、いずれの場合も脆弱な艦上攻撃機に護衛戦闘機を随伴するのが一般的な運用になっていた。
 状況によっては更に積極的に電探捜索機に防空戦闘の指揮中枢機能を分担させて戦闘機隊を単純な護衛ではなく、艦隊主力のはるか前方で敵攻撃隊への迎撃や誘引を行わせることもあったが、こうなると艦隊とは別に防空圏が存在するのと変わりなく、それだけ戦闘機部隊の数的な意味での負担は増大することになった。


 戦闘機の定数を増大させても攻撃手段が失われるわけではなかった。最近の艦上戦闘機、零式艦上戦闘機33型や44型は初期型と比べるとエンジン出力が増大していたから25番爆弾どころか50番爆弾程度の搭載は難しくなかったからだ。
 構造上命中精度の高い急降下爆撃はできないから緩降下爆撃になるが、対地攻撃はもちろん、相手が軽快艦艇であれば25番爆弾でも威力は無視出来なかった。

 だが、どんなに艦上戦闘機や艦上爆撃機が爆装したとしても、対空火器の発達した現在では、分厚い装甲を大重量かつ高強度の爆弾で貫かなければならない甲板上ではなく、水線下に大威力を発揮する魚雷を運用できる艦上攻撃機がなければ、戦艦を撃沈するのは極端に難しかった。
 皮肉なことに敵味方の航空技術の向上が航空機自体の戦力価値を高めた結果、艦隊全体の防御力を向上させることにはなったものの、攻撃力は逆に低下させることになった。

 加来参謀長はそんな現状に納得がいかないのか、更に反論しようとしたが、それよりも早く電文用紙を握りしめた伝令が指揮所に勢い良く駆け込んでいた。
 そして、伝令から用紙を受け取った南雲中将の表情が微妙に変化していた。感情を表に出さないように抑制していたようだが何故か村松少佐には面白そうな顔に見えていた。
松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です
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特二式内火艇の設定は下記アドレスで公開中です
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零式艦上戦闘機(33型)の設定は下記アドレスで公開中です
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