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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943シチリア上陸戦2

 以前噂されていたクレタ島への上陸作戦というのが枢軸国に向けられた欺瞞情報であり、実際の上陸目標はシチリア島であると聞かされた後も、特務遊撃隊の任務が大きく変化したわけではなかった。

 特務遊撃隊や日本帝国陸軍の機動連隊は空中挺進による特殊機動を行うとは言え、英国第一空挺師団のように大規模な部隊編制はとっていなかった。少数精鋭といえば聞こえが良いが、主力となる地上、海上進攻部隊に先行して橋梁などの緊要地形を確保するといったある程度の火力と戦力が必要とされる任務には向いていなかった。
 あくまでも敵司令部や兵站線といった戦線後方への襲撃などを行う遊撃戦部隊だった。

 元々特務遊撃隊は上陸戦の開始に前後して敵司令部を襲撃して、上陸時の混乱を拡大することにより友軍の揚陸を側面から支援することになっていた。だから上陸地点がクレタ島でもシチリア島でも彼らの作戦の中身自体にはさほど変わることは無かったのだ。
 唯一の例外が厨川大尉だった。特務遊撃隊指揮官の尚少佐からの依頼で当初は目標とされていたクレタ島に展開するドイツ軍司令部周辺の地形を記載した兵用地誌などを準備していたからだ。

 一般の部隊とは違って、前線後方に進出しなくてはならない遊撃部隊では地形の把握が死活問題になりかねなかった。
 それが急にシチリア島に目標が切り替えられたものだから、新たな兵用地誌の入手などに追われることになったのだ。敵軍に向けての欺瞞情報に自軍までもが振り回されるという条件は他の友軍部隊も同じだったから、出遅れれば必要な情報が作戦開始日まで入手できない可能性も少なくなかった。

 このような業務は本来であれば部隊の副官が遂行すべきだったが、天才的な狙撃手としての技量と子供のようなものぐささを併せ持つ美雨にそんなことを任せてはいつまで経っても作業が進みそうも無かった。
 だから厨川大尉が再び東奔西走する羽目になった。シチリア島に関する一般的な情報は配属された機動旅団司令部からすぐに入手出来たが、敵司令部が存在するというエンナ周辺の地形などを詳細に書き記した書類などは数少なかった。
 ある地形図などは、遣欧軍司令部の参謀を拝み倒しても借り受けられなかったものだから、同様の作戦を行う機動連隊の副官と一緒になって司令部建屋の狭苦しい書類庫にこもって汗だくになりながらその手で書き写さなければならないほどだった。


 その間に厨川大尉程ではないにせよ特務遊撃隊の隊員たちも装備の点検や物資の確保でそれなりに忙しくしていた。美雨他の隊員たちは新装備の習熟などに勤しんでおり、尚少佐は数少ない将校となる金少尉を副官扱いにして一式重爆撃機を保有する部隊との連絡を行っていた。

 特務遊撃隊をエンナ周辺に降下させる手段には航空撃滅戦に出撃する一式重爆撃機の一部が投入されることになっていた。具体的にはシチリア島上陸に備えて島内の飛行場を襲撃する飛行団単位の一式重爆撃機の数機に便乗することになる。
 しかもエンナ周辺での降下作業前後を除けば、特務遊撃隊を乗せた一式重爆撃機も飛行団主力と同行することになっていた。これは飛行団の出撃を援護するための戦闘機隊の援護が期待できることもあったが、最大の理由は特務遊撃隊の降下を欺瞞できるのではないのかと考えられていたからだ。
 シチリア島に配備されているはずの敵電探には、百機近くの一式重爆撃機を有する飛行団が巨大な反応として現れているはずだから、エンナ周辺で数機が短時間離脱したとしてもエンジンなどの不調や迎撃を受けた際の損害によるものと判断されるのではないのか。

 それ以前に、高々度降下法を用いるのであれば上昇力と、高々度で兵員を降下させるために扉を開放しても急減速などを起こして飛行姿勢に大変化を起こさない程度の大エンジン出力が必要だったが、この条件をみたすのは最新型の一式重爆撃機しか無かった。
 日本陸軍には九七式重爆撃機を原型とした一〇〇式輸送機や一式重爆撃機を原型とした二式貨物輸送機という大型輸送機が制式化されていたが、このうち一〇〇式輸送機は通常高度の降下ならばともかく、高々度降下法に必要な高々度飛行能力は無かったし、二式貨物輸送機は輸送量には優れるものの大尺貨物の積み下ろしを前提として設計された観音開き式の大型扉は飛行中の開閉が難しいから降下作戦への利用には向いていなかったし、同じ一式重爆撃機でも初期型を原型としているからエンジン出力はともかく高々度飛行能力はいささか不足していると判断されていた。


 シチリア島に点在する飛行場に対する航空撃滅戦は、上陸の数日前からすでに開始されていた。これまでの爆撃の戦果確認などから得られた情報により独空軍の飛行場修復能力は把握されていたから、上陸日に最もドイツ空軍の活動が低下するように計算された爆撃計画が定められていたのだ。
 特務遊撃隊が同行する今回の爆撃作戦で標的となったのはシチリア島北西岸のパレルモ郊外に建設された大規模航空基地だった。

 シチリア島最大の都市であるパレルモ市は、シチリア州の州都でもあった。当然のことながら周辺の衛星都市も含めれば人口や都市市街地の規模はかなり大きなものだった。ただし、軍事基地としての能力はこれまではそれほど高くはなかった。
 同島に駐留する防衛部隊であるグッゾーニ大将率いるイタリア第6軍の司令部はシチリア島中央部のエンナにあったし、パレルモの航空基地の規模もそれ程大きくはなく、北アフリカ戦線が激戦区であった当時は、実質上中継基地としか機能していなかったようだった。

 これまでは南端のパキノや東岸のカタニアや南西岸のリカタがシチリア島に展開する航空基地の主力であったようだ。これらの基地は主戦場である北アフリカ戦線や英軍が立てこもるマルタ島との距離が短いために重宝されていたのだろう。
 これに対してパレルモはイタリア本土に向いた北岸にあったから出撃距離が長くなって有効に活用することは難しかったのだろう。むしろパレルモはイタリア本土からシチリア島への海上航路の結節点となっているようだった。

 だが、シチリア島が直接攻撃対象となってからはパレルモの航空基地としての位置づけに大きな変化が生じているようだった。
 これまで最前線として機能していたシチリア島南部の航空基地が日英を主力とする国際連盟軍による相次ぐ航空基地への集中爆撃、航空撃滅戦によって機能停止、あるいは修復中に追い込まれたものだから、健在なパレルモが未だ飛行可能な機材の一時的な受け入れ基地となっているらしくこれまでよりも遥かに多い数の航空機の在地が一〇〇式司令部偵察機によって確認されていた。

 攻めこむ国際連盟軍にしても、パレルモを襲撃するには北アフリカから出撃すると殆どシチリア島上空をまるまる往復しなければならなくなるから、進出距離が長くなってしまうことになる。

 距離以上に島の東南岸に位置するパレルモへの経路として、進出距離が長すぎるから被発見率の低下する海上の飛行を行程のすべてで行うのは難しく、機体性能にもよるが、ある程度はシチリア島の上空を通過するしか無かった。
 だが、島内各地にはイタリア軍やドイツ軍が点在して駐留しているから、仮に枢軸軍に電探が無い上に夜間飛行を行ったとしても発見される可能性はかなり高いだろう。

 枢軸軍にしてみれば、シチリア島の決して狭いとはいえない面積を縦深として利用できると考えて、前線航空基地の機能を回復するまでの間の退避場所としてパレルモの機能を拡大していたのではないのか。
 少なくともシチリア島内の航空基地を占領しないかぎりは北アフリカからでは大型の爆撃機ならばともかく、航続距離も短い戦闘機を全行程にわたって随伴させるのは難しいから、国際連盟軍も防備を固めたパレルモ航空基地への攻撃をためらうのではないのかと期待していたのだろう。

 実際にはパレルモまではマルタ島に展開する戦闘機部隊の実用戦闘半径には入っているはずだが、鈍足の爆撃機に随伴すれば戦闘機隊の航続距離は低下するし、単機や数機の襲撃ならばともかく多数の編隊を揃えた爆撃隊の爆撃開始から終了までには時間が掛かるから、実際には戦闘可能な時間は極短いはずだ。
 健在な機体を集約させた現在のパレルモ基地ならば迎撃戦闘機や夜間戦闘機を準備するもの難しくはないだろう。
 さらに遠いイタリア本土まで後退すれば機材の安全は更に確実になるのだろうが、それでは近日中が予想される国際連盟軍のシチリア上陸の際に迅速な反撃を行うことが難しいから、あえて島内のパレルモの防備を固めて拠点としているのだろう。


 この時点ではすでに国際連盟軍が仕掛けていたクレタ島への上陸をうかがわせる欺瞞工作は意図を露呈していたはずだが、ここ数ヶ月でクレタ島には有力な部隊が展開していることが確認されていた。
 同島の主要港を偵察していた日本海軍の潜水艦部隊も、物資や人員を詰め込んで喫水線を深く沈めた貨物船が何隻もクレタ島に入港しているのを確認していた。

 一度展開してしまった陸上部隊を戦略機動させるのは容易なことではなかった。特にクレタ島周辺海域ではアレクサンドリアを拠点とした日本海軍潜水艦部隊が展開していたから、エーゲ海やイオニア海を利用する海上輸送そのものが危険な行為になっていた。
 陸上部隊の再展開が難しいため、枢軸軍は当在の間は互角の戦力を展開している航空戦力による阻止攻撃に重点を置くのではないのかと国際連盟軍上層部では判断しているらしい。
 パレルモに展開する枢軸軍航空戦力はその阻止攻撃のために集結しているのではないのか。


 ドイツ空軍のこのような判断は、自国製の主力戦闘機であるMe109や英国空軍のスピットファイアなどの機体性能を前提としたものだった。だが、すでにマルタ島には日本陸軍の三式戦闘機を大量に装備した部隊が展開を終えていた。

 日本軍の戦闘機は、航空基地を建設可能な島嶼間の距離が長い太平洋や険しい地形が続く大陸での戦闘を前提として開発された為に、概ね航続距離に対する要求は欧州の戦闘機に対するそれよりも一回り厳しいものだった。
 これまでの日本陸軍航空隊の実質上の主力戦闘機であった一式戦闘機は、エンジン出力が低くとも対戦闘機戦闘に用途を絞った軽単座戦闘機であったから低空低速度域での横方向の機動性は極めて高いものの、最高速度などの性能では欧州圏の最新鋭機には劣っていることは否めなかった。

 これに対してスピットファイアなどと同型の大出力液冷エンジンであるマーリンを搭載した三式戦闘機は、欧州圏の戦闘機に伍する速度性能と長大な航続距離を併せ持っていた。
 この新鋭三式戦の配備によって日本陸軍は全シチリア島を戦域とした重爆撃機編隊に対する護衛戦闘機の随伴が可能と判断していた。


 今回のパレルモ航空基地への航空撃滅戦は、集中して在地する枢軸軍航空機を地上で撃破すると共に、随伴する三式戦闘機による積極的な戦闘による空中撃破も想定されていた。
 勿論シチリア島、というよりもこれまで北アフリカ戦線に向けられていた枢軸軍の主力が集結しているパレルモ基地を一度の攻撃で叩き切れるとは思えなかった。

 一式重爆撃機は防御火力と防護力に優れた機体として知られていたが、敵戦闘機部隊の迎撃を前提とする強襲は必至だから、大きな損害を出す可能性も低くはなかった。
 それに滑走路や周辺施設を一度爆撃したとしても、シチリア島内では後が無いドイツ空軍も損害復旧に務めるはずだ。だが上陸前後に大規模な空襲を受ければ船団に大きな損害が出るのは間違いなかった。
 重爆撃機隊はドイツ空軍がシチリア島内の航空基地を復旧を断念して撤退するか、友軍が航空基地を奪取するまでは何度でも襲撃を敢行する予定だった。

 パレルモへの爆撃作戦は特務遊撃隊の潜入作戦にも有利な点が少なくなかった。北アフリカの航空基地からパレルモを繋ぐ針路は特務遊撃隊の目的地であるエンナにほぼ重なっていたからだ。
 だからパレルモに向かう重爆撃機編隊から特務遊撃隊を空輸する何機かが離脱したとしても、特に疑問に思うものはいないのではないのか。高々度から降下中の兵員を発見するのは難しいから、降下の前後さえ目撃されなければ密かに潜入することは難しくないはずだった。


 特務遊撃隊の隊員たちにとっての唯一の誤算は、道案内兼通訳役の二人のイタリア兵が、当然のことながら日本軍で研究開発が行われていた高々度降下法を行ったことがないことに誰も気が付かなったことだった。
 降下の直前まで皆が忙しくしていたものだから当たり前のことに誰も思い至らなかったのだ。イタリア兵二人の方は二人の方で、特務遊撃隊がそのような特殊な方法で機動することを知らなかったのだ。
 お互いが誤解に気がついた時には、すでに作戦は準備段階に入っていて二人のためだけに作戦内容の変更を行うことは不可能になっていた。
一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html
二式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2c.html
三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html
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