挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
164/275

1943シチリア上陸戦1

 一式重爆撃機の左右の主翼にそれぞれ二基づつ配置された計四基のエンジンは、航空機に関しては門外漢の厨川大尉の耳でも順調に稼働しているのがわかっていた。

 現行の機種は二年前に制式採用された初期型とは異なり、搭載エンジンの過給器をエンジン出力の一部を取り出す機械式から高温高圧のエンジン排気を利用した方式に変更して高々度飛行特性と出力を引き上げた新型に切り替わっているという話だったが、新型エンジンにも関わらず稼働率は決して低くないようだった。

 爆弾倉の代わりに急遽設えられたという仮座席に座っていても四発エンジンがたてる僅かな唸りは安心感を感じさせるものだった。
 厨川大尉は、飛行姿勢が安定した途端に機体上部の旋回機関砲座に興味深げに取り付いてしまった満州共和国軍特務遊撃隊副長の王美雨中尉と、次々と日本語や北京語が入り混じったちゃらんぽらんな言葉で質問をされながらも、見てくれは整った彼女に鼻の下を伸ばしている若い下士官の機銃手には極力視線が行かないようにしながら硬い座席に身を委ねていた。


 四発エンジンがたてる僅かな唸りに思わず眠気を感じていた厨川大尉は、唐突に目の前に差し出されたアルミ製の湯呑を反射的に受け取っていた。香ばしい匂いがする真っ黒なコーヒーが入れられた湯呑に大尉が慌てて顔を上げると、飛行団長の荘口大佐が自ら手渡してきていた。
 反射的に立ち上がって敬礼しようとした厨川大尉を手で制すると、荘口大佐は大尉の隣の空いているように見える席に座った。本来その席はこの機に乗り込んだ特務遊撃隊の半数の指揮を執る美雨の席のはずだったが、彼女が子供のように好奇心を発揮して早々に席を立ってしまったものだから空いていたのだった。

 もごもごと礼を述べる厨川大尉に荘口大佐は鷹揚に手を振ると、ちらりと上部機銃座席の方を覗きこむようにしてみてから含み笑いを上げた。
「松澤伍長は後で教育が必要だな。随分とだらしない顔をしおって」
 厨川大尉は気恥ずかしさに顔を赤くして身を縮こませていた。忌々しいことに大尉と美雨以外の特務遊撃隊の隊員の多くはすやすやと穏やかな顔を浮かべて眠りこけていた。
 その様子も苦笑しながら一瞥すると、荘口大佐は苦笑しながら続けた。
「そのコーヒーを飲み終えたら、隊員たちを起こして防寒服を確認させたほうがいいぞ。そろそろ高度を上げ始めるから機内温度も急速に低下するはずだ。マルタ島から離陸した護衛戦闘機隊と合流する頃には大分高度が上がっているはずだから、これまでの軽装では体調を崩すだろう。
 それと酸素吸入具も手元に用意しておいたほうが良いだろう。降下開始までは機内の酸素瓶をいくら使っても構わん。最終的には本機は注文通り一万メートル付近にまで達するはずだが、その高度では気圧も気温も地上とは比べ物にならないほど低下するはずだからな。
 しかし……今更俺が言うことでもないかとは思うが、本当にそんな高度からの降下を行っても大丈夫なのか。俺は輸送機隊に勤務したことはないが、落下傘降下は普通は高度千メートルもない所から行うと聞いているぞ」
 厨川大尉は居住まいを正しながら、遥かな上官である荘口大佐に慎重に説明を始めていた。


 複数の飛行戦隊を束ねて編制される飛行団は、陸軍の航空部隊の中でも戦術単位としては最大級の部隊だった。飛行団より上位部隊である飛行師団は、地上部隊の師団と同様に飛行場大隊や大規模な通信隊や野戦病院といった支援部隊を有する戦略単位だったからだ。
 その一方で飛行分科ごとに装備機種が異なる飛行戦隊は、陸上部隊でも基本的に戦車や歩兵といった単一の兵科からなる連隊に匹敵する部隊単位だった。つまりその飛行戦隊を複数指揮下に置く飛行団は、陸上部隊で言えば旅団と同等ということになる。

 通常は旅団の指揮官には少将が充てられていた。四単位の通常編制の師団であればそれぞれ2個連隊を指揮下におく旅団2個が配置されていた。そして戦闘時には小回りの効かない大規模部隊である師団に代わって、旅団長の元に平時から指揮下にある連隊だけではなく、砲兵連隊や工兵連隊、さらには師団戦車隊などから抽出した部隊を配属して諸兵科連合の支隊編成とする事が多かった。

 また、最近では日本国内から充足状態になった部隊を抽出して最初から諸兵科連合の独立混成旅団を編成することも少なくなかった。
 どちらの場合も旅団を基本とした支隊や独立混成旅団は砲兵や戦車といった正面戦力に加えて砲兵などの支援部隊を含むから、それ単独で戦闘をこなす事ができる。

 つまり、旅団長は戦時においては実質上は最前線で指揮をとる最上位指揮官ということになる。おそらく部下とともに出撃することも多いという飛行団団長も同じような位置づけにあるのではないのか。
 管理職としての立場が強くなる飛行師団長とは異なり、飛行団長には空中指揮用の専用機が用意されているらしい。この重爆撃機隊からなる飛行団のように大型多発機を空中指揮官機として転用するのではなく、戦闘機部隊であれば飛行団長自らが単発単座の戦闘機の操縦桿を握って出撃してしまうことも珍しく無かったらしい。


 ただし、最近では戦闘分科の飛行団でも重爆撃機や輸送機を原型とした空中指揮専用の機体を使用する部隊もあるらしいとも聞いていた。近年になって急速に発展してきた電波警戒機の存在を抜きにしては戦闘を有利に進めることが難しくなっていたからだ。
 自機から発振した電磁波の反射強度や方向を観測することで敵勢を把握する電波警戒機は、最新のものでは肉眼による観測を遥かに超えて、大編隊などの顕著な目標では百キロ彼方から探知できる性能を有しているという話だった。

 しかも発振源から直進するという電磁波の性質からすれば、地上設置型よりも空中の機上型の方が発振源を高く位置に持ってくることが出来るから、同一機種、同程度の出力であれば探知距離は伸びる計算だった。
 電波警戒機と同じく弱電機器の技術的な成熟を受けて無線機の交信可能距離も増大していたから、前線で指揮をとる飛行団長が状況を把握しやすい空中指揮官機に乗機することが試みられたらしい。

 最もこのやり方が最善かどうかはまだ判断が分かれていた。確かに電波警戒機の探知距離は拡大していたが、敵機の数や飛行高度などの条件によって探知距離は大きく変化するし、お互いの国土を長距離爆撃機を用いて爆撃しあっている英独間では電波警戒機どころか、防空隊を誘導する無線への妨害すら日常的に行われていた。
 場合によっては電波妨害で無効化されて重荷にしかならない電波警戒機を抱えた鈍重な大型機に乗り込んだ飛行団長が指揮を取れなくなることもあるのではないのか。

 それ以前に状況が錯綜しがちな防空戦闘では電波警戒機本体や空中線、さらには電波警戒機の操作員を乗せなければならないために、原型が重爆撃機や輸送機であっても機内容積は圧迫されるから、満足な数の司令部要員を機乗させることが難しく、空中指揮官が適切な判断を下せるほど情報をまとめるのは困難だった。
 実際には空中の電波警戒機は早期の捜索用と割りきって、指揮中枢は多数の司令部要員や出撃機との無線交信のための大出力無線機などを容易に確保できる地上施設に置いたほうが効率的なのかもしれなかった。


 これが重爆撃機などの攻勢に用いられる機体の場合だと、また状況は変わってくるようだった。英独間のように爆撃隊に電波妨害機や特殊な爆撃照準装置などを備えた特殊機を随伴させたほうが、一見爆弾搭載量が減少して攻撃力が低下したとしても、損害や命中率が劇的に変化するから最終的には優位になるとの認識が広まっていたからだ。
 厨川大尉が乗り込んだこの飛行団長機も、爆弾倉は残していたし外観からは把握しづらいが、機内外には電波兵器が増設されていた。その充実した電波兵器で飛行団長が指揮を執るのがこの機体の使い方になるのだろう。

 いずれにせよ荘口大佐は、階級は連隊長などと並ぶ大佐ではあるが、実際の職責の上では将官級と言っても過言ではないはずだ。直属の上官ではなく、単なる便乗者にすぎない身の上とはいえ、礼を失するわけにはいかなかった。


「この高々度降下法はロシア帝国領か満州共和国からソビエトに隠密降下することを目的として機動連隊で研究されていたものです。
 機動連隊の編制当時に気球を使用して高々度を流れる気流を利用して兵員を潜入させる構想が原点であったと聞いていますが、残念ながらこの気流は逆にソビエト側からロシア帝国に向けて東側へと流れるものだったので気球を使用するものは早々に断念されたそうです。
 その代替となるのが高々度降下法です。
 ご指摘の通り通常の空中挺進降下では母機からの降下開始直後に開傘するために通常は五百メートル程度で高度を固定しますが、これでは母機である大型の輸送機が低高度を飛行するために発見率が高くなってしまうので隠密潜入には適していなかったのです。
 ですが、母機の侵入高度を局限まで高くとって一万メートル程度まで上昇させるとこの状況は一変します。高度がありすぎて訓練された監視要員でもない限り地表上から高々度を飛行する母機を継続的に監視するのは困難になるのです。
 確かに高々度からの降下は極低圧かつ極低温環境に兵員が晒されることを余儀なくされますが、機動連隊の研究により搭乗員用のものを原型とした極低温でも使用できる防寒衣と地上近くの大気が高濃度になるまでの酸素吸入具も開発済みで、何度かの演習でも実績は得ていますから。
 演習で高々度から降下した際は、防寒衣で着膨れした兵員の空気抵抗でそれほど降下速度も上昇しないことが確認されていますから、開傘高度さえ間違わなければ接地する際の衝撃は通常の降下とそれ程変わらないのです。
 それに機動連隊に続いて特務遊撃隊も高々度降下法の訓練を受けてきましたから、隊員たちもこの降下法を習得済みです。確かに実戦投入は初めてですが、十分に任務をこなせると自分は確信しています」
 厨川大尉は自信を持って言い切ったのだが、荘口大佐は一度視線を彷徨わせると周囲の兵員とは様子が違う一人の兵士に視線を向けながら言った。
「しかし、あの兵は随分と緊張しているようだが……それにあいつ満人や朝鮮族には見えんぞ」
 つられるようにして厨川大尉がそちらに視線を向けると、確かに緊張した様子のその兵と目線があっていた。


 その兵は特務遊撃隊仕様の迷彩衣を着込んではいたが、周囲の兵たちと同じ格好に関わらず浮き上がって見えていた。彫りが深い明らかにアジア系とは異なる顔つきをしていたが、それが周囲から浮き上がる主な原因ではなかった。
 その程度の違いならば満州族や漢民族に加えて朝鮮族や日系まで含む特務遊撃隊の様々な顔つきや髪型の前に埋没していったはずだ。

 別に衣類や装具が新品ということはないのだが、その雰囲気が全く異なっていたのだ。周囲の兵たちは満州共和国の建国以前からの馬賊出身であるか、その親族などだから、幼少期からそのような異様な環境に触れることで一見眠りこけているようにみえる今でも、剣呑な雰囲気を発散していた。
 その中にいるせいか、それとも早くも迷彩衣の上から半ば防寒衣を着込んで着膨れしているせいなのか、その兵だけがどこか浮ついた様子だった。

 二人に見つめられていることに気がついたその兵は、愛想笑いを浮かべようとして失敗したのか、泣き崩れるような顔になっていた。
「あの兵は、その、イタリア軍の捕虜から志願した協力者なので、今回の潜入作戦では敵司令部のあるエンナ近くに降下するのでどうしても現地情勢や言語に詳しいものが必要ですが、我が隊、いや我が軍にはその手の人材が欠けておりますので」
 しどろもどろになりながら厨川大尉は怪訝そうな顔をしている荘口大佐に釈明していた。


 もっとも厨川大尉もその元イタリア軍というその兵、ヴィオーラ一等兵とはじめて会ったのは昨日の事だった。遊撃隊の指揮官である尚少佐が今回の作戦で一時的に配属されている機動旅団司令部から戻ってきた時に、もう一人の元イタリア軍下士官と共に連れてきたのだ。
 イタリア人捕虜の間で編成されている国際連盟軍協力機関であるイタリア解放軍の一員で、今回のシチリア上陸作戦で橋頭堡第一波や空中挺進部隊を集中的に配属させた遣欧第二軍の一部に通訳や道案内として同行させているらしい。

 だが、揚陸艇や通常高度で行うの空中挺進ならばともかく、特殊な機動を行う機動連隊や特務遊撃隊に一般の歩兵部隊出身者が同行するのは難しかった。
 特務遊撃隊の担当となったもう一人の下士官、アルフォンソ伍長の方は捕虜となった時の歩兵師団所属以前にはイタリア陸軍の空挺部隊にも勤務していたというから、高々度降下法特有の説明だけで済みそうだったが、ヴィオーラ一等兵の方は降下体験どころか実際の空挺降下を見たことすら無かった。

 だが、急な変更はそれだけではなかった。実は厨川大尉だけではなく特務遊撃隊の隊員たちが上陸目標がシチリアと知ったのもごく最近の事だった。
一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ