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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943アレクサンドリアーベルリン18

 牽引用の頑丈な鋼索が掛けられようとしているティーガー戦車の前で、服部技術大尉の説明が続けられた。
「さて、17ポンド砲で貫通できたこの箇所が長75ミリ砲で貫くことが出来るかどうかだが……結論から言えば、貫通の可能性は極めて高い。17ポンド砲でぎりぎり貫通できたというのならば話は怪しくなってくるが、貫通箇所断面を見る限りでは砲弾はある程度の余力を残したまま貫通出来たようだから、長75ミリ砲で貫通できないということはないだろう。
 ああ、勿論ここを撃ち抜いた17ポンド砲弾と同じように通常の被帽付徹甲弾ではなく、貫通能力の高い硬芯徹甲弾を用いた場合だが」

 由良軍曹はほっとしたような顔をしていたが、池部中尉は怪訝そうな顔をしたままだった。服部技術大尉は中尉の表情に気がついたのか、頷きながら言った。
「あまり知られておらんようだが、長75ミリ砲と17ポンド砲はほぼ同じ弾道をとる。というよりも長75ミリ砲の構造は設計段階で供与された17ポンド砲の試作品を参考にした部分が多いのだ。
 英国陸軍の17ポンド砲は、2ポンド砲や6ポンド砲と言った既存砲の生産を優先したために生産開始が遅れていたが、試作はかなり早くから進められていたらしい。むしろ砲身や薬室といった砲本体は早期に仕上がっていたのに対して、強力な反動を受け止めるとともに機動性を確保出来るだけの頑丈さと軽量さを両立させた砲架の開発が遅れていたのが17ポンド砲の実戦投入が遅れていた理由らしい。
 もしかすると英国としてはマーリン・エンジンのように日本でも17ポンド砲を生産させるつもりで試作品を供与したのかもしれんが、政治的な話はよくわからんな。
 結果的に生産設備や搭載車両の設計手順の違いなどから17ポンド砲と長75ミリ砲は構造がかなり異なってしまったが、砲身部や薬室の寸法は似たり寄ったりといったところだから、砲弾の設計さえ確かなら弾道もほぼ同一になると言って良いだろう。
 これで17ポンド砲で撃ち抜けた虎戦車に対しておそらく長75ミリ砲でも通用するという意味が理解できたかね」

 池部中尉も今度は納得した顔で頷きながらいった。
「砲威力に関しては了解しました。17ポンド砲、長75ミリ砲であれば千メートルで虎戦車に対しても有効打を与えられるのがわかればそれで十分です。
 しかし、こちらの攻撃力はわかりましたが、逆にこの虎戦車の主砲はどの程度の打撃力を持つのでしょうか。ドイツ軍の88ミリ高射砲が原型らしいという話は聞いていますが……」
 服部技術大尉はまた首をすくめてみせた。
「すまないが、そちらはまだわからないことだらけだ。ようやく動きそうな虎戦車を鹵獲できたから、これから早々に砲を取り外して詳細に調査しなければなんとも言えないな。
 確かに元設計が88ミリ高射砲だということは我々も掴んでいるが、高射砲と戦車砲では構造にかなりの相違があるはずだし、砲弾の設計も異なるかもしれん。
 自由フランス軍の戦車隊は二千メートルを越える長距離から次々と撃ちぬかれたというが、相手がクルセーダー巡航戦車やバレンタイン歩兵戦車だからな……一式中戦車ならばその距離でも危ないとは思うが、三式が耐えられるかどうかはわからんな。
 ただ、中尉も分かっているとは思うが、実際には周囲の環境や対敵姿勢によって貫通距離は大きく変わってくる。高密度の貫通体を用いる硬芯徹甲弾は高い貫通能力を持つが、三式のような傾斜した装甲が相手では跳弾となりやすい上に、貫通体を覆う軽合金の分だけ砲弾が軽くなるから遠距離では空気抵抗で速度が急速に抵抗する。
 場合によっては硬芯徹甲弾ではなく、垂直装甲の虎戦車相手でも被帽付徹甲弾を用いたほうが有効かもしれん。
 ともかくこれから詳しく調べて手引書にまとめてみるさ」

 服部技術大尉の分かったような分からないような話を聞いている内に池部中尉は眉をしかめていたが、由良軍曹は諦めたような顔で苦笑いをしながらいった。
「要するに相手が虎戦車だろうとやることは変わらんということですかな。小隊でお互いに支援しながらの躍進射で、可能であれば敵の側背を突くように機動する。
 幸いなことに三式の長75ミリなら虎戦車をやっつけられないことはないと分かってるんだ。後は戦車兵の腕次第でしょう」

 だが、服部技術大尉は首を傾げて見せていた。
「さて……正直なところを言えば、虎戦車に態々こちらの戦車をぶつける必要があるのか、そこから考えるべきではないかな」
 由良軍曹は怪訝そうな顔になっていた。これまで散々三式中戦車の長75ミリ砲で虎戦車に対抗できるかどうかを話していたのではなかったのか。
「北アフリカ戦線での国際連盟軍戦車の損害内訳を精査してみたところ、実際に戦車をもっとも撃破しているのは対戦車砲という結果が出ていた。北アフリカ、それもエジプトからリビアまでの遠距離砲戦になりやすい比較的平坦な砂漠地帯での結果だけ見てもなんとも言えんが、逆に隠れるところの少ない砂漠でさえ僅かな地形の影に隠れた対戦車砲が意外なほどの脅威となっているということだ。
 もしくはあの新しい襲撃機……三式襲撃機か。あれは単発機だが二式複戦並の37ミリ砲まで持つ重装備と聞いているが、ああいった大口径の航空機関砲で装甲の薄い上部を狙っても効果は大きいのではないかな」

 更に由良軍曹は首を傾げていた。
「それは……飛行機のことはよく分かりませんが、エゲレスさんの戦車には榴弾が無いって話ですから、柔らかいが小さな対戦車砲を撃破するのに手間取ったという面もあるのではないですかねぇ。ああ、それでも対戦車砲が大量にあったことは確かか」
 服部技術大尉も苦笑しながら首をふっていた。
「確かに英国軍の戦車に榴弾がないために対戦車砲に苦戦したという事実は無視できない。あるいは枢軸軍の補給線が乏しいために敵戦車の数がそもそも少なかったのかもしれん。
 だが隠蔽された対戦車砲や近接する歩兵に側面を突かれて擱座した戦車はかなり多いんだ。だから仮に敵戦車の数が増大したとしても、此処から先国際連盟軍の反攻によって起伏の激しい欧州での戦闘が始まれば、対戦車砲や歩兵が隠れる場所が増えるということにもなるのではないのかな。最近は対戦車砲の大口径化が進んでいるし、歩兵が携帯できる対戦車兵器も充実し始めてきたからな」

 唐突に始まるであろう隠れた歩兵部隊との戦闘を想像したのか、由良軍曹はげんなりとした顔になっていた。
「そうなると結局はこちらも歩兵が居なくては戦になりませんな。まぁこれもやることは変わらないということですかね」
「軍曹は、子供の頃じゃんけんをしなかったか。本質はあれと同じだろう。視界の悪い戦車は隠蔽された対戦車砲に弱い。むき出しの対戦車砲は接近戦を行う歩兵に弱い。そして生身の歩兵は戦車に弱い。だから戦車は対戦車戦闘だけではなく、以前と変わらずに陣地内の機関銃撲滅なども行わなければならないわけだ。
 しかしそういった戦闘では長75ミリ砲よりも以前の短砲身75ミリ砲の方が榴弾の炸薬量が多い分だけ有利かもしれないな」

 怪訝そうな顔になって由良軍曹は後ろを振り返って、三式中戦車に親指を向けていた。三式中戦車の巨大な砲塔からは車体前縁を大きく超えて長砲身の75ミリ砲の砲身が突き出していた。
 長砲身型の75ミリ砲は、野砲を原型とした短砲身型とは異なり駐退機や砲架も砲塔内に収めているために外観はすっきりとしたものだった。戦車砲とは異なり野砲や対戦車砲は操砲作業用の空間に実質上の制約がないために後座量も大きく取れるし、駐退機を砲身下部に配置するのも容易だった。
 だが、戦車砲の場合は装甲で防護された狭い砲塔内で操砲作業を行わなければならないために、駐退機の性能を強化して後座量を減少させるなどの対策が必要だった。
 特にこれまでの日本軍戦車と比べて格段に高初速の砲弾を発射する長75ミリ砲には、強力かつ小型にまとめられた高性能の駐退機が防盾の内側に収められていた。

 その高初速の長75ミリ砲を指し示しながら由良軍曹が言った。
「長75ミリ砲でも榴弾は撃てるんでしょ。薬莢が長くて共通化出来ないのはわかりますが、何で短砲身より榴弾の威力が減ってしまうんですかね。どうも座学ではそのへんがわからなかったんですが」
 服部技術大尉はじろりと由良軍曹をにらんでいった。
「単純な話だ。長75ミリ砲のほうが高初速で徹甲弾を発射するために腔圧が高くとられているからだ。だからより低圧の短75ミリ砲よりも砲弾を頑丈に作らなくてはならなくなる。それで弾殻が分厚くなる代わりに充填される炸薬量は減少してしまうのだよ。
 薄い弾殻の榴弾が破損しないように腔圧を低く抑える為に発射薬を削減すると、今度は長砲身砲の砲口から砲弾が飛び出すまでに時間がかかりすぎて抽筒不良を起こすしな。
 それで長75ミリ砲の方が榴弾威力が低くなるのだが、それに長75ミリ砲の後座量に合わせて三式戦車の砲塔は設計されたから、短砲身型の方が薬莢の寸法が小さいこともあって空き空間が多いから砲弾の定数は多い。はずなんだがな……」

 途中で口を濁した服部技術大尉に不穏なものを感じたのか、由良軍曹は話題を切り替えるように言った。
「それならそれで、今度はその頑丈な弾殻を武器にはできんものですかね。ほら、手榴弾には手頃な寸法の破片が飛び散るように溝が切ってあるじゃないですか。ああいった構造にしておけば少ない炸薬でも破片を効率よく飛ばせるんじゃないですかね」
 服部技術大尉は思わずと言った様子で苦笑していた。
「それで今度は砲身内で破片が飛び散りそうだがな。まぁそういった方向の砲弾が研究されていないわけでもない。もっとも長75ミリ砲の大量生産には間に合いそうもないが」
 眉をしかめた服部技術大尉に、池部中尉と由良軍曹はまた顔を見合わせていた。
「長75ミリ砲の、大量生産ですか……長75ミリは歩留まりが悪いと聞いていましたが」
 服部技術大尉は何でもないように言った。
「長砲身の製造が難しく歩留まり悪いのは確かだが、長75ミリ砲を搭載した三式中戦車の生産数が少ないのはどちらかと言うと本来は戦術的な要求だったのだがな。参謀本部は榴弾威力が低下するのは望ましくないから短75ミリ砲搭載型の生産を優先しろと言っていたのだがな……」

 由良軍曹が不機嫌そうな顔になっていた服部技術大尉に恐る恐る尋ねた。
「何か、違うことを言ってきたのですかね」
「この虎戦車のせいだよ。従来のドイツ戦車よりも格段に重装甲のこいつが出てきたことで、砲に対する要求が全く逆になってしまったようだ。参謀本部はこれまでの経緯を忘れて長75ミリをよこせと矢の催促だよ」

 服部技術大尉は虎戦車の破損した装甲をこつこつと手の甲で軽く叩きながら呆れたような顔で答えていた。
「まぁお陰で三式の車体を英国に輸出できそうだがね」
「英国がですか。英国は自国で使用する分の戦車を超えて自由フランス軍などにも戦車を供与していたと思いましたが」
 服部技術大尉は首を傾げていた。
「どうかな、実際には自由フランス軍に供与されたのはこれまで北アフリカ戦線で使用されていた中古の車両らしい。新型の巡航戦車の開発はなかなか作業が進んでいなかったらしいが、ようやく機構を刷新したクロムウェル巡航戦車の配備が開始されたし、歩兵戦車は本国軍ではチャーチル歩兵戦車に置き換わっているようだ。だから、旧式のクルセイダー巡航戦車や中継ぎのバレンタイン歩兵戦車は余剰となったということだろう。
 それに新型のクロムウェル巡航戦車に搭載されたミーティアエンジンは日本製だし、相変わらず6ポンド砲搭載を前提とした砲塔機構だから、17ポンド砲を搭載するのは難しいようだ。
 しかし、クロムウェル巡航戦車の開発で搭載するエンジンや砲の選別にあれだけ右往左往した現在の英国の開発陣では新たに17ポンド砲を搭載した巡航戦車を一から開発する余裕はないようだ。
 あるいは、開発陣のリソースをチャーチル歩兵戦車の後継の方に根こそぎつぎ込むつもりなのかもしれない。チャートル歩兵戦車の後継とはいえ、その戦車も17ポンド砲の搭載を前提とするようだから……
 それで英国陸軍の上層部では三式中戦車を改造して17ポンド砲を搭載した巡航戦車代替を取得しようとしているようだ。さっき言ったように17ポンド砲を参考に完成した長75ミリ砲を搭載した三式中戦車ならば砲塔内の空間にも余裕はあるし、砲塔リング内径も既存の英国戦車と比べて格段に大きいから長75ミリ砲の代わりに17ポンド砲を搭載するのも不可能ではないだろう」


 由良軍曹は服部技術大尉の説明に関心したようにしていたが、池部中尉はふと別のことを考えてティーガー戦車に刻まれた無数の被弾痕をなぞっていた。

 服部技術大尉の説明によれば、このティーガー戦車は戦車用掩体にこもっている際に牽引式の17ポンド砲に撃破されたという。
 だが、これは相当に奇妙な事態であるはずだった。被弾状況からして17ポンド砲はほぼティーガー戦車の正面から撃ち込まれているからだ。それに対してよく見ると貫通しきれていない自由フランス軍の戦車から放たれたと思われる被弾痕は斜めに着弾したと思われるものも少なくなかった。
 だが、ティーガー戦車は実際には正面から発射された砲弾で撃破されているのだ。しかも鈍重で地形などを利用して隠蔽された状態での発砲が多いはずの牽引式17ポンド砲によってだった。これは一体何を意味するのか。

 もしかすると、このティーガー戦車は地形を利用して牽引砲の正面への展開を妨害していたのはいいものの、囮である自由フランス軍の戦車隊に対応している間に密かに射程内まで接近した17ポンド対戦車砲に撃破されたのではないのか。
 つまり自由フランス軍の戦車兵は装甲に弾かれることを分かって無駄弾を連続して発砲していたのではなく、牽引砲が展開するまでの囮としてティーガー戦車を引き付けるために発砲していたのではないのか。

 あるいは、17ポンド対戦車砲を前面から展開させながら機動力を有する戦車隊はより積極的に装甲の薄いであろう後方や側面に回り込もうとしていたのかもしれない。
 そう考えると貫通こそしていないものの、この被弾痕にも意味があるような気がしていた。


 それに、ドイツ軍がこのような局面でいくら重装甲とはいえ、戦車を前方に固定配置するのもやはり奇妙だった。彼らの戦術思想では、本来防衛戦闘時の戦車隊は歩兵や砲兵からなる主戦闘地帯の前線に直接配置されるのではなく、ある程度後方で予備隊として配置されたうえで、主戦闘地帯を突破した敵部隊に対処するはずだった。
 だが、この戦術思想に反してこのティーガー戦車は本来であれば対戦車砲が配置されるべき前線の掩体に配置されていた。

 池部中尉はこの理由がしかるべき大口径砲を装備した対戦車砲部隊が枯渇しているためではないかと考えていた。北アフリカ戦線のドイツ軍は補給が途絶した状態が続いていたが、牽引式の対戦車砲もこれまでの戦闘で放棄されてしまったのではないのか。
 17ポンド砲もそうだが、最近の重装甲の戦車に対応するために大口径化が進んだ対戦車砲はこれに比例して大重量となってしまっていた。開発の遅れているらしい長75ミリ砲の対戦車砲型も、場合によっては人力での移動が要求される牽引砲では運用が不可能になると判断して、装甲兵車に搭載する方式をとると聞いていた。

 ドイツ軍でも75ミリ級の対戦車砲の運用が開始されていたが、重量は二トン近いというから、牽引車両の払底などの利用で放棄されたものも多かったのではないのか。実際に北アフリカ戦線では牽引車両の不足が理由で放棄されたと思われる75ミリ砲が多数鹵獲されたとも聞いていた。
 それで損耗した対戦車砲の代替としてティーガー戦車が掩体を利用して前線に配置されたのだろう。だが彼らの戦術マニュアルにない戦闘を余儀なくされた戦車兵は自由フランス軍の囮戦車に気を取られた隙を突かれて撃破された。


 池部中尉はそのように予想すると、またティーガー戦車の分厚い装甲をそっと撫でていた。中尉の予想が正しいとすれば、ティーガー戦車は確かに強力な戦車だが、決して無敵ではありえない。
 それに当たり前だが戦車は単体で戦うわけではないのだから、個々の性能がいかに優れていたとしてもそれを支える体制や兵員や指揮官の訓練体系がなければ満足に運用することは出来ないはずだ。
 その点では、従来型よりも大重量のティーガー戦車は、その戦闘能力に反して運用面では不利なのかもしれなかった。

 すでに池部中尉がティーガー戦車を見る目は変わり始めていた。決してこの戦車には対抗できないということはないのだ。そう考え始めていた。
三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html
一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html
三式襲撃機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3af.html
二式複座戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です
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