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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943アレクサンドリアーベルリン15

 一個小隊分の三式中戦車がたてる騒音は、巡航状態でも小さくはなかった。
 池部中尉は甲高いエンジン音と不整地踏破能力を向上させるために幅広となった履帯が上げる轟音を頼もしく思えばいいのか、迷惑に思えばいいのかが分からずに、今日の転換訓練を終えてアレクサンドリア郊外の仮駐屯地に向かう三式中戦車の監視塔のハッチから身を乗り出しながらそんなことを考えていた。

 実際にはこれまで第71連隊が装備していた一式中戦車と比べて三式中戦車の騒音が大きくなったという明確な数値は出ていないらしい。幅広の履帯は地形によっては一式中戦車よりも大音量となる場合があるらしいが、エンジンからの騒音は音量ではそれ程変わらないはずだというのだ。
 機関室の左右に分けて配置された排気消音器は一式中戦車と比べて一見頼りないほどに小型化していたが、転換訓練時に行われた技術将校による座学によれば、内部素材と構造の見直しが行われた為に一式中戦車が装備するものと比べても排気音の減衰性能は変わりないはずだった。


 大型の戦車でも余裕を持って走行できるように配置された仮駐屯地内の主通路に乗り入れた三式中戦車の騒音はまた変化していた。何度も重量のある戦車や自走砲などが走行したことで通路帯の地面の岩石が砕かれ柔らかくなったものだから、幅広の履帯が上げる騒音が減少したのだろう。

 履帯の騒音が減少したことで、逆にエンジン音は明確に聞こえるようになった気がしていた。池部中尉は何となく後ろを振り返って小型化した排気消音器を眺めていた。
 地面に向かって勢い良く排気を向けて砂煙を上げるのを防ぐために、排気消音器を経たエンジン排気管は管端で僅かに上に向けられて戦車の後方上部に向けて未だ高温のエンジン排気を排出していた。

 排気熱によって小隊僚車が続行する後方は陽炎となって揺らいで見えていた。陽炎を通して池部中尉の小隊長車に続く僚車も車長と砲手がそれぞれの砲塔天蓋のハッチから身を乗り出して周囲を観察しているのが見えた。
 もっとも安全な仮駐屯地の中だからか、それとも訓練を終えた安堵感からか彼らの表情に緊張の色は見えなかった。

 池部中尉は随分と広がっている陽炎を見ながら、実際に変化しているのはエンジン音の音量ではなく、音質なのかもしれないと考え始めていた。
 ソ連赤軍の新型戦車を仮想敵とした一式中戦車は、対戦車戦闘能力を向上させるためにそれまでの日本陸軍戦車よりも格段に有力な砲と分厚い装甲を兼ね備えていた。
 そしてその大重量に十分な機動力を持たせるために500馬力級という大馬力の水冷ガソリンエンジンを搭載していた。だがこのエンジンは元々戦車用として開発されていたものではなかった。
 旧式の航空機用エンジンを原型として戦車用としてガバナーやラジエーター、過給器を地上専用とした改造を施したものだった。

 陸軍技術本部では可燃性の低い戦車用の大出力ディーゼルエンジンの開発を進めていたらしいが、一式中戦車以上の大重量となった三式中戦車も結局は同様に航空機用を転用した水冷ガソリンエンジンを搭載していた。
 陸軍技術本部がどこかの企業に委託研究させているらしいディーゼルエンジンも水冷式で、三式中戦車に続く次期戦車の搭載を目指して熟成を進めているという噂だったが、確かな話は池部中尉も知らなかった。
 だが、大出力のディーゼルエンジンの開発が難しいことだけは確かだった。

 それに燃料の発火性が高い為に被弾時に火災が発生する可能性が高いと一般的に言われるガソリンエンジンではあったが、座学を受け持った技術将校によれば実際には自動消火装置などの対策手段の充実によって乗員の生存率にそれ程の違いは無いらしい。

 それに最近の戦車砲から放たれた徹甲弾は高い存速を保持したまま命中するから、実際に戦車に加えられるエネルギー量は膨大なものだった。そのエネルギー量は極短時間で装甲を貫通しながら運動量を膨大な熱エネルギーへと転換させる。
 そして分厚い装甲を赤熱させる程の熱エネルギーの前ではガソリンと軽油の発火点の違いなど些細なものでしか無い、らしい。


 だが三式中戦車に一式中戦車と同じように航空機搭載型の水冷ガソリンエンジンが転用されたのは、実際には各種補機を加えたうえで戦車の機関部に収まるほど小型で適当な出力のエンジンが見当たらなかったか未成熟であったというだけの話だろう。
 それに航空機搭載型水冷ガソリンエンジンを戦車用として転用する手法は一式中戦車で確立されていたからでもあったのだろう。

 一式中戦車に搭載されたのは川崎航空機の九八式戦闘機などに採用されてライセンス生産されていたケストレルエンジンを改造したものだったが、より重量の大きい三式中戦車に同様の機動性を発揮させるために搭載されたのは、ケストレルと同じくロールスロイスで設計開発されたマーリンエンジンだった。

 実際には英国空軍のスピットファイアや日本陸軍の三式戦闘機などに搭載されているマーリンエンジンそのままというわけではなく、三式中戦車に搭載されたのはやはりガバナーなどの補機を戦車用に変更したミーティアエンジンだった。

 英国製ではなく、日本国内でライセンス生産されたものという点でも一式中戦車と同様だったが、川崎航空機が生産している分は主力戦闘機として増産が続いている三式戦闘機に搭載するので精一杯であり、日本海軍の二式艦上爆撃機や零式艦上戦闘機の改良型など向けに愛知時計電機が生産している分も、同社製の航空機の生産が減少した後もドイツ空軍機の爆撃などで生産が伸び悩んでいる本家である英国への逆輸出などに回されていた。
 だから三式中戦車に搭載されているミーティアエンジンは残る石川島重工業製の物だった。

 先の欧州大戦頃より英国企業との提携等による繋がりが深くなっていた石川島重工は、最近では三菱や中島、川崎といった先行する国内航空会社との技術競争を避けるためか、エンジン部門、それも次世代エンジンと言われるタービンエンジンやエンジン排気を再利用する排気過給器などといった特殊なエンジンや補機の開発に注力しているらしい。
 航空機用のマーリンエンジンから戦車用のミーティアエンジンへの改設計自体は英国で実施されたものだったが、三式中戦車に搭載された石川島重工製のミーティアエンジンは一部にそういったエンジン部門の研究成果を織り込んでいる日本独自設計が含まれているという話だった。

 そのミーティアエンジンは、大出力のマーリンエンジンを原型とするだけあって、ケストレルよりも回転数は大分高かった。戦車用に改造するにあたって回転数は落とされているはずだが、その点は一式中戦車でも同じはずだった。
 だからより高い回転数によってエンジン音も音量は変わらなくとも甲高いものになっているのかもしれない。池部中尉はそう考えていた。


 しかし、池部中尉の思案は唐突に遮られていた。事前の警告なしに三式中戦車が急ブレーキを掛けたからだ。

 最大の仮想敵であるソ連赤軍同様に、日本陸軍は行進中の射撃能力を戦車に要求していた。
 だが、これまでの日本軍戦車が装備していた小口径砲のように直感的な人力での操作を行うことが不可能だったから、三式中戦車では大口径長砲身となる長75ミリ砲の重い砲身をジャイロスタビライザーで安定化させてまで行進間射撃能力を持たされてはいたが、日本陸軍の基本的な小部隊戦車戦の戦術は歩兵部隊と同様にお互いを援護し合いながらの躍進にあることからしても停止しての躍進射こそが本命だと言えた。

 ある意味で繊細で高価なジャイロスタビライザーも躍進射における停車直後の砲の動揺を低減するものであると言っても良かったのだ。
 だから、連続した躍進射に必要不可欠なエンジン出力の加速性に加えていち早く安定した射撃を行えるようにブレーキ性能も可能なかぎり高められていた。

 通常は急ブレーキをかける際には事前に操縦手や指揮をとる車長からの警告があるはずだった。そうでなければ狭い車内で無理な姿勢をとりながら連続して重労働の装填作業を行わなければならない装填手などは体勢を保てずに大怪我をしてしまうのではないのか。
 だから唐突に急ブレーキを掛けられた三式中戦車の車内はひどく混乱しているようだった。池部中尉も咄嗟に監視塔ハッチの縁を指が白くなるほど強い力で握りしめて何とか体を持っていかれるのを防いでいた。


 池部中尉は停止したことを確認してから監視塔ハッチから勢い良く車内に滑り込んでいた。演習を終えて整備所まで戻るだけのつもりだったから、車内では固縛が不十分だった物品が散乱していた。
 装填手の田中一等兵は砲の部品に頭でもぶつけたのか、手を頭に当ててふらついていたし、砲手の由良軍曹は暑い車内で居眠りでもしていたのか、目を瞬かせながら砲手席からずり落ちかけた身を戻していた。

 その由良軍曹が不機嫌そうな声で操縦手の地井伍長に文句を言っていた。
「おいチイ兄ぃ、急に停めるときはあらかじめ言ってくれよって前から口を酸っぱくしてるじゃないの。田中なんか頭打っちまったし、中尉殿なんて外に吹き飛ばされそうになったぞ」
 慌てて車内に戻ってきた池部中尉を一瞥しながらそう言いながらも、流石に古手の下士官らしく由良軍曹は素早く田中一等兵の手をどけて傷口を見てから、問題ねぇなと小声でつぶやいていた。


 ふてぶてしいというよりも相変わらず飄々とした由良軍曹の様子に、思わず池部中尉は苦笑しながら首からかけた車内通話装置に手を当てていた。
「操縦手、状況を知らせろ。何があった」

 問われた地井伍長も要領を得ない顔で戦闘室の方に振り返りながら首をふっていた。
「いきなり目の前に人が飛び出してきたんですが……」
「戦車の前に飛び出してくる奴がいるかよ、コイツ30トン超えてんだぞ。戦車は急に止まれないって知らないのか。何処の素人だよ」
 由良軍曹はぼやくように言ったが、操縦席の地井伍長が呆れたような声で返していた。
「いや、この人は戦車、特に三式には詳しいと思いますよ」

 池部中尉は、田中一等兵の手当を続ける由良軍曹と一瞬顔を見合わせてから恐る恐る監視塔ハッチから顔を出していた。
 急停止した三式戦車小隊の前には、こちらに向かって手を振りながらゆっくりと歩いてくる一人の男の姿が見えた。眼鏡をかけた一見温和そうに見える男は、日本陸軍の将校用防暑衣に技術科所属を意味する黄色の胸章をつけていた。

 ただし、現場に赴くことが多いせいか、元は鮮やかだったであろう胸章は油汚れで元の色がわからなくなるほど汚れており、当然それが縫い付けられた防暑衣も汚れが目立っていた。

 主に自由フランス軍とインド歩兵師団を主力とする後詰めとなる一部の英国軍で構成される部隊が戦う北アフリカ戦線の最前線は遥か西へと移動していた。
 だから日本本国などからの物資が次々と陸揚げされるアレクサンドリアの補給状態は良好なはずであり、その技術将校の防暑衣も何度も洗濯されてよれよれとなった痕はあるのだが、染み込んだ油を落とすことは出来なかったのだろう。
 陸軍で使用される油は大半が軽質油だから衣類にしつこく固着することはあまりないと思うのだが、一部の燃料油などで使用される重質油を浴びたのか、それとも長時間の整備作業で染み込んだからもう抜け落ちなくなってしまったのかもしれない。

 その技術将校の顔は覚えていた。第71戦車連隊の一式中戦車から三式中戦車への装備転換に伴って池部中尉達戦車連隊の隊員たちに新型戦車である三式中戦車に関する座学を行った教官だったからだ。
 陸軍技術本部で戦車開発に携わっていたらしいが、このアレクサンドリアまでやってきたのは三式中戦車の配備に伴う作業だけではなく、技術資料の収集も任務だと言っていたような気がしていた。


 池部中尉は、強面の顔を意識しながらつくり上げると、監視塔のハッチから勢い良く飛び出して地面に降り立っていた。この場では最初が肝心なことになる。何故かそんな予兆があったからだ。

「服部技術大尉、でしたな。一体何のつもりです。戦車の前に飛び出してくるなんて死にたいんですか」
 不機嫌そうな声で池部中尉は言ったが、服部技術大尉は不思議そうな顔になっていた。
「三式のブレーキ性能なら問題ないよ。まだ劣化する時期でもないしね。君らがちゃんと前さえ見ていればもっと緩やかに停まっても大丈夫だったはずだ」

 池部中尉は毒気を抜かれそうになりながらも、無理に眉をしかめて文句を続けようとした。だがそれよりも早く服部技術大尉は振り返りながら仮駐屯地の通路の脇に建てられた建屋の向こうを指差した。
「そんなことよりも、君らが来てくれてちょうどよかった。すまないがあいつを牽引していってくれないか。三式なら二両もあれば十分引っ張っていけるはずだ。フランス人が適当な所に放り投げてくれたおかげで苦労するよ」

 服部技術大尉の視線に引きずられるようにして池部中尉は建屋の陰を覗き込んでいた。そういえばそこには何か巨大な物体が鎮座しているようだった。


 ―――まるで戦車みたいだな……
 そう怪訝に思いながら池部中尉は一歩踏み込んで、その影の正体に気がついてから絶句していた。たしかにそこにあったのは戦車だった。
 池部中尉の目に狂いがなければ、建屋の陰に隠れていたのはドイツ軍の新型戦車のはずだった。
三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html
一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html
三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html
零式艦上戦闘機(44型)の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m5.html
二式艦上爆撃機彗星の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d4y.html
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