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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943アレクサンドリアーベルリン13

 着艦直前の機体の操縦席から石井一飛曹が母艦を見下ろすと、飛鷹の飛行甲板の異様な形状が目に入っていた。石井一飛曹も元水上機乗りとはいえ、演習などで幾度も上空から日本海軍の正規空母を見ていたから、従来の日本空母と再改装工事後の隼鷹型とはの変更点は一目瞭然だった。

 この時期の日本海軍の航空母艦は、船としての艦体の上に航空関係の構造物を積み上げたような形をしていた。つまり強度甲板である上甲板の上に単段か多段の格納庫を設け、更にその上に島型の艦橋や各種航空兵装が配置された広大な飛行甲板を重ねて配置してあった。
 飛行甲板は格納庫構造物の前後端よりも長いからその部分は上甲板から伸ばされた支柱などで保持されている場合が多かった。

 小型空母である龍驤や海防空母の一部では艦橋が飛行甲板の下に配置されていたり、最新鋭の装甲空母である翔鶴型では強度甲板が上甲板ではなく装甲化された飛行甲板に変更されている上に艦体構造物と飛行甲板前側が一体化しているといった違いはあったが、どの空母でもこれまでは飛行甲板の基本的な形状に大きな違いはなかった。
 つまり前方がすぼまってはいるが、概ね艦体より僅かに短い四角形をしているということだった。飛行甲板は上甲板から離して配置されているから艦体と同一形状というわけではなかったが、上部構造物のバランスを取る必要などから極端に艦体の形状と異なるということはなかった。
 少なくともこれまでの飛行甲板はそうだったのだ。


 しかし、英国での再改装工事を終えた隼鷹と飛鷹の2隻は、改装工事前の自艦を含むこれまでの日本海軍航空母艦とは飛行甲板の基本的な形状に変更が加えられていた。
 具体的に言えば従来の艦首方向が窄められた細長い四角形をした飛行甲板に、艦体幅の半分ほどもありそうな巨大な張り出し部分が追加されていたのだ。
 次期主力空母に採用予定の艦橋構造の事前試験を兼ねて煙突と一体化したことで日本海軍の空母としては著しく巨大化していた隼鷹型の艦橋と釣り合いを取るかのように、飛行甲板の張り出し部分は艦橋から見て左舷側に設けられていた。

 そして、飛行甲板の張り出し部に追われるようにして、本来は艦橋のない左舷側に余裕を持って配置されていたはずの対空火器群が窮屈そうに艦尾側の舷側に押し込まれて再配置されていた。
 この飛行甲板の張り出し部分こそが、改装空母にすぎない隼鷹型に正規空母並みの航空機運用能力を与えるために航空本部と艦政本部が考え抜いた上に採用された秘密兵器だった。


 この飛行甲板の張り出し部分は、元々着艦機の移動用として計画されていたものだった。現在の航空母艦の運用では、攻撃隊などで出撃した多数の機体が短時間で着艦する場合、特に小型の空母では大量の滞留機が発生していた。
 艦尾から着艦した機体は、油圧などを用いて強力に展張されたワイヤー群である着艦制動装置に自機からの着艦フックを捉えさせて飛行甲板の半ばほどで停止させられるが、その後は着艦に失敗した機体を最後に受け止める頑丈な着艦静止柵の先に設けられた艦首部の着艦機収容区画に移動して格納庫への収容を待たされることになっていた。

 通常の空母は飛行甲板と格納庫を結ぶエレベーターを3基、乃至2基装備しているのだが、この内着艦時に使用できるのは実質上前側の1基のみだから着艦が連続するとエレベーターの能力が追いつかなくなってしまうのだ。
 これはエレベーターが概ね飛行甲板の中心線に配置されていたために、実質上飛行甲板の一部をなしていたからだ。つまり前部はともかく、中央部と後部のエレベーターは着艦機のある場合は着艦作業に備えて常に飛行甲板と面一の状態にしておかねばならなかったのだ。

 実はこの時前部エレベーターも常に昇降作業を継続できる訳ではなかった。一度着艦した機体を飛行甲板前方の収容区画に移動させるためには、着艦静止柵を一度格納したうえで前部エレベーターの上面を飛行甲板と合わせないと行けなかったからだ。
 飛行甲板の張り出し部分はこの無駄となる時間を短縮させるための工夫だった。

 一度着艦した機体は、着艦制動装置のワイヤーを捉えて飛行甲板中央部で停止するまでは以前と同様だが、着艦した場所から着艦制止柵を超えて前方に移動するのではなく、着艦機収容区画への移動経路は以前の飛行甲板から張り増しされた部分を伝うものに変更されていた。
 だから着艦作業や着艦機収容区画への移動中も、着艦制止柵は上げ続けたままだし、着艦作業中は飛行甲板と格納庫を繋ぐ唯一の移動手段となる前部エレベーターも着艦機の移動と関わりなく稼働を継続することが出来た。


 また、張り出し部分は着艦作業時にだけ使用されるわけではなかった。通常航行時には艦載機の大型化を受けて最近の空母で増える一方の露天繋止場所として主に緊急発進用の艦上戦闘機の駐機に使用される予定だった。
 実は同様の装備は蒼龍型でも存在していた。湾曲煙突の上部に設けられた張り出し桁がそれだった。これは改装後の隼鷹型のように本格的な飛行甲板面積を拡張するようなものではなく、海面に向かって湾曲した煙突の上部に当たる空いた空間に頑丈な係留用の枠を飛行甲板横から張り出したもので、軽量の艦上戦闘機に限られるが尾輪をこの枠に載せて外舷側に機尾をむけて繋止するものだった。
 これは米国海軍の航空母艦で採用されていた同様の構造を模倣したものだったが、飛行甲板を空けたまま露天繋止によって搭載機を増大させることが出来ていた。

 考え方によっては、隼鷹型の張り出し甲板はこの蒼龍型で採用された桁をより本格的なものに再設計したものと言っても良いのかもしれなかった。あるいは煙突が艦橋構造物と一体化した隼鷹型では同じやり方では張り出し桁を装備できないのだから、形状が変更されたと考える事もできた。。
 ただし、蒼龍型の張り出し桁は駐機場所としか使用できないが、張り出し甲板は重量が増大する上に対空火器の射界を妨害することにもなるが、より積極的な使用が可能だった。


 着艦時の移動経路だけではなく、飛行甲板張り出し部分は発艦作業時の一時待機場所としても使用できた。しかも蒼龍型の張り出し桁と違って張り出し甲板は飛行甲板や艦体側の構造物とは分厚い支柱に溶接を用いて強固に一体化されているから、重量級の艦上攻撃機を複数配置しても構造上の問題は生じなかった。

 攻撃隊の発艦時にこの張り出し部分で待機するのは射出機の使用を前提とする大重量の艦上攻撃機だった。
 再改装後の隼鷹型が攻撃隊を発艦させる際は、まず飛行甲板前端の射出機に艦攻を配置することになる。
 後方に自力での発艦となる艦上戦闘機、艦上爆撃機を配置するのは他の正規空母と同じ配列だが、爆装した艦爆の滑走距離を長く取るために艦爆隊の発艦待機位置は飛行甲板の後端に置かれていた。
 そして攻撃隊に参加する残りの艦攻や場合によっては艦爆の一部までが、自力発艦する機体の滑走の邪魔にならないように飛行甲板の張り出し部分で待機することになる。

 発艦作業は当然射出機に接続された艦上攻撃機から開始されることになる。隼鷹型の飛行甲板前端には2基の射出機が左右舷に配置されていたから、短時間の間隔をおいて連続して最初の2機が発艦されることになる。
 この2機は最初に発艦するため他機の発艦を待って編隊を組むために空中待機時間が最も長くなること、この待機時間を利用して空中での機器の確認調整が行えることなどから機載式の電波探信儀や電波妨害装置などを搭載した空中指揮官機やその予備機、電子戦闘用の機体となることが多かった。

 開戦前までは考えられないことだったが、現在では編隊の攻撃力を低下させることになったとしても、広範囲の索敵や逆に敵射撃、捜索電探の作動を妨害する電波兵器を搭載した機体を随伴させたほうが編隊機の損害を局限できるから、結果的に部隊としての戦力を向上させることが出来るという認識が広まりつつあった。
 また、電探などの電波兵器は外観こそ魚雷や大型爆弾に類似していたが、その中身は言ってみれば電線や真空管の塊であるから重量は攻撃兵器に比べると遥かに軽く、当然の事ながら空中待機中の燃料消費量もより少なかった。

 電波兵器搭載の艦攻に続いて発艦するのは、自前の推力だけで発艦する艦上戦闘機隊だった。艦戦は張り出し部分で待機する残りの艦攻をすり抜けるようにして従来通りのやり方で発艦していくことになる。
 そして、その間飛行甲板下に設けられた射出機動力室では油圧ポンプが最大出力で稼働しながら蓄圧器への加圧を行うことになる。その蓄圧器内の油圧が十分な圧力に足した時点で、発艦指揮官が自力で発艦している機体の滑走開始を停止させるとともに、張り出し部分で待機していた次の艦攻を射出機に誘導して射出を再開する。

 このあとは射出機の蓄圧作業と同時の自力発艦と、その合間を縫っての射出機による発艦が連続することになる。
 これにより射出機による大重量機の短時間での発艦と軽量な機体での自力での発艦を組み合わせることで、速力の低い隼鷹型でも正規空母並みの規模の攻撃隊の出撃が可能となるはずだった。

 張り出し甲板の存在は信頼性が十分とはいえない射出機の運用でも安心して行えることになった。仮に射出機が故障したとしても、飛行甲板の滑走部分の空間は開けられているから、最悪艦上戦闘機と艦上爆撃機だけでも出撃することが出来るからだ。
 それに飛行甲板から発艦する機体がなくなって全ての空間を滑走に使用することができれば、条件次第ではあるが射出機を用いなくとも重量のある艦上攻撃機でも発艦は不可能ではないはずだった。


 再就役後の隼鷹型では水上機や陸上攻撃機隊からの転属者に対する集中した空母への発着艦訓練とともに、この飛行甲板張り出し部分を用いた連続発艦、着艦訓練が実験を兼ねて度々行われていた。
 英国本土周辺で訓練を行っていた第4航空戦隊は、隊編制を組む駆逐隊と合同すると地中海戦線への投入のためにジブラルタル海峡に移動していた。地中海に入る直前に、ジブラルタル沖で航空戦隊単位の訓練の総仕上げを行うとともに、同じく遣欧艦隊に新たに配備された最新鋭の翔鶴型正規空母2隻を中核とする第5航空戦隊との合同訓練をも行っていた。
 この訓練が終了した後はジブラルタル泊地で最後の休息と艦の整備を行うこととなっていた。

 その後は遣欧艦隊の総力を上げた作戦に参加するという噂があったが、正確な話は搭乗員には伺い知れなかった。
 ただし、2個航空戦隊に加えて戦艦戦隊をも含む大規模な補充を受け取った遣欧艦隊が何かしらの大規模作戦を行うのは暗黙の了解となりつつあった。


 だが、その中で飛鷹には訓練の合間を縫ってある実験が行われようとしていた。その実験を見守っていたのは飛鷹の航空要員や手隙の乗員だけではなかった。複数の航空戦隊による輪形陣の形成訓練とその間の着艦訓練を終えた2個航空戦隊の手隙の要員がほとんど見ていたのではないのか。
 勿論非公式な実験なのだからそんなはずはないのだが、他の機体の着艦が終わった中で2個航空戦隊分4隻の空母上空を実験のために唯一機だけで飛行しなければならない石井一飛曹は、艦隊の全員が自分の一挙手一投足を監視しているような気がして思わず冷や汗を浮かべていた。

 石井一飛曹がこの誰かの思いつきで始まったかのような実験の参加者となったのは特に腕を見込まれたというわけではなかった。ある意味ではそうなのかもしれないが、少なくとも空母への発着艦の技量が優れていたからではなかった。
 むしろ水上機の操縦になれていた石井一飛曹の発着艦の技量は母艦搭乗員から元陸攻隊員、新兵まで入り混じったこの航空隊の中では並とされていた。艦上機の経験ではないにせよ、石井一飛曹は水上機の搭乗経験は長いからあまり誇れたものではなかった。
 その代わり二式水戦の搭乗経験は長かったから、新たな愛機である零式艦上戦闘機44型を操縦する腕前では航空隊でも上位を占めるという奇妙なことになった。
 今回の実験で石井一飛曹が選抜されたのはその辺りが原因であるらしい。

 つまり、発着艦自体は並の腕だから新兵や転出者を対象とした今後の教範に生かせるということらしい。下手に名人が実験に成功してもそれで誰もができるかどうかはわからないというのだ。
 なにか馬鹿にした話のような気がするが、仮に実験が成功しても機体の操縦そのものには慣れているのだから、何か齟齬があっても立て直せるだろうと言われれば自分が選ばれたのも納得するしか無かった。


 しかし、石井一飛曹はこの実験を引き受けたのを最後になって後悔し始めていた。飛鷹への着艦進路には入っているはずだが、艦首尾線に対して角度を持って横滑りしながら進入しているものだから、これが最適な進路なのかどうか自信がなくなっていたのだ。
 あとは、艦尾から飛行甲板の張り出し部分に向けて斜めに描かれた滑走路帯の標識を信じるほかなかった。だが急遽この実験のために描かれた標識線は今日連続して行われた発着艦試験のために早くも塗料が剥げかかっていた。
 その様子に思わず石井一飛曹はため息をついていた。
隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html
零式艦上戦闘機(33型)の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m4.html
蒼龍型空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsouryuu.html
翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html
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