挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
156/275

1943アレクサンドリアーベルリン11

 隼鷹型航空母艦の2番艦である飛鷹は、1番艦である隼鷹と同じく、元々は日本海軍の航空母艦として建造された艦艇ではなかった。優秀船舶建造助成施設法案を利用して建造されようとしていた日本郵船の豪華客船橿原丸と出雲丸の二隻がその母体だった。

 優秀船舶建造助成施設法案は、第一次欧州大戦の影響で増大した老朽船の解体とその代船となる高性能の新造船建造に対して補助金を交付する法案だったが、その背景には新時代の大量輸送に適応できない老朽船の置き換えという表向きの目的の他に、有事の際に徴用対象となる優秀商船の数を確保するという陸海軍の意向も反映されていた。
 特に日本海軍は大型かつ高速の貨客船に対して改装空母の母体として大きな期待を寄せており、建造時から予め空母に改装する際の工数を最低限とするために設計変更がなされていた程であったらしい。

 しかし、当初の計画に反して欧州の政治情勢が悪化して今次大戦が勃発した直後から空母への改装が開始された貨客船の数は極めて少なかった。発着艦作業や、正規の戦闘艦で構成される艦隊への随伴のために高速力が要求される航空母艦の改造母体に適している高性能の大型貨客船の多くが、別の作業に従事していたからだ。


 この時期、反ユダヤ主義を掲げるナチスドイツによって、ドイツ国内さらには開戦直後のポーランド占領、さらには西方戦役によるフランス等の降伏等によって拡大されたドイツの勢力圏内からユダヤ人の排斥が公的かつ大々的に行われていた。
 市民権や職業、財産を奪われたユダヤ人達は収容所やゲットー内に隔離されていたが、彼らの処遇をめぐってはナチス党内にも様々な議論があったらしい。
 反ユダヤ主義に従ってユダヤ人を隔離したのはいいものの、当時はまだドイツと正式な交戦状態にはなかった日本帝国やシベリアーロシア帝国などの世論を考慮すれば彼らを物理的な意味で排除することは難しかった。

 かといって収容所やゲットー内に押し込めて監視するのには予想以上の労力と資金が必要であり、短期的にはユダヤ人社会から搾取した資産で賄うにしても、長期間彼らを収容、監視し続けるのはリスクが大きすぎた。
 勿論強制労働による生産活動も行われていたが、親衛隊などの監視下で行われるユダヤ人達の生産性は低く、効率は決して良くはなかった。
 その中でユダヤ人の絶滅や収容に代って出てきたのが、ヴィシーフランス領であったアフリカ東岸沖に浮かぶマダガスカル島への集団移住計画だった。


 石井一飛曹達日本人の殆どは詳細を知らなかったが、前世紀の終わりに発生したフランス共和国内の局所的な政治異変、いわゆるドレフェス事件の後フランス国内の少なからぬユダヤ人が、国粋主義者などに広がっていた反ユダヤ主義を恐れて、ユダヤ系ハンガリー人の新聞記者から政治家に転じたテオドール・ヘルツルらの指導の元でフランス植民地であったマダガスカル島に逃れていた。

 しかし、このマダガスカル島植民地へのユダヤ人の集団移住は、当時の参謀本部情報部長であったピエール大佐などの後押しを受けてヘルツルら初期シオニズム運動活動家の強力な指導のもとに行われたとはいえども、フランスからみれば本質的には棄民政策に他ならなかった。
 フランス政府からすれば、本国からユダヤ人がいなくなりさえすれば、反ユダヤ主義を急進的な国粋主義者が唱える危険性を排除することが出来るとでも考えていたのではないのか。
 おそらくナチスドイツが今次大戦においてユダヤ人をマダガスカル島に移送する計画を立てたのも、この半世紀前のフランス政府の政策を見習ったのだろう。

 このマダガスカル島移住計画は、西方戦役後に急速に現実化はしたものの、英国政府の抗戦継続などによって一時は頓挫すると思われていた。そこに第一次欧州大戦で大量発生した難民問題に国際連盟の難民高等弁務官が介入を開始していた。
 ドイツ国内の収容所内の環境を憂慮した難民高等弁務官は、このままドイツ領内にユダヤ人を放置すれば、効率の悪い収容所運営に見切りをつけたナチスドイツ上層部がユダヤ人の虐殺まで行き着いてしまうのではないのか、そう憂慮したらしい。
 そして世界第三位の船団を維持し、この時点では表向き中立を表明していた日本帝国政府にユダヤ人のマダガスカル島への移送の実施と中立の護衛戦力の派遣を要請していた。

 ただし、このユダヤ人移送計画は難民高等弁務官が単独で考案した案だとは思えない節があった。というのもこの時点では確かに日本帝国は中立を表明はしていたものの、軍籍を離脱した退役兵による義勇兵という建前で英国本土航空戦に日本人部隊が参加していたことが示すように、英国側にたっての参戦をすでに決意していたはずだった。
 ユダヤ人移送計画もこの計画を隠れ蓑にして大規模な戦力を先行して欧州に派遣することも目的の一つだったはずだ。
 実際にユダヤ人をマダガスカル島まで護衛していた艦隊の主力は地中海にとどまり、日本帝国がドイツなど枢軸国への宣戦を布告したと同時に遣欧艦隊を編成していた。


 だが、このユダヤ人移送計画は、日本海軍にとって正式参戦前に戦闘艦だけではなく、移送計画に必要という建前で多くの支援艦艇などをアレクサンドリアなどに派遣することが出来た一方で、開戦前に想定していた出師準備作業に大きな影響をあたえることにもなっていた。
 予備役艦となっていた正規軍艦の現役化といった作業には支障はなかったが、それら正規の戦闘艦を有事の際に支えるはずだった特設艦艇の徴用は開戦直後は遅々として進んでいなかった。
 特設巡洋艦や特設航空母艦などの大型で有力な特設艦艇の母体となるはずだった大型貨客船、貨物船の多くが先行してユダヤ人移送計画に駆りだされてしまっていたからだ。


 ユダヤ人移送計画はドイツ勢力圏内に居住していた多くのユダヤ人を、欧州から遠く離れたマダガスカル島まで一気に移送する一大移住計画だった。北ドイツロイドの最新鋭大型客船であるシャルンホルスト、グナイゼナウ、ポツダムの三姉妹やフランス占領の際に鹵獲されていたイル・ド・フランスなどの旧フランス籍の欧州貨客船に加えて、新田丸級などの日本船籍の大型貨客船の内使用できるものの大半がこの計画に参加していたと言っても過言ではなかった。

 当然のことながら、改装対象となる貨客船が海軍に徴用できる状態にないのだから、本来であれば出師準備作業で開始されるはずだった改造工事が行えるはずも無かったのだ。
 この改装工事の例外となっていたのがこの時点で建造中、あるいは公試中であった大阪商船の報国丸型と日本郵船の橿原丸型だった。このうち報国丸型は主に長距離船団護衛を目的とした大型特設巡洋艦に改装されたが、橿原丸型2隻だけが開戦以前からの計画通りに特設航空母艦に改装されていた。


 もっとも、初期の計画通りに改装された特設航空母艦が2隻に過ぎなかったのは、確かに改装対称となるはずだった貨客船が日本本土に不在だったせいだが、日本海軍が当座は連合艦隊の航空戦隊に充当させるための空母が間に合っていたこと、そして最も大きな理由として、実際には特設航空母艦が限定的な使用しか出来ないことが次第に周知されていったことも理由になっていたのではないのか。

 今次大戦で日本海軍と対峙することになる洋上戦力はドイツ、イタリアそしてヴィシー・フランスの三カ国の海軍だったが、この内航空母艦を運用しているのはヴィシー・フランス海軍だけだった。

 ドイツ、イタリア両海軍は正規、改装それぞれからなる航空母艦の保有を目指してはいたが、その工事は中止されているか、大幅な遅延が見られるとの事だった。
 それ以前に仮に両海軍で航空母艦が就役したとしても、これまでの洋上航空戦力のまともな運用経験もないところから戦術を確立するまでには長い時間がかかるはずだった。
 ヴィシーフランス海軍は再軍備の開始によって新鋭空母ジョッフルの建造を再開するとともに、枢軸海軍での唯一の航空母艦であるベアルンを運用していることになってはいたが、実際には日本海軍で言えば天城型空母と同世代の旧式艦の上に、日英海軍のように旧式艦に対する大規模な近代化改装の機会を逃していたことから、現在では2線級の戦力にしかならないと判定されているらしい。


 つまり地中海に投入された日本海軍の空母部隊が敵空母との機動艦隊決戦を行うことは考えづらく、仮に敵空母部隊と遭遇したとしても多数の空母を集中配備された日英艦隊の敵ではないはずだった。
 そして日英の空母部隊が実際に相手取るのは陸上基地に配備された部隊になるが、強固な防備がほどこされた陸上基地群に対して強襲をかけるには打撃力、防護力に優れる大型空母、できれば最新鋭の装甲空母を集中して投入するのが一番効率が良かった。

 脆弱な改装空母や軽空母が陸上基地との戦闘で不利となるのは、軽空母である龍驤が昨年度のマルタ島沖海戦であっさりと撃沈されてしまったことで証明されていた。
 それに実際にはこれまでの戦闘で改装空母が最前線に出動した例はなかったが、中途半端な性能しか持たない改装空母では正規空母を揃えた空母部隊の足手まといにしかならない可能性が高かった。
 商船としては高性能のものが改造母体になっていたにも関わらず、低速の改装空母では最新鋭機を運用することが出来なくなっていたのだ。

 開戦前に建てられていた改装空母計画では、その運用機は当時の最新鋭機であった零式艦上戦闘機の初期型や九七式艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機などであり、いずれも2トン級の自重だったが、現在の主力である零式艦上戦闘機33型、44型や二式艦上攻撃機天山、二式艦上爆撃機彗星は自重だけで3トン級になるし、搭載兵装重量も大きかった。
 勿論これらの新鋭機は大重量を反映して着陸、離陸速度共に大きいことから、飛行甲板面積が限られる上に速力の低い改装空母から自力での発艦を多数機が一気に行うのは難しかった。
 事実、これまで旧式機しか運用できなかった隼鷹型改装空母に与えられていた任務は、搭載機を防空、対潜用途と割りきったうえでの船団護衛ばかりだった。


 これまでの日本船籍の客船としては最大級かつ高速が要求されていたはずの橿原丸型でさえこれだったのだから、それよりも小型で航行性能に劣る新田丸などを改造しても使い道は限られていたのではないのか、おそらく開戦直後に改装空母の工事に着手していたとしても、航空機輸送や船団護衛に使うしか無かったはずだ。
 そして、それらの任務であれば大量建造が行われていた戦時標準規格船を使うか、戦時標準規格船の発展型である海防空母を使用したほうが効率は良いはずだった。
 改装空母の同型艦は原型が貨客船である以上は2,3隻が限度だが、戦時標準規格船を原型とした船団護衛用の空母である海防空母は続々と就役しつつあり、その建造数は少なくとも10隻単位にはなるはずだったからだ。
 整備や艦型に適用した機材を開発するのも同型艦が多いほど最終的な費用な低減できるはずだった。


 結局、新田丸型などの空母改装を一旦は諦めた日本海軍は、ユダヤ人移送計画の終末において鹵獲されたドイツ船籍の高速客船シャルンホルスト級三隻を日本に回航して改装空母の母体として活用することにしていたが、やはり原型が高速船であってもその任務は航空機輸送が主なものになると噂されていた。

 そして本来空母に改装されるはずだった優秀船舶建造助成施設法案の助成金で建造された優秀貨客船の多くは需要が拡大していた上に、さほどの高速度が要求されない兵員輸送艦などへと最小限の改造を受けて再就役していた。
 兵員輸送艦であれば同型艦が少ないために仕様差が大きくなったとしても、輸送するのが人間だから効率に違いが出にくい上に改装期間も短時間で済むからだった。


 だが、隼鷹型の2隻だけはその例外として、船団護衛任務を解かれると再度の大規模な改装を受けるとともに、特設航空母艦から正規の軍艦である航空母艦に再類別された隼鷹、飛鷹の2隻に1個駆逐隊を加えた正規の航空戦隊を編制して遣欧艦隊に編入されていた。
 これは昨年度のマルタ島をめぐる攻防戦で遣欧艦隊に配属されていた龍驤、赤城の2空母が撃沈されたためその代替戦力とするためだったが、隼鷹型の能力は改装空母としては高く、速力を除けば中型空母である蒼龍型にも匹敵すると期待されていたためでもあった。
 遣欧艦隊の編入前に英国本土で行われた改装工事によって2隻の隼鷹型は最新鋭の英国製油圧射出機を飛行甲板最前部に装備するとともに、滑走制止索や制動装置を大容量のものに換装していたから、高速の零式艦戦44型や二式艦上爆撃機、二式艦上攻撃機といった重量級の新鋭機でも運用を可能としていたのだ。


 ―――だが、その改装工事のお陰でこんな奇妙な実験に付き合わされるはめになったというわけか……
 着艦前最後の第4旋回を終えて着艦を行おうとしている機体の制御を両手両足を使って慌ただしく行いながらも、現状に対する愚痴ともいえない考えが石井一飛曹の脳裏をよぎっていた。
 予めわかっていたことだが、着艦誘導灯は角度の関係から使用することは出来なかった。搭乗員である石井一飛曹の経験と勘だけを頼りに零式艦戦44型はしずしずと飛鷹の飛行甲板に向けて降下していたが、機体の進行方向は飛鷹のそれとは一致していなかったからだった。
隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html
零式艦上戦闘機(11型~22型)の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6.html
零式艦上戦闘機(33型)の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m4.html
零式艦上戦闘機(44型)の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m5.html
二式艦上爆撃機彗星の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d4y.html
二式艦上攻撃機天山の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/b6n.html
三原型海防空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvmihara.html
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ