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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943アレクサンドリアーベルリン7

 この時期、海上、河川からの上陸戦闘や植民地などの警備にあたる海兵部隊を軍種として独立させずに海軍に所属させている国家は少なくなかった。というよりも海兵隊という大規模な部隊を抱える兵力を独立した軍として保有しているのは米国のみで、その米海兵隊も海軍と縁が切れた組織というわけではないらしい。
 だが、降下猟兵部隊のように輸送機などの航空部隊と密接な関係があるというわけではなく、ましてや陸軍の補充に後方部隊を転用させる野戦師団などでも、基地警備部隊ですらなく純粋に野戦での使用を前提として戦車のような重装備まで支給された師団級の部隊を空軍に所属させているのはドイツ空軍だけではないのか。

 そのドイツ空軍が有する有力な地上戦闘部隊であるヘルマン・ゲーリング師団は、陸軍のグロース・ドイッチュラント師団などと並んで部隊名称に番号が付されない名誉ある師団として扱われていた。そういった意味では皮肉にも敵対するソ連軍の親衛師団の位置づけに近しいのではないのか。
 そして、やはりグロース・ドイッチュラント師団と同様に元々は師団編制ではなく、もっと小規模な部隊を母体として再編成を繰り返しながら巨大化していった組織だった。
 開戦前後の連隊規模から先ごろの師団への改変が行われた時期も概ねグロース・ドイッチュラント師団とヘルマン・ゲーリング師団で同様だった。

 グロース・ドイッチュラント師団はワイマール共和国時代に政府機関などを防護するために設立されたベルリン衛兵連隊を母体としていた。他の番号が付された師団と違ってドイツ全国から優秀な兵が集められたグロース・ドイッチュラント師団は、ベルリン衛兵連隊、グロース・ドイッチュラント連隊と部隊呼称や規模は変わっていったが一貫して陸軍のエリート部隊であることに違いはなかった。
 ヒトラー総統の直接護衛を行う総統護衛隊の母体の一つともなっていたように、グロース・ドイッチュラント師団は総統や政府機関の防衛部隊をその土台としていた。

 首都ベルリンの防衛部隊から始まり、ヒトラー総統とも深い繋がりを持つグロース・ドイッチュラント師団に対して、ヘルマン・ゲーリング師団はその名の通り空軍総司令官であるヘルマン・ゲーリング国家元帥との繋がりを持つ部隊だった。
 ナチス党が政権を掌握し、その幹部の一人であった当時のゲーリング元帥がプロイセン州内相に就任した際にプロイセン警察内に編制させた特殊任務警察大隊こそが今に続くヘルマン・ゲーリング師団の母体であった。
 特殊任務警察大隊はゲーリング元帥の前妻から名付けられた別荘カリンハルなどの警備にもあたっていたから、そういう意味ではシュルツ軍曹と名乗った年若い下士官が評したゲーリング元帥の護衛部隊というのもあながち間違いではなかった。

 ただし、特殊任務警察大隊は決してベルリン衛兵連隊のような純粋な護衛部隊ではあり得なかった。初代隊長であったビッケ警察少佐をはじめとする指揮官クラスはナチス党シンパや党員そのものであり、プロイセン州警察内にあってゲーリング元帥に忠誠を尽くす特殊な部隊だったからだ。
 今となっては正確なところは分からないが、ナチス党に反発する集団の摘発などの表沙汰に出来ない超法規的な任務も含まれていたのではないのか。シュルツ軍曹のような若い世代はよく覚えていないかもしれないが、ナチス党が政権を掌握していく過程で幾度か容赦なく政敵を排除し、その後何事もなかったかのように振舞っていたことがあった。
 排除されていったのはナチス党の政敵に限らなかった。ナチス党の私兵集団であった突撃隊も指揮官らが増長し、軍部や当時のヒンデンブルク大統領をも公然と非難し始めた為に、親衛隊やゲシュタポの手によって粛清されていた。
 その長いナイフの夜事件でもヘルマン・ゲーリング師団の前身であるヴィッケ警察少佐率いる特殊任務警察団が突撃隊幹部の拘束に駆りだされていた。

 その後ヴィッケ警察少佐が指揮官の座から離れた後も特殊任務警察大隊は、ゲーリング元帥がプロイセン州内相、のちに首相から空軍総司令官へと就任するにしたがってその後を追うように空軍に移籍して降下猟兵編制となり、名称もその総司令官の名を冠したゲネラル・ゲーリング連隊へと移行していた。
 しかし、所属が空軍に移管してから後も、ゲネラル・ゲーリング連隊は空軍の正式な命令系統から外れて、ゲーリング元帥の個人的な思惑で動くことが少なくなかったようだった。
 ナチス党の中では例外的と言っていいほどユダヤ人問題や国際関係においては穏健派であったゲーリング元帥の個人的な命令によって、ユダヤ人への組織的な暴動が起こった水晶の夜事件では宣伝相のゲッペルスらが暴動を煽りててていたのに対して、ゲーリング元帥は親しいユダヤ人を保護すると同時にゲネラル・ゲーリング連隊を暴動鎮圧のために出動させていた。

 だが、この独断で行われた暴動鎮圧がゲーリング元帥の政治的な立場を危うくさせていたのも事実だった。それ以前から反ユダヤ主義に否定的だったゲーリング元帥だったが、これ以上ユダヤ人をかばうのは失脚の恐れすらあった。
 何故ゲーリング元帥がそこまでユダヤ人に寛容を示しているのかは分からないが、対立するゲッペルス宣伝相やヒムラー親衛隊長官にとってそれは足を引っ張る格好の材料となっていたはずだ。
 それからしばらくしてゲネラル・ゲーリング連隊が空軍総司令官の護衛部隊から実戦部隊としての性格を強くしていったのも、ゲーリング元帥との個人的な繋がりを弱めようという意思が何処かから働いた結果ではなかったのか。
 当時の空軍内ではそのような噂が飛び交っていた。それにその後の西方戦役では緒戦で空軍による地上攻撃が成功を収めたものの、ダンケルクからの英軍主力の撤退阻止の失敗、英国本土航空戦における実質上の敗北、東部戦線における損耗の拡大などのドイツ空軍の一連の不振に加えて、戦前からのユダヤ人への寛容もあってかゲーリング元帥に対するヒトラー総統からの信頼は失せつつあるといわれ、その存在感はナチス党幹部の中で急速に薄れつつあった。


 しかし、ヘルマン・ゲーリング師団の面々と話してみると実際には噂と違って、未だにこの部隊にはゲーリング元帥がかなり深く関与しているようだった。デム軍曹がこの部隊に対して詳しくないと思ったのか、シュルツ軍曹たちは自慢気に説明を始めたのだ。そこからは彼らがゲーリング親父と呼ぶゲーリング元帥に対する親愛の情が感じられるものだった。
 もっともそれも当然のことかも知れなかった。彼らの中にはヘルマン・ゲーリング師団の規模拡大によって陸軍から移籍した兵士も少なくなかったようだが、そうであったとしても自分たちの装備の優遇をもたらしたのが誰なのかが分かれば空軍兵士たちに同調していったのではないのか。デム軍曹はそう考えていた。

 シュルツ軍曹は彼らの背後で停車していた列車の中ほどに連結されていた貨車の上で防水布に包まれている塊を指差しながら、自慢気にいった。
「あれがゲーリング親父から俺達へのプレゼントってわけさ」
「子供の玩具にはでかいな。戦車か……四号じゃないのか」
 北アフリカで何度か目撃した角ばった四号戦車の姿を思い浮かべながらデム軍曹がそう言うと、シュルツ軍曹は予想通りの反応だったのか、にやりと笑みを見せた。
「いや、四号じゃないんだ。改良型じゃない、本当の新型戦車だぜ」
 デム軍曹がシュナイダー曹長に顔を向けると彼も力強くうなずいてみせた。
「四号戦車じゃなくて五号戦車だ。パンターと呼ばれている。あのキャンバスの下の砲身がわかるか」
 そういいながらシュナイダー曹長はデム軍曹に防水布の下から盛り上がって伸びている直線部を指し示した。
「かなり長いな……」
「四号F2の75ミリ砲は43口径だが、パンターの主砲は同じ75ミリでも70口径だ。本来なら重戦車や対戦車自走砲にでも使うような砲だ」
 デム軍曹は呆気にとられて物干し竿のように恐ろしく長い砲身なのであろう防水布に隠された直線を何度も見ていた。

 そんなデム軍曹の様子にお構いなしに、シュルツ軍曹の自慢は続いていた。もっともその殆どが五号戦車の詳細なスペックで、この戦車がこれまでの彼我の戦車と比べてどれだけ優れているかを自慢したいようだった。それだけこの戦車に惚れ込んでいるのだろう。
 もっとも戦闘機搭乗員であるデム軍曹がどれだけ戦車のことを把握しているのかはシュルツ軍曹は全く気にしてはいないようだった。
 シュルツ軍曹の長話を半ば聞き流していたデム軍曹はふと視線を横に向けた。なんとなく違和感があったのだ。後続する貨車に乗せられた防水布が目の前の五号戦車に被せられたものよりも一回り小振りであるように思えたのだ。

 その視線に気がついたのか、自慢気な説明を続けるシュルツ軍曹を呆れたような目で見ていたシュナイダー曹長が苦笑しながらいった。
「残念ながら五号は1個中隊分だけでね。大隊長車と第1中隊だけが五号に改変されただけだ。これでも生産が始まったばかりの初期型をゲーリング元帥が無理を言ってかき集めてくれたらしいんだが」
「だけど曹長。俺達の戦車だって四号は四号でもG型ですよ……しかし、俺達も早く新型に乗りたいよな」
 シュルツ軍曹がそういうと、周囲の戦車兵達が同意の声をあげていた。同行する擲弾兵たちもうなずいていた。

 シュナイダー曹長は次に擲弾兵の下士官からMP43を受け取るとデム軍曹に示した。
「俺達は装甲部隊だからな。こいつら擲弾兵の役割は敵歩兵の浸透阻止になるから、射程が短くとも弾をばら巻ける方がいい。それでこのMP43も元帥からのお贈り物というわけだ」
 後ろの擲弾兵の下士官が自慢気に頷くなか、デム軍曹はふと気にかかっていたことを尋ねていた。
「そのMP43は重くないのか。それと……あの五号戦車だが、かなり重量もありそうだが四号戦車と同じ大隊に配備されるということは、ティーガーのような重戦車ではなくて扱いは中戦車なのか」
 シュルツ軍曹がそれを聞くなり興奮した様子で何かを言い返そうとしているのを手で制しながら、シュナイダー曹長は苦笑しながら頷いていた。
「たしかにこのMP43は日本軍の一式短機関銃などと比べればかなり重いよ。まぁイワンのバラライカだってかなり重いし、こいつらは装甲車に乗って楽してるからな」
 擲弾兵たちは混ぜっ返すように笑い顔で文句を上げたが、シュナイダー曹長も苦笑したままで続けた。
「銃も重いが、ばらまくから弾も大量に運ばなくちゃならん。俺達のところみたいに装甲化、自動車化された部隊はまだいいが、徒歩部隊でこれを使うのは大変そうだ。それとパンターも確かに重い。ティーガーほどではないが、俺達が乗り込む四号G型や日本軍の一式戦車は20トンちょっとだが、パンターはその倍ってところだ。重戦車と間違うのも無理は無いよ」
 シュナイダー曹長は眉をしかめていたが、シュルツ軍曹は不満そうな顔で言った。
「確かにパンターは重いが、それは装甲を厚くした結果だろ。まぁ日本軍の戦車は長砲身とはいえイギリス戦車と同じで57ミリ砲しか無いって聞くから楽勝だろう」

 デム軍曹は、それを聞くとどこか不安そうな顔でシュルツ軍曹を見つめた。
「あんた達はこれまで日本軍と戦ったことがないのか」
「別に無いが……前の戦争にも日本人はいたらしいが、大したことはなかったとも聞くぜ。この戦争にも途中から参戦しただけだろう。俺達はポーランド、フランス、ロシアと連戦してるんだ。それで戦車はあっちのほうが性能が低いんだ。負ける道理がないさ」
 自信あり気にシュルツ軍曹はそう言い切っていた。確かヘルマン・ゲーリング師団はこれまで地中海方面に投入されたことはなかったはずだ。一時期マルタ島攻略の後詰めに投入するという計画もあったらしいが、マルタ島沖海戦の敗北とそれによる攻略作戦の中止、そしてそれに引き続く北アフリカ戦線の崩壊によって実際には戦線に投入されることはなかったらしい。
 その間にヘルマン・ゲーリング師団は東部戦線に送られたと聞いていたが、その損害からの回復と新型装備の受領で本国で再編成を行っていたのだろう。

 それはいいのだが、新装備と歴戦のエリート部隊という自負が相まって相手を軽んじているのではないのか、北アフリカ上空で何度も日本軍機と交戦した経験を持つデム軍曹は思わず眉をしかめていた。
 彼らの自信が妙な方向に砕かれることがなければいいのだが、そう考えていた。
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