挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
151/256

1943アレクサンドリアーベルリン6

 デム軍曹がその部隊を見たのは、イタリア半島中部の小田舎にある鉄道駅の近くだった。戦場での負傷による短期間の療養休暇を終えた軍曹がシチリア島に駐留する原隊である第27戦闘航空団に復帰するために移動している途中の事だった。
 本来はデム軍曹が乗り込んだ列車の運行計画ではこの駅に停止する計画は無かった。それが急に停車したのは、この先の操車場が直前に英国空軍による爆撃を受けたからだった。
 爆撃は大規模なものだったらしく、操車場の損害は小さくはなく復旧には時間がかかるらしい。それでデム軍曹が乗り込む列車も運行を停止して本来の計画にはない駅に停車するはめになっていたのだ。


 その駅で停車していたのはデム軍曹が乗り込んだ列車だけではなかった。こんな田舎の駅でも憲兵が見張っていて駅の敷地から外には出られなかったが、停車時間が長くなることはわかっていたから、長時間の乗車で固くなっていた体をほぐそうというのか古参下士官などは早々に列車から降りてしまっていた。
 なんとなくデム軍曹も周囲に流されるようにして下車してしまったが、駅舎に陣取っていた憲兵は興味もなさそうに一瞥しただけだった。本来は脱走兵を監視するのが目的だから、海千山千の古参下士官は放置されているのだろう。

 下車はしたものの、デム軍曹は周囲の将兵たちが陸軍兵ばかりなものだから疎外感を感じていた。周囲の兵たちのほうも軍衣が異なる軍曹を無遠慮な目で眺めていた。
 通常であれば、空軍の搭乗員たちがイタリア半島を列車で北上する事はあっても、南下することは少なかった。北上して本国などに帰還した搭乗員と言うのは多くの場合補充機を受け取りに本国へ戻るか、別部隊への異動が目的だったからだ。
 そして補充機の受け取りや、イタリア半島への部隊の移動であれば当然の事ながら半島を南下するときは列車移動ではなくて飛行しているからだ。地上要員が移動するときは当然半島の南下も地上移動となるが、その場合は部隊規模にもよるが補充部品なども一緒に専用列車を仕立てて部隊単位で移動するのが多かった。
 だから療養休暇上がりのデム軍曹のように他の列車に一人だけ便乗するのが目立ってしまっていたようだった。

 デム軍曹が同じ様にその駅で足止めを食らっていた別の列車に乗っていたらしいその部隊に声をかけたのも、彼らの多くが軍曹と同じ空軍の飛行上衣を着込んでいたからだ。
 ナチス党による政権掌握後の再軍備宣言と共に創設されたといっても良いドイツ空軍で最初期に制定された制服の一つが飛行上衣だった。本来は搭乗員がその上から飛行服を着こむためのものであるために、飛行服や狭い機内で引っかかるようなボタンや胸ポケットを外側に設けない特異なデザインのものだったが、ドイツ空軍では搭乗員だけではなく整備兵や高射砲部隊などの地上勤務者にも支給されていた。
 彼らはある程度まとまっていたから、デム軍曹はおそらく先に派遣された飛行部隊の地上要員が移動しているのだろうと思って軽い気持ちで声をかけたのだった。


 自分の予想とはその部隊の様子が違うのではないのかということにデム軍曹が気がついたのは、声を掛けた直後だった。
 確かにその部隊の兵員の多くは飛行上衣を着込んでいたのだが、その襟周りには見慣れないピンクか白のパイピングが施してあるものがいた。パイピング付きの飛行上衣を来た将兵はもれなくふてぶてしい顔つきをした古参兵や下士官達だった。
 彼らはおそらく所属は空軍であっても整備部隊などではなく、航空機から地上に向けて落下傘降下を行う降下猟兵部隊ではないのか、デム軍曹は厄介なことになったと思いながら、声をかけてしまったことを後悔し始めていた。

 他国と違ってドイツの落下傘部隊である降下猟兵は陸軍ではなく空軍の指揮下にあった。陸軍との連絡が阻害されるという難点はあったものの、逆に移動手段となる航空機部隊との連絡は容易だったからその処置は功罪半ばというところであるらしい。
 西方戦役の開始と同時にベルギー要塞地帯などに投入された降下猟兵はその奇襲効果も相まって大きな戦果をあげていた。その後暫くの間は大規模な降下作戦は実施されていなかった。実際には実行されなかったが、ギリシャ戦ではクレタ島の占領に投入される計画まではあったらしいという噂があった。

 だが、それまで空軍の精鋭部隊とみなされていた降下猟兵部隊は、現在ではその練度を大きく低下させているらしかった。完全な失敗に終わったマルタ島への降下作戦と、その後のアフリカ戦線への残存部隊の派遣によって開戦前からの精兵はその殆どが戦死するか捕虜となっていたからだ。
 もちろん負傷兵となって名誉除隊となった兵も少なくないはずだが、マルタ島に降下して島から脱出することが出来た将兵は数えるばかりしかいなかったから、他の兵科と比べると生存率は著しく低かった。
 現在の戦況では、対空火器の充実した敵根拠地に対して、突き詰めれば撤退できない片道での空中機動を行う軽歩兵部隊にすぎない降下猟兵部隊を投入するのは損害ばかりが大きくなる自殺行為だと判断されていた。
 作戦に成功して降下猟兵がその地を占領し続けている間に地上からの増援部隊が到着できればいいが、作戦に失敗した場合には徒歩で移動するしか無い降下猟兵部隊では敵地からの撤退は困難だったのだ。
 だから、今では降下猟兵部隊もその売り物であった降下作戦の実施もなく、通常の歩兵部隊として運用されているらしかった。


 空軍には降下猟兵部隊以外にも地上戦闘に従事する師団級の部隊としては空軍野戦師団があった。空軍野戦師団は東部戦線における陸軍の大損害を補充するために急遽編制された部隊だった。
 元々は空軍、海軍の兵士を陸軍に編入させる計画だったらしいが、空軍総司令官であるゲーリング元帥の強い反対によって空軍独自の部隊となったらしい。
 だが、空軍野戦師団は師団とは言いながらもその編制は陸軍のそれよりもひと回り小さく、装備も貧弱なものだった。それ以上に急遽編制された空軍野戦師団の内実は整備や通信、高射砲訓練部隊などに所属していた兵たちの寄せ集めといったものであり、実戦力はかなり低いという話だった。
 東部戦線でも空軍野戦師団はゲーリング元帥の意向により後方警備などの二線級の任務に就けられているらしい。おそらく前線での戦闘を支えきれないだろうと判断されているのだろう。

 だが、デム軍曹はこの部隊が空軍野戦師団である可能性はほとんど考えていなかった。目の前の将兵たちの傍らに最新式の自動小銃が立てかけられていたからだ。戦闘機搭乗員であるデム軍曹は拳銃以上の陸戦火器には詳しくないが、たしかその銃はMP43という短機関銃のような名称の小銃だった。
 実際にはマシーネンピストーレの略でMPと呼ばれる短機関銃ではなく小銃弾を短縮した新しい弾薬を使用する小銃と短機関銃の利点を併せ持ったような新たな概念の火器らしい。
 もっともデム軍曹にはプレス成形された分厚そうな鋼製の機関部に長大な弾倉が取り付けられたその銃が銃身が短い割にはひどく重そうな気がしていた。自分はこんな荷物を抱えて行軍する歩兵でなくてよかった。思わずそう考えてしまっていた。

 しかし、その重量はともかく、このような新兵器を優先的に支給された部隊が二線級の空軍野戦師団であるはずはなかった。彼らは空軍所属ではあっても陸軍部隊に勝るとも劣らない精鋭部隊であるはずだった。
 だからデム軍曹はこの部隊が降下猟兵ではないかと考えていたのだが、周囲の兵たちをよく見るとその考えもぐらつき始めていた。飛行上衣を着た兵たちの影になっていたのかこの距離に近づくまでよくわからなかったのだが、部隊の兵たちが皆飛行上衣を着込んでいたわけではなかった。
 また、飛行上衣以外を着た兵たちも一人や二人ではなかったから、他隊の将兵が集まっっていたというわけでもなさそうだった。少なくともこの将兵たちは連隊か、師団は同じなのではないのか。そのように思わせるのはどことなく彼らに団結心が感じられたからだ。
 雑多な部隊の寄せ集めである空軍野戦師団はもちろん、マルタ島や北アフリカ戦線での大損害によって再編成を繰り返してきた降下猟兵部隊でもこのような仲間意識は薄いのではないのか。

 それ以上に今まで見なかった将兵たちが着込んでいた、飛行上衣以外の軍衣は特異なものだった。
 最初に目立ったのは武装親衛隊用の迷彩スモックだった。それだけならば武装親衛隊の兵士が紛れ込んだのかとも思わなくもないが、擲弾兵部隊の所属らしく大柄なMP43用の弾倉が収納された弾帯を迷彩スモックの上につけたその兵が、この暑いのにその下に着込んでいるのは飛行上衣のようだったし、頭にかぶっているのは空軍略帽だった。
 おそらく武装親衛隊仕様の迷彩スモックだけが空軍の地上部隊に支給された形になるのだろうが、この部隊の中でも迷彩スモックを着込んだ兵たちは特にふてぶてしい古参兵であるように思えた。
 その軍衣も幾多の戦闘をくぐり抜けてきたのか、擦り切れたり色あせたものが少なくないようだった。
 しかし、そのような戦闘のあとが色濃く残るほど前から空軍の地上部隊という全ドイツ軍からすれば傍流であるはずの部隊にこのように優先的に装備が支給されているとは思えなかった。
 よくわからないが、この部隊が空軍地上部隊の中でも例外的に装備を優先されていることは間違いないようだった。

 そして、最後に目についた将兵の姿は空軍の兵士には見えなかった。黒色のウール生地の戦車兵服は陸軍のそれと変わりがなかったからだ。だが、デム軍曹に背を見せていたその将校が振り返ると、パイピングはピンクの戦車兵のものだったが、確かにその戦車兵服の右胸には空軍の記章が縫い付けられていた。
 だが降下猟兵部隊であれば、戦車兵服を着込んだ戦車兵が乗り込まなければならないような重車両をふんだんに装備しているとは思えなかった。実際には降下作戦が現実的なものではなくなっていたとしても、航空機からの落下傘降下を前提としていた降下猟兵部隊では重装備を降下させることが出来なかったからだ。

 どうやらその戦車兵服の将兵がその中で一番階級が高いようだった。おそらく下士官兵達が屯する場に顔を出しただけなのだろう。ドイツ軍は比較的下士官兵と士官との距離感が近いらしいが、それでも下士官兵達だけの集まりに士官が居座ることは少ないはずだ。
 デム軍曹は空軍大尉の階級章をつけたその士官に反射的に敬礼をしていた。年の頃はデム軍曹とそれほど変わらない20代前半から30代に差し掛かった頃に見えた。

 あまりその大尉は空軍の士官には見えなかった。デム軍曹が所属する第27戦闘航空団にもこのクラスの階級の士官は多いが、数多くの敵機を撃墜したエクスペルテンも含まれる彼らとくらべても、目の前の大尉には自然と人間を従わせるような奇妙な迫力があった。
 この大尉が歴戦の野戦指揮官であることは間違いようもなった。

「空軍第27戦闘航空団、デム軍曹であります」
「ヘルマン・ゲーリング師団、戦車連隊ヘルマン・ゲーリング、ハインリヒ大尉だ。第27戦闘航空団というとアフリカの星のいた部隊だったな。原隊への移動中か」
「はい、大尉殿。負傷療養休暇を終えてシチリア島に向かう途中であります」
 デム軍曹は緊張した顔でいった。ハインリヒ大尉は、そんな軍曹の様子にわずかに苦笑していた。
「行き先は同じだな。俺たちもシチリア島に向かう途中だが、お互いにジョンブル共に邪魔されてしまったな。しばらくはここで足止めだろう……シュラウダー曹長、デム軍曹にもコーヒーを出してやれ。俺は連隊本部に顔を出してくる。
 じゃあデム軍曹、むさ苦しい男共しかいないが、コーヒーだけはフランスで買い込んだ本物だからゆっくり飲んでいってくれ」
 意外なほど茶目っ気のある笑みをみせると、ハインリヒ大尉は足早に立ち去っていた。

 デム軍曹が唖然として颯爽と立ち去っていったハインリヒ大尉の後ろ姿を見ていると、脇から香ばしい煙をたなびかせているカップが突き出されていた。そこにはシュナイダー曹長と呼ばれていた男がやはり笑みを見せながらカップを手にしていた。
「ウチの中隊長は中々のものだろう。今では数少ない元警察官だから、この師団ではかなりの古株なのさ」
 シュナイダー曹長はいかにも古参の下士官といった風だった。擦り切れかけた飛行上衣を着込んでいたが、彼が搭乗員や地上要員ではないことはピンクのパイピングを見るまでもなく一目瞭然だった。
「警察官ってどういうことだ」
 首をかしげながらデム軍曹がたずねると、脇にいたまだ若そうな下士官が呆れたような顔でいった。
「パイロットさんは知らないのかよ。俺達ヘルマン・ゲーリング師団は元々はゲーリング親父直属の護衛部隊だったんだぜ」
 何故か自慢そうな顔のその下士官の顔を見つめながら、デム軍曹はゆっくりとヘルマン・ゲーリング師団のことを思い出そうとしていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ