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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943アレクサンドリアーベルリン3

 満州共和国陸軍特務遊撃隊に軍事顧問として着任した厨川大尉を最初に待ち受けていたのは盛大な酒宴だった。

 別にそのこと自体をとやかくいうつもりはなかった。さほど厨川大尉は酒を好む方ではないが、飲兵衛を否定するつもりはなかった。二日酔いで潰れるのは困るが、たまには憂さを晴らす事があっても良いだろう。
 それに厨川大尉は日本軍からの派遣顧問という滅多にない客人だから、酒宴が大げさになってしまってもおかしくはないだろう。
 部隊の全員が参加すると聞いても最初のうちはそう考えていたのだが、演習を終えて今日は酒宴なのだと喜色を浮かべて集まってきた特務遊撃隊の隊員たちはとても正規軍の選抜された将兵には見えなかった。
 さすがに満州共和国陸軍以前の馬賊時代の格好をしてきたものはいなかったが、彼らの大半は正規の軍服を着崩してだらしない格好をしていた。中にはすでに廃れたはずの満州族の古い風習である辮髪スタイルの長髪のものや、泥鰌髭の目立つものもいた。
 それどころかまだ肌寒い郊外で演習でもあったのか、軍服の上から明らかに私物と思われる乱暴な作りの毛皮の上着を羽織っているものまでいた。

 厨川大尉からすれば前近代的な格好の男達が軍服を着崩しているものだから、見るものによってはまるで山賊の集団のようにも見えたのではないのか。まさか特務遊撃隊が技術だけではなく、普段の格好からして馬賊時代と変わりないとは思わなかった。
 これが日本陸軍であれば即座に処罰の対象となるのは間違いなかったが、普段からこうなのか尚少佐が気にした様子はなかった。他の歩兵部隊と比べれば細々とした雑用などを担当する使役兵以外の兵がなく、下士官ばかりで構成されている機動連隊も軍紀という点では怪しい点がないでもなかったが、これほどではなかった。
 面食らいながらも厨川大尉は期待との落差に気落ちしかけていたのだが、ふと気にかかって目線をあげた。

 それは最後に入ってきた毛皮姿の男だった。特務遊撃隊の隊員たちは、皆当然の様に室内でも腰に拳銃をぶら下げていた。中には拳銃とともに投げナイフのようなものを帯びたものもいたが、武装していることに変わりはない。さすがに青竜刀は無かったが、この雰囲気では肉厚の刀を帯びていても違和感は感じなかっただろう。
 山賊のようにも見える隊員達たが、さすがに装備は統一されていた。満州共和国軍の制式採用拳銃は日本製の九五式自動拳銃だったが、彼らの拳銃は前世紀末にドイツで開発されたモーゼルだった。
 大口径弾を使用するが、後に作られた多くの自動拳銃のように取り外し式の弾倉が銃把の中にあるのではなく、前方に独立して設けられているために銃把は細く作られており、小柄なアジア系民族でも握りやすいことから、中国国内での人気も高かった。
 特に馬上での射撃機会の多い馬賊たちは操作しやすく火力の高いモーゼルを好んでおり、大規模な軍閥の中には独自にコピー品や改良品の生産を行っていたものもあったらしい。
 特務遊撃隊で使用されているのは、その中でも短機関銃のようにフルオート射撃が可能なモデルのようだった。機動連隊では日本陸軍の制式採用品の他にも友軍や敵軍からの鹵獲品などの銃器の操作もひと通りは教育されていたから、満州共和国でも生産されているモーゼルは厨川大尉にも見慣れたものだった。

 しかし、毛皮の上着の隙間からのぞかせた拳銃は、木製の大型ホルスターと組み合わされば短機関銃並みの大きさになる巨大なモーゼルとは全く異なっていた。九五式拳銃にも似ているが、その原型でもあるブローニングハイパワーのようだった。
 欧州で人気のある9ミリパラベラム弾を使用するブローニングハイパワーは、モーゼルよりも軽量で洗練された機構を持ち、やはり中国国内での人気も高かった。
 見たところ、モーゼルではなくブローニングハイパワーを持っているのはその毛皮の男だけのようだった。ただし、持っていたのは拳銃だけではなかった。彼だけが拳銃の他に、負革を使って長銃身の小銃を背負っていた。
 最初は旧式化して日本陸軍から払い下げられた三八式歩兵銃かと思ったのだが、よく見れば狙撃用に改造された跡が見えた。日本陸軍でも三八式歩兵銃を原型とした九七式狙撃銃が開発されていたが、その直後に主力小銃が三八式歩兵銃から大威力化と自動化が行われた九九式自動小銃に切り替わったために銃弾の互換性のなくなってしまった九七式狙撃銃の生産数は伸び悩んでいた。
 逆に九九式自動小銃を原型とした狙撃銃型の開発も行われていたが、熟練した射手には自動小銃は槓桿式よりも精度が落ちると不評だった。

 おそらくこの将兵も狙撃の腕には自信があるのだろう。狙撃仕様として大口径の照準眼鏡に加えて銃身下部には伏せ撃ちの際に射撃姿勢を安定させる二脚が取り付けられていた。
 日本陸軍で制式採用された九七式狙撃銃よりも贅沢な作りだが、おそらくこの部隊で使用するために特に作られた一品物なのだろう。
 そして、工夫が施されているのは狙撃仕様の部分だけではなかった。細長い銃身には擬装用の淡い草色の布が巻きつけられていた。それを毛皮の上から背負っているものだから、近くに寄ってくるまで狙撃銃の存在に気が付かなかったのだ。
 よく見れば、毛皮もただ獣から剥いだだけといったものではなかった。最初は長い使用で薄汚れたのかと思ったが、それにしては色のつき方にむらがありすぎた。
 実際にはこの毛皮も狙撃の際に射手の体を覆って偽装するためのものではないのか。そう考えてみると、しっくりとくるような気がしていた。

 その毛皮の偽装効果は厨川大尉が思っているよりも高かった。目立たない印象の男は、嵩張っている毛皮を着込んでいるせいで意外なほど小柄なのが分からなかったのだ。
 しかもやはり毛皮で出来ているのか厚ぼったい帽子を目深にかぶっていたために顔つきもよく分からなかった。
 毛皮の男が無造作のように見えて、実際は銃身に負担を掛けないように狙撃銃を下ろすと、尚少佐が興味深げな声で尋ねた。
「メイユイ、その新型銃はどうだった。馬将軍から預かってきただけのことはあったかな」
 厨川大尉は唐突に出てきた馬占山将軍の名前にぎょっとしていた。満州国軍の頂点に立つ軍政部長の馬占山将軍がこの部隊の創設に関与していたとは聞いていたが、実際の部隊運用の場で装備品にまで口を出しているほど入れ込んでいるとは思っていなかったのだ。
 だが、厨川大尉のそんな疑問も毛皮の男の声を聞いた瞬間に綺麗に脳裏から消え失せてしまっていた。

「ああ、尚兄貴か。こいつは本当に良くあたるよ。この眼鏡も遠くまでよく見えるから離れていても狙える。でもこいつ弾が小さすぎないか。これじゃ遠くの奴に当たっても殺せないんじゃないのか」
 そう言うと、帽子と毛皮の上着を脱ぎ捨てながら狙撃銃から弾薬を引き抜いていった。その様子を厨川大尉は呆けたような顔で見つめていた。答えた声はやけに高かった。しかも、目深にかぶっていた帽子に隠されていた顔つきも、かさばる毛皮でよく見えなかった華奢な体つきも男のものとは思えなかった。
 とどめを刺すように、脇にいた山賊の頭目のようないかつい男が言った。
「よく当たるのはワンの姉御だからですよ。俺達じゃそうは行かねぇや。普段から拳銃しか使ってないからね。しかしこいつじゃ馬の上からは撃てませんぜ」
「馬の上から撃てないのはアンタの修行が足りないせいだよ、キム。もっとも疾走る馬や単車の上からじゃ遠くは狙えそうもないけどね。やっぱり僕はこいつの方がいいや。それで兄貴、なんでこいつの弾は小さいの」
 そういうと女はブローニングをまるで自分の手足のように素早くホルスターから引き抜いて弄んでいた。

 尚少佐はそれに答えずに、狙撃銃の銃弾を受け取ると厨川大尉に向き直っていた。
「大尉、君のほうがこういうことには詳しいのではないかな。この狙撃銃は日本陸軍で使用されていた三八式歩兵銃を改造したものだ。特に選抜された部品を使用しているが、機関部の設計変更などは行われていないから、使用されている銃弾は同じものだよ」
 厨川大尉は戸惑いながらも、反射的に答えていた。
「三八年式実包は弾丸は軽量ですが、装薬は比較的大容量で作られており、その分だけ高初速を発揮できます。元々、日本がロシア帝国を仮想敵国としていた頃にコサック騎兵の突撃を破砕出来るように開発されたものですから、想定されていた戦場もこの満州であるといえるでしょう。
 ただし、軍用の弾薬ですから相手を確実に殺すよりも、負傷させる方を狙っていますが」
 尚少佐は納得した様子だったが、ブローニングを弄んだままの女といかつい男は不思議そうな顔をしていた。明らかに高度な軍事教育を受けた様子のない二人に向き直ると、厨川大尉は続けた。
「日本帝国陸軍歩兵大尉、厨川だ。狩猟をするわけではないのだから、軍においては必ずしも相手を殺す必要はない。必要なのは敵軍の戦闘能力を奪うことだからだ。
 その点からすれば、一人の兵士を殺しても相手部隊の戦闘力は一人が減るだけだが、それが負傷、それも戦闘力を失うほどのものであれば負傷兵の手当てや後送でその何倍もの兵員を無力化することが出来る。
 軍隊とは無闇矢鱈と殺すところではない……」
 この山賊のような連中は本当に理解できるだろうかと厨川大尉は心配したが、ふたりとも首を傾げながらも一応は頷いていた。最もこの程度のことを今更軍人であるはずの彼らに説明しなければならないほうが異常なのかも知れなかったが。


 特務遊撃隊の隊員たちが装具などを片付けに行くのを見ながら、厨川大尉は恐る恐る尚少佐にたずねていた。
「妹さん……なんですか」
 そう聞きながらも何故かはよくわからないが、全く違う気がしていた。顔立ちや雰囲気がずいぶんと違っているし、兄弟と言うには歳が離れすぎているような気がしていた。尚少佐は40前後に見えるが今の女はまだ娘といいたくなるような雰囲気だった。
 女の歳などよくわからないが、厨川大尉よりも年嵩ということはないだろうから、20代の半ばにも達していないのではないのか。

 どちらかと言えば無特徴と言ってもよい尚少佐と比べると、あの女の顔立ちそのものは整っていた。大きめの帽子に隠されていた上に、周囲の男たちの辮髪にまぎれてよく分からなかったが、帽子の中でまとめ上げられた髪はかなり長いようだ。
 男装とまでは言わないが、着崩した軍衣だから一見そうは見えないが、間近で見ると女性らしい均整のとれた体つきをしていた。
 おそらく何も喋らずに女性らしい格好で着飾って写真にでも収まってしまえば、話題の映画女優のように多くの男共を騒がせる美貌のように見えるはずだ。
 ただし、その評価は実際の本人を見れば一変するはずだ。顔つきはあまりにも違うのに、尚少佐と今の女、それに特務遊撃隊の隊員たちには同じような剣呑な雰囲気が漂っていた。
 ただの戦闘員ではない。格好や態度はともかくとして、選りすぐられた精鋭としての雰囲気が彼らには共通していたのだ。
 それがわからない男であれば実際の彼女を見ても騒ぎ立てるかもしれないが、そんな男は逆に相手にもされないだろう。

 今の女はどこか猫科の動物を思わせるしなやかさや艶やかさを感じさせていたが、それは決して愛玩用の家猫が周囲に振りまくそれではあり得なかった。その雰囲気はまるで百獣の王と呼ばれる獅子を思わせるものだった。
 思えば、周囲の特務遊撃隊の男たちもまるで女王に付き従う従兵のようではなかったか。

 しかし、尚少佐の肉親でないとすればあの女は一体何ものなのか。まだ指揮官の肉親ということであれば、納得がいかないこともなかった。もちろん日本陸軍では全く考えられないが、満州共和国軍ではまた違うのかもしれない。
 厨川大尉は、今の女が特務遊撃隊の正式な隊員であるという可能性をできるだけ考えないようにしていた。常識的に考えて、近代的な正規軍の、しかも戦闘員に女性が入り込むことなどありえないはずだ。

 だが、尚少佐はあっさりと厨川大尉の考えを頭から否定してみせた。
「彼女の名前は王美雨、階級は中尉。この特務遊撃隊の先任小隊長で、実質上は副隊長といったところかな」
 厨川大尉は思わず絶句しながら天を仰いでいた。この特務遊撃隊では自分の、日本陸軍の常識は全く通用しそうもなかった。
九九式自動小銃の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/99ar.html
九五式拳銃の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/95p.html
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