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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943アレクサンドリアーベルリン2

 アレキサンドリア郊外の仮駐屯地内で満州共和国陸軍特務遊撃隊の兵舎に割り当てられた建屋の中で一人で大量の書類を相手に事務仕事に打ち込んでいた厨川大尉は、ふと自分を呼ぶ声に気がついて違和感を覚えながら頭をあげていた。
 書類に記載されていた英文を長時間睨みつけるようにしていたものだから、唐突に聞こえてきた日本語に違和感を感じてしまっていたようだった。
 視線の先に立っていたのは旧知の男だった。満州共和国軍軍事顧問団に派遣される前の厨川大尉の古巣である機動連隊の下士官である小田桐軍曹だった。

 古株の下士官である小田桐軍曹は、妙にかしこまって建屋の入り口で突っ立っていた。厨川大尉は軍曹の直属上官ではなかったが、ふてぶてしさの中にも頼もしさを感じさせる古参下士官であったのはよく覚えていた。
 厨川大尉は思わず笑みを浮かべてから、立ち上がって小田桐軍曹に言った。
「そんなところに突っ立っていないで入ったらどうだ」
 そう言うと建屋の隅にいた大隊本部の事務員に中国語で叫ぶように命じた。
「今、茶でも持ってこさせるよ。と言っても中国茶だが。まさか昼から日本軍の下士官に酒を出すわけにもいかんからな」
 厨川大尉は笑みを見せて小田桐軍曹を誘ったが、軍曹は戸惑ったような顔を向けていた。
「その……厨川大尉殿はこちらに来てから変わられたようですね。以前はそのような冗談を口になさせる方ではなかったと思いますが」
 そう言われた厨川大尉の表情は一瞬で凍りついていた。そして次の瞬間に愕然としたようによろけこんでいた。
 呆気にとられた小田桐軍曹が言葉をかける間もなく、かろうじてあまり使われている感じのない小隊長の執務机に手をついて倒れこむのを防いだが、大尉の気持ちのほうは完全に沈み込んで起き上がれそうもなかった。
 自分ではここの連中に迎合した覚えはなかったのだが、久方ぶりに厨川大尉を見た小田桐軍曹にはそうは見えなかったようだ。

 ―――朱に交われば赤くなるとはこのことだろうか。今以上に自分を律しなければならぬようだ。
 厨川大尉はそう自分に誓うと、気を取り直して真面目な表情を作ると小田桐軍曹に向き直った。
「いまのは冗談だ……それで軍曹、今日は何の用かな」
 小田桐軍曹は、畏まったまま戸惑ったような声で言った。
「それが、この特務遊撃隊の隊員の事なのですが。その……うちの隊舎のお隣さんがイラン王国からの派遣軍でして。それでムスリムには、その……」
 ひどく言いづらそうな小田桐軍曹の真面目くさった顔を見ていられずに、厨川大尉はげんなりとした表情で頭を無意識のうちに下げていた。
「また……あいつ、あの小娘か」
 細かく説明をしようとする小田桐軍曹を手で制すると、厨川大尉は怒りで顔を赤らめながら勢い良く特務遊撃隊の兵舎を飛び出していた。


 満州国共和国陸軍特務遊撃隊は、戦線後方への長距離浸透や偵察、破壊活動などの文字通りの遊撃戦を行うために特別に編制された部隊だった。特にいまだ荒蕪地が広がる満州国内では部隊員全員が馬術に優れた特務遊撃隊は縦横無尽に機動することが出来た。
 最近では機械化されて馬に加えて単車の導入も行われていたが、未だに馬術は特務遊撃隊の得意技の一つだった。

 その任務だけを見れば、特務遊撃隊は最近になって日英などで新設され始めていたコマンド部隊と類似の存在だった。日本陸軍でもこういった遊撃戦に特化した機動連隊を数年前に編制していた。
 日本陸軍では機動とは通常は機動歩兵や機動砲兵といった機械化部隊を指すのだが、機動連隊の場合はソビエト連邦とシベリアーロシア帝国の国境地帯などの寒冷地や対米戦時の仮想戦場であるフィリピンや台湾といった密林地帯での遊撃戦を前提として徒歩移動を重視していた。
 その他にも各個人が爆破や狙撃といった一般の歩兵部隊とは異なる戦法を取得している上に、シベリアーロシア帝国などとも共同で寒冷地装備などの開発にも携わっていた。

 現在では機動連隊は機動第2連隊と名を変えて、空中挺進部隊などと合流して特に遊撃戦を実施する機動旅団を編成していた。ただしその任務に大きく変更があったわけでは無かった。
 日本陸軍は大規模な空中挺進部隊にさほどの魅力を感じてはいなかったが、遊撃戦を行う機動連隊の戦線後方への投入方法としては空中挺進は魅力的な手法だった。
 だから夜間に電探を含む索敵手段から可能な限り探知を避けつつ密かに敵地に進入するための特別な空中挺進法まで開発が盛んに進められているらしい。

 そのような機動連隊に所属していた厨川大尉が満洲国軍の軍事顧問に派遣されて特務遊撃隊の担当となったのはある意味で当然のことだとも言えた。
 ただし、機動連隊で厳しい訓練を経てきた厨川大尉が予想していたのとは、特務遊撃隊は全く印象の異なる部隊だった。
 一言で言えば特務遊撃隊とは、満州共和国軍の母体となった軍閥、というよりも大規模な軍閥の更に母体となった馬賊そのものだったのだ。


 満州共和国を建国したのは奉天を拠点として日本やシベリアーロシア帝国、英国などから支援を受けた張作霖を首魁とする奉天派軍閥だったが、その張作霖も元々は貧農出身の馬賊だった。
 かつての中国の歴代王朝は中心地での政治闘争などに忙しいためか地方の治安維持にまで責任を追うことなく、徴税以外は地方に高度な自治を与えていた。元々馬賊とははびこる匪賊たちから身を守るため各農村の自衛組織として作り上げられた保衛団を母体として誕生したものだった。
 特に日清戦争による敗北などに前後して清朝の衰退が明らかになったころには辺境の満州では食い詰めた匪賊が跋扈するようになっていたから、馬賊の重武装化、組織化も進められていたらしい。
 ただし、馬賊と匪賊との境界線は外部からすれば曖昧なものだった。元々馬賊は地域住民を保護するための自治体独自の自衛組織にすぎないから、その自治体の一歩外に出れば住民を保護する義務など無いし、それどころか積極的に地元以外に進出して盗賊を働いたり、街道で地域住民以外の通行に税金をかける行為が頻発していたのだ。

 だから馬賊は元々中央集権制度のもとで作り上げられた強い統制力を背景とした国民軍とは相容れない不正規軍組織であり、極論すれば任侠にも似た独特な集団だったのだ。
 もちろん、現在では馬賊時代の組織を残しているところはないはずだった。モンゴルや中国共産党などによる共産主義者に対する反発から成立した満州共和国建国の過程で、多くの馬賊は大規模に組織化された奉天閥に吸収されて満州共和国正規軍に編入されるか、匪賊として討伐の対象となっていたからだ。
 そのどちらの道も選ばなかった少数派は、満州共和国軍を唯一の治安維持勢力と認めて帰農の道を選んでいた。
 元々馬賊などの自衛組織が成立した背景には、歴代の政府が辺境の治安維持を怠っていたことが理由の一つにあったから、正規軍が国防、治安維持に責任をもつのであれば自衛組織は不要となるからだ。
 もちろん彼らが自分から自然に武器を喜んで捨てたとは思えない。戦国時代の刀狩りのようなことが満州共和国成立時にもあったのではないのか。


 しかし、満州共和国が成立して、匪賊の討伐が盛んに行われていた時代はずいぶんと前に過ぎ去ってしまっていた。新京政府による中央集権化が進んだ現在の満州共和国陸軍は、日本陸軍などを参考とした近代的な組織へと生まれ変わっていたはずだった。
 大陸で蠢動する共産主義勢力に対向するために誕生した満州共和国は、その建国と同時に周辺勢力から圧力をかけられていた。中華民国では国民党と内戦中の共産党が満州に食指をのばそうとしていたし、ソ連の衛星国となっていたモンゴルも国境地帯に戦力を駐留させていた。
 これらに対抗するために、満州共和国は急速な機械化による戦力増強を行っていた。せいぜいが少数の連絡機しか持たなかった航空部隊は今では単発単座の戦闘爆撃機を中核としつつ、対地上部隊用の大型の襲撃機まで保有する大規模な空軍に成長しており、陸軍でも日本帝国から最新型か、せいぜい一世代前の戦車や装甲兵車などを大量に導入していた。
 仮想敵である中国共産党とモンゴルが海上兵力を持たないために海軍の整備こそ後回しになっていたが、それでも黄海における大韓帝国との漁業権問題などがあったためか、小艦艇ばかりだが精鋭な沿岸警備部隊を備えていた。
 そのような近代的な組織の中では、かつての自警団的な組織にすぎない馬賊が生き延びることなど出来ないはずだった。しかし、厨川大尉が配属された特務遊撃隊だけは旧馬賊の性格を色濃く残す組織が残されていたのだ。


 その事務仕事を嫌って事務室に居着かない特務遊撃隊員達を探して各国軍が駐留する広大な仮駐屯地内をうろつきながら、厨川大尉は彼らと初顔合わせした時のことを思い出していた。
 新京の満洲国軍政部施設内で引き合わされた特務遊撃隊の指揮官である尚少佐は40前後の生真面目そうな男だった。馬賊や軍閥の離合集散の過程で急速に拡大を続けた満洲国共和国軍の将校の中には身分不相応な階級を与えられたものも少なくなかったから、尚少佐は年齢から言えば階級は低いほうだと言えた。
 だが、不自然なほど高い階級の男たちは、いずれ淘汰されるべき立場にいた。満洲国共和国軍の各種軍官学校は日本軍などの支援を受けて急速に整備されていたから、近代的な正規の教育を受けた高い能力を持つ将校がいずれ部隊に配属されていけば、小軍閥や馬賊の親玉でしかなかった彼らが指揮官の地位を追われるのも当然だった。
 軍閥を集合させた張本人である現在の軍政部長である馬仙山将軍の立場もあるから、旧軍閥、馬賊の親玉だった将校が軍を追われることはないだろうが、実質上の権限のない監査役などの閑職に退くのは間違いないだろう。

 そういった階級ばかり高い旧軍閥の親玉たちはいずれも虚栄心からか傲岸不遜な態度を取るものが多かったが、特務遊撃隊の尚少佐の態度は全く彼らとは異なっていた。
 ただし、尚少佐の物腰は柔らかだったが、剣呑な雰囲気を完全に隠すことは出来ていなかった。
 元馬賊という出身だけは先に聞いていたが、その年齢や満洲国共和国軍の成立過程からすれば正規の軍人としての教育を受けたとは思えないが、これまでくぐって来た修羅場の数は相当なものであるはずだった。
 おそらく今現在の満州共和国正規軍の中でも馬賊出身の尚少佐が泰然としていられるのは、その数々の戦闘の経験を糧としてここにいることを理解しているからではないのか。正直なところ自然体でいながら存在感を示す尚少佐に圧倒されるのを感じながら厨川大尉はそう考えていた。

 このような男が率いる部隊なのだから、馬賊がそのまま満州共和国内部で再編成された部隊だったとしても、その練度は相当に期待できるのではないのか。
 馬賊組織がほぼそのままの形で残された理由はよくわからないが、満州鉄道などの鉄道網以外の交通インフラが未だ未発達な満州共和国では、最近になって機械化土木による農地の拡大が始まったとはいえ、都市から一歩外に出ればまだまだこの地には未開の荒野が広がっているから、そのような荒蕪地でも十分に機動できる騎行に慣れた馬賊達を特に選抜していたのかも知れなかった。

 日本陸軍では騎兵と歩兵科の一部が合流して機甲科が独立新設されるなど従来の馬匹から機械化が急速に進められたことで騎馬が時代遅れとみなされるようになっていたが、騎馬部隊は山岳地帯や湿地帯など未だに場所さえ選べば最新装備に身を固めた機械化部隊であっても無視できない戦力に化ける可能性は残されている。機動連隊時代に山岳地帯などの移動が困難な地形の踏破手段を研究していた厨川大尉はそう考えていた。
 おそらく満洲国共和国軍の特務遊撃隊の軍事顧問に機動連隊出身の自分が充てられたのも、そのあたりを考慮されたのだろう。そう納得していたのだ。


 しかし、厨川大尉の特務遊撃隊への高い期待は、その日の晩のうちに早くもあっさりと消え失せてしまっていた。
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