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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦21

 護送船団を襲撃した戦艦が、さらに英国海軍の戦艦ロイヤル・ソブリンを撃沈した。そのような情報を聞いた時、古澤特務主計中尉はどこか遠い世界の出来事のように感じていた。
 こうなることが何となくわかっていたような気がしていたからかもしれなかった。


 ロイヤル・ソブリンは、興国丸が指揮する船団護衛部隊に加わって撃破されたレゾリューションと同型の旧式化したリヴェンジ級戦艦だった。先の大戦時に就役した当時は38.1センチ砲を連装四基計八門備えた有力な戦艦だったのだが、より古参であるはずのクイーンエリザベス級戦艦には陳腐化を避けるために戦間期に徹底的な近代化改装が施されたのに対して、艦齢が中半端なリヴェンジ級戦艦は半端な改装工事しか行われていなかったらしい。
 もしも今次大戦の開戦が遅れていれば大規模な近代化改装を受けて有力な戦力に生まれ変わっていたかもしれないが、結果的にリヴェンジ級戦艦が英国海軍の戦艦の中で最も旧式化していたのは事実だった。

 しかし、ロイヤル・ソブリンが敵戦艦に撃沈されてしまった敗因は必ずしも敵艦に対して劣るハードウェアだけではないはずだった。敵戦艦の詳細は不明だが、護送船団の護衛部隊との戦闘では護国丸から発射された複数の20.3センチ砲弾と少なくとも魚雷一発の命中が確認されていた。
 相手は重装甲の戦艦であるのは間違いないし、命中した魚雷も特設巡洋艦から発射された小口径の物だからどれほどの損害となったかは分からないが、損傷が皆無ということはないはずだ。
 つまり敵戦艦も戦闘能力に何らかの障害はあった可能性が高かったのだ。


 だが、敵艦には今回の戦闘に関しては圧倒的に優位な点があった。
 敵戦艦の包囲網は完全に近かった。近傍海域で行動中の戦闘艦の多くが動員された結果、敵戦艦が漂泊していた北米大陸沖からドイツ本国や主要航路に向かう海域には戦艦や巡洋艦戦隊と言った有力な部隊が配置されており、これを支援するために日英の空母部隊も集結していた。

 しかし、航空母艦によって広大な索敵範囲を持つはずだった国際連盟軍艦隊だったが、肝心の敵戦艦の詳細位置は最後まで把握できなかった。
 敵戦艦の周辺には、領海への侵入を阻止することを名目にした米海軍の艦隊が展開していたからだ。米海軍艦隊にも空母が随伴しており、敵戦艦を監視するために米国領海に接近した国際連盟軍機は米海軍機の妨害によって追い払われていたのだ。
 日英と敵対的な関係にあるとはいえ、表向き中立を宣言していた米国との偶発的な接触による戦闘を避けるために、国際連盟軍は有力な航空戦力による哨戒を制限せざるを得なかったのだ。

 それに対して、敵戦艦には自軍の航空機による哨戒がなかったにもかかわらず、正確な情報が入手できる環境にあった。周辺海域を飛行する米海軍機が平文で情報を母艦に向けて伝達していたのだ。
 国際連盟軍はこれに対して抗議を行ったが、米海軍は平時における通常措置としてこれをあしらっていた。そもそもこの行為そのものは違法ではないのだから、国際連盟軍が制止させることは出来なかったのだ。
 米海軍としては、友好国であるソビエト連邦と交戦するドイツ海軍に味方するのは出来ないが、圧倒的に劣位な敵戦艦を有利な状況にすることで敵対的なもの同士を消耗させようと考えていたのではないのか。


 米海軍の真意はどうあれ、敵戦艦が無線の傍受によって国際連盟軍側艦隊の正確な位置を把握していたのは間違いないようだった。
 カナダから英国本土に向かう船団護衛任務についていたロイヤル・ソブリンは、同じ任務についていたハント級駆逐艦数隻とともに船団を離脱して哨戒線の一端を形成していたのだが、その海域はドイツ本国に向かうにしても、国際連盟軍の大規模船団が航行するような主要航路に向かう針路にしても離れているから重要度は低いはずだった。
 だから旧式のロイヤル・ソブリンや魚雷発射管のない船団護衛用の駆逐艦であるハント級駆逐艦などが配置されていたのだが、敵戦艦はその隙をついてきたようだった。
 敵艦の機動は巧妙だった。島影を利用してロイヤル・ソブリンのレーダー探知を避けながら、散開して索敵範囲を広げていたハント級の隙間をくぐり抜けて予想外の方向から襲撃をかけてきたらしい。
 奇襲を受けたロイヤル・ソブリンは、ハント級駆逐艦が引き返してくるまで持ちこたえたものの、結局短時間のうちに集中した砲撃を受けて撃沈されてしまったらしい。

 確かにその航路は本国への帰還や、さらなる襲撃を行うには不利なものだったが、包囲網を突破することだけを狙うのであれば最大の弱点とも言える箇所だった。
 天候の悪化も多いから航空哨戒は難しいし、哨戒部隊の主力であるロイヤル・ソブリンは最も旧式の戦艦でレーダーなどの装備も古く、更に随伴する護衛の軽快艦艇は船団護衛部隊から引き抜かざるを得なかったために対艦攻撃能力のないハント級駆逐艦だった。
 敵戦艦が包囲網の弱体化を狙うには格好の獲物だったのではないのか。


 しかし、古澤特務主計中尉はこの勝利にもかかわらず、敵艦が破滅へと向かっていることを確信していた。この敵戦艦が国際連盟軍にとって脅威であったのは未知の戦闘艦の所在がわからないという点にあったことを理解していたからだ。
 この戦闘の結果、すでに敵戦艦の現在位置は正確に把握されていた。船団護衛部隊から引きぬかれていたハント級駆逐艦が接触艦として距離を保ちながら追尾を行っていたのだ。
 撃沈されたロイヤル・ソブリンの溺者救助にも数を割かなければならないため、接触艦の数は最低限でしかなかったが接触を絶たれる心配はなさそうだった。

 ロイヤル・ソブリンは確かに敗北して撃沈されたものの、相手に与えた損害は少なくないらしい。あるいはそれ以前の戦闘によるものかもしれないが、明らかに敵艦の速力は低下しているようだった。
 戦闘による損害だけではなく、これまでの相次ぐ戦闘によって燃料、弾薬が不足し始めているのかもしれないが、結果的には同じことだった。

 そして、所在の判明した敵戦艦に向かって少なくない数の艦艇が行動を開始していた。万が一ハント級駆逐感が撃破されて接触が絶たれた場合に備えて、代替となる駆逐艦、それも大型で打撃力の高い艦隊型駆逐艦が急行していたから、追尾態勢は完全なものになりつつあった。
 おそらく最初に攻撃を開始するのは、第5航空戦隊の護衛を兼ねて遣欧艦隊に派遣された日本海軍の最新鋭戦艦常陸と駿河の二隻になるのではないのか。両艦は練度に不安はあるものの、高速かつ主砲である強力な41センチ砲を8門も備えているから、敵戦艦と対等以上に戦えるはずだった。
 同行するやはり最新鋭の翔鶴型空母2隻を束ねた第5航空戦隊の支援もあるから、敵戦艦を撃沈できるのは間違いないのではないのか。


 だが、古澤特務主計中尉は敵戦艦から興味を失いつつあった。これだけの有力な戦力に包囲された手負いの敵戦艦が逃れるのはすでに不可能だったからだ。
 それよりも、この敵戦艦1隻が戦局に及ぼした影響のほうに興味があった。興国丸の主計科事務室で資料をまとめながら、古澤特務主計中尉は考え込んでいた。

 この敵戦艦が国際連盟軍に与えた損害は少なくなかった。撃沈された艦艇は戦艦ロイヤル・ソブリンと駆逐艦檜の二隻に加えて緒戦で撃沈された自由フランス軍の兵員輸送艦ノルマンディだったが、撃破された艦艇はその倍にも及んだ。
 ロイヤル・ソブリンの同型艦であるレゾリューションも艦橋に配置されていた戦闘幹部の大半は戦死したらしく、修理期間はいまだ調査中の段階だった。

 直接的な損害よりも敵戦艦の存在そのものが与えた影響はそれ以上に大きかった。興国丸が指揮していた日本本土からの護送船団は、敵船からの退避針路に待ちかまえていた複数の敵潜水艦によって襲撃を受けていた。
 ロイヤル・ソブリンとハント級駆逐艦が引きぬかれたカナダからの船団も、護衛戦力が手薄になったのを見透かしたかのようなタイミングで現れた敵潜水艦から襲撃を受けたらしい。その損害が少なくないこともすでに連絡が来ていた。

 損害を受けたのはその2つの護送船団だけではなかった。損害はまだ完全に集計されたわけではなかったが、包囲網に国際連盟軍の多くの戦闘艦が集結したのと同時期にドイツ海軍の潜水艦隊の行動が活発化していたのは間違いないようだった。

 古澤特務主計中尉は集計途中の戦況の様子を見ながら眉をしかめていた。この数値だけを見れば、たった1隻の敵戦艦が国際連盟軍に与えた損害は大きなものだった。これでは今月の敵潜水艦との損害収支は大幅にこちらに不利な数値が現れるのは間違いなかった。
 それ以上にこの数値が日英の世論に与える影響も大きいはずだった。戦意は低下し、少なくとも日本本土からの護送船団にも戦艦の随伴が強く求められることになるのではないのか。
 この敵戦艦の撃沈に成功したとしても、フランスのブレストには未だ稼働状態にあるドイツ海軍の戦艦ビスマルクが航空部隊などの援護の元で出撃の機会を伺っていたからだ。
 つまりその分だけ前線で必要とされる貴重な戦力が奪われるということでもあった。

 ―――この敵戦艦は、この戦闘で敗北したとしてもこれだけ多くの戦力を振り回したことで、戦略的には勝利したと考えているのだろうか……
 古澤特務主計中尉にはその答えはわかりそうもなかった。
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