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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦16特設巡洋艦護国丸

 特設巡洋艦護国丸の指揮所に詰める岩渕三等兵曹が電探表示面上で注目する目標は計四つが存在していた。
 護国丸に対してやや斜行しながら接近する敵艦を示す戦艦級の反応と、それに同航するようにゆるやかに接近を続ける大型の反応に加えて、護国丸の直前を航行するレゾリューションだった。
 敵艦に同航する二隻は第22戦隊で、先行するのが旗艦である特設巡洋艦報国丸で、続航するのが同型艦の愛国丸だろう。


 対水上見張り電探が実用化されてまだ数年しか経っていないが、陸海空の戦場を問わず電探が使用された戦闘は多かった。岩渕兵曹自身も実戦経験は何度か経ていた。
 これまでの戦訓や試験結果によれば、一般的に言って対象が大きければ大きいほど電探の反応は強く表示されていた。電探は空中線から発振された電磁波が対象に照射され、それが反射されたものを再度空中線で受信するという原理のものだった。
 現在の電探は、その受信された反射波を増幅して表示面に投影するのが一般的だった。

 電探に関しては日英露三カ国の共同開発も多く、急速な弱電関係技術の発展によって電探の高性能化は著しく、探知距離は日を追うごとに進捗し、精度や分解能は緻密化していた。
 この分野ではいち早く電気通信技術の開発を開始していた東北帝国大学を擁する日本帝国の技術は他国を一歩先んじており、日本海軍の各種艦艇に搭載される電探も世界的に見ても最新鋭のものが多かった。
 最近では岩渕兵曹が睨みつけているように見ている電探表示面も横軸に距離、縦軸に反射波強度を示すAスコープ方式から、自艦を中心とした円形に反射波の状況を表示するPPI方式のものに更新されていた。
 このPPI方式によって一見素人でも周囲の状況を把握できるようになったと言われるが、実際には反射波の強弱などから敵艦の概寸を算出したり、大波による海面隆起や自然物である島影などと実際の脅威対象を見分けるには未だ職人芸とも言える熟練が必要だった。

 いずれにせよ電探の原理から言って電磁波が照射された対象が大きいほど反射波は大きくなり、電探表示面の反応も大きくなる傾向は変わらなかった。
 実際には使用する電探の波長や目標の方位などによって傾向は変わってくるらしい。例えば英国空軍の双発高速爆撃機であるモスキートは、木製故か電探による探知が難しいらしい。
 もっとも今回の場合は相手が戦艦級、しかも艤装からしてドイツ海軍艦である可能性が高いとされていたから一般的な傾向になるはずだ。

 そして、敵艦の反応は一万トン級の大型貨客船を原型とする報国丸型特設巡洋艦よりも更に大きなものだった。岩渕兵曹の見る限り敵艦はかなりの大型艦であるようだった。
 その反応は前方をゆくレゾリューションにも匹敵するようだった。相手が戦艦か、少なくとも重巡洋艦であるという司令部の判断に間違いはなさそうだった。


 レゾリューションと護国丸の到着はかなりぎりぎりのタイミングだったようだ。敵戦艦は第22戦隊を高速航行で振りきって距離を離そうとしている最中であるように見えた。

 電探表示面上に現れているのはその四隻だけではなかった。護国丸の後方には船団に所属する輸送船たちの反応が映っていた。護送船団は敵艦の目視圏内から逃れるべく最大速力で遠ざかっていった。
 夜が明けない間に敵艦が有しているであろう水上観測機、偵察機の目から逃れるのは難しいだろうが、少なくとも敵艦から直接目視されない距離ならばまだ移動することが可能なはずだ。
 敵艦に向かって接近を続けるレゾリューションと護国丸は護送船団から最大速度で反航しているからその反応はどんどん弱まっていた。

 これに対して電探表示面上でも盛んに運動していることが分かる艦もあった。反応は特設巡洋艦である報国丸、愛国丸や敵戦艦よりも弱かった。その目標は基本的に第22戦隊と敵艦を挟みこむようにして同航している。
 電探表示面の反応は強弱が不規則に変化しており、また航路も安定していないように見えた。おそらくこの反応は松型駆逐艦の楓なのだろう。
 反応が変わるのは未だに射撃中の敵弾を回避するために不規則に針路を変更しているのだろう。だから電探の入射波に対する角度や面積が変わるから反射波の強弱も不規則に変化するのだろう。

 しかし楓はすでに魚雷を撃ち尽くしているはずだ。電探で分かるほど盛んに回避行動をとっているということは彼我の命中弾は多くはないだろうが、戦艦に対して駆逐艦一隻の砲火などたかが知れている。すでに第22戦隊が接敵している以上、接触艦としての役割も終わっているはずだ。
 それならば交代してこれ以上の損害を防いだほうが良いのではないのか。

 だが岩渕兵曹はそこまで考えたところで楓の事を無視していた。すでに発射可能な魚雷はないのだし、連続した戦闘で主砲である高角砲の残弾もそう多くはないだろう。敵戦艦に対して有効打を与えることは期待できないはずだ。
 その艦長の敢闘精神は評価できないこともないが、巻き込まれる乗員にとっては迷惑なだけかもしれない。
 どちらにせよこれからのレゾリューション、護国丸と敵戦艦との戦いでは有効打を与えられない楓の存在は考慮に入れる必要はないはずだ。

 だから岩渕兵曹はレゾリューションと護国丸の単従陣に急速に接近してくる敵戦艦と第22戦隊の特設巡洋艦二隻、計三つの反応に注目していた。


 電探から読み取った距離は岩渕兵曹から指揮所の将兵へと伝えれる。だが、艦橋には指揮所からではなく、電探室に詰めている将兵から直接情報が伝えられている。
 ついさっき敵艦が電探に映り始めたばかりだったというのに、敵艦との距離はすでに三万メートル近くにまで近づいていた。
 それを岩渕兵曹が読み上げる前に艦橋からの伝令が声を上げた。彼はすこしばかり上ずった声音で、面舵転舵を伝えた。それが聞こえた瞬間、指揮所の中にはざわめきが生じた。

 先任指揮官であるレゾリューション艦長はどうやら真正面から敵艦と戦うつもりのようだった。この距離から転舵するということは丁字を書くように接近する敵艦の頭を抑えて主砲船距離での砲撃戦を強いるつもりなのだろう。
 それはいいのだが、レゾリューションの艦長は大事なことを忘れているのではないのか。敵艦の判断にもよるがこのままでは敵艦との砲撃戦距離は約二万メートルで固定されてしまうはずだ。
 しかし、この距離は戦艦にとっては安全距離が見込める主砲戦距離となるのだが、重巡洋艦主砲である8インチ級砲にとっては射程内には入るものの、戦艦クラスの分厚い装甲を相手にするには難しい距離だった。

 もしも8インチ級砲で敵戦艦に有効打を与えようと思ったら、もっと接近して近距離から敵艦を乱打するしかない。おそらく二万メートルという距離で敵戦艦に8インチ砲弾が命中したとしても、非装甲区画ならばともかく、装甲帯を貫通するのは到底不可能なはずだった。
 それ以前に正規艦艇に比べて射撃指揮能力に劣る護国丸ではこのような大遠距離で敵艦に命中弾を与えられるほど正確な測距、測角を行うのは難しいのではないのか。


 ―――結局大口径砲を搭載した胡乱げな特設巡洋艦など戦力のうちに数えられていないということか……
 岩渕兵曹はそう結論づけていた。おそらくレゾリューションの艦長も護国丸を持て余しているのではないのか。
 いくら大口径砲と言っても重巡洋艦級の主砲でしか無いし、かといって果敢に敵艦に向けて突撃させたとしても鈍重な特設巡洋艦では、接近する前に敵戦艦の狙いすました主砲弾で接近すらできないうちに容易に撃沈されてしまうのではないのか。
 先任艦長でしかなく、しかも外国軍の艦艇をそのような博打のような行動を取らせられるほどの度胸はレゾリューションの艦長にはなかったのだろう。それが仮に効果がなかったとしても護国丸を自艦に続航させてこの遠距離での砲撃戦に参加させることになったのではないのか。
 たしかに命中弾も有効打も与えるのは難しいかもしれないが、単艦で行動する敵戦艦にとって護国丸の存在は無視できないはずだ。
 もしかするとこちらを戦艦1隻と正規の重巡洋艦1隻、あるいは戦艦2隻と誤認する可能性もあるかもしれなかった。


 そこまで考えたところで、電探表示面を睨みつけていた岩渕兵曹は鋭い声を上げた。
「敵艦反応に変化有り……敵艦取舵転舵の模様、本艦と同航、速力変わらず」
 岩渕兵曹の目の前の電探表示面の中で、敵艦の反応がわずかずつ増大していた。ただし距離はさほど近づいていなかった。これまでの訓練時や実戦のなかで何度か確認されていた反応だった。
 おそらく二万メートルほど彼方では、こちらに向かって艦首をおおよそ真正面に向けていた敵艦は、転舵しながら巨大な側舷を見せようとしていたのだ。それで空中線から照射された電磁波を反射する面積が増大して反応が大きくなっていたのだろう。

 敵艦がどれだけこちらの艦容を把握しているのかは分からないが、レゾリューションと護国丸が油断できない相手だと判断したのではないのか。それで一方的にこちらが優位となる丁字を描かれるのを嫌って同航しての砲撃戦を行うつもりになったのだろう。
 敵戦艦の艦長がどのような人物かはわからないが、少なくとも敢闘精神にかける人物では無いようだ。もしそうであれば機動するにしても逆に回頭して護国丸の艦尾をかすめるように反航して遠ざかる方を選んだのではないのか。
 あるいは、左右を楓と第22戦隊の特設巡洋艦二隻に囲まれた状態で組みやすいと思われる楓の方に接近する方を選んだだけかもしれなかった。


 しかし、岩渕兵曹は次第に敵戦艦が接近してくる反応を見つめている中で、唐突に敵艦の艦長の思惑に気がついていた。もしもレゾリューションと護国丸を避けて反航する針路を選択した場合、敵戦艦は襲撃対象であろう護送船団から離れてしまうのだ。
 レゾリューションが回頭した方向は、接近する敵艦に対して丁字を描くとともに後方で退避する護送船団への接近路を塞ぐようにするものだった。そのまま接近すれば不利な体勢でこちらの二隻から砲撃を浴びるのは必死だし、反航すれば肝心の護送船団から遠ざかってしまう。
 だから敵戦艦の艦長はこちらの優位を打ち消すように同航戦を挑んだのではないのか。つまり、レゾリューションと護国丸の二隻を撃破した上で二隻が盾となって守っていた護送船団を改めて襲撃するためだ。

 岩渕兵曹は背中に冷たいものが走るのを感じながら電探表示面を睨みつけるようにしてみていた。すでにレゾリューション、護国丸と敵戦艦は約二万メートルの距離をおいて相対しようとしていた。
 状況が急変したのは次の瞬間だった。艦橋につながる電話に取り付いていた伝令が叫ぶようにしていった。
「敵艦発砲」
 ぎょっとしながらも、岩渕兵曹は電探表示面を睨みつけていた。担当する電探の能力からすれば、飛来する戦艦主砲弾を捉えることができるかもしれない、そう考えたからだったが、表示面には電波雑音のような跡がわずかに見えただけだった。

 射撃管制用の分解能の高い電探ならばともかく、長距離捜索用の電探では敵弾を捉えるのは難しいようだった。
 その代わりに、しばらくしてから護国丸に先行するレゾリューションの周囲に唐突に反応が出現していた。おそらく敵弾が海面に衝突して巻き上げられた水柱が電探に捉えられたのだろう。
 幾度かの演習時に測定された反応と見比べて見る限りでは、敵艦はやはり戦艦であるようだった。その主砲は40センチ程度の口径はあるのではないのか、少なくとも金剛型やキング・ジョージ5世級などが装備する36センチ砲よりも下回ることはなさそうだった。
 ということはシャルンホルスト級戦艦などの28センチ砲ではなく、ビスマルク級戦艦と同じ38センチ砲である可能性が高かった。

 旧式化したとはいえ、15インチ砲を装備したリヴェンジ級戦艦であるレゾリューションならばともかく、極言すれば8インチ砲を装備した貨客船でしかない護国丸では対抗することなど不可能としか思えなかった。
 戦艦の設計上の原則から言えば、自艦の主砲弾に対して、主砲戦距離で耐久する程度の装甲を施すのが常識であるからだ。仮に敵艦が主砲口径に対して速力を発揮するために装甲厚を薄めとして軽量化を図った巡洋戦艦として建造されていたとしても、いくらなんでも重巡洋艦の主砲に対して貫通されるとは思えなかった。

 電探の反応から見る限り、敵艦の練度は低くは無いようだった。レゾリューションへの命中弾があったかどうかは分からないが、電探表示面に映しだされた水柱を見る限りではレゾリューションの周囲に着弾したのは間違いないようだ。
 その水柱の反応が消えるかどうかといったタイミングで、着弾点を無視するかのように前進を続けていたレゾリューションの周囲に再び水柱の反応が表れていた。
 岩渕兵曹は胃の痛むような感覚を覚えながらその状況を淡々と報告していた。

 奇妙なことに気がついたのはしばらくしてからだった。電探表示面から目を離さない岩渕兵曹は指揮所内の様子を気にかける余裕もなかったのだが、妙にざわついているのは感じられた。
 ―――主砲が……まだ本艦の主砲は発砲していないのか
 奇妙なのも当然だった。この部屋には前側に窓があるから、二番主砲塔が見えているはずなのだが、まばゆいばかりの発砲炎も大口径弾の発砲時の轟音も感じられなかったのだ。

 嫌な予感がして、岩渕兵曹は敵戦艦周囲の様子を反射的に探っていた。結果は思っていたとおりだった。ひっきりなしに発生する水柱によってレゾリューション周囲が個艦の識別が困難なほど反射波が生じていたのに対して、敵艦周辺には全く水柱による反応が生じていなかった。
 護国丸の主砲が発砲していないのも当然だった。旗艦であるレゾリューションが発砲していないものだから、勝手に射撃を開始するわけには行かなかったのだ。事前の打ち合わせでは、機関の発砲をもって後続艦への発砲命令とするとしていたからだ。

 だが、なぜレゾリューションが未だ発砲していないのかはわからなかった。確かに敵艦による射撃は連続しているが、初撃から致命的な損害を受けるとは思えなかった。
 もちろん初弾がたまたま致命的な箇所に着弾して戦闘能力を一瞬で喪失する可能性はないわけではないが、確率からすれば恐ろしく低いし、そんな大損害を被っているようならば護国丸の方でも旗艦を無視して発砲に踏み切っているはずだ。
 周辺の水柱で発砲に必要な諸元が得られていないというのも考えづらかった。戦艦の有力な測距儀ならば射撃は不可能ではないはずだ。


 最新の電探や各種弱電兵器によって周辺のすべての状況が把握できるはずの指揮所の中で、何が起こっているのかがわからずにこの場の指揮官である副長を始めとする戦闘幹部は苛立っているようだった。
 そこへ艦橋伝令が戸惑ったような声を上げた。
「旗艦から、レゾリューションから発光信号の模様です」
 同じように戸惑った声があちらこちらからがあがった。指揮所にも無線通信は即座に入るようにはなっていたはずだが、外部視認性は悪いから発光信号をこちらで確認することは難しかった。
 それに無線封止中でもないのに発光信号を使用するレゾリューションの意図が理解できなかったのだ。
「発光信号の内容は……敵弾の衝撃により発電機停止、本艦発砲不能……以上のようです」

 指揮所要員が旧式だとかオンボロだとかレゾリューションを罵ったり、あるいは絶句する中で、岩渕兵曹は筐体にしがみつくようにして電探表示面を睨みつけていた。
 その姿はまるで自分の信じているものは電子が作り上げたその光景だけだと思ってるかのようだった。もちろんそれは逃避に過ぎなかった。
特設巡洋艦護国丸の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskgogokumaru.html
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