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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦13巡洋戦艦マッケンゼン

 O級巡洋戦艦の一番艦としてマッケンゼンが起工されたのはキール海軍工廠に新たに設けられた秘匿ドックだった。このドックは航空偵察から逃れるための偽装が施された大掛かりなもので、入渠した戦艦級の艦艇を完全に覆い尽くす天蓋には、この場所が複数の構造物の集合体に見えるように特殊な技法で擬装用の絵が描かれていた。
 建造中止となった2番艦ヨルクではこれほど徹底した偽装は施されていなかったから、なぜマッケンゼンだけがこのように徹底した欺瞞態勢のもとで建造されたのかは今となってはヴェルナー技術大尉にはよくわからなかったのだが、もしかするとマッケンゼンの建造後は通商破壊作戦に従事するO級巡洋戦艦やドイッチュラント級装甲艦などを入渠させて密かに修理工事などを行って出撃時期を欺瞞させようとしていたのかもしれなかった。


 ドイツ海軍の重要な根拠地であるキール海軍工廠はこれまでに幾度と無く国際連盟軍の偵察機が飛来していたし、何度か大規模な空襲を受けてもいたが、これまでのところ工廠中枢部から外れた秘匿ドックが直撃を受けたことはなかったし、その存在があからさまに露見した様子もなかった。
 だから国際連盟軍に未だ詳細が把握されていないはずの秘匿されているドックで建造されていたマッケンゼンの建造予定が繰り上げられ、半ば未完成のまま出撃することとなったのだ。
 その存在をこれまでに確認されていないマッケンゼンであれば敵偵察部隊の目を逃れることができるかもしれないし、発見されたとしてもシャルンホルスト級などの既知の艦艇と誤認される可能性が高かったからだ。

 開戦前に進められていた海軍の艦隊拡張計画であるZ計画は、空母や巡洋艦、駆逐艦に加えて何隻かの純然たる戦艦であるH級戦艦とO級巡洋戦艦の建造が含まれていたが、現在ではH級戦艦や空母の建造は中断されていた。
 だがその建造計画の中断も決定的なものではなく、再開された時期もあって実際にはどの艦の工事が中断されて、どの艦の建造が進められているのかは外部から伺うことが難しくなっていた。
 マッケンゼンの建造計画も中止されそうになっていた時期もあったから、仮に集積された物資や資金の流れを追跡することができたとしても、実際に建造されている艦にたどり着けるかどうかはわからないようになっているはずだった。
 少なくともマッケンゼンが今現在戦闘航海可能な状態になっていることは国際連盟軍もはっきりとはつかんでいないはずだ。
 だから、今回のマッケンゼンの出撃は国際連盟軍にしてみれば戦略的な奇襲となる可能性が高かったのだ。


 しかしこれは危険な賭けだった。確かに日本陸軍の長距離偵察機などが運悪く秘匿ドックからマッケンゼンを引き出した直後から出撃前後に掛けての短時間の内にキールへ飛来することさえなければ今回の出撃自体は隠しおおせるかもしれなかったが、英国本土周辺に構築された哨戒網に引っかかる可能性は少なくはなかったはずだ。

 最近では哨戒機にも対水上見張りレーダーが搭載されているらしく、夜間でも友軍潜水艦が航空攻撃で撃沈されたと思われるケースが増えていた。
 それに日本海軍は元々長距離攻撃機として設計されていた一式陸上攻撃機などを前線から引き上げて対潜哨戒機として英国本土に展開していたが、この機体は極めて航続距離が長く、英国本土を遠く離れた空域まで進出して船団の援護や潜水艦狩りを行うケースも多かった。

 もしもマッケンゼンがこれらの哨戒網に一度でも発見されれば、たちまち英国本土から出撃した英国海軍本土艦隊によって捕捉殲滅されていたはずだ。
 ドイツ本国から大西洋に出撃するために慎重に策定された航海計画だったが、その実行には哨戒網が構築されている地点での悪天候を前提とするなど運任せの部分も少なからず残されていた。
 今回は運が良かったのかうまく行ったが、マッケンゼンの今回の出撃が綱渡りのような航海であったことに変わりはなかった。


 ―――このような運任せの危険な任務につけられるほどマッケンゼンは戦力価値を評価されていないのだろうか。そうであるならば、ここまで苦労をしてこの艦を動かしている我々は一体なんなのだろう。
 ヴェルナー技術大尉は、暗い海に光るマッケンゼンの航跡を見ながらそう後ろ向きに考えてしまっていた。

 今回の出撃では本艦固有の人員だけではマッケンゼンの運用に支障をきたすため、ヴェルナー技術大尉を始め多くの工廠要員などが臨時に乗り込んでいた。彼らの多くは専門職の技術者達だから、替えの効かない貴重な要員であるはずだった。
 その貴重な人員を危険にさらしてまでマッケンゼンを出撃させた理由がヴェルナー技術大尉には今ひとつ理解できなかったのだ。

 マッケンゼンは、その実際の性能はどうあれドイツ海軍にとって貴重な数少ない稼動状態の大型戦闘艦であるはずだった。だから危険を過剰なほど恐れる最近のドイツ海軍が安易に作戦行動に投入できる存在ではなかったはずだ。
 それに、多くの要員を撃破されたテルピッツなどから引き抜いたとはいえ、マッケンゼンには数多くの新兵も乗り込んでいた。彼らの訓練を兼ねた完熟訓練すらその日程の多くを省いてしまったマッケンゼンの実際の戦闘能力は限りなく低いのではないのか。
 そう思ってはいたが、兵科の士官ではない工廠付きの技術士官でしかないヴェルナー技術大尉には意見を具申することなどできなかった。


 艦橋の隅で色々と考え事をしながら窓の外を見るとはなしに見ていたヴェルナー技術大尉は、その時遥か彼方まで白波が伸びていくように見えるマッケンゼンの航跡が一瞬途切れたような気がした。
 一瞬目を見開いたヴェルナー技術大尉が、眠気による幻覚だったのだろうかと自問するよりも早く、見張り員と通信室からの報告を上げる伝令兵の声がほぼ同時に艦橋に響き渡った。

「レーダーより艦橋、高速で接近する艦影を捕捉、反応大きい、戦艦クラス」
「右舷後方より大型艦接近する。極めて大きい。艦種不明」

 マッケンゼンの艦橋は急に慌ただしくなってきた。ヴェルナー技術大尉は殺気立った艦橋要員に気圧されるような気がして、隅で縮こまっていた。すでに眠気は吹き飛んでいたが、まだ艦橋を離れる気にはなれなかった。少なくとも状況を把握するまではこの場に留まるつもりだった。

「艦影の反応は他にないのか、敵艦の速力はどの程度か」
 慌ただしくなった艦橋の中で、フリッケ中将のいつもと変わらない冷淡な声が聞こえた。見張り員と通信室からの反応はすぐに帰ってきたが、こちらは中将とは違って、どちらも戦闘の予感に興奮しているのか、先ほどまでの陰鬱な艦橋内の様子とは打って変わっていた。
「レーダーで観測された反応はひとつのみ、他は探知されず、レーダーが妨害されている様子もありません。敵艦の速力は……約30ノット……」

 通信室からの報告された途端に艦橋内がざわついていた。30ノットという速力は戦闘艦としても極めて高かった。高速の巡洋戦艦として建造されたマッケンゼンは33ノットという高速性能が与えられていたが、このクラスの艦艇で速力が30ノットを超えるものは数が少なかった。

「日本海軍の磐城級戦艦でしょうか……確かあのクラスの速力は30ノットはあるはずです。あるいは金剛型か英国海軍の巡洋戦艦かもしれませんが」
 戦隊参謀が不安そうな顔でフリッケ中将に尋ねていた。確かに磐城型であれば最高速力は30ノットに達していたはずだ。しかし、ヴェルナー技術大尉は、内心でその可能性を否定していた。
 フリッケ中将も参謀に振り返ることもなくいった。
「磐城型にせよ他の艦にせよ、日英の戦艦が単独で航行するとは思えん。特に日本海軍はこれまでの行動では必ず戦艦には直援の駆逐艦などを随伴させていたはずだ。それにいくら高速の戦艦とはいえ、常時こんな高速で航行するとは思えんし、この付近で戦艦が急がなければならないような事態が起こるとは思えん。
 我が潜水艦が発見されたとしても、潜水艦相手に戦艦が1隻で高速で接敵しなければならない理由はないし、退避も同様だ。
 考えられる可能性は本艦が探知されたことだが……やはり単艦で戦艦を送り込むとは思えん。おそらくこの敵艦は……」

 珍しいほど長々と話していたフリッケ中将を遮るように、再び通信室からの伝令が叫んでいた。
「本艦に向けてと思われる無線通信を受信。発信源は接近する艦と思われる。内容は……我自由フランス海軍輸送艦ノルマンディ、本艦前方の艦船は衝突を避けよ……それと本艦の所属、艦名を訪ねてきています」
 ヴェルナー技術大尉は次の瞬間、耳を疑っていた。フリッケ中将がこれまで聞いたことのない笑い声を上げていたからだ。
「これは幸先がいいぞ。滅多にない獲物じゃないか。相手は船団も組んでいないじゃないか」

 ヴェルナー技術大尉はわずかに首を傾げるとおずおずといった。
「確かノルマンディ号はブルーリボン賞を獲得したこともある高速客船です。他の商船とは速度差があるから船団を組むことは出来ないのでしょう……」
 フリッケ中将は相手がヴェルナー技術大尉であることにも気が付かないようで上機嫌そうな声だった。
「相手がなんであれやることは変わらん。高速客船でも本艦が追いつけないことはあるまい。艦長、転舵砲戦用意だ。主砲及び副砲、高角砲も準備しておけ。相手が相手だ。高速航行中の砲撃となるかもしれんから手数は多いほうがいいだろう」

 艦長は素早く航海長、砲術長に命令を下してから、伺うような視線をフリッケ中将に向けた。
「相手の通信はどうしますか。この距離だと砲戦が可能な距離まで接近するのに少し時間が掛かりそうですな。その間にこんな高速船に回避航路を取られると追撃が難しそうですが」
 フリッケ中将はわずかに視線を空中に彷徨わせながらいった。
「そうだな……日本海軍艦シシヤマとでも言っておけ」
「シシヤマ……ですか」
 艦長は首を傾げていた。
「日本語のように聞こえんか。どのみち相手が信じようが信じまいが大勢に変化はあるまい。敵船が対応を考えている間にこちらの砲撃圏内までおとなしくしてくれればそれでいいのだからな」

 それを聞いても艦長は首を傾げたままだった。
「こちらの所属を欺瞞するのはかまいませんが、最終的にはドイツ海軍であることを知らせる必要があるのではないですか。相手が商船であれば臨検は必要かと」
 フリッケ中将は笑みを消すとじろりと艦長を睨みつけた。
「本気か艦長。相手は態々自分たちが非合法集団であると宣伝してくれたのだぞ。臨検も警告もする必要はない。砲戦距離に入り次第直ちに砲撃して撃沈してしまえ」
 艦長だけではなく、艦橋要員の少なからぬ数が驚いたような顔になっていた。
「我がドイツ及びイタリア他同盟国はフランスを代表する唯一の合法的政府としてヴィシー政権を承認しておる。我が国との開戦以前より閣僚であったペタン元帥が率いていることからも、ヴィシー政権の正統性と連続性は明らかではないか。つまり新たな同盟国であるフランスの植民地を不当に占領する自由フランスなる組織は犯罪者集団に過ぎぬということだ。
 また、仮に百歩譲って彼らを正統な交戦団体と承認したとしても自ら軍艦であると名乗っているのだから攻撃を躊躇する必要はない。
 構わんから無警告で攻撃を開始する。相手は高速船だ。初弾から命中させるつもりで行け……何だ貴様まだいたのか」

 急にフリッケ中将から鋭い視線を向けられたヴェルナー技術大尉は慌てて威儀を正した。
「聞いての通り本艦はこれより高速の敵船と交戦になる。機関長にいつでも最大戦速が出せるように言っておけ。貴様も追撃中に機関を故障させんようにしておけ」
 慌ててヴェルナー技術大尉は敬礼をすると艦橋を飛び出していた。すでに戦闘配置の掛けられた艦内には慌ただしい雰囲気が漂っていた。機関指揮所に急ぎながらも、ヴェルナー技術大尉はエンジンが戦闘中に故障しないように神に祈り始めていた。
 このマッケンゼンには何よりも今それが必要な気がしていた。
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html
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