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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦12巡洋戦艦マッケンゼン

 フランス降伏直後から本格的に開始された英国本土防空戦への義勇兵の参加や積極的な対英連邦への輸出を行ってはいたものの、日本政府は開戦当初は今次大戦に参戦する意思を見せなかった。
 しかしそれは国内世論の統一に必要な時間を稼ぎ出すためにすぎなかった。配給体制が敷かれた英国本土の現実よりも強調された悲惨な状況や、占領地でのドイツ軍の横暴な振る舞いなどが過剰に演出された上で開戦後ほどなくしてから日本国内で連日のように報道されていたらしい。

 この日本国内向け世論形成の総仕上げとでも言うべきものが、国際連盟の要請を建前として始まったユダヤ人移送計画への参加だった。
 日本政府は、人道的な難民移送計画として始まったこの計画の影で主力となる空母部隊を正式参戦前に欧州に送り込んでいたのだ。


 当初、日本艦隊はドイツ占領地に取り残されたユダヤ人達をアフリカ東岸沖に位置するヴィシーフランス領のマダガスタル島へ強制移送させる計画の護衛として、あらゆる国際関係からの中立を表向きうたう国際連盟難民機関からの要請という形で欧州に出現していた。
 ユダヤ人を排斥するナチス・ドイツによる欧州追放政策は、ドイツ側が密かに期待していた英国との早期講和がなされなかったことから、占領地に新たに建設された強制収容所への連行に移行する直前だったのだが、国際連盟による仲介と日本政府の人道的配慮によって急遽実現していたものだった。
 しかし、おそらくは日本政府だけではなく、仲介した形の国際連盟もこの直後に日本などの国際連盟加盟諸国のドイツへの宣戦布告を受けて正式な軍事組織である国際連盟軍を編制していたから、当初から日本海軍の欧州派遣の正当化を行う隠れ蓑にこの計画を利用したのではないのか。

 国際連盟の旗のもとに欧州に出現した日本艦隊だったが、欧州からマダガスカル島へ向かったはずの空母や高速の戦艦を中核とした艦隊主力は、ユダヤ人たちを載せた日本船籍の貨客船群と地中海東端までは同行したものの、スエズ運河を通過せずにアレクサンドリア港に留まっていた。
 そして1個水雷戦隊の護衛のもとアフリカ東岸を南下していたユダヤ人たちを載せた貨客船がマダガスタルに到着するよりも早く日本政府は対ドイツ、イタリアへの宣戦布告を行っていた。
 その間に日本本国からのさらなる増援をうけた艦隊は、戦艦、空母、巡洋艦をバランスよく編成した有力な部隊となっていた。日本海軍は米英に継ぐ一大兵力を有していたから、遣欧艦隊と呼称されたその部隊だけでもイタリアやフランスといった欧州諸国の中小海軍と渡り合えるほどの大兵力だった。
 そして空母を主力とした日本海軍遣欧艦隊は、有力な航空打撃力で地中海南岸の北アフリカに展開する枢軸軍を叩き、日本陸軍は英陸軍と共に戦うべくアフリカ大陸に足を踏み入れた。


 その一方で正面戦力以外の部隊も投入されるようになっていた。その一つがこれまで欧州各国には見られなかった長距離偵察専用機部隊だった。

 先の欧州大戦で軍用航空機が戦線に投入された当初は、すべての機体は地上部隊を支援する偵察機として運用されていた。
 その頃はまだ航空機用の機関が非力で、十分な兵装を搭載できなかったから偵察機として運用するしか無かったのだが、それでもせいぜい丘や山の上から敵情を観察するのが精一杯であった地上戦闘に三次元的な視線で観察する手段を持ち込んだ意義は大きかった。
 少なくとも地上部隊がこれまでのように地形を活かして敵部隊から隠蔽することは、格段に難しくなっていた。仮に丘の影に隠れて敵地上部隊の目を逃れたとしても、上空からは丸見えだったからだ。

 軍用機として偵察機に続いて出現した戦闘機が、まず偵察機の排除を主任務としていたのも航空偵察の有効性を明らかにしていたと言っても良かった。当初の戦闘機の目的とは自軍地上部隊の情報を敵偵察機が持ち帰るのを阻止するためだったからだ。


 しかし航空機の発展と同時に、大型水上戦闘艦から射出機で運用される水上偵察機を除いて偵察専用の機体はほとんど姿を消していた。
 水上偵察機は実質上偵察任務を行う巡洋艦の目となる機体だった。だからカタパルト射出に備えるための頑丈な機体と、格納性を考慮して可能な限り小型に作る必要があった。
 だから武装する必要性も余裕も少なく、また海上に着水するためには浮舟を装備せざるを得ない以上は本来の偵察任務以外に本格的な戦闘任務を行うほどの多用途機を設計するのは難しいと言えるだろう。

 だが空母搭載機や陸上機においては海上哨戒機を除けば専用の偵察機はほとんど開発されなくなっていた。戦術偵察ならば機動性の高い戦闘機を用いれば十分だし、見張り員が多数必要な哨戒任務であれば重爆撃機のような大型機を転用すればすむ話だったからだ。
 エンジンの高出力化によって、原型が戦闘機であったとしても銃兵装などを省けば大口径のカメラなどの偵察機材を搭載することは難しくなくなっていたのだ。

 そして先の欧州大戦で偵察機が行っていた地上部隊の直接支援や砲兵観測には、民間の軽飛行機や練習機を転用したより簡易な雑用機が使用されるのが専らだった。
 実際、日本軍においても防弾装備が貧弱で容易に撃墜できるとされていた一式陸上攻撃機とかいう大型攻撃機が前線で確認されなくなった代わりに、航海中の潜水艦による目撃例が増えており、おそらく現在ではほとんどが哨戒機として転用されているようだった。
 だから日本陸軍が投入してきた偵察専用機はかなり異彩を放つ機体だった。

 このように特異な長距離偵察専用機を日本軍が装備しているのは、欧州諸国の空軍が都市などの重要目標への爆撃やその迎撃、あるいは地上部隊の支援を主目的としているのに対して、仮想敵国であるソビエト連邦に対して航空兵力で数的に劣勢な日本陸軍が制空権を確保するために、最優先で敵航空機を撃破することを目的とした航空撃滅戦を基本戦術としているからであるらしい。
 これは初撃で膨大な戦力を持つソビエト連邦の赤色空軍を叩き切らない限り、圧倒的多数の敵機にもみ潰されてしまうのではないのかという日本軍の恐怖を示しており、それゆえに前線後方の敵空軍基地を高速で偵察するための専用機が必要とされていたのだ。
 戦闘機転用の戦術偵察機では後方の大規模な航空基地を偵察するには航続距離が足りないし、かといって爆撃機転用の大型機では鈍重すぎて重防護の敵基地を偵察するどころか、前線の敵部隊を突破することすら難しいだろう。
 だから、日本陸軍の長距離偵察機である司令部偵察機は、爆撃機並みの航続距離と戦闘機並みの高速度を併せ持った異様な機体が求められていたのだ。


 今次大戦の開戦当初に戦線に投入されていた長距離偵察機は九七式司令部偵察機という機体らしい。実はこの機体に関してはドイツ軍でも詳細な性能を把握していた。
 周辺諸国との外交関係が破綻する1930年代末までは、ドイツと日本は中華民国、あるいはその国軍である国府軍という共通の市場を抱える商売敵兼同胞であったからだ。
 現在では大戦の勃発によって日独間は交戦状態にあるが、それまではソビエト連邦と共産主義という共通の敵を抱える友軍でもあったのだ。だから、国共内戦において満州国から出撃し、長駆共産党支配地域の偵察に赴く九七式司令部偵察機の情報をドイツ軍も把握していたのだ。

 実戦配備が開始された頃であれば、九七式司令部偵察機も非常に高速で高高度を飛行できる有力な機体といえた。元々シベリアーロシア帝国領内の航空基地から長駆ソビエト連邦内深くの敵航空基地を偵察するための機体なのだからそれも当然だった。
 しかし、九七式司令部偵察機は初期型の配備から5年近くが過ぎていたから、今次大戦に日本帝国が参戦する頃にはすでに旧式化していた。
 アフリカ戦線に投入された九七式司令部偵察機は、その長大な航続距離をいかして独伊軍の戦線後方へとしばしば進出したが、ドイツ空軍の迎撃によって撃墜された機体も多かったと聞いている。


 だが、九七式司令部偵察機が前線に投入されていたのも極短い期間に過ぎなかった。少なくとも昨年度までには殆どの機体が前線から引き揚げられたらしく最近では目撃例がなくなっていた。
 そして、それ以前から九七式司令部偵察機の後継機と思われる偵察機が出現していた。単葉単発であった九七式司令部偵察機とは違って、その新型偵察機は左右の両主翼にそれぞれエンジンを配置した双発機だった。

 ドイツ空軍の情報部によればその機体は一〇〇式司令部偵察機というらしく、制式採用は今次大戦が勃発した後の1940年だというから、その頃すでに中華民国から追い出されていたドイツ軍が詳細な性能を把握していないのも無理はなかった。

 一〇〇式司令部偵察機は戦線に初めて確認された原型と思しき機体の時点で、当時前線部隊に配備されていたBf109各型などのドイツ空軍の主力機と大差無い速度を発揮することが出来るのが確認されていた。
 高高度飛行能力も優秀であるらしく、同速度しか発揮できないドイツ空軍の戦闘機が迎撃を行うには、予め離陸して交戦域に達する前に高度を稼いでおかなければ不可能だった。


 やはり九七式司令部偵察機と同様に新型の一〇〇式司令部偵察機も速度性能や高高度飛行に特化した機体だった。搭載された空冷エンジンの出力自体はBf109などの一線級の戦闘機に搭載されているものと変わりないようだが、これを2基搭載したために機体全体での総出力は高かった。
 このような両主翼に一つづつのエンジンを搭載した形式の双発機は同クラスのものがドイツ軍でもBf110などが存在していた。
 ただし、双発他座戦闘機として開発されたBf110が結局は機動性能の低さなどから純粋な昼間戦闘機ではなく夜間戦闘機や攻撃機などに転用されるいわば万能機になってしまったのに対して、一〇〇式司令部偵察機はこれまでのところ長距離偵察以外の任務で目撃されたことは一度もなかった。
 双発機であるBf110は、単発機に対してロール性能などが劣っていたために格闘戦闘を行うのは極めて不利であり、それが純然たる戦闘機として運用する障害となっていたのだが、偵察機の場合は別に高い機動性を要求されるわけではない。それに一〇〇式司令部偵察機は空気抵抗を削減するためか滑らかで突起物のない胴体を持っており、Bf110よりもさらに速度性能は上だった。

 現在ではそのなめらかな胴体をさらに改良した改良型が主力となっており、一〇〇式司令部偵察機の初期型ですらも姿を消しつつあった。搭乗員が乗り込む風防が機首まで延長されて、風防と胴体を結ぶ段差が消滅してまるで卵のような形状になっているのが改良型の特徴だという。
 さらに両翼のエンジンはより大出力のものに換装されて何らかの出力増強装置も搭載されているらしい。
 これに加えて最近になって高高度飛行能力を改良したさらなる改造型が投入されたという噂もあった。未だに詳細は未確認だったが、その改良型はエンジン吸気圧を上昇させる排気タービンを搭載して一万メートルを超える高行動でも低地とたいして変わらない速度で巡航するらしい。


 昨年度のマルタ島攻防戦の時も、一〇〇式司令部偵察機は頻繁にタラントなどのイタリア半島の要地へと出現し、独伊仏連合艦隊の陣容は出撃前に正確に把握されていたふしがあった。
 この影響はマルタ島攻防戦において大きく国際連盟海軍側に有利に働いたはずだった。もしも独伊仏連合の枢軸国艦隊の出撃や水上艦を中核とした艦隊編成を察知されていなければ、空母を中核としていた日本艦隊を夜戦において撃滅することも可能だったのではないのか。
 独伊仏連合艦隊の襲撃に対して、マルタ島沖合に展開していた日英の艦隊も戦艦を中核とした迎撃戦力を空母部隊より分派した。それどころかさらに水雷部隊のみを主戦場から迂回させて独伊仏連合艦隊を包囲することにまで成功していた。
 その結果、独伊仏連合艦隊は日英海軍の戦艦部隊に対してそれなりの損害を与えたのと引き換えに壊滅的な打撃を受け、日本海軍の空母には触れることも出来なかった。


 この海戦以後、イタリア海軍はそれまでの勇戦ぶりが嘘であったかのように根拠地に引きこもって、ドイツ側の出撃要請にも答えずに艦隊保全を図るようになっていた。
 出撃しようにもマルタ島沖合での戦闘で被った被害は大きかったし、それ以前に戦前からの石油備蓄は乏しくなる一方で、国際連盟軍による空襲を受けたプロエスティ油田からの供給量は減る一方だったから、イタリア海軍は大型艦を満足に動かすだけの燃料すら確保できなくなりつつあったのだ。

 また地中海に進出していたドイツ海軍も、一度は奪取したはずのジブラルタルを親英寄りに政策方針を転換したスペイン政府の黙認で再度国際連盟軍によって奪還されてしまったものだから、戦艦テルピッツはイタリアに取り残され、戦艦シャルンホルスト、グナイゼナウ、それに重巡洋艦プリンツオイゲンの三隻は這々の体でドイツ本国に逃げ出すしか無かった。
 この三隻は意表をついてイギリス海峡を通過するツェルベロス作戦によって帰還を果たしたが、もしも常識的な英国本土およびアイルランドを迂回する航路をとっていた場合、外洋に展開していた日英海軍によって容易に撃沈されていたかもしれなかった。
 そしてマルタ島及びジブラルタル周辺の制海権を奪還されたことで北アフリカ戦線への後方連絡線を絶たれかけていた枢軸側は地中海の戦線を永遠に失おうとしていた。


 このような戦局の中で高速長距離の偵察機部隊は正面戦力ではないにも関わらず開戦当初よりドイツ海軍に大きな驚異となっていた。
 だが、必ずしも対抗手段がないわけではなかった。現在では本国外でも要地にはドイツ軍側もレーダーによる哨戒網を築きつつあるから、遠距離から偵察機を発見出来れば、最接近時に高高度まで上昇させた戦闘機で迎撃することも不可能ではなかった。
 それに日本陸軍の偵察機部隊の行動にもある傾向があった。既知目標の所在確認を優先しているふしがあったのだ。それはキール軍港への偵察飛行頻度がグナイゼナウ出港後に著しく低下したことから予想されていた。
 おそらく日本軍でも偵察機部隊の数はそう多くはないのだろう。撃墜される機体も最近では少なくないはずだし、ドイツ本土周辺地域への偵察飛行は長距離飛行となるから、搭乗員や機体の疲労も大きいはずだ。
 一度長時間の偵察飛行に従事した機材、人員は並の戦闘機部隊よりも長期間の回復時間を要するはずだ。

 もし十分な整備や休養なしに連続した飛行を実施した場合、たちまち偵察機部隊の戦力は枯渇してしまうだろう。機内に予備の操縦員や休息のための空間を確保できる大型の爆撃機や哨戒機でもない限り、長期間の飛行は機体も人員も極度の消耗をしいるからだ。
 だから、偵察機は彼らにとって脅威となる大型水上艦や長距離航空部隊のあるところ以外にはなかなか現れなかった。
 逆にいえば、国際同盟軍にとって未知の存在であれば行動を長期間秘匿することが可能というわけだった。さらにいえば、開戦以来偵察や哨戒を行う部隊の増設を行い続けていたために最近の国際同盟軍には視認された情報に頼りきっている傾向がみられるらしい。

 実際に国際連盟軍の中核がそう判断しているのか、それとも軍首脳部が信じているだけなのかはヴェルナー技術大尉にはよくわからなかったが、マッケンゼンの存在を出来る限り秘匿し続けていたのが国際連盟軍の偵察機部隊から逃れさせるためのものであったことだけは間違いなさそうだった。
一〇〇式司令部偵察機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr2.html
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