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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦10巡洋戦艦マッケンゼン

 戦艦マッケンゼンの機関室内は、故障箇所に群がる機関科将兵達のために通常の照明以外に幾つもの懐中電灯までもが加わって煌々と照らされていた。
 だから明るい機関室から、戦闘配置で人気の失せた艦内通路を通って艦橋に入ったところで、ヴェルナー技術大尉は思わず眉をしかめていた。

 艦橋内部は、見張り員たちの夜目が失われるのと、周辺の海域から艦内の明かりを目撃されるのを避けるために、最低限必要な機器を照らす僅かな夜間用照明を除いて一切の照明が絶たれていた。
 水線下にある機関室と違って、周囲から丸見えの艦橋では夜間は標的となるのを防ぐために灯火管制が敷かれていたのだ。
 もっとも陰鬱な雰囲気が漂っているのは必ずしも薄暗いからというだけではないようにヴェルナー大尉には思えていた。昼の明るい時間帯であってもこの艦橋の雰囲気は出撃してからずっと暗かったような気がしていた。


 航行計画によればそろそろ国際連盟側が使用する通商航路に接近しており、船団か敵部隊との遭遇も予想されていた。
 昨日受電された出撃中の友軍潜水艦から送信された通信によれば、付近の海域には航空戦力を含む相応の護衛部隊が随伴した大規模船団が航行しているらしかった。

 船団と接触した友軍潜水艦からの次報はなく、撃沈されたか、或いは護衛の敵艦から逃れて潜航中なのではないのかと考えられたが、それまでの報告から類推された航路とマッケンゼンの航路は概ね交差していた。
 船団規模を考慮した被視認性を考慮すれば、敵船団が対潜警戒用の之字運動をとっていたとしても、マッケンゼンが敵船団を発見できる可能性は低いものではなかったから、今にも戦闘が開始されるかもしれなかった。

 しかし、おそらく艦橋に広がる暗い雰囲気は、戦闘への緊張が理由ではないだろう。それは軍令部からマッケンゼンに与えられた任務に主な原因があるのではないのか。
 マッケンゼンが果たすべき任務はあまりにも曖昧で現地指揮官の判断に任された部分が多かった。それでいてマッケンゼンがとることが可能な選択肢の範囲は恐ろしいほど狭いものであるらしい。


 しかしこのような艦橋の雰囲気を作っているのは任務の性質だけではなく、指揮官の気質も関係しているのではないのか。少なくともついさっきまでヴェルナー技術大尉がこもっていた機関室ではこのような事はなかったはずだ。
 ヴェルナー技術大尉はそんなことを思いながら重い足取りで艦橋中央部に近寄った。おそらく戦闘中は司令はその辺りにいるはずだった。

 だが、ヴェルナー技術大尉の予想に反して、その声は艦橋後部の海図台近くから聞こえてきた。
「主機の修理は完了したのか」
 すぐにも戦闘が起こるのかもしれないというのにやけに落ち着いた、どことなく冷酷さを感じる声にヴェルナー技術大尉は思わず振り返っていた。
 そこには戦隊司令のフリッケ中将が、感情を読み取ることが出来ない蝋人形のような表情でこちらを見ていた。ヴェルナー技術大尉はその鋭い視線に圧せられて口ごもっていた。


 だがフリッケ中将は最初から工廠の技術士官であるにすぎないヴェルナー大尉を見ていなかった。その視線はヴェルナー技術大尉から僅かに外れて、その背後を見据えていた。
 すぐにヴェルナー技術大尉の背後から緊張した声が聞こえた。先ほどまで共に機関室にいて作業を監督していた機関長の声だった。

 機関長は戦闘配置であるにもかかわらず機関室から離れて艦橋に出頭するように命令されていた。戦闘行動が予想されているにもかかわらず、主機関の一つが故障して修理作業が行われていたからだ。
 ただし、以前は蒸気タービン艦である戦艦テルピッツに乗り込んでいたという機関長は、ディーゼルエンジンの原理や構造には詳しくなかった。だから技術的な質問があった時に備えてヴェルナー技術大尉にも同伴を依頼していたのだ。

「主機関修理作業完了しました。現在全力発揮可能です」
 機関長が威儀を正してそういうと、フリッケ中将は無表情なまま、興味が失せたかのようにうなずいた。どうやら機関の状態さえ確認できれば、技術的な関心は無いらしい。
 フリッケ中将の態度からそう察した機関長は、素早く敬礼して申告すると逃げ出すように本来の戦闘配置である機関指揮所に戻っていった。
 その間、フリッケ中将はヴェルナー技術大尉に視線を向けることさえなかった。戦隊司令である中将には、員数外の技術将校など気にかける必要もない存在なのだろう。


 実のところヴェルナー技術大尉を置いて艦橋から立ち去った機関長は、フリッケ中将たち司令部スタッフの雰囲気から本当に逃げ出したかったのかもしれない。それほどマッケンゼン上層部から機関科将兵たちに向けられた視線は厳しいものだった。
 フリッケ中将もまたすぐに主機関に故障が起こるのではないかと疑っているのではないのか。本人の性格もあるのだろうが、そうでなければここまで鋭い視線を長時間の作業を終えたばかりの機関長に向けることはなかったはずだ。

 だが、機関が不調であるのは確かだか、その責任は必ずしも機関科将兵だけに押し付けて良いようなものではないはずだった。
 むしろマッケンゼンをこのような大西洋の中心近くまで航行させてきた機関科将兵達の功績は極めて大である。ヴェルナー技術大尉はそう考えていた。
 通り一遍の作業だけを行っていたのであれば、今頃マッケンゼンは出港すらできなかったのではないのか。


 だが、長時間行われた修理作業がヴェルナー技術大尉から反論する気力を失わせていた。それに工廠の中級技術士官でしかない大尉が何を言っても無駄だろう。
 出港からずっと襲ってくる徒労感と疲労感がヴェルナー技術大尉を次第に無気力状態へと向かわせていた。

 どうせ機関室に戻っても員数外の工廠要員の監督官であるヴェルナー大尉に正規の配置があるわけでもない。
 再び移動するのも面倒になったヴェルナー技術大尉は艦橋の片隅の壁にもたれ掛かった。また機関に異常が発生すれば艦橋にも即座に報告が入るはずだし、狭く慣れない艦内通路をさ迷いながら機関室に向かうよりも、艦橋にいたほうが情報はつかみやすいはずだ。


 だが、ヴェルナー技術大尉が安穏としていられたのは短い時間だった。大尉の脇に立っていた伝令の兵が急に声をあげたからだ。どうやらどこかの部署からの報告が入ったらしい。

 伝令の兵は、通信室からだというと相手先の報告を述べた。どうやら付近の海域で出力の小さな無線電波の発振が確認されたらしい。
 艦橋はそれを聞くなり将兵達が周囲と話し合うざわめきに満ちた。どうやら予想されていたとおり船団との遭遇が近付いているらしい。


 ヴェルナー技術大尉は慌ただしくなった艦橋内の様子を冷ややかな目で見ていた。常識的に考えれば戦闘配置の与えられていない臨時乗組の大尉は艦橋を立ち去るべきなのだろうが、暗がりに立っていた大尉に気がついたものはいないようだった。
 船団に遭遇しようとどうだろうと機関室の仕事に変わりはない。当座差し迫った危険もなさそうだったから、本当に戦闘が開始されるまでヴェルナー技術大尉は艦橋に居座ろうと考えていた。

 もしも船団が解散したとしても、その後の敵護衛艦艇からの接触をかわして行方をくらます時間を考えれば、マッケンゼンが全速発揮で敵商船を追いかけまわすようなことはないはずだ。
 最近では国際連盟軍の大規模な船団には小型の空母が随伴するようになっていたから、敵護衛部隊の哨戒範囲は格段に広がっていた。

 マッケンゼンには戦果をあげるよりも、可能な限り長期間通商路に出没して襲撃を繰り返すことが最優先で命令されていた。それに船団がばらばらに独航し始めた場合、その後の襲撃は潜水艦隊の仕事となるだろう。
 同行する護衛艦艇の密度は極端に低下するから、その後は付近の海域に存在するであろう潜水艦による襲撃を妨害するものが少なくなるからだ。
 むしろ戦闘よりもその後の逃走時に機関が故障しないかどうかのほうが心配だった。これまでの水上艦による通商破壊戦の行動記録を見る限りは、逃げ切れる限り通商破壊艦の機関は酷使されるはずだったからだ。


 マッケンゼンのディーゼル主機関は、この航海の間ずっとトラブル続きだった。実績のあるディーゼル方式のエンジンとはいえ、マッケンゼンに搭載されている機関は効率を重視したためにかなり無理をした設計のものだった。
 シリンダーにかかる計画圧力値はかなり高く、気筒周りの構成部品には高い精度を要求されており、補機類も高性能のものが搭載されていた。

 しかし、悪化する戦局の中でドイツ各地の加工工場からかき集められた部材は実際には寸法公差をオーバーしているようなものばかりだった。
 拡大する一方の戦局によって各工場では生産量の増大が求められていたものだから、精度の高い工作が可能な熟練工が不足していたのが原因だった。

 マッケンゼンに搭載されたエンジンは、本来であればドイッチュラント級に搭載された際に故障が続発していたエンジンの信頼性を向上させたものだという話だが、部品の精度は悪化しているのだから逆に信頼性は低下しているのではないのか。
 つまり高い理論上の性能を求めた巧緻な設計に対して、実際には製造能力が追いついていなかったのだ。

 しかもエンジンの設計開始から就役までの期間を短縮されたものだから、主機関の予備部品の供給も不十分なままマッケンゼンは出撃することとなった。
 それどころか搭載された機関は、実質上の同設計による1号機であるにもかかわらず、陸上や艤装後の試運転すら短縮されたほどだから、初期故障が頻発することとなった。

 国際連盟軍による哨戒網を警戒して公試はかなりを省略されていたが、係留運転時にも主機は幾度か不具合を起こしていた。その度に工廠や配置が始まっていた本艦機関科の将兵達によって修理、改造工事が行われたが、洋上で全力発揮でもしたらさらに多くの不具合が発生するのは明白だった。
 満足な慣らし運転の期間が取れなかったものだからどこに不具合を抱えているのかも分からなかったから、予め故障しそうな箇所の予備部品を集積することもできなかった。


 これに対応するには熟練した機関科将兵を多数乗艦させるしかなかった。出撃までの時間が限られている以上は、故障が発生してもすぐに対応できる態勢を整えるほかなかったからだ。

 しかしディーゼル機関に習熟した将兵の数はドイツ海軍の水上艦隊にはさほど多くはなかった。
 潜水艦隊の将兵ならば、規模の違いはあれどもディーゼル機関には習熟していたかもしれないが、現状の潜水艦隊の消耗を考えるととても水上艦隊への転属が認められる状況ではなかった。
 それどころか戦力価値に疑問のあるドイッチュラント級から乗員を引き抜くという話まで出ているほどだった。だからマッケンゼンの乗員には、この時期遊兵化していたテルピッツ乗員達が数多く選出されることとなった。


 テルピッツは昨年のマルタ島をめぐる攻防戦で国際連盟軍艦隊によって大破に追い込まれていた。しかし艦橋が被弾して指揮系統が消滅したために両軍の主力艦隊から取り残された結果、敵味方誰からの注目をあびることもなく這々の体ではあったが何とかタラントまで後退することが出来た。
 しかも機関部をはじめとする装甲で防護された水線下の構造には被害は殆ど出なかったことから、機関科将兵の大半は無事生還できたのだ。

 だが、テルピッツ自体はもう戦線復帰は絶望的だった。修理工事自体は不可能では無いらしいが、遠くドイツ本国を離れたタラントに係留されたテルピッツを修理するだけの人員や機材をアルプス超えの陸路輸送した上で再配置するのは難しかった。
 同盟国であるイタリアへの配慮や面子のせいで、テルピッツは一応廃艦や保存艦などではなく今でも修理艦扱いとなっているらしいが、最低限の保守要員を除いた多くの乗員はドイツ本土へ陸路で帰還していた。


 だから、生存している元テルピッツ乗員達をマッケンゼンへと配置換えすることが出来たのだが、テルピッツの主機は蒸気タービンだったからディーゼル機関に習熟した将兵を確保することは殆どできなかった。
 マッケンゼンの主機も半分は蒸気タービンなのだから彼らが習得した技術が無駄になるわけではなかったが、当分の間はディーゼル機関に関して座学のみでは教えられない部分を彼らに教え込む必要があった。

 艦隊司令部がとった解決策は強引なものだった。工廠のディーゼル造機部の将兵や工員を臨時に員数外のマッケンゼン乗組としたのだった。
 これはディーゼル機関の構造に習熟した将兵の確保はできるものの、かなり無茶のある方法だった。今回の処女航海のみの乗組とは言われたものの、国際連盟軍によって補足される可能性を考えれば、無事生還できる確率はかなり低いのではないのか。
 そうなった場合、ドイツ海軍は大型ディーゼル機関の開発や建造に携わる要員のうち最終工程に携わるほとんどの将兵を失うこととなる。

 しかし、それらのデメリットを考慮してもドイツ海軍はマッケンゼンへと工廠の将兵を配置するという非常手段をとることを選択した。
 工廠の将兵たちの監督としてマッケンゼンへと乗艦したヴェルナー技術大尉にはそのような手段をとった理由を何となくは理解していた。

 おそらく艦隊司令部はマッケンゼン以後にもディーゼル主機搭載艦が就役する可能性など考えていないのだ。
 それどころかマッケンゼンに主砲を搭載するためにシャルンホルスト級の修理工事が遅延しているという噂が確かならば、マッケンゼン以後の大型戦闘艦の就役そのものをも考慮していないのかもしれない。


 だが、それだけ無理をして乗艦させた工廠の技術将兵が付きっ切りで整備しているにもかかわらず、部品の交換もままならないエンジンは常にどこかから油をにじませていた。

 むしろ彼ら工廠から引きぬかれた技術将兵がいなければマッケンゼンをまともに運用することすら難しかったはずだ。
 結果的にマッケンゼン乗り込みの機関科将兵が、蒸気タービン艦のビスマルクやテルピッツに乗り込んでいたごく少数の引き抜かれた古参兵と大型水上戦闘艦の乗り組み経験のない新兵で構成されていたからだ。

 工廠の技術将兵達は、破損した部品の代替品を、これだけは大量に搭載していた原材料で艦内工場の工作機械を使って製作すると同時に、ディーゼルエンジンに不慣れな機関科要員の変わりに実質上機関の操作を行うことまで求められていた。


 そのように無理をしてまで未熟性のエンジンを搭載したのはマッケンゼンが通商破壊艦として長い航続距離を求められていたからだった。
 ディーゼル機関の熱効率は他の機関と比べて高い水準にあったからだ。もしもマッケンゼンが従来型の蒸気タービンだけを搭載していれば、とても乏しい偽装補給艦による補給路しかない状況ではドイツ本国から欺瞞航路を使ってアフリカ大陸近郊まで航行することは不可能だったはずだ。

 しかしマッケンゼンを指揮するフリッケ中将や艦長は信頼性の低い主機関に苦労する羽目になっていた。
 国際連盟軍の艦隊に察知されることなくキールの秘密ドックからアフリカ沖まで回航できたのは奇跡といってもよかった。勿論その影にはマッケンゼンだけではなく、陽動にあたったブレストのビスマルクやフランス艦隊、危険を冒して邂逅を行った補給艦の献身があった。

 ―――しかしここまで苦労して戦艦一隻を洋上で戦闘体制にもっていくことにどのような意味があるのだろうか。
 ヴェルナー技術大尉は慌ただしくなり始めたマッケンゼンの艦橋の暗がりでどうしてもそう考えてしまっていた。
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