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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦9駆逐艦楓

 四年前にドイツがポーランドに侵攻を開始することで今次大戦が勃発した当時、英仏などの国際連盟加盟国が一番恐れていた事態は、米国がドイツ側に立って参戦してくることだった。

 米国は開戦に際して局外中立を宣言してはいたものの、不可侵条約をドイツと結ぶと同時に並んでポーランドに侵攻していたソビエト連邦を米国は最恵国待遇としており、外交上の結びつきが強かった。
 本来反共主義を掲げていたはずのドイツがソビエト連邦と密約を結んでいたことを察知した英国は、友好国であるシベリアーロシア帝国の不倶戴天の敵であるソビエト連邦が仲介となって、独米ソの三カ国が結びつくことを恐れていたのだ。
 独立以来米国を仮想敵とする英国の警戒心は強く、これは二年前に突如ドイツがソビエト連邦に侵攻を開始するまで解消されることはなかったし、現在でもカナダと英国本土を往復する船団は、米国の領海に入り込まないように慎重に針路を制定されていた。


 米国は先の欧州大戦でも列強の中で唯一中立を保ってどちらの立場でも参戦することはなかった。
 極東の日本帝国が本格的に欧州戦線に戦力を派遣し、これによる国際的な発言力が増大することに危惧を覚えた一部の政治家は、比較的親米であるフランスの救援を名目とした参戦を画策していたようだが、それが実現することはなかった。

 開戦直後に欧州大陸への不干渉を提唱するモンロー主義を掲げる議員たちの圧力によって戦場である欧州周辺への渡航制限が出されたため、米国民間人は大戦による被害を被ることはほとんどなかった。
 大戦勃発とともに著しく減少した輸出入に関しても、元々欧州との商取引量はさほど多くはないため米国内部での流通量のほうが大きく、開戦後は内需を拡大させることで経済的な被害も最低限に食い止めていた。

 それでもなお一部の強硬派が参戦を画策していたが、米国をして世界の大国へとその地位を押し上げようとした彼らの野望は、毒ガスなどの化学兵器を全面使用した欧州戦線の実態が報道されたことで頓挫していた。
 化学兵器が使用された戦場近くの野戦病院から送られた記事は、欧州とは関わり合いのない米国の若者達にこのような危険な戦場で血を流させることに意味があるのかと強く有権者に訴えており、モンロー主義派の議員たちは世論を盾に参戦を政府に断念させることに成功していた。

 もっともこの報道は一方的なもので、おそらくは中立を保ちたいモンロー主義派によって仕組まれたものと言っても良さそうだった。
 次々と開発される化学兵器の使用により戦場が悲惨な状況を呈していたのは事実であったものの、ガスマスクの常備や無効化剤の開発など対抗手段も次々と考案された結果、終戦間際には効果の不確かな化学兵器による直接的な損害は殆ど見られなくなっていたからだ。

 そして今次大戦においても開戦から四年を経た今でも米国は中立を保ち続けており、米国内の報道などを確認するかぎりではこの方針が急に変更される可能性も少なかった。
 国際連盟軍も枢軸軍も米国を刺激するのを恐れて、北米大陸周辺での戦闘を控えていたこともあって、今更米国が参戦することはなさそうだった。


 結局英国の米国参戦への過度な警戒は、ドイツ海軍の通商破壊作戦にとって有利な状況を生み出しただけで終わったが、英海軍がたった1隻の装甲艦に翻弄されたのは紛れもない事実だった。

 これが中途半端な戦闘力しか持たない装甲艦ではなく、高速かつ重武装の戦艦であれば事態は更に悪化するはずだ。
 事実、英国海軍はドイツ海軍の最新鋭戦艦ビスマルクの初出撃に対して、本国艦隊の主力を含む過大なほどの戦力を当てて追撃戦を行っていた。
 だが、この時も同時期に大西洋に出撃していた装甲艦や仮装巡洋艦による欺瞞、同行する巡洋戦艦シャルンホルスト、グナイゼナウと重巡洋艦プリンツ・オイゲンに加えて海軍の出撃に呼応して行われたと思われるドイツ空軍による空襲への対応などもあって、出撃したビスマルクにそれなりの損害は与えたものの撃沈には至らなかった。
 それ以降ビスマルクは新たな母港であるフランス西岸のブレスト軍港で損害復旧工事を行い、巡洋戦艦シャルンホルスト、グナイゼナウの二隻は遅れて到着したビスマルク級戦艦2番艦であるテルピッツに率いられて地中海へと進出していた。

 その後のマルタ島をめぐる攻防戦でテルピッツこそ無力化し得たものの、シャルンホルスト、グナイゼナウの二隻の巡洋戦艦はプリンツ・オイゲンとともに再びドイツ本国へと帰還して、現在は損害復旧工事を行っているか、改装中であるという情報が入っていた。
 そして、未だ厳重に防護されたブレスト軍港に居座っているビスマルクは、隙あれば通商破壊作戦に出撃する気配を見せており、英国海軍は高速のビスマルクに備えて本国艦隊から抽出した高速艦隊を待機させ続けると共に、英国空軍に依頼してブレスト軍港への空爆を続けさせていた。
 だが、ドイツ空軍に加えて最近ではヴィシーフランス空軍の一部精鋭部隊までもが加わったブレスト周辺の迎撃部隊は練度、規模共に有力なもので、英国空軍の爆撃機部隊には損害が相次いでいた。


 英国海軍では、ドイツ海軍の戦艦を用いた通商破壊に対して、大規模船団には特に戦艦の護衛をつけるという対抗策をとっていた。だがこれは英国海軍ではビスマルクに備えた高速部隊には参加させられない低速の旧式戦艦が船団護衛に転用でき、またカナダからイギリス本土という比較的短い航路が主な担当となっているからだった。

 日本海軍では旧式戦艦であっても、今の所中立を保っている米海軍に対応する為、本土から大規模に戦力を抽出させるわけには行かなかった。
 旧式でも高速の金剛型戦艦や新鋭の磐城型、常陸型戦艦はいずれも空母を主力とする遣欧艦隊にすでに配属されていた。
 それ以前に新鋭戦艦をいち早く戦力化させるために多くの乗組員を引きぬかれた日本本土の旧式戦艦群は実質上は戦力外となっていたも同然だった。

 こうした理由から日本海軍には、通商破壊作戦を行う戦艦に対して船団護衛部隊に戦艦を配備する余裕は全くなかったのだ。
 また今まではそれでも十分だった。敵戦艦の所在は全て明らかになっているからだ。
 仮にブレストからビスマルクが急遽出撃してきたとしても、英国本土に駐留していた専任の高速部隊が直ちに出撃する手筈となっていたから、船団が直接攻撃にさらされる可能性は低いはずだったのだ。


 しかしドイツ海軍に未知の戦艦が存在する場合は事情は大きく変わってくる。船団の護衛に付けられる艦艇程度では戦艦級の大型戦闘艦に対抗するのは事実上不可能だった。
 それだけ戦艦の戦闘力は大きかった。これが正規の水雷戦隊や重巡洋艦のように大きな雷撃能力を持つ部隊であれば、犠牲を覚悟の上で何とか戦艦でも撃沈することが出来るかもしれないが、鈍足の船団護衛艦では対抗することすら困難だった。

 だが浅田少佐はため息をつきながらも僅かな戦力で戦艦に当たるかもしれないこの命令に逆らうつもりは全く無かった。この船団は何としても英国に送り届けなければならないからだ。
 船団が輸送する物資そのものも重要であるのだが、それよりも船団が多大な被害を受けることで大規模船団による輸送という可能性そのものが否定される方が問題は大きかった。
 たしかに大規模船団には問題が数多く存在している。しかし日本本土と英国を結ぶのはこのような大規模船団以外にはありえない。小規模な船団を多数派遣していては船団護衛艦の都合がつかなくなり、結局は船団の各個撃破という結果を招きかねない。
 ドイツ海軍の潜水艦や仮装巡洋艦が常に船団が通過する広大な海域の全域に潜めるわけではないのだから、大規模船団に充実した護衛艦を付けた方が最終的には被害はずっと小さくなるはずだ。そう浅田少佐は考えていた。



 いつの間にかたった1隻の僚艦である欅が至近に近づいていた。考え事をしている間に意外と時間が過ぎていたらしい。浅田少佐は手元の時計を見た。そろそろ電探に敵艦の反応があってもおかしくなかった。
 事前の打ち合わせに従って、電探は先任艦長である浅田少佐が乗り込む楓だけが作動させていた。楓から幾分後方に離れて航行する欅は電探を停止させていた。欅の電探は楓からの電波発信が直前の連絡なしに途絶したときに限り作動させるように浅田少佐は命じていた。

 連合艦隊の水雷戦隊に所属する艦隊型駆逐艦の乗組員の中には未だ新兵器と言っても良い電探を嫌うものも多いらしい。たしかに電探の原理からいって、こちらが敵艦を反射波で捕らえるよりも遠距離で電探の探知波が逆探に察知されてしまうからだ。
 それに夜間でさえ良く訓練された見張り員の能力は、信頼性に乏しい電探を上回ることが少なくなかった。連合艦隊の士官達は電探を闇夜で松明を使うようなものだと言って電探よりも見張り員に頼ることが多かった。

 しかし開戦によって拡充される前から海上護衛総隊に所属していた浅田少佐は、電探はこれからの戦争にとって欠かせないものだと思っていた。
 確かに現状では、電探の能力は見張り員よりも劣るのかもしれない。だがそれは戦前から良く訓練された将兵によって運用されている水雷戦隊だからこそ通用する話だった。

 急速な組織の拡充によって海上護衛総隊は規模こそ大きくなったものの、その質に関してはむしろ低下する傾向にあった。何故ならば海上護衛総隊に配備された将兵達の多くは徴兵や予備役召集によって新たに動員されたものが大多数だったからだ。
 しかも戦時であることから教育期間は短縮される傾向にあった。勿論見張り員であっても、連合艦隊の水雷戦隊が実施しているように選抜された視力に優れた兵士は日中は暗闇に慣れさせておくといった贅沢な使い方が出来るはずも無い。
 また連合艦隊であれば、長期間の訓練によってある程度横並びになる兵の能力も、短期間の訓練しか施せない海上護衛総隊ではばらつきが大きかった。だから見張り員によって能力に大きな差が出来ることになった。

 これに対して電探による見張りは、装置が故障しない限り安定した能力を発揮することが出来た。連合艦隊では嫌われている低い信頼性も、選任された通信科将兵に付きっきりで整備させているうちに段々と上昇していった。
 それに電探を使用した戦術も次第に研究されていった。例えば、今のように護衛艦が複数存在する場合、一番性能の良い電探を装備する艦か、あるいは指定された艦のみが電探を作動させ、他の艦は反射波の観測のみを行うとされていた。
 これによって逆探で察知されてしまう電波源を最小限に抑えながら、電探による走査は最大限行えることになる。勿論、電探を作動させていた艦が何らかの原因で探知波の発信が不可能にあった場合は、直ちに他の艦が電探を作動させることになる。
 その為の電探作動序列も船団護衛隊が編成されると同時に作成されていた。


 ふと浅田少佐は艦橋が騒がしくなったことに気がついた。周りを見渡してみたが、配置についている兵員は押し黙ったまま任務についている。
 どうやら艦橋下部構造物に設けられている電探室に動きがあったらしい。時間からして敵艦が見つかったのは間違いなかった。そしてすぐに電探室からの報告が入った。電探によれば楓の針路からやや右舷よりに大型艦の反応があるらしい。
 状況からしてそれが敵艦であることに間違いは無かった。

 浅田少佐は一度うなずくと信号手に欅にも発光信号で伝えるように命じた。信号灯は指向性が強いから欅からの了解信号さえなければ敵艦に察知される恐れは無いだろう。同時に電探室に命じて電探を停止させた。

 浅田少佐は電探を停止させた後に、密かに楓と欅を敵艦と同航させる進路をとらせるつもりでいた。
 このまま電探を作動し続ければ敵艦にもこちらの位置を察知されてしまうだろう。もしかするともう発見されているかもしれない。

 しかし、敵艦の針路や位置は電探による捜索である程度掴んでいるから、そこから予想される未来位置に対してこちらも接近しようというのだ。
 そのうえで距離をつめてから雷撃を敢行すればいい。もしも敵艦が予想外の進路をとって雷撃予定位置にいなければまた電探を作動させて反応を探っていけばいい。
 敵艦がこちらのそういった行動を察知して針路を捻じ曲げる可能性は大いにあったが、その場合は船団への最短距離をとる進路から敵艦を遠ざけることになる。つまりは船団への襲撃は遅れるだろうから、こちらの船団攻撃の足止めという目的は達成できることになる。

 浅田少佐は敵艦が存在するであろう海域をにらみつけた。一体敵艦の正体は何なのか、それが気にかかっていた。
松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html
常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html
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