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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦8駆逐艦楓

 今次大戦勃発から三年が経過したこの時期、ドイツ海軍が英国を目標に実施している通商破壊活動の主役は水上艦から潜水艦に完全に移っていた。

 もともと水上艦の通称破壊活動は制限が多かったし、最近では大規模な護送船団を編成することが多かったから、中立国商船に偽装して単艦で行動する仮装巡洋艦や巡洋艦級の艦体に重兵装を施したドイッチュラント級装甲艦などが戦果を上げることは難しくなっていた。
 仮装巡洋艦が装備できる程度の兵装では、フリゲートや駆逐艦級の中小型艦ばかりとはいえ正規の戦闘艦を集めた船団護衛部隊に対抗するのは難しかった。装甲艦の場合はもっと悲惨な結果が予想された。
 元々ヴェルサイユ条約の制限下で旧式化した弩級艦の代替として建造されたドイッチュラント級装甲艦は、重巡洋艦級の艦体に28センチ砲6門という大火力を有しているのが特徴だったが、これまでの戦訓からさほど装甲は有力ではないことが判明していた。
 一時期報道で言われたようなポケット戦艦なる呼称はやや過大評価ともいうべきもので、実際には砲力の高い巡洋艦に過ぎなかったのだ。
 現在ではドイツ海軍も装甲艦を重巡洋艦に類別しているらしいが、その事実がこの艦種の性能をドイツ海軍がどのように判断しているかをうかがわせるものだった。
 それに仮装巡洋艦と違って、純然たる軍用艦として設計された装甲艦には中立国船に偽装することなど不可能だから、航空哨戒網が整備された現在では通商破壊作戦を実施すること自体が難しいはずだった。


 だが洋上で通商破壊作戦を実施するのが仮装巡洋艦ではなく戦艦級の大型戦闘艦となると話は変わってくる。
 護送船団の護衛艦隊は、船団にとって最大の脅威である潜水艦に備える為に対潜哨戒を主任務として編成されているからだ。所属艦の多くは対艦攻撃能力の低い海防艦で締められているし、数少ない駆逐艦も対潜、対空戦闘能力を高めた反面で汎用性を重視したために艦隊型駆逐艦に比べれば対艦兵装の少ない量産型の松型駆逐艦ばかりだったから、戦艦などに対抗するのは難しかった。

 もっとも船団護衛艦隊が有する程度の対水上戦闘能力でも、相手が仮装巡洋艦くらいなら撃退することは十分に可能だった。松型駆逐艦も鵜来型海防艦もその主砲となっているのは日本海軍の標準的な高角砲だから、やや旧式化しているが信頼性は高く対水上戦闘も可能だった。
 仮装巡洋艦でも偽装されて搭載された砲の口径はさほど変わらないから、部隊全体で見れば単艦で行動する仮装巡洋艦よりも砲門数が多い上に、正規の射撃管制装置を備えた艦隊護衛艦艇の方が命中率の点でも有利なはずだ。
 勿論、仮装巡洋艦の機動性はさほど高くないから、松型駆逐艦が装備する大口径の魚雷であれば容易に命中させることができるだろう。

 しかし、これが正規の巡洋艦や戦艦相手だと話は大きく変わってくる。それらの大型艦艇が持つ戦闘力は、船団護衛艦隊に配属されている特設巡洋艦や護衛艦艇と比べると格段に強大であったし、商船を改装した仮装巡洋艦などよりもドイツ海軍の戦艦は速力も大きいから一度発見された場合は逃走も困難だった。
 勿論その船足を活かして船団護衛部隊からの追跡から逃れるのも容易なはずだ。
 船団を解散することで輸送艦の全滅を避けるという選択肢もあるのだが、単独で航行する輸送船は潜水艦にとってあまりにも安易な標的となる可能性が大きかった。
 数少ない船団護衛艦艇の援護が出来ない輸送船が多くなるし、広い範囲にばらけるから狭い哨戒範囲しか無い潜水艦でも輸送船を発見するのは容易になるはずだ。

 これが護送船団ではなく正規の艦隊であれば単独行動をとる戦艦を撃退するのは容易だった。
 仮にその艦隊が戦艦を持たない空母部隊だったとしても、日本海軍の航空戦隊は概ね二隻で編成され、旧式化した龍驤や鳳翔を除けば50機から100機程度の搭載機はあるから、雷爆撃機で集中攻撃をかければ単艦行動の戦艦を撃沈できないまでも撤退に追い込むだけの損害を与えることは可能なはずだ。

 最近では護送船団にも空母が随伴することが増えていたが、それらは商船改装の船団護衛用の海防空母と呼称される小型艦だから、速力は低く、搭載機も20機程度と少ない上に当然だが対艦攻撃よりも対潜哨戒が主任務となるから、艦内の弾庫には魚雷や徹甲爆弾はほとんど収められていなかった。
 それに船団周囲の哨戒や敵哨戒機の撃退を主任務とする海防空母は、正規空母のように多数の攻撃隊を一斉に出撃させるのではなく、単機や少数機を絶え間なく出撃させる方が重要だった。
 だから短い滑走距離で発進できる油圧式の射出機を装備していたのだが、現在の射出機の連続射出能力はそれほど高くないうえに、海防空母の狭い飛行甲板では滑走距離を確保した上で発艦待ちの機体を配列させる余裕が無いものだから、雷爆装した重量級の艦載機を一斉に出撃させること自体が不可能だったのだ。


 戦艦級の大型艦艇による水上破壊作戦というのは、日本海軍では今まで考慮されたことも殆どなかった。日本海軍も、仮想敵である米海軍も、戦艦は艦隊の中核となる主力兵器であり、単艦での行動すら考えられたことも無かったからだ。
 しかしドイツ海軍は戦艦であっても航続距離を重視し、躊躇い無く通商破壊作戦に従事させてきた。それはある意味でドイツ海軍が弱者だったからだ。
 仮に日米のように、ほぼ同等か少なくとも正面から対抗できる程度の戦力を相対する英国に対して有しているのであれば、先の大戦時に勃発したユトランド沖海戦のような正規艦隊同士の艦隊戦に持ち込むことも可能だし、その大兵力を背景にした示威行為も効果があるだろう。
 現実にドイツ海軍では今次大戦勃発前に大規模な海軍艦艇の整備に着手していたが、開戦に伴う整理によってその大半は中止されたらしい。

 貴重な大型艦を危険な通商破壊作戦に投入するのは日本海軍には奇異なことに見えるが、敵戦力の吸引という意味では戦果を上げてきたのかもしれない。
 何故ならば、ドイツ海軍が守備すべき海域は狭い近海でしかないが、国際連盟軍は英国本土などが位置する欧州圏と東南アジア植民地や日本、シベリアーロシア帝国のあるアジア圏との間の長大な通商路を含む広大な海域の制海権を保持しなくてはならないからだ。
 だから一隻でもドイツ海軍の大型艦艇が自由に行動できる場合、これを完全に無力化しない限り日英同盟軍は通商路の安全を脅かされ続けることになるのだ。


 駆逐艦楓の艦橋で、浅田少佐は開戦直後に生起したラプラタ沖海戦前後のことを考えていた。
 ドイツ海軍のドイッチュラント級装甲艦三番艦であるアドミラル・グラーフ・シュペーは、開戦前に同型艦と同様に大西洋に出撃しており、開戦の報を受けた同艦は事前の命令通りに通商破壊作戦を開始していた。
 この時のアドミラル・グラーフ・シュペーによる通商破壊作戦によって何隻かの英国船籍の商船が鹵獲されるか撃沈されたが、それ以上にわずか数隻の装甲艦によって英仏の大艦隊が右往左往する羽目になっていた。
 当時の貧弱な態勢のドイツ海軍潜水艦隊にかわって長距離通商破壊作戦の中核になった水上艦艇は装甲艦の他に何隻かの仮装巡洋艦も含まれていたが、これらの艦艇を捜索するために英仏海軍は30隻あまりの艦艇を北大西洋やインド洋に派遣せざるを得なかった。
 しかもこれらの捜索部隊の艦艇は、長距離航行が予想されるために戦艦や巡洋艦などの大型艦艇ばかりがかき集められていた。

 開戦直後の独航する商船が多かった時期でもあって、少数の装甲艦と仮装巡洋艦があげた戦果は期間の割には大きく、英仏両国を悩ませるのに十分なものだった。
 厳戒な警戒態勢のなか神出鬼没な襲撃を繰り返したドイツ海軍の通商破壊艦のなかで最初に発見されたのがドイッチュラント級装甲艦のアドミラル・グラーフ・シュペーだった。


 有力な英国海軍の巡洋艦戦隊に追撃されたアドミラル・グラーフ・シュペーは、ラ・プラタ川河口沖合で交戦した後、中立国ウルグアイのモンテビデオ港に入港していた。
 ラプラタ沖海戦と呼ばれたこの戦闘では、英巡洋艦戦隊、アドミラル・グラーフ・シュペー双方に損害が出ていた。アドミラル・グラーフ・シュペーの方では、この時の損害をうけて、中立国であるウルグアイの港で修理を行おうとしていたらしい。

 遠隔地であるにもかかわらず、アドミラル・グラーフ・シュペー唯一隻のために英国海軍はかなりの関心を払っていた。
 英海軍は周辺に展開していた艦隊に対してモンテビデオ港への急行命令を出すとともに、なりふり構わぬやり方でモンテビデオ港周辺海域を封鎖する艦隊の集結が終わる前にアドミラル・グラーフ・シュペーがモンテビデオ港から出港するのを阻止しようとした。

 本来であれば中立国ウルグアイの港内には交戦国の戦闘艦は24時間の停泊しか許されないはずだったが、交戦国の商船が出港した場合は敵対国の戦闘艦はさらに24時間経たなければ出港が許可されていなかった。
 もしも交戦国の商船の出港直後でも戦闘艦が出港できるのであれば、中立国の港湾に入れば通商破壊艦は獲物を探す必要すらなくなるからだ。あとは直前に出港した商船が中立国の領海から出て公海に入った所で撃沈してしまえばいいだけだ。

 このような国際法規を持ちだして英国海軍はアドミラル・グラーフ・シュペーの出港を阻止しようとしていた。つまり政府から各船会社に圧力を掛けてもらって民間商船を一隻ずつ時間差を置いて出港させることで、英国の交戦国であるドイツの戦闘艦、つまりはアドミラル・グラーフ・シュペーの出港をウルグアイに差し止めさせようとしたのだ。

 中立国とはいえ、大規模な戦力を持たないウルグアイ政府は外交圧力もあって厳密に国際法規に則って出港禁止をアドミラル・グラーフ・シュペー側に通告していた。
 その数日間は、全世界がモンテビデオ港に注目する中、続々と英仏艦隊が集結する異様な事態が発生していた。
 最終的には、ドイツ本国からの命令によって修理を完全に終えたアドミラル・グラーフ・シュペーはウルグアイ国軍の制止を振りきってモンテビデオ港を強行出港したが、その時にはすでに遅かった。
 巡洋戦艦レナウン、空母アークロイヤルを主力とした艦隊がすでにモンテビデオ港周辺海域に集結を完了していたのだ。

 英仏海軍の有力な艦隊に包囲されたアドミラル・グラーフ・シュペーは、極短時間抗戦した後に半ば自沈するようにモンテビデオ港沖合で沈んでいった。
 本来、ドイッチュラント級装甲艦は巡洋艦に対しては砲力で優越し、相手が戦艦であれば優速を利して退避を図るという基本戦術をとるはずだったが、ドイツ本国周辺に出現する可能性のあるソ連海軍のガングート級などの鈍足の旧式戦艦や海防戦艦ならばともかく、旧式化したとはいえ三万トン級の巡洋戦艦であるレナウンに対抗することは難しかった。
 巡洋艦に対して優位にある砲力も、レナウンの方が砲門数で同数であるのに一回りも口径の異なる15インチ砲を装備しており、装甲も戦艦としては薄いはずのレナウンの方がまだぶ厚く、砲戦距離での交戦は格段に不利だったのだ。
 勿論速力も巡洋戦艦であるレナウンの方が優っているうえに、空母アークロイヤルから発進する艦載機の支援もあるから、アドミラル・グラーフ・シュペーは脱出も不可能だったのだ。


 呆気無く撃沈されたアドミラル・グラーフ・シュペーだったが、戦略的な意味では英国海軍に与えた損害は無視できなかった。たった一隻の装甲艦に戦力を集結させすぎた結果、皮肉なことにモンテビデオ港沖以外の南大西洋やインド洋の警戒網は一時的に弱体化していた。
 その結果、同時期に通商破壊作戦を実施していたドイツ海軍の装甲艦ドイッチュラントや多くの仮装巡洋艦が戦果を上げると同時に無事に本国へと帰還していったのだ。

 英国海軍がこのような戦力の集中を図ったのには理由があった。彼らは眠れる巨人と言われている米国の参戦を警戒する余り、大西洋での戦闘の激化を恐れていたのだった。
松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html
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