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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦7駆逐艦楓

 駆逐艦楓に対する船団護衛艦隊旗艦である興国丸からの通信は唐突に入電した。先ほど船団を追い抜かしていったノルマンディ号が発振していた救援を求める無電が途絶えたらしい。
 楓でもノルマンディ号からの無線は受信していたのだが、護衛隊司令部は通信の途絶は一時的なものではなくノルマンディ号は撃沈されたか、少なくとも無線が不可能となるほどの大損害を受けたと考えているようだった。
 興国丸からの通信はそれだけではなかった。駆逐艦長の浅田少佐は、楓の艦橋基部に設けられた薄暗い通信室で旗艦から送られた命令を記載した通信文を見て眉を思い切りしかめていた。

 司令部からの命令は、楓は同型艦の檜と共同してノルマンディ号からの通信が途絶えた海域に急行して、同船の状況を把握すると共に通信にあった未知の戦闘艦の詳細を把握するようにとあった。
 場合によっては楓と檜の二隻だけで船団との接触を避けるために未知の戦闘艦と交戦する可能性もありえるだろう。

 しかし、松型駆逐艦は元々戦時における駆逐艦不足を補うために建造された戦時量産型の駆逐艦だった。駆逐艦としての性能に不足があるとは思わないが、松型以前の艦隊型駆逐艦のように強力な水雷戦能力を持つわけでは無い。
 対潜装備を充実させている一方で対艦兵装は貧弱で、装備する魚雷こそ艦隊型駆逐艦と同じ61サンチ口径の魚雷だが、発射管は一基四門で、次発装填装置もないから二隻をあわせても艦隊型駆逐艦一隻分にも満たない八射線しか確保できなかった。

 もちろん松型駆逐艦が装備する魚雷そのものは従来の艦隊型駆逐艦と同様のものだから、長射程で大口径の酸素魚雷の威力は大きく、例え相手が戦艦であっても撃破は必ずしも不可能ではなかった。
 しかし今まで対潜戦闘を主に訓練してきた楓や檜の水雷科員では、夜間対艦戦闘の命中率は著しく低下すると考えていいだろう。とてもではないが、地中海で第二水雷戦隊などがやって見せたような戦艦の射程に匹敵する超長距離からの投射などを行っても成功の見込みは無い。
 必中を期すのであれば、二千ぐらいには近づかなければならないのではないのか、浅田少佐はそう考えていた。
 もっとも魚雷すらない海防艦では対大型艦戦闘はそもそも不可能に近いのだから、少しでも打撃力が期待できる楓と檜の二隻に未知の敵戦闘艦との接触が命じられたのも不思議なことではなかった。


 だが、浅田少佐はそもそも少数の駆逐艦による雷撃という戦法そのものが有効であるのかどうか、そこから疑いを抱いていた。

 元々は豪華客船として大西洋横断航路に就役していたノルマンディ号は、現在では自由フランス軍指揮下の兵員輸送艦として改装されていた。ただしノルマンディ号の船体や機関はほぼ就役時のままで、若干の兵装を除けば改装内容は船内の客船としての艤装を取り除いて空いた空間を最大限活用して兵員を積み込めるだけ詰め込めるように居住区を押し込めたと言ってよかった。
 改装によって増大した重量はさほど大きくはないし、兵員輸送艦の積み荷は若干の個人装備を除けば兵士達だけだから、かさばる割には重量はたかが知れている。だからノルマンディ号の船速は太平洋横断の最高速船を誇った豪華客船時代とほとんど変わらないものだった。
 その超高速の大型客船であるノルマンディ号を短時間で無力化できるということは、相手の戦闘艦は少なくとも正規の巡洋艦程度の戦闘力と高速航行性能を持ち合わせているということではないのか。

 高速の客船を兵員輸送船として用いる際の最大の利点は、その高速航行速度故に敵潜の攻撃がほぼ無力化される点にあった。潜水艦は潜水行動に必要不可欠な構造や機材を搭載するために水上航行速度はさほど早くはなかった。
 だから、高速で航行中の客船に対して雷撃可能点に到達すること自体がまず難しかったのだ。潜水艦から発射される魚雷の速度も船団攻撃用のものは速くて30ノット程度にすぎないから、後方から発射された場合は無視しても良いほどだった。
 もちろん現状の潜水艦の水中速度は水上速度よりもさらに低いから、潜行中の敵潜も無視して良い存在だと言えた。
 この高速性能を活かすために兵員輸送船として運用される高速客船は護衛艦艇も付けずに単独航行するのが多かったのだ。

 無力化されるのは潜水艦だけではなかった。ドイツ海軍が多用する貨客船に武装させた仮装巡洋艦もそれは同様であるはずだった。ドイツ海軍仮装巡洋艦が取る戦法は、単独航行する敵国の商船に対して無害な中立国の商船を装って接近するというものだった。
 この戦法のために仮装巡洋艦に改装される原型となる貨客船はどこにでもいそうな特徴のない商船が選ばれているようだったが、そのような極普通の商船が高速客船に追随するのは難しかったし、兵員輸送任務中の高速客船は例え付近に沈没間際の要救助船があったとしても無視して航行を続行することが厳命されていた。
 だから中立国を装っていたとしても仮装巡洋艦が接近すること自体が難しかったのだ。
 それ以前に仮装巡洋艦に外部から隠して搭載できる程度の兵装では、自衛火器を備えた大型の客船を無力化すること自体が不可能にちかいのではないのか。


 逆に言えば、高速大型客船であるノルマンディ号を短時間で無力化出来る艦艇とは、高速航行性能と強大な打撃力を持ち合わせた正規の軍艦ということになるのだ。
 浅田少佐は少なくとも枢軸海軍の重巡洋艦か最悪の場合は戦艦がこの海域まで南下してきていることを確信していた。

 だが、たかが数隻の駆逐艦ではそのような大型の戦闘艦に対向するのは難しかった。艦橋に戻った浅田少佐は僅かな星明かりに照らされて黒々とした海面をちらりと見ながらそう思っていた。
 このような暗闇の中で短時間で砲撃によってノルマンディ号を撃沈したということは、敵艦には射撃管制に使用できる高精度の電探が装備されていると考えるべきだった。

 浅田少佐は楓の艦長に就任する前に別の駆逐艦で先任将校を務めていた時のことを思い出していた。昨年度の夏にあったマルタ島をめぐる攻防戦の際に発生した大規模な夜間の艦隊戦闘のことだった。
 あの時の国際連盟軍は、主力である日本海軍の従来の戦策通りに、敵艦隊と戦艦部隊が交戦している間に、水雷戦隊を中核とする大規模な雷撃部隊を戦場を大きく迂回させて敵艦隊の反対方向から突入させようとしていた。

 だが、双方共に大規模な艦隊が初めて電探を使用したこの戦闘は、日本海軍にとって中途半端な結果になっていた。
 電探によって早期に発見された雷撃部隊に対して予想よりも遠距離で敵軽快艦艇による迎撃を受けたからである。
 特に水雷戦隊を突入させるために、敵巡洋艦部隊と正面から短距離での砲雷撃戦を行わざるを得なかった巡洋艦戦隊は、大きな損害を被っており、撃沈された艦艇も少なくなかった。

 また、結果的に水雷戦隊も雷撃には成功したものの、反対側の味方戦艦への誤射を恐れたことと追いすがる敵巡洋艦以下の艦艇からの妨害のために長射程の酸素魚雷の最大射程距離近くで雷撃を行わざるを得なかった。
 日本海軍の戦前の想定では雷撃の命中率を一割と見込んでいたはずだが、実際には二個重巡洋艦戦隊の支援のもとに二個半分の水雷戦隊が全力で雷撃を行ったにも関わらず敵戦艦にまともに命中した魚雷は10から20本程度に過ぎなかったようだった。


 想像以上に戦闘能力が低く評価されてしまった水雷戦隊、というよりも雷撃という攻撃手段だったが、それに対して評価が高くなっていったのが戦艦による夜間砲撃能力だった。

 従来は危険を伴う夜間飛行を行う水上機からの照明弾の投下や、目立って標的となる可能性の高い探照による照射を用いない限り成立しないと判断されていた夜間の長距離砲撃だったが、いつの間にか驚異的な速度で発展を続けていた高性能の電探を用いることで夜間でも戦艦級の大型艦であれば砲撃戦が可能になっていたのだ。
 特に戦闘の序盤に本来は空中探照灯ともいえるタービンライトによる空中からの探照という奇策まで用いた国際連盟軍側の戦艦艦砲の命中率は従来にないほど高かった。
 戦前からの熟練した乗員の数が多い金剛型戦艦を主力としていたこともあって、短時間のうちに枢軸海軍艦隊の旗艦であったらしいビスマルク級戦艦を砲撃のみで無力化させていたのだ。

 この戦闘で戦艦はその強大な砲撃能力を夜間でも遠距離から発揮できることが証明されていた。これに対して長距離雷撃を封じられた駆逐艦ができることはさほど多くはなかった。
 複数発が命中すれば雷撃によって戦艦でも撃沈できる可能性はあるものの、マルタ島沖海戦での戦闘経緯から判断すると、たとえ長射程の酸素魚雷を有していたとしても、余程の近距離に接近しない限り実際には雷撃を命中させるのは難しそうだった。
 だが、いまや星明かりもない夜闇であっても電探という目視によらない捜索手段がある以上は、水雷戦隊による隠密雷撃は不可能と言ってよかった。
 例え雷撃が可能だったとしても、近距離まで踏み込んだ時点で駆逐艦にとって不利な戦いとなるのは避けられなかった。

 浅田少佐が考えていたのは、今次大戦の勃発より間もないノルウェー戦だった。中立国であったはずのノルウェーをめぐる戦闘の中で、英国海軍の旧式戦艦ウォースパイトは雷撃や高速航行の難しい狭苦しいフィヨルド内の戦闘であったとはいえ、数でまさるドイツ海軍の駆逐艦群を多数撃沈していた。
 やはり必殺の雷撃を封じられてしまえば、駆逐艦など強大な戦艦の戦力の前には無力な存在でしかないのだろう。

 ―――相手が戦艦だとすると、この二隻ができることは可能な限り回避行動を取りつつ時間稼ぎをすること、しかないか……
 浅田少佐は悲痛な面持ちでそう考えていた。
 マルタ島沖合で戦艦への雷撃を行ったのは、陽炎型などの魚雷発射管を多数装備して同時発射射数を高めた艦隊型駆逐艦だったが、松型駆逐艦では同様の戦闘を行うことも難しいだろう。


 ――しかしこの敵艦は一体何なのか……
 檜との合流をはたして敵艦へと向かう間、ふと浅田少佐は疑問に思った。今の所イギリスの情報部ではドイツ海軍の主力艦の所在を全て把握しているという話のはずだった。
 シャルンホルスト級の二隻は重巡洋艦プリンツ・オイゲンと共に昨年度に地中海から脱出して、今はドイツ本国のヴィルヘルムスハーフェンで整備と修繕を行っているらしい。この二隻はマルタ島沖海戦においてかなりの損害を受けたらしく、特にグナイゼナウは長期間のドック入りを行っているという話だった。
 シャルンホルストも最近では北海での国際連盟軍の空中哨戒活動が盛んになっていることから、実質上バルト海に閉じ込められた形であるらしい。

 地中海海戦で枢軸海軍艦隊を率いていたテルピッツは、さらに悲惨な状況らしい。自力航行が難しいほどだったテルピッツは、地中海脱出も不可能なままイタリア現地での修理が実行されてるらしいという話だったが、専用の冶具などをドイツ本国から輸送しなければとてもではないが修理など不可能だろう。
 イタリア海軍の戦艦も地中海海戦で傷ついて修理をしなければならない以上、修理に時間のかかるテルピッツはイタリアの軍港内で実質上放棄されているらしかった。
 そもそも艦橋や主砲塔を含む上部構造物の多くが国際連盟軍との夜間砲雷撃戦で破壊されていたというから、再戦力化は最初から難しかったのではないのかもしれなかった。


 しかもこの三隻に関しては、国際連盟軍側のの長距離偵察機が最近になってイタリア半島やドイツ本国上空での強行写真撮影を行っていたらしいから情報の確度は高かった。
 国際連盟軍の偵察後に急遽損傷修理を終了して出撃していたとしても、写真撮影が行われた日時から考えるといまアフリカ沿岸に出現するのは難しかった。

 残る可能性はビスマルクだった。ビスマルクはライン演習作戦で受けた損傷の修理と改装を行っているはずだった。だが修理を終えて再び通商破壊活動に乗り出したのだろう。
 しかし浅田少佐はかぶりをふった。もしそうだとすればやはり偵察機やフランスを空襲した陸軍の爆撃隊が見逃すだろうか。
 偵察機のパイロットが、長期間ドイツ占領下のフランスでドック入りしていたビスマルクの出港を見逃していたのだとしても、写真分析官までが見逃すとは思えない。


 ドイツ海軍よりもは監視が緩やかになっているイタリア海軍という可能性も考えたがすぐに打ち消した。
 イタリア海軍は、ドイツ海軍ほど通称破壊活動に熱心では無いし、大型艦を単独で航行させることはめったに無いからだ。
 それに地中海での監視こそ緩やかではあったが、英国軍によるジブラルタル奪還以来は海峡での監視網は強化されていたから、イタリア海軍が地中海から出てきた可能性は低い。

 それはフランス海軍も同様だった。彼らも戦力を地中海方面に集中させていた上にマルタ島沖海戦での大型艦の損害も大きかったからだ。
 少なくとも主力艦を1隻だけ遠隔地に放り出すとは思えない。ヴィシーフランス海軍の場合、下手をすれば単独行動が許された大型艦が自由フランスに寝返る可能性も否定出来ないからだ。


 ――ひょっとすると本当の意味で未知の戦闘艦が存在するのではないのか……
 浅田少佐は暗然とした表情でそう考えていた。既知のドイツ海軍艦艇でもなくイタリア海軍でも、フランス海軍でも無いとすれば、今まで確認されていない戦艦が存在するのかもしれない。
 ドイツ海軍はビスマルク級を戦闘力、航続力などあらゆる点で上回る戦艦を建造している、こんな噂は戦前からささやかれていた。もし、今接敵しようとしている艦がそうだとすれば国際連盟軍の戦力は大きく吸引されることになるのではないのか。
 暗い環境の中でまゆをしかめながら浅田少佐はそう考え始めていた。
松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html
特設巡洋艦興国丸の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskkoukokumaru.html
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