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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦6U-169

 ドイツ海軍潜水艦隊の主力をなすⅦ型潜水艦は、量産性に優れた中、小型潜水艦だった。戦間期に訓練用として使用されていた沿岸用の小型潜水艦から脱却して、外洋でまともな戦闘能力を発揮することの可能な最小サイズの潜水艦として建造された戦闘艦だった。
 航続距離や魚雷搭載定数はそれほど大きくはないが、建造期間は短く、実用性に優れていると潜水艦隊からは概ね高く評価されていた。
 ただし、Ⅶ型を含むドイツ海軍潜水艦隊が本来想定してた予想戦場は、英国本土周辺のドイツ本国の母港からさほど離れていない海域だったのだが、現在のドイツ海軍潜水艦の戦場はドイツ本国どころか、ロリアン、ブレストといった占領したフランス西岸に構築された母港からも遠く離れた海域へと移行していた。

 英国本土周辺は陸上から発進する大型の哨戒爆撃機による航空哨戒に加えて、近海防衛用のコルベットなどの水上戦闘艦までが多数行動する危険な海域になっていた。
 どうやら戦時建造用に設計を簡略化させた艦艇が急速に就役し始めたようだった。それに日本海軍が持ち込んだ海防艦や駆潜艇も英国近海で行動するようになっていた。
 英国空軍が運用するハドソン哨戒爆撃機も、原型は日本海軍の長距離爆撃機である九六式陸上攻撃機を原型とするようだった。

 そのためドイツ海軍潜水艦隊は次第に遠海域で船団を襲撃するしかなくなっていた。航空哨戒や近海防衛用艦隊の行動圏外であれば船団を防衛するのは長距離航行能力を持つ駆逐艦やフリゲートのような大型艦しかないからだ。
 もちろんその場合に相対するであろう輸送船団の護衛艦隊も充実するようになっていた。開戦直後は艦艇の数が足りないせいか護衛艦隊は貧弱極まりなかったのだが、最近では多数の対潜戦闘に特化した大型護衛艦艇が船団護衛部隊として張り付くようになっていた。
 それに陸上からの航空哨戒は機材の更新を行うたびに行動半径を増大させていたし、大規模な船団護衛部隊の中には航空母艦を随伴して自前の航空機によって船団を直援させるものも少なくなくなってきていた。


 問題はハードウェアだけではなかった。英国だけではなく、日本海軍もまた対潜戦術を急速に向上させつつあった。これはある意味で護衛艦艇の充実よりも大きな障害となった。
 例えば、船団の之字航行はかつての単純なパターンからある程度のランダム性を持ったとしか思えない複雑なパターンを海面に描くようになっていた。
 これによって水中のドイツ海軍潜水艦が船団の動きを読んで待ち伏せするのはきわめて難しくなった。逆に充実した護衛艦艇によって襲撃前後に執拗な反撃を受ける潜水艦も増えていた。

 それに最近では船団を構成する輸送船の数も増大しているらしい。英国に向かう輸送船の総数が変わらないと仮定すれば、船団の規模が大きいほど逆に通商路となる海域を通過する船団の数は減少することになる。
 これに対して、船団の規模が大きくなっても視界の限られる潜水艦による哨戒では、船団の発見率は大して向上しなかったから、結果的に船団の規模を大きくしたほうが、単位時間あたりの船団の被発見率を低下させることができていたのだ。


 充実し始めた船団護衛艦艇から反撃を受けることも多くなっていたから、英国海軍の戦争準備が整っていなかった開戦直後と比べて潜水艦隊の損害は恐ろしいほど増えてきていた。
 その上血気に逸る若い乗員が多いものだから、初陣で十分な経験を積むことなく安易な決断で襲撃を行ってしまうケースも多かった。ドイツ海軍潜水艦隊にもレーダー探知機などの最新の電子機材が増備されるようになっていたのに、その最新機材も十分に生かし切れずに喪失される艦が増えていたのだ。
 グレーナー中佐とその部下達が乗り込むU-169が今まで生き延びることが出来たのは、経験による読みと忍耐によるものが大きかった。あるいは、それ以上に運が良かったのかも知れなかった。

 だが、その運もこれまでかも知れない。グレーナー中佐は密かにそう考えていた。自分たちの技量や自艦の戦闘能力に不安があるわけではなかった。
 グレーナー中佐に不安を抱かせたのは、今回の出撃にあたって潜水艦隊から与えられた命令の内容にその原因があった。

 小型で継戦能力に限界のあるⅦ型が群単位での襲撃を行う群狼戦術を基本とするのに対して、大型のⅨ型では単艦単位での独自の戦闘が許可されていた。
 これは一度の攻撃で船団に与える損害が減少するのと引き換えに、生存率の向上をもたらすとグレーナー中佐は考えていた。群狼戦術はある1隻が発見した船団の情報を僚艦や後方の艦隊司令部に伝達して群内の情報を共用することで成り立つのだが、裏を返せば長時間の無線連絡を余儀なくされるのだから、潜水艦に必須の隠密行動を阻害されることにもつながるからだ。
 それに数隻の群単位で出撃するⅦ型と違って、大型で数の少ないⅨ型は当然のことながら単艦での出撃が多く、遠距離への進出によってさらに僚艦との平均距離は長くなるものだから、集団で船団を襲撃する群狼戦術を採用する利点はあまり無かったのだ。

 しかし、今回の出撃ではこの海域に出撃するⅨ型潜水艦にも通常通りの潜水艦隊司令部への定時連絡に加えて、僚艦への船団発見情報の無線連絡を行うことが出撃命令に加えられていた。
 しかも、情報を着信するはずの僚艦に関する情報は与えられなかった。無指向かつ暗号強度の低いほとんど平文に近いような通信文を送らなければならなかった。強度な暗号化がされていないうえに符丁も長くなるから通信時間そのものの長時間化は避けられなかった。

 グレーナー中佐はU-169に前後して出撃した僚艦にも確認してみたが、どの艦も無線連絡に関する命令は同じようだった。それでいて出撃する海域はわずかずつ離れているものだから、出撃する僚艦がその無線連絡を受けられる可能性は決して高くなかった。
 それ以前に、今回の出撃命令では船団を発見した際に無線連絡を行うことは命じられていたもの、その無線を受信した際の行動は特に命令されておらず、指揮官である艦長の判断に委ねられていた。
 つまり、今回の出撃では船団発見に関する通報を受信するのは同じ戦隊の僚艦ではないということなのだろう。だが、グレーナー中佐には、貴重な大型のⅨ型潜水艦を危険に晒してまで特別に情報を提供しなければならない戦力に心当たりは無かった。


 命令は不可解なものだったが、その危険性は明らかだった。U-169は昨日の敵船団発見直後から船団護衛艦から執拗な対潜攻撃を受けていた。
 おそらく長時間無線通信を行ったことによって電波を傍受されて位置が特定されてしまったのだろう。
 老練な潜水艦艦長のグレーナー中佐による大胆かつ繊細な判断と敵レーダー波の探知装置などの最新鋭の機材によってその場は逃れることができたが、敵レーダー波を探知するたびに行われた度重なる潜航によって昨日の昼間は平均した航行速度は恐ろしく低下してしまっており、日が落ちると同時に敵船団の航行針路を予想して夜闇に紛れるように行われた長時間の高速水上航行によってようやくU-169は船団に追い付くことができたのだ。

 だが、昼間の無防備ともいえる接敵によってU-169の存在を予め予想して待ち構えていたのだろう護衛艦艇の高性能な聴音機によって短時間でU-169の位置は特定されてしまったらしく、再び執拗な対潜制圧を受ける事態に陥っていたのだ。
 もしも普段の出撃の際のとおりに艦隊司令部への通信だけであれば電波を発振するのは極短時間で済むから逆探知される可能性は低かったはずだ。

 可能性の話に過ぎないが、昨日の昼間の時点でU-169が発見されていなければ執拗な対潜制圧を受けることもないから、有力な電波兵器を駆使すれば、今頃は敵護衛艦艇に探知されることもなく夜闇に紛れて安全な位置から最初の襲撃をかけることができていたかも知れなかった。
 例え敵護衛艦艇が優秀な聴音機を装備していたとしても、相手が高速を出していれば聴音能力は低下するし、浮上した潜水艦を探知するのも難しいはずだ。
 浮上した場合は敵レーダーの探知から逃れることはできないが、その場合は逆探知機で遠距離から発見して密かに潜航すれば護衛艦艇を出し抜くことも不可能ではなかったはずだ。
 グレーナー中佐は厳格な表情を崩さなかったが、内心では潜水艦隊司令部の不可解な命令に苛立ちを覚えていた。


 ふとグレーナー中佐は気配を感じて目を開けた。発令所にほど近いソナー室に動きがあった。ソナー手が何かの異変を聞き分けたらしい。可能性は低いが、敵護衛艦艇に先ほど機関室で発生した金属音を探知されたのかもしれなかった。
 しかしソナー手が報告をしようとする気配は無かった。不審に思ったグレーナー中佐のほうがソナー室に近づくと、ソナー手が笑みを浮かべながら振り返った。
「敵艦らしき航行音が急速に離れていくようです」
 調音手の声はあまり大きくはなかったが、周囲で不安そうな顔をしていた乗員たちは一様に安堵した表情を浮かべていた。

 だが、周囲の乗組員たちとはことなり、グレーナー中佐は怪訝そうな顔になっていた。グレーナー中佐だけではなかった。最先任下士官などの数少ない老練な潜水艦乗りは、安堵する様子は隠せないが、一様に中佐と同じような納得の行かないような表情を浮かべていた。
 いくら夜間で状況が把握しづらいとはいえ、この敵艦の対潜制圧は中途半端な行動に思えていたからだ。昼間の護衛艦艇のしつこさと比べると、あまりにあっけない幕引きだった。
 敵艦の艦長が標準的な技量を有しているとすれば、この程度の対潜制圧で潜水艦を撃沈できたと判断するとは思えなかった。


 確かにこれは朗報とも言えたが、逆にうまく行き過ぎた気がしてグレーナー中佐は警戒感を捨て去ることができそうもなかった。
 ついさっきまで見当違いの方向とはいえ、U-169の存在を確信していたかのように対潜攻撃を実施していたはずの艦艇が去っていくのが信じられなかったのだ。

 これは罠ではないのか、グレーナー中佐はそう考えてしまっていた。先ほど確認できた敵護衛艦は1隻だけだったが、爆雷攻撃の混乱の中で敵艦に増援があったとしてもU-169が探知するのは難しかった。
 だから、これみよがしに敵護衛艦艇が立ち去ろうとしている影で、漂白しながらU-169が航送音を立てながら浮上するのを待ち構えている艦艇が存在しているのではないのか。
 グレーナー中佐はそう考えながら険しい表情でソナー手に尋ねた。だが、ソナー手は自信あり気にいった。
「敵艦が本艦を待ち伏せしようとしている可能性は低いと思います。周辺の海域に敵艦の気配はありませんし、この海域から離れていく敵艦は少なくとも二隻いたようですから
 ただ、先ほど北方の方角で何かの騒音が発生していたようです。距離があったので詳細はわかりませんから、何かの自然現象だったのかもしれませんが」

 グレーナー中佐はこの状況に首を傾げながらも、ソナー手に頷いて見せていた。いくら船団護衛部隊が充実しているとはいっても、船団の直援についた艦艇がたった1隻の潜水艦の探知情報に何隻もの戦闘艦を投入できるほどの余裕があるとも思えない。
 どうやらソナー手の言うとおりに当面の危機は脱したようだった。

 グレーナー中佐は怪訝そうな表情を消すと、ソナー手に尋ねた。
「輸送船団が航行する方向はわかるか」
 ソナー手は悔しそうな顔をしながらいった。
「それは……距離ができてしまったので詳細はわからなくなってしまいました。さきほど大陸側に向かって転舵したところまでは追えていたのですが……それ以上はもっと接近しない限りわからないと思います」

 グレーナー中佐はしばらく眉をしかめて考え込んでいたが、くるりと踵を返して発令所に向き直っていった。
「一旦潜望鏡深度まで浮上してから、完全浮上して敵船団を追尾する。ただし敵護衛艦艇が密かに洋上で待ち構えている可能性もある。再度急速潜航する可能性もあるから注意しておけ」
 命令を与えられた発令所要員たちは、慌ただしく動き始めていた。


 だが、浮上したU-169の周囲には敵護衛艦艇どころかなんの気配も感じられなかった。敵レーダーを探知する逆探知装置も敵艦が急速に離れていくのか、電磁波の感度が低下してくのを探知するばかりだった。
 しかもその方向はU-169からみて二方向にわかれていた。艦橋に上がったグレーナー中佐は、怪訝そうな表情になりながらもその一方である敵船団の存在が予想される海域にU-169を回頭させていった。

 急速に感度が低下しつつある敵レーダーらしき反応が、その予想海域の方角と食い違っていることの意味をグレーナー中佐が知ったのはずっと後になってからのことだった。
呂33型潜水艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ssro33.html
九六式陸上攻撃機(ハドソン哨戒爆撃機)の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/96g3.html
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