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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦4特設巡洋艦興国丸

「昨年度末頃より航空機による敵潜撃沈、いや敵潜の発見率そのものが低下していた。妙だと思って海上護衛総司令部に問い合わせてみたのだが、彼らも原因は掴んでいなかった。
 ただし、未確認ではあるが敵潜水艦に我が方が現在使用している電探の波長に対応する何らかの逆探知装置が搭載されている可能性があるとのことだ。未確定であるからこの情報はまだ海上護衛総司令部以外には流していないということだったが」
 困惑する参謀たちを尻目に、吉野大佐は淡々とした口調で言った。おそらくその情報は、以前吉野大佐が海上護衛総司令部に勤務していた頃の同僚か何かから聞き出したのだろう。

 もちろん海上護衛総司令部が曖昧な生情報を正規のやり方で流すとは思えない。場合によっては誤情報で現場が混乱するだけになってしまうからだ。
 特にこの場合は戦果が上がらない理由が敵潜水艦の新装備にあるのではないかというのだから、情報の確度を上げるには相当の困難があるのではないのか。
 これが逆の場合であれば自軍の新兵器であるとか、あるいは撃沈破した敵潜水艦の残骸といった物理的な証拠があるのだが、戦果が上がらない理由を特定するのは敵潜の現物を鹵獲するか、捕虜からの情報でもないかぎり極めて難しいだろう。
 吉野大佐が海上護衛総司令部の部員から聞き出した情報も推論段階に過ぎないのではないのか。


 ―――この曖昧な情報を伊崎少将はどう評価するのだろうか……
 古澤特務中尉はふと気になって船団指揮の任に当たる伊崎少将を盗み見たが、少将は平然とした顔をしていた。
「今は吉野艦長の情報通りと仮定して行動するとしよう。敵潜艦長の技量がどうかはこの際おいておくにしても、これからは敵潜には優秀なる電波警戒機が存在すると仮定する。こちらが電探を使用する限り敵潜もかなりの確度、距離で我が方を探知すると考えよう」
 伊崎少将は自信ありげに言ったが、無線通信などの他に最近では電探も担当する通信参謀は戸惑ったような顔になっていた。
「現状は電探も各船からの各種の無線による報告も制限なしに行われている状態ですが、無線封止を……実施しますか。」
 一瞬考えこむように伊崎少将の動きが止まったが、すぐに首を振った。
「駄目だ。この船団の練度で夜間に無線封止を行うのは危険すぎる。船団からはぐれる船が出てくるぐらいならばよいが、下手をすれば衝突事故で喪失する船も出てくるのではないのか。
 いずれにせよこの不審音源から逃れるために船団針路を変更しなければならないから全船に無線を送らなくてはならないし、計画にない大角度の変針になるから、船団内の通信が出来なければ事故が起こるのは必至だろう。
 今は敵潜が装備する電波警戒機の存在は無視するしかないだろう。逆にこちらが電探を使えば、勝手に敵潜が潜航して逃げてくれるとでも思えば儲けものだろう。そう考えれば、敵潜の電波警戒機は逆にこちらが利用することもできるかもしれんぞ」

 伊崎少将以外の参謀たちは、どこまで本気で言っているのか分からずに思わず顔を見合わせてしまっていた。少将は気にする様子もなく続けた。
「敵潜位置を避けるため、船団は直ちに右回頭、以降はアフリカの陸地を背負って航行する。場合によっては高速で浅瀬を航行することもありうる。周辺の海図を準備しておけ。回頭時間と細かな針路は君に任せる」
 航海参謀の目を見ながら伊崎少将がいった。航海参謀もそれに頷くと、慌ただしく通信参謀と護衛隊司令部の下士官兵を海図盤の周りに集めて新たな船団の航行計画の策定と船団への連絡作業を始めようとしていた。

 古澤特務中尉もその様子を記録しようと帳面に目を向けようとしたが、それよりも早く通信指揮所からの艦内電話を受け取った伝令が、戸惑ったような声を上げた。
「船団旗艦に向けて通信が入っています」
 だが、伝令が言い終わる前に、対水上見張り電探の表示面を操作していた通信科の兵が割りこむように声を上げた。
「本艦後方に艦影を捕捉、かなり大きい、距離は約……」
 距離を読み上げる兵の背中から電探表示面を覗きこんだ吉野大佐が首を傾げていた。
「この距離でこの表示はかなり反射波が大きいのではないのか、しかもかなりの高速度で航行しているようだ」
 電探表示面から目を離さずに兵が同意の頷きを返す間も、興国丸と同じように対水上見張り電探を作動させていた僚艦からの通信が続々と入ってきていた。探知方向からみて、どうやら同じ目標を探知しているのは間違いなさそうだった。
 探知報告が相次ぐ中、伝令が慌てたような声でいった。
「船団旗艦への通信読み上げます。我自由フランス海軍輸送艦ノルマンディ、本艦前方の船団旗艦宛、周辺海域の情報を送られたし……以上のようです」

 船団後方から急接近する大型艦がノルマンディ号と知れたことで、ほっと息をついたような声が聞こえてきた。
「南アフリカから出港した例のノルマンディ号か、妙な時間に追いついて来やがるな」
「さすがに大西洋横断の高速客船だな。あんなに船団から遅れて出港したはずなのに、もう追いついてきたのか」
 参謀たちがざわめく声を聞きながら古澤特務中尉も南アフリカに寄港していたノルマンディ号のことを思い出していた。


 ノルマンディ号は、大西洋横断航路に投入されるためにフランスで建造された豪華客船だった。護送船団に編入されている老朽船ルシタニア号とは違って船齢は十年ほどでしか無かったはずだ。
 建造された当時は各国が国家の威信を賭けて高速の豪華客船を建造して最高速度や内装の豪華さを競っていたらしい。

 その中でもフランスのノルマンディ号と英国のクィーン・メリー号は大西洋横断航路の最速船に与えられるブルーリボン賞を競い合っていたが、それ以前にはドイツのブレーメン級やイタリアのレックス号なども加わって欧州列強の多くがこの競争に加わっていたという。
 日本もこの豪華客船競争に無関係というわけではなく、大西洋横断航路に投入されたわけではないが1930年代半ばにはこれらに匹敵する高速豪華客船として橿原丸級貨客船の建造が計画されていた。


 だが、今現在はそのような豪華客船が多くの紳士淑女を乗せて優雅に航行していたことなど信じられないほど状況は変化していた。
 独伊の客船の多くは就役する航路そのものが消滅したことから一部の大型船が仮装巡洋艦などに改造された他は、母港に逼塞してしまっているらしいと聞いていた。
 英国のクィーン・メリーは、キュナード・ラインが運航するクィーン・エリザベスと共に一度に一個師団分の将兵を移送できる高速兵員輸送船としてカナダやオーストラリア、ニュージーランドと英国本土や北アフリカとの間を幾度も航行を続けていた。
 ノルマンディ号もカナダに寄港中にフランス本土がドイツに降伏した後、紆余曲折を経て自由フランス所属としてアジア圏の植民地から戦地や英国に自由フランス軍の将兵を載せる兵員輸送船に活用されているようだった。

 もっとも変化が大きかったのは日本郵船が運用するはずだった橿原丸級の二隻だっただろう。橿原丸と出雲丸の二隻は日本最大の豪華客船として建造が開始されていたが、結局は客船として就役することは無かった。
 優秀船舶建造助成施設法の適用を受けて建造されていた橿原丸級の二隻は、日本船籍の他の客船と比べて格段に速力や船体規模に優れていたため、建造中に今次大戦勃発を受けて海軍に売却されて改造工事を受けていた。
 今この護送船団に所属している特設航空母艦隼鷹と飛鷹こそがかつて橿原丸と出雲丸と呼ばれていた大型客船の成れの果てであったのだ。
 もっとも橿原丸級が当初の計画通りに豪華客船として建造されていたとしても、時勢を考慮すれば実際に客船として就役で来たかどうかはわからなかった。他の日本船籍の客船のように今頃は徴用されて兵員輸送艦として運用されていたのではないのか。
 そう考えると古澤特務中尉にはノルマンディ号と橿原丸級改め隼鷹と飛鷹のどちらが船としてまともなのかよくわからなくなっていた。


 ざわつく参謀たちを無視するかのようにしばらく考え込んでいた伊崎少将は、顔を上げて吉野大佐にうなずきながらいった。
「ノルマンディ号に返信してくれ。船団の現状と敵潜らしき不信音源の位置、それから船団の予定回頭方向も教えてやれ。あんな高速で船団と衝突軌道に入られたらどうしようもないからな。以上を暗号電で送ってくれ」
 吉野大佐もうなずくとすぐに通信科の伝令に向き直って通信文を作成し始めていた。
 言い終わるともう伊崎少将はノルマンディ号のことなど忘れたかのように海図盤に向き直っていた。

 伊崎少将は盤面をにらみながらつぶやいた。
「沖縄の爆雷残数はどれくらいあるのだろうか」
 手元の資料をめくっていた戦務参謀が間髪をいれずに報告した。すでに沖縄の残弾は確認してあるようだった。海防艦沖縄は昼間の間に何度か制圧のために対潜戦闘を行っていたから、搭載定数から大分爆雷を消耗しているはずだった。

 伊崎少将は戦務参謀の報告を受けて渋い顔をしていた。沖縄の爆雷の残弾数が思ったよりも少なかったのだろう。これでは沖縄一隻では敵潜の撃沈はおろか船団が安全圏まで脱出するまで制圧し続けるのも難しいのではないのか。
「増援を派遣する。派遣する艦は……」
 僅かに迷った様子の伊崎少将に、参謀長が戦況表示板と護衛艦艇の表をにらみながら言った。
「沖縄にもっとも近い艦は……羽節です」
 素早く海図盤の盤面を見てから、伊崎少将は首を振った。沖縄と同じ鵜来型海防艦である羽節は船団の左側面で聴音を続けているところだった。

「駄目だ、羽節は船団側面の警戒任務から外すわけにはいかない。群狼戦術をとっている敵潜水艦群が相手では警戒網に隙間をあけるわけにはいかんからな……」
「それならば第21号輸送艦を沖縄の援護に向かわせましょう」
 参謀長は海図盤の上で船団からやや外れた位置を航行していた艦艇を指し示した。定数以上の爆雷を搭載して対潜艦艇として運用されている一等輸送艦である第21号輸送艦も、沖縄と別方向ながら船団前方での聴音任務についていたので、微速航行中に船団に追い抜かれた状態になっていたのだ。
 聴音任務は空白の時間を作らない為にいくつかの艦で交互に任務を行うことで間隔をあけないようにしていた。
 だから第21号輸送艦は現在一度船団を追い抜こうと高速で航行していた。船団の直衛についていた他の艦艇を配置から外して沖縄の援護に向かわせるよりも効率はいいはずだった。


 命令を受けた第21号輸送艦は、海図盤の上で速度を上げつつゆるやかに回頭しながら沖縄に合流しようとしていた。そして、第21号輸送艦が沖縄と合流する前に船団の針路も変化が生じ始めていた。
 指揮所を出て艦外を見れば、各種の輸送船が暗闇の中で一斉に回頭する勇壮な姿が見られるはずだった。
 興国丸も船団に追随して回頭を開始していたが、大型客船を原型とする特設巡洋艦の揺れは少なく、指揮所の中では体感的に感じられるほどの変化はなかった。
 しかし、海図盤と戦況表示板には肉眼で確認できる範囲をはるかに超えた領域で起こっていることが再現されようとしていた。

 それはほんの僅かな時間の邂逅だった。右回頭を行ってアフリカ大陸に向けて針路を変えた船団の後方を、高速でノルマンディ号が通過していった。鈍足の輸送船を多数引き連れた船団と比べると、ノルマンディ号の高速性能は格段に優れていた。
 これだけの高速性能があれば、下手な護衛艦艇は足手まといにしかならないというのも納得できる話だった。最大戦速ではノルマンディ号を優越する軍用艦は少なくないが、大西洋横断用の高速客船として建造されたノルマンディ号は30ノット近い航海速度を長時間維持することが出来るから、敵潜水艦に追いつかれる心配はほぼ無いと言ってよかった。

 その速度性能に自身をもっているのか、ノルマンディ号は沖縄と第21号輸送艦が敵潜水艦を制圧し続けている海域をかすめるかのような近距離で通過していった。
 当直が終わりかけていた古澤特務中尉は、疲労でぼんやりとした頭で、海図盤の上を船団から離れていくノルマンディ号を表す模型を見つめていた。もう少しで興国丸を中心に周辺海域を再現された海図盤の範囲からノルマンディ号が去ろうとしていた。
 もうあの高速客船を見ることもないだろう。日本本土から英国までの長い航行時間からすればほんの一瞬と言っても良いノルマンディ号との邂逅を思い出しながら古澤特務中尉はそう考えていた。


 だが、古澤特務中尉は間違っていた。唐突に救援信号が送られてきた時、まだノルマンディ号は海図盤の上から消え去ってはいなかった。
「未知の戦闘艦から砲撃を受けている、だと……」
 通信文を受け取った伊崎少将は困惑した顔になっていた。どうやら当直の交代は無理らしい。古澤特務中尉はぼんやりとそう考えていた。
鵜来型海防艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/esukuru.html
松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html
特設巡洋艦興国丸の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskkoukokumaru.html
戦時標準規格船の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji2.html
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