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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943北大西洋海戦1特設巡洋艦興国丸

 船団を追い抜かして前方で警戒していた海防艦沖縄が、不振な音源を探知したという報告を船団護衛隊旗艦である特設巡洋艦興国丸に送ってきたのは、日付が変わるころだった。
 興国丸の主計長補助官である古澤特務主計中尉は、興国丸のプロムナードデッキ中央部に設けられた指揮所とだけ呼ばれる部屋に当直で詰めているところだった。

 日本海軍で初めて特設巡洋艦籍にある興国丸に設けられた指揮所には、常に主計科士官が記録作成のために当直につくことになっていた。
 補給物品の管理や給養、経理と共に戦闘時における詳細記録の作成も主計科の業務なのだが、興国丸の場合は指揮所機能のおかげで取り扱う情報量が膨大なものだから保存すべき記録も多く、特別に経理、記録業務に当たる主計科将兵の定員が日本海軍が定めた特設巡洋艦の定員表よりも増やされていた。

 古澤特務中尉は、護衛隊司令の伊崎少将だけではなく、艦長室で休息を取っていたはずの興国丸艦長の吉野大佐まで指揮所に慌ただしく入室してきたのを見て一瞬目を見開いていた。
 艦橋ではなくこの指揮所で艦長が指揮をとるのが信じられなかったのだ。興国丸主計科に配置されてから、この指揮所の機能に関しては大分理解したつもりだったが、軍歴で言えば自分と大差無い程の古手であるはずの吉野大佐が従来のやり方を覆すほど指揮所の機構を評価しているとは思っていなかったのだ。
 吉野大佐と同じく古澤特務中尉も先の欧州大戦前に海軍に入隊していたのだが、その当時はこのような機能や機材が現れるとは夢にも思わなかったはずだ。それだけにこの指揮所は従来の海軍軍人にとっては異質な存在だと古澤特務中尉は考えてしまっていたのだ。


 吉野大佐が勢い良く開けていた扉が再び閉まる音を聞きながら、古澤特務中尉は思わず身震いをしていた。別に戦闘の興奮でそうしたわけではなかった。単に指揮所内の室温が低く保たれていたからだ。
 吉野大佐達が入ってきたことで室外の生ぬるい空気でわずかに指揮所内がかき回されたが、それで逆に古澤特務中尉は気温差に気がついてしまったのだろう。

 一歩でも外を出ればアフリカ沖の赤道付近を航行中の興国丸の船内は熱気に包まれているはずだが、この室内は上着が必要なほど冷房が効いていた。指揮所に配置された将兵は少なくなかったが、別に彼らのために冷房を使用しているわけでは無かった。
 広大な室内にところ狭しと設置された各種の最新鋭電子機器類を冷却するために、やはり新型の強力な冷房機が備え付けられていたのだ。だが、電子機器にとって最適な温度まで室温が下げられた結果、逆にその電子機器を操作する将兵にとっては冷えすぎてしまっているようだった。

 新型の冷房機は従来のものと比べて効率も高められてるらしいが、ここまで室温を下げるためにかなりの電力を使用しているらしい。
 指揮所や各種の電探などの電子機器を増設するために興国丸の発電能力は増強されているから、この赤道近くでも十分に冷房機も機能しているが、余剰電力に余裕のない小艦艇ではこの冷却機能は十分に使えないはずだ。
 将来的にはこの指揮所の機能は海軍の戦闘艦艇の多くに備えられるという噂だったが、古澤特務中尉はとても信じられなかった。
 仮に電力の問題を克服したとしても、このように広大な空間を狭い艦内に確保できるのは戦艦や航空母艦のような大型艦艇に限られるのではないのか、古澤特務中尉には発電能力以外にも解決すべき問題点は少なくないように思えていた。

 極端に指揮所の室温が下げられているのは電子機器の発熱に対処するためであったが、それは使用されている機材が熱に弱いためでもあった。主計科の古澤特務中尉は詳しくは知らないが、あまり熱くなりすぎると電子機器の機能が低下してしまったり誤作動を起こすらしい。
 要は爆発のおそれのある弾薬庫を冷却するようなものなのだろう。古澤特務中尉はそう解釈していた。
 だから、機材の信頼性が向上すれば今のように極端に冷却機能を働かせる必要はなくなるはずだ。それに半ば実用試験のために改装された興国丸の指揮所に備えられた電子機器には機能が重複しているものや使用頻度が低いものも少なくなかった。最低限の機能を発揮できるように機材の数を絞り込めば、使用電力や空間も局限することができるのかもしれなかった。
 伊崎少将と吉野大佐の入室時間を手早く記録する一方で、古澤特務中尉はそんなことを考えていた。


 指揮所の中央には巨大な海図盤が置かれていた。ただし海図の代わりに盤上には磁石で盤面に固定された船団や護衛隊を形成する各艦船を表した簡易な模型が将棋の駒のように置かれていた。
 それぞれの模型は、それが意味するものが船団であれば油槽船なのかあるいは兵員を乗せた客船なのかということがわかるようになっていた。護衛隊であれば各船の名前が書かれた小旗が上げられている。
 興国丸を中心にした周辺海域を再現した海図盤には何人かの水兵がついていて、電探や見張り所からの報告にしたがって模型の位置を動かすようになっていた。
 古澤特務中尉は視線を海図盤の一点に向けた。その間も手元の用紙に時間を記録していた。海図盤の上には、ちょうど係の兵の手によって海防艦の模型のそばに他のものとは明らかに色の異なる模型が置かれようとしていた。どうやらそれが沖縄の探知した敵潜を示す模型であるようだった。

 指揮所には海図盤とは別に、戦況表示板と呼ばれる樹脂製の巨大で透明な板も置かれていた。その樹脂板には大雑把に各艦船の位置が鏡文字にして裏から書き込まれていた。
 海図盤と比べると情報量は大して変わらないのにもかかわらず、所要面積は床面と天井を繋ぐように掲げられた樹脂板の方がはるかに小さかった。予定通りに海軍の各艦艇に同じような機能の指揮所が設けられるとしたら、使用されるのはこちらの方になるのだろう。

 戦況表示板と海図盤の模型の他にも、興国丸の指揮所では電探からの情報が電測室とは別に壁面に並べて据え付けられた表示面にも映し出されるようになっていた。表示面に映し出される陰影は電測室に表示されているものと全く同じものらしい。
 見張り員からの目視による報告も艦橋に詰めた専任の伝令が増設された直通の艦内電話を使って伝えてきていたから、艦橋に出ること無くこの指揮所内に船団すべての情報が集約されるように設計されていた。
 指揮所に集約される情報は船団や護衛隊、敵艦の配置だけではなく、定時連絡ごとに更新される各船残存燃料や残弾数などの状況もすぐに参照できるようにまとめられていた。


 この興国丸は、元々は大阪商船が発注した報国丸型の四番船として建造された大型貨客船だった。報国丸型は、一定の性能以上の商船を建造する際に国から補助金が交付される優秀船舶建造助成施設法の適用を受けて建造されていた。
 優秀船舶建造助成施設法は、先の欧州大戦時に平時の需要量以上に大量に建造されたために旧式化してしまった日本船籍の商船団の刷新を図るとともに、有事の際に陸海軍が徴用する有力な性能の商船を確保するために設けられた法律だった。
 当時の大阪商船は、英国領南アフリカなどのアフリカ東岸と日本本土、さらにシベリアーロシア帝国を結ぶドル箱路線の南アフリカ航路を報国丸型四隻で一気に更新しようとしていたらしい。

 しかしこの興国丸が定期航路への就役という本来想定していたはずの業務に携わったことは一度もなかった。先に定期航路に就役していた同型船と同時期に建造中から海軍に徴用されて特設巡洋艦へと改装されていたからだ。
 特設巡洋艦に改装された報国丸型は、大型貨客船ゆえの搭載能力から特設艦としては重武装がほどこされ、速力も中々のものを誇っていたから、船団護衛任務などに大きな期待を受けていた。

 最終番船である興国丸は他の同型船よりも竣工が遅れていたものだから、建造中に海軍に徴用されることになった。だから客船としての機能のかわりに建造中に新兵器である指揮所の増設が決定されたのだ。
 英国海軍との共同研究で纏め上げられた指揮所の構想は、本来は艦隊旗艦となる戦艦や空母にこそ必要な装置とみなされていたが、その規模などを考えると巨大化は避けられず、そこで貨客船として建造されてていたために内部容量に余裕のあった興国丸に試験をかねて設置されたのだ。

 指揮所の構想はもともとは英国本土防空戦において評価された戦闘機集団を指揮する作戦室を海上作戦に応用したものだった。英国本土防空戦ではレーダーサイトや監視哨からの情報を戦闘機集団司令部に集約して、数少ない有力防空戦闘機部隊を集中して敵集団の迎撃に活用していたのだ。
 防空戦闘ではごく短時間の内に多方向から敵集団が侵入してくることも少なくない、しかも最近の軍用機は飛躍的に速度が上昇しているから、戦闘の展開は急速に行われる傾向があった。
 だから指揮官が頭のなかで考えるのではなく、参謀らも含めた司令部要員が一目して状況を短時間で把握できる機能が必要だったのだ。英国本土防空戦ではランプや模型を組み合わせた表示板が使用されていたらしい。

 この構想は、防空、対潜戦闘が中心となる船団護衛でも有効だと考えられていた。それに最近の船団は百隻近くにも達する輸送船で構築されていたから、やはり一人の指揮官が把握できる情報量ではなくなっていたのだ。
 集約された情報を客観視できる状態で指揮官の前で再現するのがこの指揮所の役割といってもよかった。


 今のところ興国丸に設けられた指揮所は予想以上の効果を示していたが、運用上の問題点もいくつか浮上していた。
 例えば、この指揮所機能の中核である船団所属艦の状況を模型で再現する盤面の更新速度と情報の確度に関する問題が指摘されていた。
 この盤面は部屋の中央に置かれた海図盤状の巨大なテーブルを使用していたのだが、海図盤上の模型を操作する将兵の習熟度によって情報の確度までも変化してしまうという問題だった。

 指揮所に集約される情報には問題はなかった。興国丸に搭載された電探は対空見張り、対水上見張りの双方共に最新鋭のものが搭載されていたし、艦隊各艦から送られてくる通信を受信する空中線も出来るだけ電波雑音の入らない高所に設置されていたから、通信を受信損ねるといった問題は少ないはずだった。
 艦隊内通信用だけではなく、興国丸には超長距離用の通信機なども備えられており、通信、捜索機能に関しては主力艦隊の旗艦となる戦艦級の艦艇に匹敵する能力を有していた。
 また、それらの電子装備を取り扱う将兵も特に技能優秀者が選抜されていた。だから指揮所に入ってきた時点では情報はきわめて正確だった。

 問題があるとすれば、その情報を模型で海図盤に再現したり、樹脂板に書き込む将兵の能力だった。書き込んだり、模型を動かしたりするときにどうしても誤記や遅れが生じていたのだ。
 特に盤面の模型は、ある時模型を動かす兵士が姿勢を崩して動かすべきではない模型まで移動させてしまったことがあった。しかも次の情報が伝えられて初めてその模型が移動していたことに気がついたのだ。
 比較的単純な動きしかしない船団の配置でさえこれなのだから、大規模な敵部隊と遭遇すれば更なる混乱は避けられないと考えられていた。場合によっては客観的に情報を再現するはずの表示板に紛れ込んだ誤情報に指揮官らが振り回される可能性もあった。


 この問題の解決法としては、とりあえず更新時間の間隔をある程度とって兵員の疲労を少なくすることや模型や書き込むべき記号の簡素化などが考えられていた。
 勿論それが抜本的な解決法となるわけではないが、未だこの指揮所は試行錯誤を繰り返しながら機能を洗練させている段階だったのだ。

 それに、この護衛船団の問題は興国丸の指揮所だけではなかった。
 むしろもっと大きく、抜本的な問題が船団にはあったのだ。
鵜来型海防艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/esukuru.html
特設巡洋艦興国丸の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskkoukokumaru.html
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