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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943川南工業香焼島造船所3

 欧州に送られた戦時標準規格船の何隻かに致命的な損傷が発生したらしい。そのような情報を初めて聞いた時、岩崎技術大尉の脳裏に浮かんだのは戦闘による損耗というものだった。


 当初の予想通りドイツ潜水艦隊による通商破壊戦は、日英を始めとする国際連盟軍諸国の輸送船団に大きな損耗を強いていた。開戦後から編成されるようになった船団の損耗は平均して二割を超えており、特に昨年の半ばは月あたり50隻を越える輸送船が撃沈されていた。
 しかも欧州に向かう船団は、カナダから大西洋を横断するにせよ、アジア圏からインド洋を越え、大西洋を縦断するにせよ、長大な航続力と高い航洋能力を要求されるから、必然的に船団を構成する船舶は護衛艦艇を除けば大型商船ばかりだった。
 一万トン級前後の優秀な大型商船ばかりを月あたり50隻も喪失してしまうのだから、国際連盟諸国にとってその被害は大きかった。

 船団にとって脅威となるのはドイツ潜水艦隊だけではなかった。最近では日英両海軍の長距離哨戒機による監視体制が整ってきたことで下火になっていたが、商船を改造して武装を施した仮装巡洋艦も大西洋の各地に出没していた。
 日本海軍も徴用した大型商船の一部を武装させて特設巡洋艦として運用していたが、英国海軍と同様に日本海軍の特設巡洋艦は、船団護衛や長距離哨戒艦として用いられていた。
 原型となる貨客船の搭載能力が大きいから、特別な改造を行わずとも固有の乗員の他に追加された兵装の操作要員や船団護衛部隊の司令部要員を収容するのは容易だったし、護衛対象となる貨物船と基本的に要求される航続距離などの航海能力は変わらないから、船団を組むのは容易だった。
 特設艦の中には、より小型の特設砲艦もあったがこれは徴用対象が三千トン程度の貨客船となるから、一万トン級の特設巡洋艦と比べると格段に能力が劣っていた。
 特設砲艦は仏領インドシナへの進攻時に何隻かが船団護衛用に改装されていたが、殆ど日本近海でしか使用できずに、今では徴用を解除されるか、武装を減じて特設運送艦に再分類されたらしい。
 これに対して特設巡洋艦は航続距離が大きく、護衛対象の貨物船とともに欧州まで向かう長距離船団の護衛艦として用いられていたのだ。
 だが、ドイツ海軍が容易した仮装巡洋艦は、そのような防衛目的のものではなく、あくまでも通商破壊戦用の機材であるらしい。

 それに日本海軍の艦艇運用法からすれば信じられないことだが、ドイツ海軍は戦艦や重巡洋艦のような正規の大型戦闘艦すら通商破壊のためだけに運用することが少なくないらしい。
 ドイツ海軍にとって外洋航行能力と強大な戦闘能力を有する大型水上戦闘艦は貴重な存在であるはずだが、日英両海軍に対抗するには主力艦の数が少なすぎるから、限定的な使い方しかできなのだろう。


 だが、昨年度のマルタ島沖会戦で大規模な夜間戦闘が行われて以後は、独伊仏の大型水上艦は厳重に防護された軍港内に逼塞するように潜んで保全を図っているようだった。
 武装商船と言っても良い仮装巡洋艦は、今だに何隻かが出撃状態にあると言われていたが、開戦直後の一時期と比べると最近では仮装巡洋艦によるものと思われる損害は著しく減少していた。
 仮装巡洋艦の戦闘法は無害な中立国船籍の商船に偽装して、油断した敵国商船が脱出を計れないほど近距離まで接近してから正体を露わにして攻撃を開始するのが殆どだった。だから武装も構造物の陰など注意深く配置された上に偽装を施して相手から隠蔽していた。
 だがこのような戦闘法が通用するのは相手が独航する商船の場合だけだった。

 原型が商船であるために仮装巡洋艦の防護力は無きに等しかったから、被弾した際に生じる損害が戦闘艦の比ではなかった。おそらく損害復旧能力まで考慮した総合的な耐久能力で言えば装甲を持たない駆逐艦級よりも劣るのではないのか。水密隔壁数が少ないために一発の被弾が致命傷となる可能性が高いからだ。
 実際に、英国海軍で補助巡洋艦と運用されていた元客船のラワルピンディが、開戦直後に北大西洋での哨戒航海中にドイツ海軍の戦艦シャルンホルスト、グナイゼナウの二隻と偶発的に戦闘になってしまったことがあったが、現場に急行した別の仮装巡洋艦によって救助された乗員の証言によれば半時間にも満たない短時間の内にラワルピンディは撃沈されてしまったらしい。
 しかも、実際に砲撃を行ったのはシャルンホルスト一隻で、グナイゼナウは傍観していたらしいというのだ。ラワルピンディの乗員は約三百名だったが、救助された生存者は十名ほどだったというから、ラワルピンディはシャルンホルストの砲撃によって短時間で乏しい戦闘能力を喪失してしまったのだろう。
 相手が最新鋭の戦艦だったとはいえ、一方的な戦闘だった。シャルンホルストには損害らしいものを与えられなかったのではないのか。少なくともその後のシャルンホルストの行動が戦闘による損害によって制限された様子は無かった。グナイゼナウが砲撃に加わらなかったのも、必要性が全くなかったからだろう。
 おそらくドイツ海軍の仮装巡洋艦も、英国海軍のそれと同等か、偽装を考慮すればそれ以下の武装しか有していない筈だった。

 しかし、仮装巡洋艦にこれ以上の重武装を施すことも出来なかった。大型商船を原型としているために搭載能力は大きいが、接近時には偽装しなければならないから、自然と武装できる個所や、兵装の重量には制限があったのだ。
 偽装の必要のない英国海軍では重武装の仮装巡洋艦が出来そうなものだが、防護力の低い、つまりは戦闘に遭遇した場合はラワルピンディのように短時間で撃沈されてしまう可能性の高い艦艇に最新鋭で高価な兵装を搭載することが出来なかった。
 英国海軍にとって、旧式の在庫兵器を転用することで安価に得られることが、仮装巡洋艦の存在価値であったといってもよかった。


 しかも、最近では仮装巡洋艦の標的となる独航する商船の数そのものが減ってきていた。戦時体制に入った国際連盟諸国では、大規模な船団を構築することが常識になっていたからだ。
 特に石油や食料といったインフラを支える物資を英国本土に輸送する場合は、アジア圏の日本本土やオーストラリアから東南アジアの植民地やインド帝国を経由する大規模船団を組むようになっていた。
 カナダと英国本土を結ぶ船団は、アジア圏発の船団と比べれば航行距離が短距離なために船団を構成する輸送船の数は少なかったが、それでも独航船は殆ど無かった。

 もちろん大規模な船団には有力な護衛艦艇が随伴していた。特に英国海軍では、敵大型艦と遭遇する可能性の高いカナダと英国本土間を結ぶ船団に旧式戦艦を随伴する場合も多かった。
 そのような船団に仮装巡洋艦が襲撃を掛けるのは自殺行為だった。商船に偽装したとしても、船団の輸送船に接近する前に護衛艦艇によって逆に臨検を受けるのは必至だったし、最近の輸送船団は日本海軍が建造した護衛用の航空母艦である海防空母を随伴させるようになっていたから、昼間ならば船団に接近するよりも遥か手前で哨戒中の航空機によって発見されてしまうはずだった。
 最近ではドイツ海軍も仮装巡洋艦単独で交戦するのを避けて、潜水艦隊の偽装補給艦として運用しているらしいという噂があったが、詳細は岩崎技術大尉にはよく分からなかった。


 だが大規模な船団の構築は、輸送効率の向上を意味するものではなかった。船団を組んで航行すればどうしても航行速度は低下するし、船団が完成するまで単独で先行するわけには行かないから港や湾内で待機するだけの手待ちの時間が生じてしまうからだ。

 しかし輸送船の総数が変わらなければ規模が大きくなる分だけ、ある期間中の船団の数は少なくなる。だから船団が襲撃された情報は数が少ない分だけ詳細に伝わるようになっていた。母数が少ないものだから詳細の検討に時間を掛けられるようになっているようだった。
 岩崎技術大尉達、戦時標準規格船建造計画にもその情報は配布されていた。もちろん軍令部や統合参謀部内で閲覧されているものよりも気密に該当する戦闘の詳細は大部分省かれたものだが、建造計画の修正のためか損害のあった輸送船に関しては詳細まで記載されていたものだった。

 だから、特に致命的な損傷を受けたという情報だけが知らされたということは、戦闘によるものではないと考えるべきだったのだ。損傷したという戦時標準規格船二型の具体的な状況は当初は伝わってこなかった。
 軍機として情報が制限されていたわけではなかった。単純に現地でも状況が錯綜しており、正確な情報が伝わってこなかっただけのようだった。


 岩崎技術大尉が戦闘によるものの次に考えたのは、波浪による動荷重を受けた為に構造材に負担がかかって座屈したのではないのかということだった。
 戦時標準規格船では、凌波性や耐航性は十分確保できるように設計してあるはずだが、原型となっているのは日本近海で使用される貨物船だったはずだ。だから、北海のように悪天候が連続する海域で予想外の波浪衝撃を受けて損害をこうむったのではないのか。

 だが、民間造船所から出向していた技師たちは岩崎技術大尉の意見に否定的だった。単に荒れた海というのならば日本海でも波浪は同様に激しいはずだ。船体にかかる外力では日本近海と欧州でそれ程のの差があるとは思えない、ある技師はそう言い切ると更に続けた。
 戦時標準規格船の設計にあたって構造材の強度計算に使用した手順はこれまで国内で建造されていた貨客船と同様だが、それらの船舶の中には欧州航路に就いているものもあって、もっと過酷な状況にさらされたこともあったはずだ。つまり設計的には戦時標準規格船の構造は航行時の外力に耐えられるはずだというのだ
 戦時標準規格船建造計画に携わる技師たちから出た意見は多かったが、詳細がわからないことには結論は出なかった。概ね航行中に溶接箇所で生じた応力が原因ではないかと思われたが、証拠があったわけではなかった。


 しかし、ようやく戦時標準規格船計画に送られてきた何枚かの写真は、岩崎技術大尉達を愕然とさせることになった。
 そこには、中央楼付近から真っ二つに横断された一隻の戦時標準規格船二型が、船体を二つ折りにして船首と船尾を海面下に沈めている姿が写っていた。
 一目見てそれが戦闘の損害によるものではないことは分かった。大口径砲弾や魚雷の炸裂でも大型商船の船体を真っ二つに避けるほどの損害が生じる可能性はあるが、その場合は横断された場所に爆発の跡が残されているはずだ。
 だが、その写真で見る限りそのような醜くえぐれたような跡は全く見えなかった。船体はまるで鋭利な刃物で断ち切られたかのように分断されているようだった。
 第一、その戦時標準規格船二型は桟橋に係留されていたのだ。

 しかも、その姿を写した写真は一枚だけではなかった。角度を変えて何枚も同じ船の同じ損傷箇所が写されていた。写り具合からして同じ桟橋から撮影されたとは思えなかった。さらに太陽光の動きからすると撮影には何時間もかけているようだった。
 つまりこの破断した戦時標準規格船は、写真を見る限りでは穏やかな港内で破断したあともその場に浮揚していたことになる。

 岩崎技術大尉たちは、この写真によってさらに混乱することになっていた。送られてきた写真には、簡単な状況も書き添えられていたからだ。
 それによると、やはり写真の通り欧州向けの船団に所属していたこの戦時標準規格船二型は、積み下ろし作業を終えた後、日本本土までの復路船団が組まれるまでの間に係留されていた桟橋で、ある晴れた海面も穏やかな日に何の前触れもなく唐突に破断してしまったらしい。
 現象そのものは短時間で生じたらしく、気がついた時には殆ど写真の状態になっていたらしい。
 だから、異変が発生した後の写真はあっても、現象が進んでいる状況の写真は一枚もなかった。

 数日後、さらに写真が届けられたが、これも困惑を強める結果にしかならなかった。その写真に写っている船は、同じ戦時標準規格船二型だったが、あきらかに最初の写真とは別の船だったからだ。

 状況は相変わらず不明だったが、日本国内での調査対象だけは早々と決まっていた。その二隻の戦時標準規格船を建造した造船所である川南工業香焼島造船所がその対象だった。
戦時標準規格船二型の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji2.html
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