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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942ベイルート航空戦14

 ベイルート港の広大な桟橋にぽつりと一隻だけ係留されていたのはちっぽけな貨物船だった。居住区は小さく、あきらかに貨物専用の商船だった。大隊の将兵の誰かが戸惑ったような声を上げていた。
 本当にこの船なのか……
 声こそ上げなかったが、同じように疑問を抱いた兵達は少なくなかったようだ。口を開かなかった理由は明らかだった。疲れきっていたからだ。


 一ヶ月前の撃墜時に空中脱出した時に痛めた脚を引きずっていたプレー軍曹は、自分たちをこのレバノンから連れだそうとしている最後の船をぼんやりと見上げていた。
 このレバノン共和国に意気揚々と赴任した時からまだ半年も経っていないことが信じられなかった。

 あの時も地中海の大部分の制海権はすでに国際連盟軍が握っていたから密かにレバノンに入国したのだが、その時は航空機材を輸送する貨物専用船の他に、飛行大隊の人員輸送には小さいが客船が与えられていたのだ。
 もちろん徴用された客船は、被弾時を考慮して可燃性の内装品をすべて剥がして、多くの大隊の将兵を詰め込んでいたものだから居住性は快適とは言いがたかったが、それでも荷物扱いされることはなかったのだ。
 それが今回はまるで貨物のように船倉に閉じ込められることになりそうだった。もし被弾して沈むことになれば、脱出することも出来ずに海の藻屑となるのではないのか。


 港外にはたった一隻の護衛艦がわびしげに遊弋していた。周辺海域には日英海軍の水上艦艇が出動している上に、イタリアまでの航路上には潜水艦隊も出没するというが、そんな危険な海域を航行するにはその護衛艦はいかにも頼りなさげだった。
 型式はよく分からなかった。一応はヴィシー・フランス海軍所属のようだが、プレー軍曹には見覚えは無かった。
 海軍では、敗戦時にイタリアなどに賠償艦として引き渡した艦を、枢軸側に参戦した際に返還されたらしいが、その中には引き渡した国で改装されたものを再改装する余裕が無いからそのまま運用している艦もあるらしい。
 もしかすると、今回の護衛艦もそのような経歴の艦なのかもしれなかった。

 ―――敗走の航空隊の護衛にはそのような怪しげな艦の方が似合っているのかもしれない。
 足を引きずって傾斜が急なせいで船型の割にはひどく登りづらい乗船用タラップを登りながらプレー軍曹はそう考えていた。
 ふと陸地を見ると、基地からベイルート港までの市街地を飛行大隊を護衛してきた極右マロン派の民兵達が険しい目でこちらを見ているのに気がついていた。

 すでにレバノン共和国正規軍は存在していないと言ってよかった。
 今では反乱軍ともいえる少数派宗派だけではなく、多数派のキリスト教マロン派、イスラム教スンニ派も自陣営の民兵組織に正規軍の将兵の多くを取り込んでおり、実質上国軍としての正規の指揮系統は機能していなかった。
 概ね多数派のマロン派とスンニ派は連合していたが、これから先どうなるかは分からなかった。
 それにマロン派とスンニ派もさらに多くの民兵組織に分裂しており、一方の少数派宗派も一致団結には程遠いらしく、この地方に侵攻を開始した自由フランス軍を始めとする国際連盟軍の存在も相まって、レバノン共和国には隣国シリア王国以上に各勢力が入り乱れる混沌とした状況が訪れていたのだ

 すでにヴィシー・フランスの味方となる集団はこのレバノン共和国内には存在しなかった。旧宗主国がこの地を逃げ出そうとしているのだからそれも当然だった。
 市街戦の始まったベイルート市内の戦闘地域を第3戦闘機大隊の将兵達が通過する際の護衛をマロン派民兵組織が引き受けたのも好意や善意からではなかった。
 大隊の所有する残存する航空機材に加えて、ベイルート港で武装解除した際の僅かな小火器まで譲渡することを条件にしていたからだ。
 今も部下を連れた民兵達の指揮官らしき男が、乗船を待つ将兵達から自衛用に持ち込んでいた短機関銃や小銃を弾薬盒ごと奪い取るようにして受け取っていた。

 ひどく惨めな光景だった。
 ただ敗残するということだけではなかった。つい先日まで守るべき立場にあった者たちから向けられる蔑むような視線がプレー軍曹には耐えられなかったのだ。
 このような思いをするのは、二回目だった。フランスの敗戦で一度、ここレバノン共和国でも酷い負け戦だった。


 プレー軍曹たちが一〇〇式司令部偵察機の撃墜に失敗してから暫くして本格的な国際連盟軍の攻勢が開始されていた。
 緒戦に投入されたのは大隊単位で投入された高速爆撃機だった。一〇〇式司令部偵察機の入念な事前偵察を元に飛来した日本軍の九七式重爆撃機は、多くの迎撃機が飛び立つ前に待機していた戦闘機の列線ごと航空基地の多くを葬りさっていた。
 しかも九七式重爆撃機には、やはり日本製の一式戦闘機の護衛が随伴していた。その機体にはやはり自由フランス軍の所属を示す記載があったらしいが、プレー軍曹が直接見る機会はなかった。
 プレー軍曹が怪我の回復を果たすよりも早くこの方面の航空戦力が消耗し尽くしていたからだ。

 典型的な航空撃滅戦だった。高速の九七式重爆撃機による航空基地への連続した爆撃は、滑走路などの施設の修復が間に合わない程だった。そして劣悪な環境での迎撃を強いられた残存機も、圧倒的な機動性を誇る一式戦闘機との格闘戦に巻き込まれて次々とその姿を空から消していった。
 おそらく自由フランス軍の一式戦闘機は、重爆撃機の護衛だけではなく、出撃してくる戦闘機の殲滅もその任務の一つだったのだろう。徹底的な戦闘からはそのような意志が感じられたのだ。

 短時間の航空撃滅戦で急速に航空機材を消耗したヴィシー・フランス軍に対して、制空権を確保した国際連盟軍は容赦なく対地攻撃を実施していた。重爆撃機や爆装した戦闘機だけではなく、簡易な偵察機までもが地上部隊を我が物顔で襲撃していたのだ。
 押しまくられたヴィシー・フランス軍の敗北は時間の問題に過ぎなかった。
 だが地上部隊が現地軍とともに必至の抵抗を続ける中で、機材の多くを失った航空部隊は本国への帰還を命じられていた。


 ようやく上甲板に辿り着いたプレー軍曹は手近な空き場所をみつけると、どっかりと腰を下ろした。夜間に敵勢力に見つからないように密かに行動せざるを得なかったものだから基地からベイルート港までの僅かな距離の移動でも激しい疲労を感じていた。
 それを分かっているのか大隊の上級幹部や船員たちも何も言わずに出港準備を続けていた。

 プレー軍曹はぼんやりと船縁からいつかのように黒煙がいくつも上がっているベイルート市街地を見つめていた。
 威勢の良いというよりも自棄になったような声が聞こえてきたのはその時だった。
「俺達はまだ負けていないんだ。本国への帰還を命じられたということは再び戦力を整えて裏切り者達と戦えということじゃないのか。俺達の戦いはまだこれからだ」
 やけに威勢のいい声だった。プレー軍曹が振り返ると、まだ若い兵が声を上げていた。あまり見覚えはないが、別の飛行隊の搭乗員だったかもしれない。
 周囲の将兵が彼に向ける目はひどく冷ややかだった。今は戦闘よりも休息がほしいのだろう。

 プレー軍曹も自棄になっただけのその男に同調する気は全くなかった。しかし、再び燃え上がるベイルート市街に目を向けている内に段々と考えが変わってきていた。
 いつの間にか市街地は段々と離れていた。貨物船は大隊将兵の収容を終えて出港していたのだ。敗戦の地であるレバノンの地を離れていることが心境の変化をもたらしたのかもしれなかった。


 ―――本国でもここでも負け戦だった。だが、次はそうはいくものか……あの機体に乗っているのが誰なのか、それを確かめるまでは絶対に生き延びてやる。
 プレー軍曹は鋭くなった目で次第に小さくなっていくベイルート港を見つめながらそう考えていた。
 あの機体、麦穂の描かれていた日本製の新型機に乗っているのが本当に旧友クロード・リュノであったらどうするのか、それはまだプレー軍曹には分からなかった。
 だが、確かめなければならない。そのような気持ちだけが強くプレー軍曹の心を占めるようになっていた。
一〇〇式司令部偵察機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr2.html
一式戦闘機一型の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1lf1.html
一式戦闘機二型の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1lf2.html
九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html
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