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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942ベイルート航空戦11

 慎重に滑走路全長の殆どを使って優美に着陸したキ60改は、滑走路の端で次々と旋回すると、出力を絞ったエンジンによって回転するプロペラの推力を受けて地上を走行していた。


 基地からほど近いハイファ港は、英国委任統治領パレスチナの主要港として発展した港湾で、世界各地からスエズ運河を通って地中海に至る海上通商路の起点の一つともなっていた。戦時中でも商船の出入港が途切れること無く、近傍のベイルート港の分まで入港船が増えたことで港町であるハイファは戦前よりも栄えているくらいだという話も片岡中佐は聞いていた。
 ハイファ基地も、戦前は港に付随するように作られた小型機専用の小さな飛行場に過ぎなかったらしいが、開戦直後から拡張工事が開始されていた。特に、イラク王国のクーデター政権が制圧された昨年度から工事が急進捗していた。
 イラク王国内の空港を国際連盟軍が安全に使用できるようになったことで、インドからイラン、イラクさらにはヨルダンを経由した航空路が開設されたからだ。もちろんこの航空路は北アフリカ戦線の後方策源地であるアレクサンドリアまで伸びており、人員や物資を移送する輸送機の他に遠く日本やシベリアーロシア帝国からフェリー装備の軍用機が自力飛行で空輸されることもあった。

 英国委任統治領として開発されたパレスチナでは首都であるエルサレム近郊などにも大規模な空港が設けられていたが、首都である大都市、しかもユダヤ教、イスラム教、キリスト教という複数の宗教の聖地であるエルサレムは宗教都市という面も強く、異教徒を含む国際連盟軍が大々的に使用するのはパレスチナ人のナショナリズムを刺激する可能性が高かった。
 その様な状況の中で元々商業港としての歴史が強く、宗教色の薄いハイファにあったハイファ空港の拡充が計画されたらしい。拡大を続けた今では、大型機が余裕を持って使用できる2000m級の長大な滑走路を交差式に二本備える一大航空基地となっていた。
 さらにシリア方面軍の主力航空部隊となるノルマンディー連隊の駐留が決まってからは、簡易なものとはいえ整備用の格納庫や掩蔽壕、対空砲陣地などの増築が急速に行われていた。それらの施設は航空機のフェリー輸送の中継地としては殆ど必要性のなかったものだから、滑走路などの飛行場本来としての機能と比べると工事が後回しになっていたのだ。

 滑走路の交差点に設けられた広大な駐機所も最近になって拡大されたものだった。ハイファ基地の司令部施設からも程近い駐機所は戦闘機隊が余裕を持って配置することが出来た。
 また交差点の反対側には空襲時を想定した掩蔽壕の増築が今も行われているところだった。シリア、レバノンへの進攻作戦が開始されて、ハイファ基地にも敵機の襲来が予想されるようになれば、ノルマンディー連隊の待機場所も駐機所からほとんどが掩蔽壕に移動するはずだった。

 いつの間にか駐機所には機付の整備兵の他に多くの将兵が集まっていた。ほとんどは非番の整備兵や搭乗員達だったが、中には司令部要員の将校の姿もあった。
 彼らは一様に期待と不安の入り混じった目でノルマンディー連隊の実質上の初陣を飾った一個小隊四機のキ60改をみつめていた。


 キ60改の出撃は急遽決定されたものだった。当初の進攻作戦計画では、今はまだ一〇〇式司令部偵察機を装備する独立飛行中隊以外はレバノン、シリアの国境線を越えることなく、万が一の迎撃戦闘を除けば訓練飛行を続けているはずだった。
 航空部隊はともかく、補給態勢の混乱から地上部隊の作戦行動準備が整っていなかったからだ。
 自由フランスの情報機関が独自にレバノン共和国内の少数派宗派による反乱を誘発させる工作を行なっているらしいが、正規軍の作戦開始はまだ先のはずだった。

 それが一個小隊だけとはいえ越境しての出撃が行われたのは、レバノン共和国内に潜入した自由フランスの情報機関員が掴んできた情報がきっかけとなっていた。
 レバノン共和国の現政権に不満を抱く少数派宗派を懐柔していた情報機関は、ヴィシー・フランス政権軍が駐留するベイルート基地内にシンパを潜り込ませることに成功していた。
 その現地諜報員が、先日ベイルート基地内に従来よりも格段に高性能の機体が搬入されたという情報を伝えてきたのだ。しかも、その機体は数はまだ少ないらしいが、シリア、レバノン両国上空をこれまで損害なしで偵察を行なっていた一〇〇式司令部偵察機を迎撃するために用意されたというのだ。

 この情報を重要視した方面軍司令部は、ノルマンディー連隊の装備する最新鋭機であるキ60改の出撃を名指しで行なってきていた。
 方面軍司令部が危惧したのは、一〇〇式司令部偵察機に危険性が及ぶことだけではなかった。確かにこれまでその卓越した性能から無損害で偵察飛行を続けていた一〇〇式司令部偵察機が、撃墜されないまでも偵察飛行を妨害されるような事態になれば、独立飛行中隊の偵察情報に依存していた第6飛行大隊の装備する九七式重爆撃機による航空撃滅戦も確実性が低下するはずだった。
 しかし、これまでの偵察飛行からこの方面に展開するヴィシー・フランスの航空戦力の動向はある程度把握出来ていた。それに土地勘を活かして現地に潜入した自由フランス情報機関の諜報員や現地住民による情報網の存在もあるから、極端な話この時点で独立飛行中隊の偵察飛行が不可能となっても航空撃滅戦の実施そのものには支障はないはずだ。

 自由フランスや方面軍司令部が実際に危惧していたのは、ヴィシー・フランス空軍に出現したという未知の高性能機の方だった。この方面に展開するヴィシー・フランス空軍の戦力は、相対するノルマンディー連隊と比べて弱体な上に、本国や同盟国との間に中立国を挟んでいるから補給態勢も十分なものとはいえなかった。
 枢軸国寄りの政策をとっているトルコを経由して若干の物資輸送は確認されていたが、表向きは中立を表明しているから堂々と大量の軍事物資を輸送することはできていないようだ。実際には糧食などの給与の鉄道輸送を黙認されているだけなのだろう。
 また、地中海に展開する国際連盟軍の潜水艦戦力によって海上輸送路も脅かされており、周辺海域で撃沈された敵輸送船は少なくなかった。

 そして、補給態勢以上にヴィシー・フランス空軍の現有装備が陳腐化していることは明らかだった。シリア方面に展開するヴィシー・フランス空軍の主力となっている戦闘機はモラーヌ・ソルニエMS.406とドヴォアチヌD.520の2機種だった。
 1930年代終盤に初飛行を行なったこの2機種は、いずれも就役時は他国戦闘機と比べて特段劣っていたわけではないのだが、頑丈で操縦性に優れる一方でエンジン出力が低いために低速だった。
 しかもフランスの降伏によって航空技術の制限を受けたことから、2機種とも性能は初飛行時から殆ど向上しておらず、国際連盟軍の新鋭機と比べると使い勝手は悪くはないが、性能上の劣勢は明らかだった。

 しかし、従来の戦闘機よりも高速で飛行できるはずの一〇〇式司令部偵察機を撃墜できるほどの性能を持つ高性能機があるとすればヴィシー・フランス空軍の質的な評価を改めなければならなかった。
 さらにそのような新型機が搬入されたということは、国際連盟軍にとって未知の補給路の存在をも疑わせていた。
 シリア方面軍は、国際連盟軍上位司令部に潜水艦や司令部直属の偵察飛行部隊、さらには情報機関などによる未知の補給路の調査を要請するとともに、謎の高性能機の数がまだ少ない内に、こちらの最新鋭機で撃滅することを決意した。
 その結果、ノルマンディー連隊にキ60改小隊の出撃が命じられることになったのだ。


 この撃滅作戦は、一〇〇式司令部偵察機を囮として敵新型機がそれに食いついてきた瞬間に、低空を敵電波警戒機に発見されないように低空を追随するキ60改小隊が襲撃する計画だった。

 すでに一〇〇式司令部偵察機の度重なる偵察飛行により、ヴィシー・フランス軍が主要航空基地周辺に電波警戒機を配備しているのが明らかになっていた。さらに、一〇〇式司令部偵察機の接近と同時に配備された電波警戒機が照射を停止していることも確認されていた。
 おそらく、ヴィシー・フランス空軍は電波警戒機が一〇〇式司令部偵察機を探知すると同時に、作動を停止させているのだろう。

 開戦前から電波警戒機などの電波兵器の開発は各国で盛んに行われるようになっており、日英も最先端技術の開発に余念がなかった。特に長時間敵地上空を飛行せざるを得ない偵察飛行部隊では危険を避けるために電波警戒機に限らずに最新の電波兵器の運用に熱心になっていた。
 シリア方面軍指揮下に置かれた独立飛行中隊も例外ではなく、一〇〇式司令部偵察機には開発されたばかりの新型の電波逆探知装置も搭載されていた。逆探知装置は、母機に向けて照射された電波を探知するもので、相手の出力にもよるが機体胴体部に増設された各波長用の様々な形状の空中線で自機に照射されている電波の大凡の波長や照射方位を観測することも出来た。
 その逆探知装置に接続されていた記録装置から、敵電波警戒機の照射停止が確認されたのだ。ヴィシー・フランス空軍は長時間の電波警戒機の使用によって詳細な配置位置を確認されてしまうことを恐れたのだろうと偵察飛行中隊では推測していた。


 だがこれは電波警戒機の運用法として適切とは言いがたかった。確かに電波警戒機の位置はある程度欺瞞できるかもしれないが、もしも敵部隊に後続機がいればあとは目視で確認するほかなくなってしまうのだ。
 それくらいならば電波警戒機の位置が連続照射によって判明してしまうことを予め覚悟した上で対策をとったほうが良かった。単純に電波警戒機周辺に対空部隊を配備して防備を固めることも可能だし、ある程度の性能は犠牲となるかもしれないが、予め電波警戒機を移動式に設計しておいて、作動させる位置そのものを頻繁に移動させることで欺瞞を行うことも最近では行われていた。
 ただし、電波警戒機周辺の防備を固めるには豊富な戦力が必要だったし、電波警戒機を移動式とするにも小型化や大出力電源の確保など技術的な問題点は少なくなかった。
 そのいずれも補給の続かないヴィシー・フランス空軍では用意できなかったから、貴重な電波警戒機の使用が消極的なものになっているのだろう。

 しかし、これは国際連盟軍にとっては付け入る隙となった。囮となる一〇〇式司令部偵察機を先行させて、敵電波警戒機の照射を停止させた上で、所在が明らかとなった敵新鋭機に対してキ60改で逆に奇襲をかけるのだ。
 もしも敵新鋭機の性能が予想以上であれば囮となる一〇〇式司令部偵察機が危険に晒されるが、使用される機材は主機を水メタノール噴射装置付きのハ112金星エンジンに換装した他空気抵抗を局限まで低減させて速度を上昇させた一〇〇式司令部偵察機二型だった。
 一〇〇式司令部偵察機二型の水メタノール噴射装置を使用した戦闘出力時の最高速度は毎時650キロ程度には達するから、戦闘空域からの脱出は可能なはずだった。
 あとは、敵新型機に対して増加試作機のキ60改が対抗できるかどうかだけが問題だった。これが実質上の初陣となるノルマンディー連隊の実戦経験不足の将兵たちに若干の不安と期待を抱かせながら作戦は決行されていた。
 駐機所に自然とノルマンディー連隊の将兵たちが集まって来たのも、出撃した小隊が気になっていたからだろう。


 だが、集まった将兵らの不安をよそに駐機所に向けて走行するキ60改のコクピットからは、早くも風防を開けて笑みを見せながら拳を突き上げる搭乗員達の姿が見えていた。
 誰からとも無く、駐機場の将兵たちからは安堵の溜息をついていた。四機のキ60改には目立った損傷は見えなかったし、屈託の無い笑みを見せる搭乗員達の顔を見れば彼らが勝利を収めたのは間違いないようだったからだ。
 駐機所の端までたどり着くと、キ60改は一機ずつ順々にエンジンを停止させていた。着陸機は駐機所の端で自走を停止した後、手隙の整備員が総出で押して掛かるか、飛行場隊の牽引車で牽引して駐機位置まで移動させていた。
 普段ならば一個小隊四機程度であれば数少ない牽引車がすぐに待機場所から駆けつけてくるはずだ。

 だが、この日ばかりは勝手が違っていた。整備兵達どころか、非番の搭乗員や事務職の人間までもがどっとエンジンを停止させた機体に取り付いていた。今まで甲高い音を立てていたエンジンが次々と停止したことで、駐機所に静寂が訪れたがそれも一瞬のことだった。
 次の瞬間に誰からとも無く歓声が上がったからだ。集まった将兵の数は多かった。たった四機を移動させるには逆に手余りになるほどだったから整備員の先導でキ60改の移動はすぐに終了した。
 そして停止した機体から風防を開けて地上に降り立った搭乗員たちは、長時間の戦闘飛行のせいか主翼から飛び降りた瞬間に一瞬体を崩しかけたが、すぐに整備兵達が担ぎ上げるように押し寄せていた。
 戦果があったのか、整備兵達に誇らしげに人差し指を指し示しているものもいた。いずれの搭乗員達も押し寄せる将兵たちも初陣の勝利に誇らしげな笑みを浮かべていた。

 連絡将校という立場の片岡中佐は、彼らの群れに直接関わるのは気後れして少しばかり距離をとって立っていた。だが彼らの興奮と熱気は伝わってきたて自然と表情をゆるめていた。しかし、わずかに視線を変えた瞬間、片岡中佐は顔を強張らせていた。
 小隊員四名の内、長機から降り立った青年、クロード・リュノ中尉だけが笑みを浮かべること無く、何時ものような何処を見ているとも言えない冷ややかな目を周囲に向けていた。
キ60の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hfp.html
一〇〇式司令部偵察機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr2.html
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